月刊「祭」

旧・言葉の装い
同行二人

月刊「祭」2017目次

2017-12-31 06:47:59 | 各年、目次

 




誤りの訂正

 本ブログ親ページ祭と民俗の旅播州三木(兵庫県三木市)美坂神社東這田屋台-篠山、淡路、姫路、富山の融合。太鼓台としての屋台-に誤りがありました。水引幕を鳳凰船に乗った神功皇后の三韓征伐としていましたが、誤りでした。東這田屋台関係者の皆さまを始め、間違えた情報の掲載大変失礼いたしました。

はじめに
 本ブログおよび、「祭と民俗の旅」の文章・写真などの引用、参考は自由です。ただし、このブログに提供していただいた写真は、明記しておりますので、それの引用はご遠慮願います。また、引用、参考の際は、月刊「祭」を引用、参考した旨のご明記をお願いいたします。 写真や図とその解説は、画面を最大限に広げた時に一致するように作っていますので、できるだけ広い画面でご覧ください。

 이불럭과 「祭と民俗の旅」의 문장, 사진을 인용,참고하기는 자유입니다.  하지만, 이불럭에 제공주신 사진도 있어서 그런 것을 명기하니까, 인용하기을 삼가 바랍니다. 인용,참고할 때는, 이불럭을 인용,참고헀다기를 명기해 주십시오. 
  
img1.gif  「祭と民俗の旅」-目次  
                     月刊「祭」2011、2012 目次
                     月刊「祭」2013 目次
                     月刊「祭」2014 目次
                     月刊「祭」 2015 目次
                                                            月刊「祭」2016 目次
                     


■月刊「祭」2017 目次
63.三木の屋台と鬼研究の足跡(月刊「祭」2017.1月)
63.5.過去良記事、独断と偏見による月刊祭大賞選出(月刊「祭」2017番外)

韓国語学習記


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63.5過去良記事、独断と偏見による月刊祭大賞選出(月刊「祭」2017番外)

2017-01-02 08:31:48 | 各年、目次


もうすぐ月刊「祭」創刊5周年を迎えます。
ということで、過去の良記事を独断と偏見で選んでみました。これで号数を増やすのは気がひけるので、63.5号とします。
一番下に月刊「祭」大賞の記事を掲載しました。

播州の神社別各屋台分布図 -二つの川上の反り屋根-
偉大すぎる先行研究サイトを参考に、各神社の主な屋台を地図上に落としていくと、面白いことが分かってきました。



50.秋夕(チュソク)の訳と盂蘭盆 (2016.1月)
韓国では一大里帰り行事となる秋夕。
日本語訳ではお盆となりますが、本当にそれでいいのでしょうか。韓国で山車の祭がほとんど見られない理由についても考察しました。


山車、地車の鉦(月刊「祭」49号.2015.12月)
東西の鉦は、西◯東◻︎。◯と◻︎には何が当てはまるでしょうか?


好きな屋台占い
車と屋台の好みには関連がある!?



欄間彫刻不明場面解明? 三木市大宮八幡宮明石町屋台
謎とされていた二面の彫刻の場面を解明した!! と思ったら一面は間違いでしたToT


屋台・だんじりの彫刻・刺繍場面案内-「平家物語」編-
源平合戦の場面を集めてみました。
意外と平家物語にはないストーリーが見られたことに驚きです。
http://blog.goo.ne.jp/hol_my_ow/e/5cd8e8b1936d744070de06bbd301636c/?img=47813f155bd8a5c0520e445ca3aac6b9

韓国全羅北道南原市with河東市長丞(チャンスン)見聞記
引月から実相寺の道を歩く中で出会ったチャンスンなどをレポートしました。仏教と関連した護法チャンスンとよべるものもありました。



<月刊「祭」2012.8月 第5号 「I love 大津! 大津市の祭特集」 
大津市中学生いじめ自殺事件の報道をめぐり、地に落ちた大津の評判。ですが、大津には三木にも負けず劣らずの祭文化とそして、それを支える人がいます。
日吉大社山王祭編のみ別稿です。
「子どもにはなあ、神さまが宿るんやで」
管理人がとある子どもから聞いた名言は、全ての大人が心すべきことかもしれません。



おっさんなんどい
:問題提起編(月刊「祭」48号.015.11月の1)
:調査?報告編(月刊「祭」48号.2015.11月の2)
おみこっさんどいおっさんなんどいの掛け声がいつ頃から言われているのかを調査。
ちゃんと三木市中心部での屋台を担ぐ掛け声と大宮八幡宮のオミコッサン・お神輿を担ぐ掛け声と播州弁との関連にも話は行っています。



