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ネット上で、山行記録をみると府庁山の表示を複数見つけた報告が見受けられます。
一体どこが正しいのかはっきりさせましょう。
1.府庁山(ふちょうやま)の由来
府庁山。ハイキングコースの南側、大阪府が1929年から70年間借り上げた他府営林の最高点が三差路にあるのでこのように呼ばれてきた。
その期間が過ぎたので、伐採されたおかげで大きな広がりを一望できるので、いまは私たち登山者の目を楽しませる状況が続いている。
(三差路を左端に入れた東方向から南尾根方向の映像です。伐開域がおおよそ分かります)
三差路から北側は伐採されていはいない。
つまり、伐採されていない部分は府庁山ではないということが誰の目にも分かります。
(大阪府が借りたエリアは、ワンデルングガイド執筆当時当会岸上氏が府庁で確認し、伐採後にも根来氏が再度確認している。)
(三差路にある境界(けいかい)石)
2.市販地図以外の問題らしい府庁山の混乱
この三差路の北方200M弱の自然林中にも同程度の高度を持つもっともらしい小さなピークがあり、根来さんが地図を書く以前から、この辺りを府庁山と呼ぶ人がいたらしく現地に表記があった。命名の由来と境界を知らねばやむを得ぬことであった。
根来さんが地図を書き始めるとき既に混乱した状況にあった訳で、より混乱を避けるためどう書くか悩んだらしく、この府庁山域(地図のコース南西側)である分岐の丸印に府庁山三差路と追記した。
(左図 仲西地図 右図 根来地図)
地図にはどう書かれてきたか?
・仲西地図(2万5千図)を確認すると、三差路に丸がつき、右肩に府庁山とある(この記法はごく標準的である)。
・根来地図(2万5千図)は三差路右肩の府庁山は同じ書き方。
丸の下に右肩の府庁山より少し小さな黒文字で府庁山三差路と縦に追記されている。
三差路位置には「六甲山が見える」とコメントがあり、小ピーク付近には指示点(小さな黒点)を打って「岩湧、三国山の眺め良し」とコメントが増えている(ただし2006年現在は雑木の成長で木の間隠れにしか見えなくなってきています)。
以上二地図は三差路分岐が府庁山を示しています。
・現行地図(5万図)は三差路相当位置に丸印だけとし(三叉分岐は見れば自明だから説明を省いたのであろう)、上記二地図にもない新たな地点を、三差路から北東50M付近の斜面に黒点で指示してこれを府庁山としている。
3.混乱の現場
三差路付近には南海電鉄が過去、府庁山の標識を建てたことが有るし、今も正しく府庁山と認識した道標が有る。
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平18総使、第9号)」
しかし府庁山ではない問題の場所へ進むと、まずいことに誤った標識札が二つもかかっていた。
(混乱の現場写真)
左側の札は、更に200m以上北のピークと混同しているらしく標高を30Mばかり高く表示されていた。
地図を読まない人は瞞されてしまう。
4.あとがき
「ここは府庁山三差路と書いてあるのだから、府庁山はここではない」と執筆者だった根来さんに講釈する人すら現れ、もうコケそうな場面がありました。
現行地図の指示位置が混乱の原因とは思い難く、一部の方の誤った刷り込みが長い間人から人へ継承されているからと推定されます。仮に誤った標識札を強制撤去してもまた付けられる原因を除去できるわけでもありません。時間がかかっても由来や根拠を共有して少しずつ理解を広めるしか無いのでしょう。
謝意:府庁山の由来と、府庁山三差路記述の理由については根来春樹さんの話を引用いたしました。
06/04/26追記
上記、府庁山の位置は根来春樹さんが新日本山岳誌向け取材時に大阪府に再度確認した内容であり府庁山の由来と共に根来氏から取材したものです。
クニキサン様からの再確認がございましたので私自身も06/04/26追加調査した内容を報告いたします。
以下は大阪府南河内農と緑の総合事務所緑地整備課から教えていただいた内容です。
Copyright (C) 2005 gouyuukai ALL Rights Reserved 金剛山剛友会
ネット上で、山行記録をみると府庁山の表示を複数見つけた報告が見受けられます。
一体どこが正しいのかはっきりさせましょう。
1.府庁山(ふちょうやま)の由来
府庁山。ハイキングコースの南側、大阪府が1929年から70年間借り上げた他府営林の最高点が三差路にあるのでこのように呼ばれてきた。
その期間が過ぎたので、伐採されたおかげで大きな広がりを一望できるので、いまは私たち登山者の目を楽しませる状況が続いている。
(三差路を左端に入れた東方向から南尾根方向の映像です。伐開域がおおよそ分かります)
三差路から北側は伐採されていはいない。
つまり、伐採されていない部分は府庁山ではないということが誰の目にも分かります。
(大阪府が借りたエリアは、ワンデルングガイド執筆当時当会岸上氏が府庁で確認し、伐採後にも根来氏が再度確認している。)
(三差路にある境界(けいかい)石)
2.市販地図以外の問題らしい府庁山の混乱
この三差路の北方200M弱の自然林中にも同程度の高度を持つもっともらしい小さなピークがあり、根来さんが地図を書く以前から、この辺りを府庁山と呼ぶ人がいたらしく現地に表記があった。命名の由来と境界を知らねばやむを得ぬことであった。
根来さんが地図を書き始めるとき既に混乱した状況にあった訳で、より混乱を避けるためどう書くか悩んだらしく、この府庁山域(地図のコース南西側)である分岐の丸印に府庁山三差路と追記した。
(左図 仲西地図 右図 根来地図)
地図にはどう書かれてきたか?
