一月以上まえの9月連休、飯田街道から杖突峠を越えて諏訪 原村の桑折山荘に、2年ぶり6度目いって来ました。久しぶりに八ヶ岳を見るためだけのドライブを目的として。例年の同じルートに飽きたから、伊那谷の中央アルプス側の道路を走るのをやめて、今回は広瀬邸近くから谷を横断して南アルプス側の152号を走ろうとしました。が片桐氏が活躍するという平谷村の「道の駅」の谷横断ルートの道路案内が立派な為、「道の駅」から152号に入る事になり想定外の長時間山岳ドライブを疲れながらも楽しみました。昔の飯田街道より厳しい山岳ルートで阿南町、天龍村、大鹿村の緑を楽しみました。山岳ラリーの車に前後から、対抗方向から寄られながら。しかし山岳ドライブをも久し振り楽しみ、中央構造線の露頭を立看板により見学、知識をつけました。(写真はヴィナスラインから見た、のどかな蓼科山です)
いつもTV天気予報の背景・西日本地形写真で九州から四国の宇和島・讃岐を通り紀伊半島に抜ける地形線が気になっていました。コレが中央構造線だと分かり、伊良湖から渥美半島、豊川、寒狭川、大鹿川に繋がっていることが分かり何か得をした想いです。原村に着いたのは遅く、安いながらもピアノ演奏とテラスのあるレストランでリッチな妖(あやかし)気分になれる夕食も断念しました。翌日はヴィナスライン美ヶ原高原美術館までドライブ、そこが上田市であり、松本市と接していることを知り、平成の合併と地理の勉強しました。往復640Kmドライブは疲れたけれど若かりし頃の意識が気持ち戻ってきたようでよかったです。その後、例年の県芸大の無料コンサートに行き、また、先週は設楽ダム計画地を見学してきました。高尚な音楽界に憧れるわけではありませんが若い頃、無縁の冬山を少しだけでも体験したいと思った気持ちを思い起こします。設楽ダムは中央構造線にあり、設楽は宮本常一「忘れられた人々」の場だと、また豊橋から初めて鉄道で入った学生時、森のトンネルとすぐ横を天竜川がうねっている山深い先の大きく開けた飯田は驚きの町でした。閉塞的な飯田が平田篤胤の地でもあるなど思い起こします。また読書の楽しみがドライブだけでもフィールドワークとしてに役立つかなと振り返っています。駄文容赦。HK