月刊「祭」

旧・言葉の装い
同行二人

74)韓国の仏輦(月刊「2018.1)

2018-02-10 21:44:35 | 韓国、外国

  昨年もなんとか韓国へ行きました。
 その目的は輦(연・ヨン)。韓国の辞典などを見ると、高貴な人を乗せたり、位牌や仏牌を乗せたりするものだとありました。
 形はまさしく、神輿そのものでしたが、韓国の固有宗教というよりは、仏教や仏教と習合した儒教のものという印象です。
 日本の神輿も鳳凰や擬宝珠があることを考えると、神仏習合、どちらかといえば、仏教のものというほうが自然といえそうです。

 

 とりあえず、ソウル(仁川)行きの飛行機を予約してから、どの寺に輦があるかを検索してみました。
 見れそうなものは慶尚道(釜山の近く)に多くあるようでした。

大慌てで、釜山(金海)行きのチケットをとり、ソウルはそのままキャンセルしました^_^;

 訪れたのは慶尚北道蔚珍郡佛影寺(ウルジン郡プリョン寺)、慶尚南道統営市安静寺(トンヨン市アンジョン寺)、釜山市梵魚寺(プサン市ポモ寺)です。


佛影寺


安静寺


梵魚寺

●梵魚寺金魚輦●
 そのうち古いもので見れたのは、佛影寺だけでした。しかも、安静寺ではもう輦はもうなくて、梵魚寺は修理中でした。そして、佛影寺は博物館そのものが閉鎖中だったのですが、特別に開けて見せてくださいました。勝手に公開するのは気が引けるので、ここでは写真を掲載できません。

 とはいえ、全く掲載できないのは、あまりにもあまりなので、こちらを

 この輦は、釜山市の梵魚寺駅の中にあった、梵魚寺関係の展示場に展示されていた「金魚輦」と呼ばれるものです。


↑棒端は龍のものが、多いようです。

 


↑螺鈿の細工。お日様が海の向こうから昇る絵のようです。海の向こうには「日本」があります。

 


 作られたのは最近で、南北統一を祈願して作られたものだそうです。
 南北の争いによって我が国は経済的に繁栄したことを考えると、少し複雑な気持ちになります。
 統一が平和のうちになされることを願ってやみません。

編集後記
かなり遅れての1月号です。でもこの記事を発行したのは、2月も半ば。。
 2月号3月号は3月にまとめて出す予定です。

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月刊「祭」2017目次

2017-12-31 06:47:59 | 各年、目次

 




誤りの訂正

 本ブログ親ページ祭と民俗の旅播州三木(兵庫県三木市)美坂神社東這田屋台-篠山、淡路、姫路、富山の融合。太鼓台としての屋台-に誤りがありました。水引幕を鳳凰船に乗った神功皇后の三韓征伐としていましたが、誤りでした。東這田屋台関係者の皆さまを始め、間違えた情報の掲載大変失礼いたしました。

はじめに
 本ブログおよび、「祭と民俗の旅」の文章・写真などの引用、参考は自由です。ただし、このブログに提供していただいた写真は、明記しておりますので、それの引用はご遠慮願います。また、引用、参考の際は、月刊「祭」を引用、参考した旨のご明記をお願いいたします。 写真や図とその解説は、画面を最大限に広げた時に一致するように作っていますので、できるだけ広い画面でご覧ください。

 이불럭과 「祭と民俗の旅」의 문장, 사진을 인용,참고하기는 자유입니다.  하지만, 이불럭에 제공주신 사진도 있어서 그런 것을 명기하니까, 인용하기을 삼가 바랍니다. 인용,참고할 때는, 이불럭을 인용,참고헀다기를 명기해 주십시오. 
  
img1.gif  「祭と民俗の旅」-目次  
                     月刊「祭」2011、2012 目次
                     月刊「祭」2013 目次
                     月刊「祭」2014 目次
                     月刊「祭」 2015 目次
                                                            月刊「祭」2016 目次
                     


■月刊「祭」2017 目次
63.三木の屋台と鬼研究の足跡(月刊「祭」2017.1月)
63.5.過去良記事、独断と偏見による月刊祭大賞選出(月刊「祭」2017番外)
64 怨霊としての菅原道真・平安時代の共謀罪被害者(月刊「祭」2017.2月)