その中でナンバーワンは⤵︎
嗚呼、わが町の台車事情
「なんで台車やねん」とつっこまれたこと数知れず。でもこの記事こそが月刊「祭」の代名詞。台車にはその屋台の祭にたいする考え方がギッシリつまっていました。



●編集後記
月刊「祭」を始めてもうすぐ5年。記事の気合の入り具合にムラがありますが、月一回のペースは死守できています。少しずつ見てくれる人が増え、少しずつ祭に関する話を持ちかけてくださる方も増えてきました。
これまでと同様に管理人本位でのわがままな運営を細く長く続けていきたいと思っています。

番外編として、本ブログ:月刊「祭」の前身である「言葉の装い」からも一つだけ記事を選出します。国際文化学の英訳 -国際のもうひとつの意味-

母校には国際文化学部がなくなりました。そして真逆の意味ともいえる国際学部が誕生しました。
国際学部で国際文化学の精神が受け継がれること、そして、国際文化学部の復活を願ってやみません。

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63.三木の屋台と鬼研究の足跡(月刊「祭」2017.1月)

2017-01-01 20:42:48 | 民俗、信仰、文化

あけましておめでとうございます。
今年一発目は、三木や播州地方の屋台や鬼の研究を振り返ってみたいと思います。

<書籍の表示形式>
・編著者名「題名」『掲載された書籍名』(出版社)出版年
概要
<ウェブページの表示形式>
・活動者名『ウェブページ名(当該ページへのリンク付き)』
概要
<講演・発表等>
・講演者名『発表の題』(主催団体など)発表がなされた年
概要



「鬼」
・藤原喜美子『オニを迎えまつる人々』(岩田書院)2006
 三木や姫路市松原八幡神社、魚吹八幡神社、加西市東光寺など播州各地の鬼が追い払われるものではなく、不動などの化身として現れることを指摘。
 藤原氏は播磨の鬼研究の第一人者ともいえる方で、他にも膨大な研究をされています。

・喜多慶治『兵庫県民俗芸能誌』(錦正社)1977
 おそらく一人?で調査した結果をまとめたと思われる力作。北から南までまとめられています。今はもうない芸能も。他にも県の民俗芸能報告書などはありますが、氏の活動に敬意を表して。

 


「屋台」
・コタニマサオ『なんでもかんでも三木』(神戸新聞事業社三木営業所)昭和61年
岩壺神社、大宮八幡宮と久留美の大人屋台を取材し掲載しています。多くの方に取材されてできた記事は30年を経た今、より史料としての価値を増してきました。

粕谷宗関氏の著書
いわずと知れた播州屋台研究の第一人者。彫刻師や縫師の系譜を明らかにしました。

・兵庫県教育委員会『播磨の祭礼:屋台とダンジリ:平成16年度文化庁ふるさと文化再興事業伝統文化総合支援研究委嘱事業実施報告書』(兵庫県教育委員会)
三木、灘のけんか祭、曽根、網干など播磨で比較的大きな祭りを調査報告しています。詳細で分かりやすいのですが、大宮八幡宮の階段の間に溝があり、それがもともと宮入用の綱が上下するためのものだったという内容の謎の記述があります。

・三木市観光協会『三木の祭』(三木市観光協会)2002
三木市内の大人屋台すべてを網羅しています。また、当時の堀光美術館館長石田氏の論考では、18世紀の檀鶴の記述が三木の屋台の起源である可能性を指摘しています。

上記は一応書籍化されたものの代表作ですが、播州屋台研究においては、その金字塔的な役割を果たしている活動が、ウェブページにも見られます。

・namerakozo『播州祭り行脚
播州の三段平屋根布団屋台の分布域全体の各屋台を調査、紹介した最初のウェブページ。もちろん、同様の内容を扱った書籍はそれまでは出ていませんでした。

・播州祭礼研究室『播州祭り見聞記
播州の神輿屋根型屋台、反り屋根型屋台の分布域全体の各屋台を調査、紹介した最初のウェブページ。もちろん、同様の内容を扱った書籍はそれまでは出ていませんでした。

