最近めっきり夏めいて参りました(めっきり?
みなさまいかがお過ごしでしょう。
わたしは最近「累死了」でございます。
状態を表す一語のあとに「死了」をつけると、「〜すぎて死にそう」という意味になります。
「熱死了」は暑すぎて死にそう、「餓死了」は「お腹すきすぎて死にそう」です。
まじ暑いし!まじ腹へったし!……という意味になります。
一言中国語口座でした。
てわけで。
読むのが大変だ、と一部で評判の回想日記などいってみます。
こちらの日記は当番制なのでございますが(裏事情)、確かワタクシメが書くのを一回忘れているような感じでございますので、空気も読まず、長文投稿してみます。
一年前、中国留学中に旅をした、四川省での出来事でございます。
何気に続きものになっておりまして、意味わかんねえよ!長えよ!とお思いの方は、マリアナ海峡のごとき深いご理解と大人のスルー技術をもって、画面右上(マックの場合はおそらく左上)のバツ印を押して頂ければ幸いです。
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雨音に、わたしはふと目を覚ました。
枕元に置いてある携帯を見ると、まだ午前3時をようやくまわったところだ。
昨日はあちこち成都を歩き回り、体はとても疲れているはずなのに、どうにも気持ちが高ぶって眠れない。
楽しみにしていた九塞溝へのバスチケットが、大雨による洪水、土砂災害のために当日キャンセルになり、そしてその夜に諦め半分で尋ねた翌日のチケットを、時間ぎりぎりに予約するという一連のどたばたが、少なからずわたしの眠気をふきとばしていた。
また今日も突然キャンセルになるかもしれない。
そんな不安もあったのだ。
しかし今は眠らなければと思いながら、寝返りをうつ。
そうして7時過ぎ。
ようやく朝を迎えたことにほっとする。
窓の外は、相も変わらず雨。
これでまたバスがキャンセルになったら、ぐれてやる。
そんなことを思いながら、旅の同行者、宿のレセプションの前でYさんとSさんと合流し、そうしてわたしたちは、長距離バスの発着地であるバスターミナルへと向かった。
はたしてターミナルに辿りついたわたしたちが、どきどきしながら尋ねると、今日は問題なくバスは出発するという。
それを聞いたとたん、わたしたちは歓声をあげた。
やった、やった、九塞溝にいけるんだ!
ほくほくしながら、バスの座席につく。
さて、あとはひたすらバスで移動だ。
九塞溝は、四川省の州都、成都から450Kmほど北に位置する。
湖水の美しさに定評があり、黄龍とともにユネスコの世界遺産にも登録されている。
かつて、昔の話。家でごろごろと何の気なしに見ていたテレビに映ったその光景に、いつか、ここに行こうと思った。
それはまだ、中国に留学に行くこともまったく頭になかったころのことだった。
朝8時半に出発したバスが、九塞溝についたのは、夜にさしかかろうとしている時刻だった。
長丁場の移動で一番大変なのは、いかにしてその膨大なる待ち時間をつぶすかということだ。
何しろSleeping Busのような、寝ながら快適に移動できるバスならばともかく、日本でいえば市バスなみの、とうてい十時間も乗るには不向きな乗り心地なのである。
寝るにしろ限度はあるし、だいたい体も痛くなる。
起きているとなると、数時間もしないうちに、退屈の2文字が耳の穴からもわき出てくる。
そう、いつもならばこの必然であり最大の難所をどう乗り越えるかが、旅の要になっていたのだが、今回は何しろ、同行者がいた。
成都で出会い、道中をともにすることになった、YさんとSさん。
彼らがいたからこそ、長いはずの道のりも、辛かったという記憶はない。
初日に成都で出会った老夫婦から紹介されたYさんは、世界一周旅行をはじめる前は、なんとフランスでパティシエをしていたという。
今はすべてを忘れて、世界一周に飛び出してきたばかりだという彼は、甘いもの好きの酒好きの、何とも陽気なお兄さんだった。
もう一人の旅の同行者は、目の大きな、乙女のような顔立ちのSさん。どんなときでも冷静で思慮深く、知的とはまさにこういう人のことをいうのだろうと思う。
現在は仕事の休暇として中国に旅行にきたそうだが、彼の英語力、中国語力は、まさに絶賛。
わたしも一応ほぼ一年中国に留学し(当時は継続中だった)、そしてかつては一年英語圏にいたこともあるのだが、わたしはといえば、話しかけられたところで「あ・はーん?」と肩をすくめる技術が向上しているばかり。
本人の資質とやる気と努力と環境によって、これほど差がつくのか、としみじみと思ったものだ(むしろそれ以外でどんな差がつくというのか。
しかしながら、わたし自身を紹介するときには少々困ったものだ。華々しい彼らのプロフィールを前に、何が言えるというのか。
「えーと、わたし、麻雀が好きですの。おほほほ」
「え、麻雀できるんだ! すごいね!」
「女のひとで麻雀好きってはじめて会いました。すごいですねえ」
わーい。ほめてくれた。
そんな会話をしながら、バスは山道を走る。
道の途中途中で、大雨の影響で起こったがけ崩れの跡がなまなましく視界にはいった。
本来の正規ルートが危険だというので、安全であるルートに変えて走っているはずなのだが、そこかしこで土砂崩れに埋もれた車やトラックなどが放置されている。
ふと窓から崖の上を見上げれば、ぱらぱらと石が落ちてきている。
はたしてこれは、数日前に起こった事故なのか、それともまさにいまいま起こったものなのか、考えたくもない。
日本だったらこういうことはまずありえないだろう。
せめて道の半分を埋める土砂は除去してくれている。