65.播磨の鬼あれこれ(月刊「祭」2017.3月)
66.野球文化と祭文化(月刊「祭」2017.4)
67.淡路島のだんじり台車(月刊「祭」2017.5)
68.神仏基習合??の日蓮宗寺院(月刊「祭」2017.6)
69.日吉大社の麓五社拝殿の格天井(ごうてんじょう)(月刊「祭」2017.7)
70.明、讃、高、三位一体の掛け声?復活 大市八幡太鼓台(月刊「祭」2017.8)
71.お猿さんと澪標(みおつくし)住吉神社北五太鼓(月刊「祭」2017.9)
72.韓国仏教寺院文化⓪大雄殿仏 ①稲作 ②解(月刊「祭」」2017.10)
73. 狭間の場面解明の記事訂正 b屋台の名著紹介(月刊「祭」」2017.11)

74. 大阪のだんじり、雲の上で舞う龍(月刊「2017.12)

 

 


 


 
 


 

 





韓国語学習記


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73 )大阪のだんじり、雲の上で舞う龍(月刊「2017.12)

2017-12-30 20:34:03 | 屋台、だんじり、太鼓台関連

大阪市内のだんじり文化の特徴と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。 一つは、打ちましょドンドン もひとっせドンドン 祝うて三度ドドンドンの大阪締め(リンク先37秒あたり)を行なうことでしょう。

 他には、やや太めの白いズボンを地下足袋の外に出すはき方をし、鯉口シャツと柄をそろえるという祭衣装などでしょうか。

龍を模した龍踊りです。指先から頭の先まで、龍がのりうつったかのように、だんじりの屋根上などで舞い続けます。
 本題とはそれますが、やりまわしがないとはいえ、猛スピードからの急ブレーキ、後輪上げといった、高度な技術を擁する運行も見応えがあるものです。龍役(屋根の上に乗る人を本記事では、こう呼びます。)もよく乗っているものだと毎回感心させられます。
 このような龍役が屋根の上で舞うための構造が、大阪市内のだんじりにはできていました。
 下の写真は、左側がだんじり本体、右側が大屋根内部の天井板です。播州屋台では、「雲」板と呼ばれる部分に、まさしく「雲」の文字が書かれています。つまり、大阪の屋根の上の龍役は、雲の上で舞う龍を意味するものだといえるでしょう。

 

編集後記
2017年の12月号、編集の都合上投稿日は、2017年11月9日となっていますが、実際は2018年になってからの投稿です。
少し前の話になりますが、深川の八幡さま、富岡八幡の御神職の方には、2016年11月の、本当にご親切にしてくださりました。この場を借りて御礼申し上げます。

 

動画提供:鯱の梵天氏
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72 a狭間の場面解明の記事訂正 b屋台の名著紹介(月刊「祭」」2017.11)

2017-11-03 14:23:02 | 屋台、だんじり、太鼓台関連

a狭間の場面解明の記事訂正

 先年偉そうに、不明だった明石町の狭間の場面二面を解明した!といいました。
 ですが、一面は間違いだったことがわかりました。

 しかし、もう一面は、、、、100%だと言っていたのですが、間違いでした(ToT)。
  間違えていたのは下の場面です。

 

 もう一面の彫刻が有名な上杉謙信と武田信玄の川中島の戦いであることから、下の彫刻の菱形のマークを武田氏の花菱と仮定しました。

  

 そして、下の武者は鹿の角の兜をかぶっています。このことから、武将は本多忠勝と考えました。
 ここまではよかったのですが、、、、

 

 上の幡を持った武者が馬駆けをしていて、周囲の者をなぎ倒しています。
 この浮世絵が、本多忠勝も参戦した長篠の合戦の馬場信春のものであることから、長篠の合戦と断定してしまいました。
 しかし、彫刻では、本多忠勝の乗っている馬は、逃走の際に振り返っています。本多と馬場は、長篠の合戦はお互いに相対するはずです。

 T氏のご教示によると、一言坂の戦いの可能性がある(断定はできません)とのことです。確かにこの戦いだと、馬の方向も一致します。
 一言坂の戦いとは断定できないのですが、管理人が100%だとまで言っていた長篠の戦いでない可能性は極めて高そうです(ToT)