・Y氏の各活動
三木市吉川町若宮神社屋台の復興・調査。岩壺神社大塚屋台の彫刻の原画解明など。

今回は、三木市と播州地域の主だったもののみの紹介となりました。後に機会があれば、それ以外の地域も見ていきたいと思います。

●編集後記
 今年は、祭礼研究ももう少し力を入れていきたいと思っています。
 

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月刊「祭」2016 目次

2016-12-31 21:46:45 | 各年、目次



誤りの訂正

 本ブログ親ページ祭と民俗の旅播州三木(兵庫県三木市)美坂神社東這田屋台-篠山、淡路、姫路、富山の融合。太鼓台としての屋台-に誤りがありました。水引幕を鳳凰船に乗った神功皇后の三韓征伐としていましたが、誤りでした。東這田屋台関係者の皆さまを始め、間違えた情報の掲載大変失礼いたしました。

はじめに
 本ブログおよび、「祭と民俗の旅」の文章・写真などの引用、参考は自由です。ただし、このブログに提供していただいた写真は、明記しておりますので、それの引用はご遠慮願います。また、引用、参考の際は、月刊「祭」を引用、参考した旨のご明記をお願いいたします。 写真や図とその解説は、画面を最大限に広げた時に一致するように作っていますので、できるだけ広い画面でご覧ください。

 이불럭과 「祭と民俗の旅」의 문장, 사진을 인용,참고하기는 자유입니다.  하지만, 이불럭에 제공주신 사진도 있어서 그런 것을 명기하니까, 인용하기을 삼가 바랍니다. 인용,참고할 때는, 이불럭을 인용,참고헀다기를 명기해 주십시오. 
  
img1.gif  「祭と民俗の旅」-目次  
                     月刊「祭」2011、2012 目次
                     月刊「祭」2013 目次
                     月刊「祭」2014 目次
                     月刊「祭」 2015 目次
                     

■月刊「祭」2016 目次
50.秋夕(チュソク)の訳と盂蘭盆 (月刊「祭」50号.2016.1月)
51.鬼追いと月輪寺 1.2つの月輪寺と八幡宮 2.三木の英雄に捧げる哀悼の意(月刊「祭」2016.2月)
52.法隆寺と道真(月刊「祭」2016.3月)
53.法隆寺五重塔あれこれ(月刊「祭」2016.4月) 
54.退治してもいいの?いいんです!(月刊「祭」2016.5月)
55.神戸市和田神社の名だんじり(月刊「祭」2016.6月)
56.神戸都心部の祭文化私観(月刊「祭」2016.7月)
57.京都祇園祭大船鉾探訪(月刊「祭」2016.8月)
58.韓国京畿道の屋根は天竺への道?(月刊「祭」2016.8月)
59.双子だった宮島の海上鳥居(月刊「祭」2016.10月-2)
60.東九条マダン探訪記 各号補随(月刊「祭」2016.11月)
61.祭のアウトロー(月刊「祭」2016.12月)
62.城山屋台が再び!( 月刊「祭」城山お披露目緊急特別号)


韓国語学習記

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62.城山屋台が再び!( 月刊「祭」城山お披露目緊急特別号 )

2016-12-08 22:11:20 | 民俗、信仰、文化



12月11日、屋台が蔵に入ってから20年をこえる歳月を経て、再び屋台が組み上がった状態で人目に触れることになりました。 管理人は都合によりみることができませんでしたが、ご厚意により写真をいただきましたので、それを使いつつ記事を書かせていただきました。



⚫︎傷んでいない装飾品の謎
ここで大きな疑問があります。20年越えたわりには、傷んでいません。城山屋台は購入時すでに中古の状態でした。それから20年ほど使い、さらに20年以上休みました。にもかかわらず、今からでもかつげそうな保存状態です。
これは、夏に虫干しをすることで、殺菌して腐食を食い止めてきました。しかし、担がれることのない屋台を20年以上虫干しし続ける心持ちはいかなるものであったのか、はかり知れません。





それだけでなく、地域の駅伝大会などでは、城山の法被を着て参加をしていました。他町の屋台を担ぐ時も、城山マークの地下足袋で揃えたりと、城山の存在を示し続けてこられました。
このような情熱に三木の祭は支えられていることを改めて感じました。


•編集後記
日本の山車祭か世界遺産登録されました。元々素晴らしいことがわかりきっている山車祭。ユネスコやがきちんと世界遺産として登録できるかどうかというのは、ユネスコや国連がちゃんと文化財を審議する能力があるかどうかを試される機会となりました。
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61.祭のアウトロー(月刊「祭」2016.12月)

