月刊「祭」

旧・言葉の装い
同行二人

月刊「祭」2017目次

2017-12-31 06:47:59 | 各年、目次

 




誤りの訂正

 本ブログ親ページ祭と民俗の旅播州三木(兵庫県三木市)美坂神社東這田屋台-篠山、淡路、姫路、富山の融合。太鼓台としての屋台-に誤りがありました。水引幕を鳳凰船に乗った神功皇后の三韓征伐としていましたが、誤りでした。東這田屋台関係者の皆さまを始め、間違えた情報の掲載大変失礼いたしました。

はじめに
 本ブログおよび、「祭と民俗の旅」の文章・写真などの引用、参考は自由です。ただし、このブログに提供していただいた写真は、明記しておりますので、それの引用はご遠慮願います。また、引用、参考の際は、月刊「祭」を引用、参考した旨のご明記をお願いいたします。 写真や図とその解説は、画面を最大限に広げた時に一致するように作っていますので、できるだけ広い画面でご覧ください。

 이불럭과 「祭と民俗の旅」의 문장, 사진을 인용,참고하기는 자유입니다.  하지만, 이불럭에 제공주신 사진도 있어서 그런 것을 명기하니까, 인용하기을 삼가 바랍니다. 인용,참고할 때는, 이불럭을 인용,참고헀다기를 명기해 주십시오. 
  
img1.gif  「祭と民俗の旅」-目次  
                     月刊「祭」2011、2012 目次
                     月刊「祭」2013 目次
                     月刊「祭」2014 目次
                     月刊「祭」 2015 目次
                                                            月刊「祭」2016 目次
                     


■月刊「祭」2017 目次
63.三木の屋台と鬼研究の足跡(月刊「祭」2017.1月)
63.5.過去良記事、独断と偏見による月刊祭大賞選出(月刊「祭」2017番外)
64 怨霊としての菅原道真・平安時代の共謀罪被害者(月刊「祭」2017.2月)

65.播磨の鬼あれこれ(月刊「祭」2017.3月)
66.野球文化と祭文化(月刊「祭」2017.4)
67.淡路島のだんじり台車(月刊「祭」2017.5)
68.神仏基習合??の日蓮宗寺院(月刊「祭」2017.6)

韓国語学習記


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68.神仏基習合??の日蓮宗寺院(月刊「祭」2017.6)

2017-05-17 22:54:04 | 民俗、信仰、文化

 日蓮宗といえば、日蓮が鎌倉時代あたりに開創した、法華経を中心とした一宗派です。
 戦国時代から江戸時代にかけては、加藤清正や細川氏の庇護も受けています。

 そんな日蓮宗の寺院には、神道、仏教、基督教が混在しているように見えるものが見られます。
 鳥取市の芳心寺を例にあげて紹介します。

神道
 まずは、神。上がお稲荷さん、下が加藤清正さん。この寺の開創には加藤氏の者がかかわっているようでした。詳細は省きます。

 


 本堂かどうかが写真だけではわからなくなってしまいました。
 


 妙見堂ですが、水引幕が十字紋です。
 妙見堂にこの十字紋がかけられている日蓮宗の寺院をほかでも見たことがあります。
 能勢では、ルイスフロイスがこの日蓮宗の妙見堂で、洗礼を受けさせたとかいう記事をネットで見ました。後に詳細を確認します。

 

*鳥取市の取材旅行では、ゲストハウスしゃん亭のオーナーさんやお客さんに本当にお世話になりました。この場をかりてお礼申し上げます。

●編集後記
 共謀罪。自分が為政者ならば、歯向かうものを逮捕しやすくなるので、喉から手が出るほど欲しい法律です。ですが、為政者でないので、この成立にはどうしても恐怖を感じてしまいます。

 名指しで、写真をあげて批判するのには、名誉棄損や、ばあいによっては犯罪者の汚名を着る覚悟が必要になります。罵倒をするのであれば、その痛手は言われた側より、言った側に重くのしかかるかもしれません。
 明らかに間違っていることに対して熱い正義感をもった批判する時ですら、返り討ちの覚悟を持たざるを得ないのが現実です。ましてや、直接のやりとりで済む私的なイザコザにネットを使うと、不必要にプライバシーを拡散させてしまったことによって、犯罪者の汚名も着せられかねません。注意しましょう。

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67.淡路島のだんじり台車(月刊「祭」2017.5)