●狭間の場面解明にあたって
 「わからんもんが偉そうに場面解明なぞするな!」というご批判をされる方もいるかもしれません。
 ですが、一部の人間でなく、いろんな人が場面解明を楽しんだり、考えたりすることで、より祭が身近なものになるのではないかと信じています。

 とはいえ、今回は惜しかったということで、狭間の場面解明の一応の手順を書いてみます。
 ①狭間の特徴をさがす。 例:合戦もの、 馬のむき、 兜や刀の形
 ②ググる。
 意外とこれで、不明な場面が分かってくるのではないかと思います。
 また、狭間四面のうち、ほかの数面が分かっていたら、構図のにているものなどは、解明のヒントになるかもしれません。

b屋台の名著紹介
 米村環氏「-三木の祭り屋台に見る匠の技- 狭間彫刻に見る意と技」平成17年
 三木市内の屋台の狭間彫刻を悉皆調査して写真に記録したものです。場面の解説も載っています。
 狭間を写真に治めるのは、非常に骨の折れる作業です。祭当日の条件が悪ければ、ぼやけた写真しかとれなかったり、いろんなもので隠れていたりします。
 練習しているときの蔵を回ったり、条件のいいタイミングを何度もうかがったりしなければなりません。


 管理人もやってみて、痛感してしまいました。管理人の写真技術は上の通りです。。。
 

 

●編集後記
 今回は、急きょ企画を変更して、この記事にしました。米村氏、T氏、非常にお世話になっております。改めて感謝申し上げます。
 

  

 

 

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72.韓国仏教寺院文化⓪大雄殿仏 ①稲作 ②解(月刊「祭」」2017.10)

2017-08-19 14:07:21 | 韓国、外国

 今年も夏に韓国へ行ってきました。
 今回は韓国の仏教寺院文化のついて見ていきます。


⓪大雄殿仏
日本でいうご本堂にあたるのが韓国の大雄殿です。日本の場合は、観音寺だと如来より下位である菩薩のお堂の方が本堂になったり、大きかったりとかがあります。ですが、曹渓宗はお釈迦様が大雄殿の本尊仏となり、華厳宗では毘盧遮那仏が本尊仏となることがほとんどで、日本のような如来と菩薩の逆転現象はほとんど見られません。

↑梵魚寺大雄殿

①稲作
 仏教寺院には米を納める習慣が残っていました。分かりやすいのが釜山市の梵魚寺です。
 写真のように信者の方が納めたお米がたくさんありました。
↑梵魚寺観音殿

慶尚南道統営市の安静寺では福田函という賽銭箱にあたるものが設置されていますが、これも修行している方たちに米をおさめるという意識があるように思います。仏教の発祥地であるインドと稲の原産地がかなり近いことを考えると韓国において仏教と稲作が近い関係になるのは無理もないことなのかもしれません。
↑安静寺羅漢殿

②解
 解脱橋と呼ばれる橋が 韓国には数多くあります。 寺域内に入る橋で、この橋を渡ることで解脱にいたるということでしょうか。
安静寺解脱橋
全羅道南原市実相寺にも、解脱橋はありました。
 川を渡ることで、あの世という解脱の世界に行くことを意味するのかもしれません。 下の写真は慶尚北道蔚珍郡の仏影寺のトイレにあった写真です。
韓国語でトイレは、化粧室の韓国語読みでファジャンシルと言います。が、お寺では「ヘウソ」と言います。漢字では「解憂所」となります。仏さまに合掌礼拝のあと、出るものが出れば、憂いも解けるのかもしれません。憂いを無くすのではなく、解くとするのが素敵です。
⚫︎編集後記
 本号の執筆にあたり、梵魚寺、仏影寺、安静寺の僧侶、および信者のみなさまにご厚情を賜りました。改めて感謝申し上げます。食事を賜ったり、本来なら公開していないものを見せて下さったりと、またまたお世話になりました。