2016-11-12 06:36:35 | 民俗、信仰、文化
祭になると、神社や町によって定められた出し物だけでなく、色々な人が自発的に色々な出し物が出されます。それらは、あるものは恒例の行事になりつつあったり、あるものは単発的なものであったりします。そして、それらの多くが、良くも悪くも、そこに居合わせた人の心に残っていきます。それらの今昔を今回は見ていきましょう。

•現代
珍走団(旧名:暴走族)
三木市では、現在38才の管理人が高校生の頃、大宮八幡宮秋季例大祭終了後に「ボウソウ」といって、屋台の宮出が終わった頃に地元暴走族が爆音で町を走り回っていました。また、同年代たちがそれを見に行くということもあったみたいです。管理人は、青年団に入った年はもちろんのこと、入団前も屋台を担いでヘロヘロの状態で観に行く気にはなれませんでした。ただ、床に着いた時に耳をつんざく爆音が。。。違法行為だし、迷惑な行為ではあるものの、一種の風物詩ともなっていたともいえるでしょう。
また、そのような若い頃の行為を経て、現在は祭のなくてはならない役割を担うようになった人が数多くいる気もします。

同様に姫路市でも10年ほど前に特攻服をまとったお兄さんがまつりで出没しているのをみました。
また、京都の祇園祭のマクドナルドのトイレでそのようなお兄さんと出くわし、ビビってトイレを先に譲ってしまいました。。。

一方、若い人だけでなく、大阪府の某神社の夏祭りでは電動車椅子に布団屋根をつけて練り歩かれる方がいらっしゃいます。これもまた、公式のものではありませんが、祭の名物となっております。

●室町時代
京都祇園祭の現在巡行されている山鉾がほぼ出揃ったのが室町時代とされています。その主な担い手となったのが、力をつけた町衆でした。


ただ民衆のエネルギーは山鉾に向かうだけではありません。无骨(ムコツ)と呼ばれる男は、祇園会のおりにあらゆるところでその軟体を活かした芸をしたそうです。

●平安時代
日本書紀以降の歴史書である「続日本紀」には次のような記事が残っています。( )内は管理人によります。

廿三 辛酉(宝亀十年六月二十三日辛酉の日)。周防ノ國周防ノ郡ノ人外従五位上周防凡直葦原之賤男公自他戸皇子ト称ス。百姓ヲ誑惑ス。伊豆國ニ配ス。

葦原之賤男は他戸皇子に扮したということになります。
他戸皇子は母の井上内親王とともに、父の光仁天皇を呪い殺そうとした罪に問われ、皇籍を剥奪され憤死夭折します。この事件により天皇となった桓武天皇は生涯祟りに悩まされます。百姓を誑惑させたお祭り状態が起きたたいうことで、この記事に入れました。
葦原之賤男は「高貴な方たち」の醜い部分を目の当たりにして、それを風刺していたようにも思えます。今より厳しかった時代にお上を皮肉る気概には感服させられます。

⚫︎編集後記
ほとんど文字だけの12月号です。暴走族、幼い頃はかっこいいとおもっていました。思春期の頃は幼馴染を除けば恐怖の対象でした。今は、見るたびに寒い中ヘルメットを被ったらダメだし、夜遅くまでマナー悪く過ごさないとダメだし、結構大変だなと思います。

平安時代に当時の皇族や貴族を皮肉った葦原之賤男。この気概が現在にも必要なのかもしれません。為政者や社会的地位のある人にとっては、格差拡大固定をしたいのは洋の東西、政治の左右問わない本音です。そして、20年前より階層の固定化と拡大化は進んでいます。階級闘争史観で歴史を見てはダメだとしたり顔で言っている人は、騙されている人か騙している人のどちらかだといえるでしょう。

トランプ大統領になりました。クリントン候補は軍産癒着が取り沙汰されています。トランプ氏は人種差別意識が極めて強い方と言わざるを得ません。「選挙とは、いい人を選ぶのではなく、マシな人を選ぶんやで」。学生時代の友人の言葉が身にしみます。

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60.東九条マダン探訪記 各号補随(月刊「祭」2016.11月)

2016-11-02 21:26:36 | 民俗、信仰、文化
⚫︎東山九条マダン探訪記
京都の在日コリアンの方達が中心となっておこなっております。


プンムルノリ。

テピョンソと呼ばれる、チャルメラ系の管楽器の音に惹かれます。途中田植えを思わせる所作がありました。ここの場合、東九条マダンの文字がノボリにありますが、多くは「農者天下大本」と書かれています。
広島の花田植えにも似ているところがありそうです。