2017-04-30 20:23:37 | 屋台、だんじり、太鼓台関連
本ブログ不動のエース記事「嗚呼、わが町の台車事情」の淡路島版です。

◯南あわじ市 2017あわじだんじり祭に集結しただんじりより

南側は二輪、タイヤ式が多いです。



また、タイヤ式四輪もありますが、多くの場合は小型で担ぐものほど台車運行時は傾かない四輪を使う傾向があるようです。


大型のものは担げないため、ぐるぐる回るなどなの激しい動きをする必要があるため、二輪のものが多く用いられるようです。

◯鮎原河上天神宮、いざなぎ神宮
先ほどの南あわじ市だんじり祭の地域より北に上がり、一宮インター付近の二神社は歌の奉納を行いかつ、担ぐのも続けています。

木の台車。コマだけみると「だんじり」ぽいですね。



タイヤ型ですが、南あわじ市のものよりずいぶん小さく四輪です。井の字型です。

ここのだんじりは担がれます。

◯志筑八幡神社
さらに北に行くと、淡路のだんじり文化も担ぐ文化の度合いがより、色濃くなります。


タイヤはほとんど使われません。



◯淡路のだんじり台車
1 井の字型が多い。
2担ぐものほど四輪になる。担がないものは機動力に優れるタイヤ二輪で、上下運動や回転などの見せ場を作る
3南に行くほどタイヤ使用率が高く、タイヤの径も大きくなる。


◯編集後記
朝鮮民主主義人民共和国のミサイルと同じくらいか、それ以上に恐ろしいのは共謀罪の制定かもしれません。非民主的な隣国の狂気を理由に、自らの国をそれに近づけることだけはしたくないものです。
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66.野球文化と祭文化(月刊「祭」2017.4)

2017-03-26 19:22:18 | 屋台、だんじり、太鼓台関連
○少し長い前置き
WBCも残念ながら準決勝で負け、優勝の「義務」も果たせませんでした。ですが、菊池選手の異常に広い守備範囲、千賀投手の快投、筒香選手の打撃など、日本野球の選手層の厚さを示した大会でもありました。
平均的には体格的にも体力的にも劣ると思われる日本人。でも、野球では世界トップクラスの水準を保っていられるのは、そのプレー人口の多さによるものでしょう。ざっくりアバウトな勘定でいえば、我々の世代(70年代から80年代生まれ)だと男の人のうち、5人から3人に1人は、野球部や少年野球を経験しているのではないでしょうか。そこらへんのバッティングセンターで130㎞/hを超える球が投げられている風景は、例えば、韓国では見られません。つまり、野球をある一定期間集中して練習したことのある人が、日本では圧倒的に多いと思われます。我々くらいの年代だと、同い年の野球経験者は十万人ほどとしましょう。WBC二入りうる年齢層を20歳から35歳として、そこから30人とすると、五万人に1人の選手くらいだといえるかもしれません。
そして、甲子園、高校野球、プロ野球、近鉄、阪神、巨人などなどがメディアを通して愛されます。さらに、草野球、ソフトボール、軟球、、各地域に、日本独自の野球文化がすでに根付き発展しました。そして、各地域に根づいた野球文化は地域文化の代表格といえる祭文化とも親和性が高いようです。



↑東京上野正岡子規記念球場
そこで、ここでは見聞きした野球と祭の関わりを見ていきます。つらつらと長文を書くよりも、短文で事例を箇条書きで書いていきます。

○清原氏とだんじり
・岸和田市出身で9月に調子を上げることから「だんじりファイター」とよばれていた。
・引退後、「だんじり」という漫画を監修した。
・現在は岸和田で更正中という

○野球と祭の名所
・姫路市、加古川市、高砂市は東洋大姫路高校などの野球の名門を擁する。また、中学でも軟式野球で全国優勝したという話をここ20年で二度?聞いた。
・滋賀県大津市の山王祭が行われる日吉大社。この神社は比叡山麓にあり、野球の名門比叡山高校も擁する。ここの祭に参加している時、たびたびこの高校の野球の話を地元の方がしているのを耳にした。

○三木の草野球チーム、ソフトボールチーム
・東条町は野球チームをもつ。ソフトボールチームをもつ清水町、大日町もソフトボールで優勝した。
いずれのチームも主力選手の多くが祭関係者だった。だが、現在の東条町のチームは、多くが町外出身者でしめてきている。


