2.いざ交換
実はこの間から時折ハードディスクが音を立てていたのに気がついてはいたのだ。最初のうちはファンが回っているにしては、えらくでかい音だな、と思っていたのだが、そのうちファンではあり得ない音が混じるようになってきた。
これは壊れる前兆であろうか、と師匠に相談すると「五年前のハードディスクなんか明日壊れてもおかしくない」とニベもない返事。「ま、せいぜいバックアップ、しっかり取っとくことやな」
そうした予兆におびえつつ、重要なメールや文書のバックアップは、せっせと取ってはいたのだけれど、まさか実際に、いきなりその日がくるとは思ってもいなかった。液晶の画面が暗くなったりするようなマイナートラブルがいくつか起こったことはあったけれど、この五年半、いわゆる故障らしい故障もせず、ときどき立ち上がり時に固まることを除けば、まずまず順調にきていたのだ。
電源を入れる。
画面は暗いまま。リズミカルにガッガッガッガッとスタッカートを刻んだあと、二分休符、またガッガッガッガッの繰り返しである。
しばらくしてメッセージが現れた。ノーマルモードでの起動、というのを含めていくつかの選択肢が出てくるが、どうやらパソコンはセーフモードで起動させたいらしい。御意、とばかり、セーフモードのボタンを押す。
ところが画面はいっこうに変化が見られない。
こまったことに師匠はいま日本にいないし、とりあえずできるところまでやってみよう、とパソコン関係のマニュアルを押し込んである箱を取り出し、「ソリューションガイド」なるものを引っ張り出してみた。
いきなり「問題の解決」と力強い言葉に気を良くしてそこを開いてみたのだが、なんのことはない、サポートを受けてください、としか書いてない。
サポートセンターに電話をかけてみた。
なかなか繋がらない。待っている間にパソコンの画面がグレーになり、四隅にセーフモードという文字が浮かんできた。これはセーフモードで起動できるか、と一縷の望みが生まれてくる。しかし、四拍子のリズムは相変わらず続いているし、カーソルは動かせるけれど何のメッセージも現れない。
「はい」
サポセンのお兄さんの声が聞こえてきた。型番、症状を告げる。
細かい質問にいろいろ答えながら、サポセン氏の言葉の北関東、おそらく栃木のアクセントがあることが気になってしょうがない。確かめてみたい衝動をぐっとこらえる。
「それはハードディスクがダメになっちゃってますね。とにかくそれは交換しなくてはどうしようもない。方法としてはふたつ。修理に出すか、お客様ご自身でおやりになるかです」
「修理っていうと、日数、かかりますよね」
「そうですね。何日ぐらい、っていうのは、お店によってちがうでしょうが……」
「費用もかかりますよね」
「そうですね、だいたい六万ぐらいはふつう、かかるんじゃないかな」
「交換するのって大変ですか」
「いや、大丈夫です。こちらで引き続きサポートさせていただきます」
「んー、でも、やっぱり不安です」
「大丈夫ですって。じゃ、とりあえずいまのハードディスクをはずしましょう。電源を抜いて、メモリーカードとか、全部抜いてください。それからドライバー、持ってきてください」
栃木弁のサポセン氏は、こちらの不安などおかまいなしに、どんどん話を先に進める。まさか自分がドライバーを持って、パソコンのネジをはずす日が来ようとは、夢にも思わなかった。
「カチッと音がするまでカバーを持ち上げて」
「はい」
「音が聞こえましたね」
「はい」
「じゃ、ハードディスクを取り出しましょう」
サポセン氏は遠隔操作をするがごとく、こちらに指示を繰り出してくる。こちらも「それってこの下っかわにあるやつですか」などと確かめながら、言われたとおりにやっていく。とりあえずハードディスクを出すところまではいった。取り出したハードディスクは、カラカラと音がしている……。
「大丈夫。その調子です」
「じゃ、明日買ってきます。同じものください、って言えばいいですよね?」
「うーん、それだと10GBしかないんですよ、どうせ交換するなら40GBぐらいのにしちゃいましょう」
一万三千円ぐらい、という予期せぬ出費は痛いけれど、パソコンを買い換えることを思えば安いものだ。
「じゃ、あとはまた明日」
その日のミッションはそうして終わったのである。
(この項つづく)