 ジャーナリスト?の櫻井よしこ氏が韓国は内戦状態と煽る記事(とはもはや呼べません)のようなものを書いていましたが、内戦の気配を感じることができませんでした。 この煽りっぷりの酷さに開いた口はふさがりません。ようは、対外的な不安を煽り内側の腐敗から目を反らすという為政者の常套手段の援護射撃といったところでしょうか。
 氏の講演、所属会社のウェブページによると100万から150万円が目安なのだそうです。金をドブに捨てるとはこのことを言うのでしょう。 月刊「祭」の講演はその100分の1以下でやりました。頭は櫻井氏より随分悪いはずですが、氏よりマシな話はできました。

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71.お猿さんと澪標(みおつくし)住吉神社北五太鼓(月刊「祭」2017.9)

2017-08-19 04:21:01 | 屋台、だんじり、太鼓台関連

 大阪市の澪標住吉神社は、阪神電車の伝法駅すぐ近くにあります。ここの太鼓台は江戸時代の物が残っていることでマニアの間にはよく知られています。

 その中の北五太鼓は、精巧な江戸期のものと思われる彫刻を擁しています。

 そして、大きな特徴が一つあります。それが、お猿さんへのこだわりです。
 まずは屋根にさるぼぼとよばれる赤の猿のつくりものがあります。

 

 よく見ると法被のマークもそれを模したものとなっています。

 

 欄干の彫刻も他が鳥であるのに、後ろ一面だけは猿になっています。

 

 

 これは、北五にある庚申堂に由来しているそうです。この庚申堂はもともと愛宕神社の境内にあったそうです。愛宕神社は住吉神社の境内に移動し、庚申堂がその地に残ったそうです。となると、この太鼓は、制作当初より北五のために作られた物であると考えられます。

 

 ●編集後記
 10月号より前後しての9月号になりました。
 写真保存のトラブルのためです。
 この記事の作成にあたり、北五太鼓台関係者のみなさまのご厚意を賜りました。
ご教示やあたたかい励ましをいただき本当にありがとうございました。

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70.明、讃、高、三位一体の掛け声?復活 大市八幡太鼓台(月刊「祭」2017.7)

2017-07-31 18:07:00 | 屋台、だんじり、太鼓台関連

2016年10月。西宮市で名太鼓台が復活しました。大市八幡宮の下大市太鼓台です。40年ぶりの復活は、宮の太鼓台としての復活です。祭礼日は体育の日の次の土日で、昨年の祭を見ることができませんでした。
今年、2017年は夏にも台車で巡行をするとのことで、時間の許す限りのお手伝いをさせていただきました。




目をみはるのは四本柱の彫刻です。また、歴史的な価値も非常に高いのですが、その価値については、鈴木一宏氏が指摘しています。
なので、ここでは本体の歴史的価値には触れずに、掛け声をみていきます。

太鼓は3、3、3、2の11回を1セットとします。それぞれの3の最後のドンの音に合わせて、ひとっちゃい(ふたっちゃい、みっちゃい-a)と太鼓打ちの子どもは声を出します。2の太鼓にあわせてヨーリマーカセー-bと子どもは声をだします。
そして、ふたたびドンドンドン(ひとっちゃい)と元に戻るのですが、ドンドンドンの1回目のドンから3回目のドンにかけて担ぎ手の大人たちがヨーヤサー-cと言います。ヨーヤサーのサーと、最後のドン、ひとっちゃい(ふたっちゃい、みっちゃい)の言い始めが重なります。


a 3、3、3、2の太鼓と一つ、二つ、三つの掛け声
大市八幡太鼓台の子供達が叩く太鼓と掛け声は、香川県豊浜市のちょうさの掛け声ににています。豊浜市のちょうさも太鼓は3、3、3、2となります。


bマカセ
マカセの掛け声は、明石などでよく使われます。大阪市のだんじりで使われるマワセも同系統といえるかもしれません。

cヨーイヤサー
ヨーイヤサーは神輿屋根型屋台分布域に使われる掛け声です。その中でも3回の太鼓でヨーイヤサーを言うのはその中でも西側、旧印南郡域、現在では高砂市や姫路市の西部(大塩、的形)などになります。


以上見てきたように、大市八幡の太鼓台の掛け声は三位一体ともいうべき様相を呈しています。この掛け声が、ここ独特のものなのか、それとも近隣に広まっているのかを今後は調べる必要がありそうです。