始まって20年ほどたつそうです。


和太鼓との共演もあるそうですが、見ることなく京都を発ちました。

日本の祭を考えるときには、避けて通れない隣の国の祭。



⚫︎各号補随
月刊「祭」も60号を迎えました。一年12回としたらはや、5年続いたことになります。今回は、5年間の記事の中から、付け加えたい内容をここに書いていきます。

✴︎おっさんなんどい 調査報告編
ひょんなことから、大宮八幡宮の神輿を担いだことのある方達にお話を聞く機会がありました。その中で「おみこっさんどい おっさんなんどい」の掛け声をか使ったことがあるという70代の方がいました。
つまり「おっさんなんどい」はドラえもんより長い60年ほどの歴史があることになります。

✴︎嗚呼、わが町の台車事情
明石市魚住の住吉神社の中尾屋台。
巨大な車輪をもつ台車は「だんじり」と呼ばれていました。


⚫︎編集後記
60号を迎えました。
干支でいうと一回りしたことになります。今回はネタ不足の中投稿しようとした日と東九条マダンの日が重なったので、この題材を選びました。
日本の祭を考える上で避けて通れない朝鮮半島の祭。ヘイトスピーチに心血を注ぐ人は、それは自らの祭に唾を吐くようなものだとの自覚を持ってほしいものです。


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59.双子だった宮島の海上鳥居(月刊「祭」2016.10月-2)

2016-09-18 02:25:14 | 民俗、信仰、文化


清盛の日招き伝説などにより、祭人にとっても馴染み深い厳島神社。その特徴は海に張り出した境内地と足元が海水に浸かる海上鳥居です。実は、この鳥居、双子だったようです。











というわけで安芸の国広島の地誌「芸藩通誌」を見てみましょう。

これは陸側の絵図ですが、鳥居の浮かんでいる様子が伺えます。地御崎神社という神社で先ほどの芸藩通志には
「本殿神六座、客神殿五座、祭る神、厳島に同じ (略)厳島社と同年に建、後に平清盛、重修すと、一説には、桜尾城主、藤原親実、厳島の奉祀なりければ、風波の時、渡海をならざるを以、此社を建て礼を行ひしといふ」
とあります。
つまり、厳島の外宮であること、厳島神社と同年の創建と伝うこと、厳島に渡れないときはここで祭をしたと伝わっていたようです。

また、旧暦六月十七日夜の厳島神社の祭礼には神船が来ていたとも書いており、お旅所にもなっていたようです。


⚫︎編集後記
事情により大幅に遅れての10月号発刊となりました。
日本シリーズは惜しかったですが、近鉄ファンの管理人にとっても、広島の優勝は嬉しいものがありました。
今でも市民球団として生きる気概は、昔も今も原爆で打ちひしがれた人たちの希望となっているようです。
一方で核兵器反対の反対に票を投じる我が国首脳やアメリカ。最近一気に風が冷たくなったのは、厳島の弁天様や鯉の深いため息のせいかも知れません。


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58.韓国京畿道の屋根は天竺への道?(月刊「祭」2016.9月)

2016-08-16 20:29:41 | 韓国、外国


京畿道の宮殿や城の屋根を見ると、降棟の上に、動物や人間のご一行が列をなしています。これを雑像・チャプサン・잡상というようですが、なんのことかさっぱりわかりません。なので、文献を探そうかとも思ったのですが、そんな暇もないので、屋根の上の人や動物は何者なのか韓国文化財庁ウェブページをみて調べてみます。
その上に乗っているのは多くが西遊記•ソユギ•서유기の登場人、怪物です。特に先頭3体は外から
1大東法師•テダンポプサ•대기업사(三蔵法師)
2孫行者 •ソンヘンジャ・손행자(孫悟空)
3猪八戒・チョパルケ・저팔계(猪八戒)
が並ぶそうです。
規模が大きい建物だと、その後ろに沙和尚・サファサン・사화상(沙悟浄)などが並ぶそうです。

現存の屋根にある雑像は朝鮮時代以降のものになります。が、この時期は仏教が廃仏棄釈などで廃れた時期。月刊祭説(妄想)によると、この時期の仏教衰退が韓国・朝鮮の山車、神輿文化がほとんど見られない原因となっています。にもかかわらずなぜ、仏教説話とも言える西遊記が宮殿や城にのこってるのでしょうか?