・我々世代が子供の頃は、ソフトボール大会が春の中学生大会、秋の小学生大会の年に二度行われていた。人数が少ない町は合併が許された。大日と明石町、大日と宮前、大日と清水、大日と宮前と明石町など同一屋台内での合併が多かったようである。
なお、大日、宮前、神明と三地区合併のチームが市の大会決勝まで行った後、合併は二地区までとなった。キャッチャーが1メートルほど後ろにボールをこぼしたのを見た某祭ウェブページの管理人が、ホームスチールを決行、アウトで試合終了で優勝を逃したという試合はもはや伝説である。
石段を綱なしで登る大村。我々が子供の頃、小学生、中学生のチームともに胸に縦に楷書体で大村と書かれたトレーナーを着用していた。人数が多いので選手層が厚く、強かった。この時の主力選手の多くが祭の主要メンバーとなっている。

○野球と明石町屋台

・1985年阪神タイガースが優勝を決めた年の祭、明石町屋台関係者にインタビューするサンテレビのアナウンサー。関係者は質問に答えず六甲おろしを熱唱。テレビでその様子が放送された。
・青年団時代に太鼓打ちとして慣らした人が後進の指導に当たることになる。そんな人のうち、50から60代だと3人中3人が、野球部員だった。現在はその割合は減りつつある。
・某祭ウェブページの管理人は、草野球で4回飛んできた「たま」を4回撮り損ねた。
ちょうどそのころ、彼が関わる明石町屋台で水引幕が「志度の海女の珠取」に新調された。そのこととかけて、下のような短歌を作り失笑を買った。


志度の海女 珠とる幕の 町の子を 志度の珠とらぬ あまといふなり
志度の海女(しどのあま)の珠取の幕を付けた屋台の町の子のことを、四度(しど)飛んできてもその球をとることのないアマチュアと人は言っている。
志度と四度、珠取と球とらぬ、海女とアマチュアと見事に掛詞を駆使しています。



○編集後記
森友学園問題の影に、「偶然」隠れて、共謀罪が名前を変えた法律、テロ等準備罪が閣議決定されたそうです。うるさい奴はしょっぴきたいが現実にならないことを祈るばかりです。

管理人も野球選手が夢だった何百万人?もしかしたら何千万人?の日本人の1人です。プレー人口以外で日本の野球の強さの秘密があるとしたら、それは、フィジカルを戦略、技術で凌駕するところにあるのでしょう。柔よく剛を制するところは、今の日本人にとっては好みのスポーツなのかもしれません。













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65.播磨の鬼あれこれ(月刊「祭」2017.3月)

2017-03-02 21:49:34 | 民俗、信仰、文化

冬から春は播州では鬼の季節。
今回はその中のいくつかの鬼の祭を紹介します。

⚫︎長田神社追儺式
播磨の鬼と言っておきながらいきなり、摂津国の神社です。播州名所巡覧図会に記載のある神社なのでお許しを。毎年2月3日に行われるそうです。
写真は長田神社追儺式の最後の餅を割る式です。鬼さんが現れて十二か月を表す餅を割るまで、一時間ほどかかっていました





⚫︎三木市口吉川町蓮花寺鬼踊り前には?



↑こんな感じで鬼踊りがなされるのですが、その前にはリンク先のような読経こが行われます。アコーディオンのようですね。

⚫︎三木市志染町御坂神社
播磨の鬼はいい鬼と言われていますが
矢で射られるべきとも考えられていたみたいです。鬼の的を射る神事は神戸市淡河八幡神社にも伝わっています。




⚫︎編集後記
少し遅れましたが、なんとか許容範囲ということでご容赦ください。
最近、階級闘争史観でものを語るのはよくない、云々の話をよく聞きます。
ですが、最近、格差拡大固定社会が統計的にも体感的にも如実に現れてきています。
バブルで豊かだった時代には階級闘争史観は必要ないかもしれませんが、今はその必要性が大きくなってきています。立場のあるかたや、「一応」有識者と呼ばれる方がこんなことを発言しているのを聞くと、世も末だと感じます。




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64 怨霊としての菅原道真・平安時代の共謀罪被害者(月刊「祭」2017.2月)

2017-01-08 14:28:30 | 各年、目次

今、日本の一番の政治的な課題ともいえるのが、共謀罪の可否です。その性質は、テロを行うと話し合ったことやその兆候をみせたことが罪になるということです。問題点としては、恣意的な逮捕が可能になるということで、現政権にその意がなく(?)とも、うるさい奴をしょっぴきたいというのは、古今東西老若男女左右中問わない本音と言えるでしょう。
そして、平安期にも、政府転覆の罪を着せられ罰せられた人がいます。それが、菅原道真です。彼は太宰府で憤死し、その怨霊が猛威をふるいます。
ここでは、後世に残る「天神縁起」を見ていきたいと思います。