編集後記
後に映像などをリンクしていきます。
屋台の祭は、屋台そのものや金があるだけでは続きません。必要なのは組み立てたり、太鼓を打ったり、安全に担いだりする技術です。それは、幼い頃から屋台にふれ続ける必要があります。そのような人を大切にすることが存続のポイントとなるでしょう。それができない町は、いかに今隆盛をほころうとも、滅びの道を辿ります。狭い了見の輩から、いかに権力を取り上げるかが、存続の鍵となるでしょう。

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69.日吉大社の麓五社拝殿の格天井(ごうてんじょう)(月刊「祭」2017.7)

2017-06-24 21:01:16 | 民俗、信仰、文化

 屋台文化で育った管理人にとって、オミコッサン(御神輿)は子供が担ぐもの、祭の儀礼上の主役だけど実質は屋台にこそが主役だという程度のものしかありませんでした。その考えが非常に愚かであることを教えてくれたのが、滋賀県大津市日吉大社の山王祭でした。

 今回は日吉七社のうち、拝殿と本殿をわけてつくられた五社の格天井の数を数えてみます。
 祭神名は神社の案内板およびそれが元にしている文献(明治時代の偽書説あり)に従い、本地仏は近江名所図会に従いました。

 

●東本宮、樹下宮
 東本宮の区域内には七社のうち二社が入っています。東本宮は大山咋命、樹下宮には鴨玉依姫神の夫婦神といわれています。いわゆる地主神の夫婦となります。すぐ下の写真の中心奥が東本宮本殿、手前が拝殿、左が樹下宮本殿、右が拝殿になっています。東本宮の本地仏が薬師如来といわれていることから、もしかしたらもともとは、本殿の位置に薬師如来、左右の本殿拝殿には、薬師寺式伽藍配置をしめす仏塔があったのかもしれないと邪推してしまいます。

 

●西本宮、宇佐宮、白山宮

一方の来訪神側の西本宮、宇佐宮、白山宮。

↑白山宮の本殿、拝殿。菊理姫命(くくりひめのみこと)。仲介の神様ともいわれています。

↑宇佐宮。田心姫命と言われ西本宮大乙貴命の妻神です。本地は阿弥陀如来とされ東の薬師如来との対比ができあがっています。

 

西本宮。大比叡ともいわれる宮です。大乙貴命が祭神とされています。

 

●五社拝殿の格天井
 格天井はいずれも、小正方形があつまって一つの中正方形をつくり、それらがさらにあつまって天井(大正方形と本稿ではする。)を形成するというものでした。小正方形の数は中正方形の中に小正方形が一辺にいくつあるか、中正方形の数は大正方形の一辺にいくつあるかを示す数とします。

  祭神 夫婦関係
神の特質
本地仏
東本宮 大山咋命 夫(地主神) (東方瑠璃光)
薬師如来
 13  10
樹下宮 鴨玉依姫命 妻(地主神) 地蔵菩薩  11  10
白山宮 菊理姫命 仲介神 十一面観音  11  10
宇佐宮 田心姫命 夫(来訪神) (西方浄土)
阿弥陀如来
 13  10
西本宮 大乙貴命 妻(来訪神) 釈迦如来  13

 13

となりました。
これらを見ると、西本宮を一段上においていることが分かります。また、西の如来(宇佐宮・阿弥陀如来)と東の如来(東本宮・薬師如来)で数を合わせていることが分かりました。そして、菩薩同士(白山宮・十一面観音、樹下宮・地蔵)でも数を合わせていました。数の合わせ方は、本地仏の配置を基準にしていることが分かりました。


↑西本宮の格天井。中心部のみせりあがっています。


↑東本宮の格天井。宇佐宮も同様でした。


↑樹下宮の格天井。白山宮も同様でした。

●編集後記
 今年、15年ぶりくらいに日吉大社を訪れました。そのとき、学生時代に神輿を担がしてくださり、泊めてくださり、ご飯を食べさせてくださった恩人が他界されていたことを知りました。そこで、おおよそ20年ぶりにその方の家を訪ね、息子さんとお話しさせていただきました。管理人の顔を見た息子さんは、老けたなあと言って笑いました。その口調はあの頃のままでした。