走るバスの目の前を、ひとかかえもある石(というよりもはや岩)が崖の上から転げおちてきたときには、九寨溝につくまえに、どこか別の場所にたどりつくのではないのかと本気で心配になった。
しかしそんな不安をよそに時間はすぎさり、そうしてバスはついに、九寨溝に辿りついたのだった。
時計を見ると、18時半。朝8時半に出発しているので、約10時間かかっている。
バスを降りると、山に囲まれた景色がわたしを迎えた。
ふもとではなく、2000メートルを超すほどの高地に立っているせいだろうか。周囲の山々がものすごく近くに感じ、日本昔話に出てくるような光景だな、と思った。
成都では暑いほどだった気温も下がり、山特有の空気が、肌に心地よく涼しい。
深呼吸をすると、澄んだ空気が体中にしみこんだ。
わたしたちは、さっそく成都で予約しておいた宿に向かった。
「九寨溝」という景勝地は、バスから降りたとたん、目の前に現れるわけではない。
バスはその九寨溝の目と鼻の先にある、山間の村に停まるのだ。
村というか街というか微妙なところだが、村の中心を分けるように細い川が流れ、その両端に宿や店が並んでいる。わたしたちが泊るのは、そのうちのひとつ、「人家青年旅舎」というところだ。
部屋はMix(男女共同)で、6人部屋。
綺麗とも汚いともいいがたい、平均的な雑魚寝部屋といえた(実際雑魚寝ではなく、2段ベッドが3つならんでいた)。
他の客はまだおらず、わたしとYさんとSさんが、目下の住人となるようだった。
とりあえずこの日は軽く村を散策して眠ることにして、そうして翌朝。
6時半。
近くの食堂で朝ごはんを食べ、ついでにチャーハンを買ってお弁当にして、わたしたちは出発した。
天気は雨。具体的には大雨。
たいがいのガイドブックには、「混雑が予想される」的なことを書かれている九寨溝の入り口は、そのせいか、人もあまりいないようだ。
しかしわたしたちは、たぶんラッキーだったのだ。
時間がたつにつれ雨は小ぶりになり、やがて晴れ間がのぞくようになると、急に人が増えだし、一番の見どころポイントは、人の海ができるほどになったのだ。
だから雨だとはいえ、早朝についたわたしたち3人だけでその景色を見ることができたのは、本当によかったと思う。朝もやと雨にけぶるその景色は、雨がやんでから見たものとは違う、幻想的なものだった。
さて。
緑深い山々に囲まれ、湖や湿地、滝が点在する九寨溝。
すべてを徒歩でいくには比類なき根性が必要なほどひろく、そんな根性を持ち合わせていない人のためにエリア内を無料の周遊バスがまわっていた。
わたしたちももちろんこのバスを利用したのだが、基本は歩きを選んだ。
「バスがあるみたいですね」
「あ、あれかな」
「みたいですけど」
「せっかくだから、歩こうか。ほら、次のポイントもけっこう近いみたいだし」
「ええ。途中途中の道も、見て回りたいです」
「ほら、あれじゃないかな。あの沼が、有名な……」
「え、あの青い……」
わたしはついに、九寨溝を目にした。
そのときの気持ちを何といえばいいのだろうか。
目にしたものを、どう表せばいいのか。
たとえば。
宝石のような色をした水の色。
かつて目にしたことのない、透き通った青と緑の輝く色が、ゆらゆらと揺れている。
たとえば。
時を忘れたかのように水底に沈む木々。
ずっと深くに沈んでいるはずなのに、透明度が高いのだろう、手をのばせばすぐ届くほどに見えた。
まるで古い遺跡のように、外の世界のことなど知らぬげに、ただ静かに時を止めている。
間近でみる轟音をたてて流れおち、岩壁にはねかえり、飛沫をあげる瀑布。
木々の間を流れ落ちる、まるで固形物のように光沢のある水。
湖に映る雲と山並み。
自分が表現できる言葉がこれほど少ないのかと、もどかしい。
それは本当に、なんて言ったらいいかわからないくらい。
こんな景色があるのかと。
ああ、綺麗だな、と。
ここにくることができて、わたしは本当に嬉しいと、そう思ったのだ。
美しいとかすばらしいとか、そんな言葉よりも、何よりもふさわしいのは、歓声だった。あるいは沈黙だった。言葉にできないものは、たぶんそうやって表すのが一番だと思った。
3人とも、だまったり、やがて一斉に話しだし、そうしてまた歩く。
そのうち貸衣装屋さんを見つけ、チベットの衣装を着てみることにした。
男ふたりはどこかの部族の王さまのような格好。
わたしは何やらかわいらしいピンクの服。
調子にのってポーズをとって、うへへと笑う。
歩き回ってしゃべり倒して、疲れているのに、まだまだはしゃぎたりないというように。
そうしてわたしたちが宿に戻ったのは、日が暮れかけるころだった。
ごはんを食べに、川沿いを歩く。
名物らしきバター茶を飲み、近くの露天でわたしはイヤリングを買った。
中国にきてからこっち、旅をするたびに、何かアクセサリーを買うのが恒例になっていた。
普段それほど飾り物をつけないわたしにとって、しゃらしゃらと揺れるそれらは、とても綺麗に見えたのだ。
10元(約130円)くらいのものを値切って、8元(約100円くらい)にしてもらう。
赤い石がついたそれをみて、ふふふ、と笑う。
なんだかとてもうれしい。
さあ、明日は黄龍だ。
九寨溝と同じく、行きたかった場所。
高度はもっとも高いところで4000メートルを超えるという。
天気予報はくもり。
けれど山の天気は変わりやすい。
晴れだと思っても雨がふる。雨だと思っても晴れるのだ。今日のように。
だから、いいじゃないか。
きっとその天気のときにしか見れないものがあるのだから。
心地よい睡魔に身を包まれながら、わたしは眠りについたのだった。