1道真、無念の死まで
菅公、実は武芸も得意(承久本*以下特に指定がなければ、承久本とする。)


反逆の罪を着せられ、大宰府へ左遷される道真。


筑紫の天拝山で無罪の祭文で訴える


道真の遺体搬送中、弾いていた牛がうごかなくなった。そこを墓所として、現在の安楽寺となる。このような伝承が道真と言えば、牛というイメージがついていったのでしょう。


2道真の死後

雷神飛来、刀を抜く藤原時平。この人が道真に無実の罪を着せたと伝わります。


時平の耳を青龍がつきぬける


延喜帝(醍醐天皇)も崩御。道真の左遷にサインした天皇です。


日蔵のあの世への出発
様子については後ほど



後世の官位追贈 正暦四年(993)、元のくらいより一つ上の太政大臣を追贈する。(津田天満神社本)
この追贈は史実として、歴史書にも残っています。


後世の祭(杉谷本)
神輿が出ていますね。




延喜帝(醍醐天皇)さえも地獄の業火に(英賀神社本 永正本)


参考文献および、本記事の全ての写真の引用
「日本の美術 299 絵巻=北野天神縁起」
(至文堂) 1991






⚫︎編集後記
釜山の日本大使館前従軍慰安婦像設置の可否が現在の政治的課題として話題になっています。が、像を撤去する方向で交渉するよりも、日本もアメリカ大使館前に原爆関係のモニュメントを置くことを検討する方がよほど建設的な気がします。

その影に計らずも(?)隠れている共謀罪。その議論こそが今一番の政治的課題として話し合うべきだと思い、今回は予定を変更して、菅公をあげました。

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63.5過去良記事、独断と偏見による月刊祭大賞選出(月刊「祭」2017番外)

2017-01-02 08:31:48 | 各年、目次


もうすぐ月刊「祭」創刊5周年を迎えます。
ということで、過去の良記事を独断と偏見で選んでみました。これで号数を増やすのは気がひけるので、63.5号とします。
一番下に月刊「祭」大賞の記事を掲載しました。

播州の神社別各屋台分布図 -二つの川上の反り屋根-
偉大すぎる先行研究サイトを参考に、各神社の主な屋台を地図上に落としていくと、面白いことが分かってきました。



50.秋夕(チュソク)の訳と盂蘭盆 (2016.1月)
韓国では一大里帰り行事となる秋夕。
日本語訳ではお盆となりますが、本当にそれでいいのでしょうか。韓国で山車の祭がほとんど見られない理由についても考察しました。


山車、地車の鉦(月刊「祭」49号.2015.12月)
東西の鉦は、西◯東◻︎。◯と◻︎には何が当てはまるでしょうか?


好きな屋台占い
車と屋台の好みには関連がある!?



欄間彫刻不明場面解明? 三木市大宮八幡宮明石町屋台
謎とされていた二面の彫刻の場面を解明した!! と思ったら一面は間違いでしたToT


屋台・だんじりの彫刻・刺繍場面案内-「平家物語」編-
源平合戦の場面を集めてみました。
意外と平家物語にはないストーリーが見られたことに驚きです。
http://blog.goo.ne.jp/hol_my_ow/e/5cd8e8b1936d744070de06bbd301636c/?img=47813f155bd8a5c0520e445ca3aac6b9

韓国全羅北道南原市with河東市長丞(チャンスン)見聞記
引月から実相寺の道を歩く中で出会ったチャンスンなどをレポートしました。仏教と関連した護法チャンスンとよべるものもありました。



<月刊「祭」2012.8月 第5号 「I love 大津! 大津市の祭特集」 
大津市中学生いじめ自殺事件の報道をめぐり、地に落ちた大津の評判。ですが、大津には三木にも負けず劣らずの祭文化とそして、それを支える人がいます。
日吉大社山王祭編のみ別稿です。
「子どもにはなあ、神さまが宿るんやで」
管理人がとある子どもから聞いた名言は、全ての大人が心すべきことかもしれません。