◯江華島出土雑像
江華島・カンファド・강화도では雑像が出土しました。時代は13世紀。13世紀といえば、高麗・コリョ・고려の時代です。高麗の時代は各地に寺院が創建され海印寺・ヘインサ・해인사に見られる大蔵経が編纂、刊行された時期です。この時代だと、天竺よりお経を持ち帰った大東法師・三蔵法師はまさしく英雄といえるでしょう。天に飾りたくなるのも理解できます。
朝鮮時代の雑像は、高麗時代の仏教隆盛期の名残と言えるものかもしれません。







◎編集後記
今年も韓国に行ってきました。
かれこれ通いつめて五年。いくたびにこの国の文化を理解することなく、我々の祭文化を理解するのは不可能であると痛感しています。
この記事には反映されていませんが、今回は図書館ずくめの旅になりました。釜山大学校や延世大学校、水原市の各図書館、京畿道博物館の資料室の方々には突然の訪問にもかかわらず、資料の閲覧やコピーに骨を折ってくださいました。
本当に感謝申し上げます。

올해도 한국에 갔다왔습니다.
이것저것 다닌지 5년. 갈수록 이웃나라(한국) 문화이해없이 우리나라(일본) 축제문화를 이해할 수가 없다고 통감합니다.
이 기사에는 반영하지 않습니다만, 이번여행은 도서관 여행 이었습니다. 부산,연셰 양대학교 도서관, 경기도 박물관 직원들께서 자료열란이나 복사위해 신세 많이 바닸습니다.
진심으로 감사 드립니다.


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57.京都祇園祭大船鉾探訪(月刊「祭」2016.8月)

2016-07-30 10:14:43 | 屋台、だんじり、太鼓台関連

2014年の大船鉾の復活とともに、祇園祭山鉾巡行も、前の祭、後の祭にわけて行われるという元の形に戻りました。
今年は巡行が日曜日。巡行の土日になるのはおおよそ7年に2度。来年は月曜日の開催なので、このチャンスを逃せば当分見れません。
ということで、所用を済ませた後、ダッシュで京都に向かうこと2度。念願の後の祭を見ることができました。

●7月22日 後の祭宵宵山
今から入ります


下から見上げると


飾り幕やかつての舵などが飾られていました。




これは、飾り物を売るなというお達しでしょうか?


今年は金幣はお休みで、龍頭が船の先頭に取り付けられます。昨年までは龍頭はなく金幣を二年続けて取り付けていました。今年は龍頭が復活したので、再び金幣と龍頭が一年交代で取り付けられることになりました。




上から見るとこんな感じです。


●7月24日 山鉾巡行
北観音山

先頭を切っていく巡行の最後の辻回し
四条新町最後の辻回しが終わった後



南観音山
ギシギシと音を立てるスタート
アーコリャコリャの辻回し1

アーコリャコリャの辻回し2
アーコリャコリャの辻回し3



大船鉾
辻回し1
辻回し2
町会所に戻る




その日のうちに解体します







先祭(7月17日)も船鉾が、しんがりを務めました。


祭の熱
京都という貴族がいたという土地がらからか、おとなしい祭という誤解を招きかねない祇園祭。しかし、その実は、いたるところに祭への熱さを見てとることができます。
あくまで祭は規定日に行われます。そして、昨年、台風による中止が危ぶまれた中で出た結論は、小雨決行大雨強行。。百年をこえて山鉾を復活させる執念。。
この祭への熱さはすでに室町期にみてとれます。そこに記されているのはこの言葉です。
「神事之無共山鉾渡したし」
たとえ祇園社での神事は中止になっても山鉾は動かすぞというその心意気。我々も見習いたいものです。


⚪️編集後記
今年初めて見た後の祭の山鉾巡行。学生の頃、管理人の青春は祇園祭とともにあったと言っても過言ではありません。関係者の方にお世話になりつつ、自分なりにしあげて卒論などにまとめました。今見返すと、memo当てられない文章ですが^_^;
その山鉾巡行が前後ろ分かれてから、先の祭でしんがりを行く船鉾、後の祭りで先頭を行く北観音山を見れたのは一生の思い出になりました。

月刊「祭」は日本の祭とそれに多大な影響を与えた東アジアの各文化と人々に最大限の敬意を払うよう努めています。
ヘイトスピーチやそれに類する行為・発言に強く反対します。


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