実はこの間から時折ハードディスクが音を立てていたのに気がついてはいたのだ。最初のうちはファンが回っているにしては、えらくでかい音だな、と思っていたのだが、そのうちファンではあり得ない音が混じるようになってきた。
これは壊れる前兆であろうか、と師匠に相談すると「五年前のハードディスクなんか明日壊れてもおかしくない」とニベもない返事。「ま、せいぜいバックアップ、しっかり取っとくことやな」
そうした予兆におびえつつ、重要なメールや文書のバックアップは、せっせと取ってはいたのだけれど、まさか実際に、いきなりその日がくるとは思ってもいなかった。液晶の画面が暗くなったりするようなマイナートラブルがいくつか起こったことはあったけれど、この五年半、いわゆる故障らしい故障もせず、ときどき立ち上がり時に固まることを除けば、まずまず順調にきていたのだ。
電源を入れる。
画面は暗いまま。リズミカルにガッガッガッガッとスタッカートを刻んだあと、二分休符、またガッガッガッガッの繰り返しである。
しばらくしてメッセージが現れた。ノーマルモードでの起動、というのを含めていくつかの選択肢が出てくるが、どうやらパソコンはセーフモードで起動させたいらしい。御意、とばかり、セーフモードのボタンを押す。
ところが画面はいっこうに変化が見られない。
こまったことに師匠はいま日本にいないし、とりあえずできるところまでやってみよう、とパソコン関係のマニュアルを押し込んである箱を取り出し、「ソリューションガイド」なるものを引っ張り出してみた。
いきなり「問題の解決」と力強い言葉に気を良くしてそこを開いてみたのだが、なんのことはない、サポートを受けてください、としか書いてない。
サポートセンターに電話をかけてみた。
なかなか繋がらない。待っている間にパソコンの画面がグレーになり、四隅にセーフモードという文字が浮かんできた。これはセーフモードで起動できるか、と一縷の望みが生まれてくる。しかし、四拍子のリズムは相変わらず続いているし、カーソルは動かせるけれど何のメッセージも現れない。
「はい」
サポセンのお兄さんの声が聞こえてきた。型番、症状を告げる。
細かい質問にいろいろ答えながら、サポセン氏の言葉の北関東、おそらく栃木のアクセントがあることが気になってしょうがない。確かめてみたい衝動をぐっとこらえる。
「それはハードディスクがダメになっちゃってますね。とにかくそれは交換しなくてはどうしようもない。方法としてはふたつ。修理に出すか、お客様ご自身でおやりになるかです」
「修理っていうと、日数、かかりますよね」
「そうですね。何日ぐらい、っていうのは、お店によってちがうでしょうが……」
「費用もかかりますよね」
「そうですね、だいたい六万ぐらいはふつう、かかるんじゃないかな」
「交換するのって大変ですか」
「いや、大丈夫です。こちらで引き続きサポートさせていただきます」
「んー、でも、やっぱり不安です」
「大丈夫ですって。じゃ、とりあえずいまのハードディスクをはずしましょう。電源を抜いて、メモリーカードとか、全部抜いてください。それからドライバー、持ってきてください」
栃木弁のサポセン氏は、こちらの不安などおかまいなしに、どんどん話を先に進める。まさか自分がドライバーを持って、パソコンのネジをはずす日が来ようとは、夢にも思わなかった。
「カチッと音がするまでカバーを持ち上げて」
「はい」
「音が聞こえましたね」
「はい」
「じゃ、ハードディスクを取り出しましょう」
サポセン氏は遠隔操作をするがごとく、こちらに指示を繰り出してくる。こちらも「それってこの下っかわにあるやつですか」などと確かめながら、言われたとおりにやっていく。とりあえずハードディスクを出すところまではいった。取り出したハードディスクは、カラカラと音がしている……。
「大丈夫。その調子です」
「じゃ、明日買ってきます。同じものください、って言えばいいですよね?」
「うーん、それだと10GBしかないんですよ、どうせ交換するなら40GBぐらいのにしちゃいましょう」
一万三千円ぐらい、という予期せぬ出費は痛いけれど、パソコンを買い換えることを思えば安いものだ。
「じゃ、あとはまた明日」
その日のミッションはそうして終わったのである。
(この項つづく)