おっさんなんどい
:問題提起編(月刊「祭」48号.015.11月の1)
:調査?報告編(月刊「祭」48号.2015.11月の2)
おみこっさんどいおっさんなんどいの掛け声がいつ頃から言われているのかを調査。
ちゃんと三木市中心部での屋台を担ぐ掛け声と大宮八幡宮のオミコッサン・お神輿を担ぐ掛け声と播州弁との関連にも話は行っています。



その中でナンバーワンは⤵︎
嗚呼、わが町の台車事情
「なんで台車やねん」とつっこまれたこと数知れず。でもこの記事こそが月刊「祭」の代名詞。台車にはその屋台の祭にたいする考え方がギッシリつまっていました。



●編集後記
月刊「祭」を始めてもうすぐ5年。記事の気合の入り具合にムラがありますが、月一回のペースは死守できています。少しずつ見てくれる人が増え、少しずつ祭に関する話を持ちかけてくださる方も増えてきました。
これまでと同様に管理人本位でのわがままな運営を細く長く続けていきたいと思っています。

番外編として、本ブログ:月刊「祭」の前身である「言葉の装い」からも一つだけ記事を選出します。国際文化学の英訳 -国際のもうひとつの意味-

母校には国際文化学部がなくなりました。そして真逆の意味ともいえる国際学部が誕生しました。
国際学部で国際文化学の精神が受け継がれること、そして、国際文化学部の復活を願ってやみません。

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63.三木の屋台と鬼研究の足跡(月刊「祭」2017.1月)

2017-01-01 20:42:48 | 民俗、信仰、文化

あけましておめでとうございます。
今年一発目は、三木や播州地方の屋台や鬼の研究を振り返ってみたいと思います。

<書籍の表示形式>
・編著者名「題名」『掲載された書籍名』(出版社)出版年
概要
<ウェブページの表示形式>
・活動者名『ウェブページ名(当該ページへのリンク付き)』
概要
<講演・発表等>
・講演者名『発表の題』(主催団体など)発表がなされた年
概要



「鬼」
・藤原喜美子『オニを迎えまつる人々』(岩田書院)2006
 三木や姫路市松原八幡神社、魚吹八幡神社、加西市東光寺など播州各地の鬼が追い払われるものではなく、不動などの化身として現れることを指摘。
 藤原氏は播磨の鬼研究の第一人者ともいえる方で、他にも膨大な研究をされています。

・喜多慶治『兵庫県民俗芸能誌』(錦正社)1977
 おそらく一人?で調査した結果をまとめたと思われる力作。北から南までまとめられています。今はもうない芸能も。他にも県の民俗芸能報告書などはありますが、氏の活動に敬意を表して。

 


「屋台」
・コタニマサオ『なんでもかんでも三木』(神戸新聞事業社三木営業所)昭和61年
岩壺神社、大宮八幡宮と久留美の大人屋台を取材し掲載しています。多くの方に取材されてできた記事は30年を経た今、より史料としての価値を増してきました。

粕谷宗関氏の著書
いわずと知れた播州屋台研究の第一人者。彫刻師や縫師の系譜を明らかにしました。

・兵庫県教育委員会『播磨の祭礼:屋台とダンジリ:平成16年度文化庁ふるさと文化再興事業伝統文化総合支援研究委嘱事業実施報告書』(兵庫県教育委員会)
三木、灘のけんか祭、曽根、網干など播磨で比較的大きな祭りを調査報告しています。詳細で分かりやすいのですが、大宮八幡宮の階段の間に溝があり、それがもともと宮入用の綱が上下するためのものだったという内容の謎の記述があります。

・三木市観光協会『三木の祭』(三木市観光協会)2002
三木市内の大人屋台すべてを網羅しています。また、当時の堀光美術館館長石田氏の論考では、18世紀の檀鶴の記述が三木の屋台の起源である可能性を指摘しています。

上記は一応書籍化されたものの代表作ですが、播州屋台研究においては、その金字塔的な役割を果たしている活動が、ウェブページにも見られます。

・namerakozo『播州祭り行脚
播州の三段平屋根布団屋台の分布域全体の各屋台を調査、紹介した最初のウェブページ。もちろん、同様の内容を扱った書籍はそれまでは出ていませんでした。

・播州祭礼研究室『播州祭り見聞記
播州の神輿屋根型屋台、反り屋根型屋台の分布域全体の各屋台を調査、紹介した最初のウェブページ。もちろん、同様の内容を扱った書籍はそれまでは出ていませんでした。