 あの時は、下宿から電車を乗り継いでいったり、自転車をこいだりしました。車で送っていただいたりしたこともありました。一週間連続で通ったり、2泊3泊したりしたものです。今回は自分のお気に入りの自家用車で訪れました。滞在時間は数時間でした。20年の月日が大きく身の周りを変化させていっていると痛感しました。

 お世話になった方のご冥福をお祈りします。
 そして、走馬燈のような人生、いいものにしたいと改めて感じました。

 

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68.神仏基習合??の日蓮宗寺院(月刊「祭」2017.6)

2017-05-17 22:54:04 | 民俗、信仰、文化

 日蓮宗といえば、日蓮が鎌倉時代あたりに開創した、法華経を中心とした一宗派です。
 戦国時代から江戸時代にかけては、加藤清正や細川氏の庇護も受けています。

 そんな日蓮宗の寺院には、神道、仏教、基督教が混在しているように見えるものが見られます。
 鳥取市の芳心寺を例にあげて紹介します。

神道
 まずは、神。上がお稲荷さん、下が加藤清正さん。この寺の開創には加藤氏の者がかかわっているようでした。詳細は省きます。

 


 本堂かどうかが写真だけではわからなくなってしまいました。
 


 妙見堂ですが、水引幕が十字紋です。
 妙見堂にこの十字紋がかけられている日蓮宗の寺院をほかでも見たことがあります。
 能勢では、ルイスフロイスがこの日蓮宗の妙見堂で、洗礼を受けさせたとかいう記事をネットで見ました。後に詳細を確認します。

 

*鳥取市の取材旅行では、ゲストハウスしゃん亭のオーナーさんやお客さんに本当にお世話になりました。この場をかりてお礼申し上げます。

●編集後記
 共謀罪。自分が為政者ならば、歯向かうものを逮捕しやすくなるので、喉から手が出るほど欲しい法律です。ですが、為政者でないので、この成立にはどうしても恐怖を感じてしまいます。

 名指しで、写真をあげて批判するのには、名誉棄損や、ばあいによっては犯罪者の汚名を着る覚悟が必要になります。罵倒をするのであれば、その痛手は言われた側より、言った側に重くのしかかるかもしれません。
 明らかに間違っていることに対して熱い正義感をもった批判する時ですら、返り討ちの覚悟を持たざるを得ないのが現実です。ましてや、直接のやりとりで済む私的なイザコザにネットを使うと、不必要にプライバシーを拡散させてしまったことによって、犯罪者の汚名も着せられかねません。注意しましょう。

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67.淡路島のだんじり台車(月刊「祭」2017.5)

2017-04-30 20:23:37 | 屋台、だんじり、太鼓台関連
本ブログ不動のエース記事「嗚呼、わが町の台車事情」の淡路島版です。

◯南あわじ市 2017あわじだんじり祭に集結しただんじりより

南側は二輪、タイヤ式が多いです。



また、タイヤ式四輪もありますが、多くの場合は小型で担ぐものほど台車運行時は傾かない四輪を使う傾向があるようです。


大型のものは担げないため、ぐるぐる回るなどなの激しい動きをする必要があるため、二輪のものが多く用いられるようです。

◯鮎原河上天神宮、いざなぎ神宮
先ほどの南あわじ市だんじり祭の地域より北に上がり、一宮インター付近の二神社は歌の奉納を行いかつ、担ぐのも続けています。

木の台車。コマだけみると「だんじり」ぽいですね。



タイヤ型ですが、南あわじ市のものよりずいぶん小さく四輪です。井の字型です。

ここのだんじりは担がれます。

◯志筑八幡神社
さらに北に行くと、淡路のだんじり文化も担ぐ文化の度合いがより、色濃くなります。


タイヤはほとんど使われません。



◯淡路のだんじり台車
1 井の字型が多い。
2担ぐものほど四輪になる。担がないものは機動力に優れるタイヤ二輪で、上下運動や回転などの見せ場を作る
3南に行くほどタイヤ使用率が高く、タイヤの径も大きくなる。


◯編集後記
朝鮮民主主義人民共和国のミサイルと同じくらいか、それ以上に恐ろしいのは共謀罪の制定かもしれません。非民主的な隣国の狂気を理由に、自らの国をそれに近づけることだけはしたくないものです。
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