・Y氏の各活動
三木市吉川町若宮神社屋台の復興・調査。岩壺神社大塚屋台の彫刻の原画解明など。

今回は、三木市と播州地域の主だったもののみの紹介となりました。後に機会があれば、それ以外の地域も見ていきたいと思います。

●編集後記
 今年は、祭礼研究ももう少し力を入れていきたいと思っています。
 

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月刊「祭」2016 目次

2016-12-31 21:46:45 | 各年、目次



誤りの訂正

 本ブログ親ページ祭と民俗の旅播州三木(兵庫県三木市)美坂神社東這田屋台-篠山、淡路、姫路、富山の融合。太鼓台としての屋台-に誤りがありました。水引幕を鳳凰船に乗った神功皇后の三韓征伐としていましたが、誤りでした。東這田屋台関係者の皆さまを始め、間違えた情報の掲載大変失礼いたしました。

はじめに
 本ブログおよび、「祭と民俗の旅」の文章・写真などの引用、参考は自由です。ただし、このブログに提供していただいた写真は、明記しておりますので、それの引用はご遠慮願います。また、引用、参考の際は、月刊「祭」を引用、参考した旨のご明記をお願いいたします。 写真や図とその解説は、画面を最大限に広げた時に一致するように作っていますので、できるだけ広い画面でご覧ください。

 이불럭과 「祭と民俗の旅」의 문장, 사진을 인용,참고하기는 자유입니다.  하지만, 이불럭에 제공주신 사진도 있어서 그런 것을 명기하니까, 인용하기을 삼가 바랍니다. 인용,참고할 때는, 이불럭을 인용,참고헀다기를 명기해 주십시오. 
  
img1.gif  「祭と民俗の旅」-目次  
                     月刊「祭」2011、2012 目次
                     月刊「祭」2013 目次
                     月刊「祭」2014 目次
                     月刊「祭」 2015 目次
                     

■月刊「祭」2016 目次
50.秋夕(チュソク)の訳と盂蘭盆 (月刊「祭」50号.2016.1月)
51.鬼追いと月輪寺 1.2つの月輪寺と八幡宮 2.三木の英雄に捧げる哀悼の意(月刊「祭」2016.2月)
52.法隆寺と道真(月刊「祭」2016.3月)
53.法隆寺五重塔あれこれ(月刊「祭」2016.4月) 
54.退治してもいいの?いいんです!(月刊「祭」2016.5月)
55.神戸市和田神社の名だんじり(月刊「祭」2016.6月)
56.神戸都心部の祭文化私観(月刊「祭」2016.7月)
57.京都祇園祭大船鉾探訪(月刊「祭」2016.8月)
58.韓国京畿道の屋根は天竺への道?(月刊「祭」2016.8月)
59.双子だった宮島の海上鳥居(月刊「祭」2016.10月-2)
60.東九条マダン探訪記 各号補随(月刊「祭」2016.11月)
61.祭のアウトロー(月刊「祭」2016.12月)
62.城山屋台が再び!( 月刊「祭」城山お披露目緊急特別号)


韓国語学習記

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62.城山屋台が再び!( 月刊「祭」城山お披露目緊急特別号 )

2016-12-08 22:11:20 | 民俗、信仰、文化



12月11日、屋台が蔵に入ってから20年をこえる歳月を経て、再び屋台が組み上がった状態で人目に触れることになりました。 管理人は都合によりみることができませんでしたが、ご厚意により写真をいただきましたので、それを使いつつ記事を書かせていただきました。



⚫︎傷んでいない装飾品の謎
ここで大きな疑問があります。20年越えたわりには、傷んでいません。城山屋台は購入時すでに中古の状態でした。それから20年ほど使い、さらに20年以上休みました。にもかかわらず、今からでもかつげそうな保存状態です。
これは、夏に虫干しをすることで、殺菌して腐食を食い止めてきました。しかし、担がれることのない屋台を20年以上虫干しし続ける心持ちはいかなるものであったのか、はかり知れません。





それだけでなく、地域の駅伝大会などでは、城山の法被を着て参加をしていました。他町の屋台を担ぐ時も、城山マークの地下足袋で揃えたりと、城山の存在を示し続けてこられました。
このような情熱に三木の祭は支えられていることを改めて感じました。


•編集後記
日本の山車祭か世界遺産登録されました。元々素晴らしいことがわかりきっている山車祭。ユネスコやがきちんと世界遺産として登録できるかどうかというのは、ユネスコや国連がちゃんと文化財を審議する能力があるかどうかを試される機会となりました。
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