・仲西地図(2万5千図)を確認すると、三差路に丸がつき、右肩に府庁山とある(この記法はごく標準的である)。
・根来地図(2万5千図)は三差路右肩の府庁山は同じ書き方。
丸の下に右肩の府庁山より少し小さな黒文字で府庁山三差路と縦に追記されている。
三差路位置には「六甲山が見える」とコメントがあり、小ピーク付近には指示点(小さな黒点)を打って「岩湧、三国山の眺め良し」とコメントが増えている(ただし2006年現在は雑木の成長で木の間隠れにしか見えなくなってきています)。
以上二地図は三差路分岐が府庁山を示しています。
・現行地図(5万図)は三差路相当位置に丸印だけとし(三叉分岐は見れば自明だから説明を省いたのであろう)、上記二地図にもない新たな地点を、三差路から北東50M付近の斜面に黒点で指示してこれを府庁山としている。
3.混乱の現場
三差路付近には南海電鉄が過去、府庁山の標識を建てたことが有るし、今も正しく府庁山と認識した道標が有る。
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平18総使、第9号)」
しかし府庁山ではない問題の場所へ進むと、まずいことに誤った標識札が二つもかかっていた。
(混乱の現場写真)
左側の札は、更に200m以上北のピークと混同しているらしく標高を30Mばかり高く表示されていた。
地図を読まない人は瞞されてしまう。
4.あとがき
「ここは府庁山三差路と書いてあるのだから、府庁山はここではない」と執筆者だった根来さんに講釈する人すら現れ、もうコケそうな場面がありました。
現行地図の指示位置が混乱の原因とは思い難く、一部の方の誤った刷り込みが長い間人から人へ継承されているからと推定されます。仮に誤った標識札を強制撤去してもまた付けられる原因を除去できるわけでもありません。時間がかかっても由来や根拠を共有して少しずつ理解を広めるしか無いのでしょう。
謝意:府庁山の由来と、府庁山三差路記述の理由については根来春樹さんの話を引用いたしました。
06/04/26追記
上記、府庁山の位置は根来春樹さんが新日本山岳誌向け取材時に大阪府に再度確認した内容であり府庁山の由来と共に根来氏から取材したものです。
クニキサン様からの再確認がございましたので私自身も06/04/26追加調査した内容を報告いたします。
以下は大阪府南河内農と緑の総合事務所緑地整備課から教えていただいた内容です。
・昭和天皇御大典紀念 「木を育てる」趣旨で70年間の契約で府営林とした。
但し搬出作業のため契約を5年延長している。
・府営林だった場所は三差路の南西斜面である。
・北側に延びる稜線部分は借り上げていない。
・府庁山は三差路部分がそれに相当すると考えていただいて良い。
・三差路等にある石は境界(けいかい)石であるが予算事情で撤去はしていない。
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現在の府庁山三叉路から北へ延びる尾根のおそらく北限が、その今まで言われている標高610メートル・府庁山ポイントではないでしょうか。(「府」と彫った低い石柱が境界にあったのでは?) なお、才の神林道を詰に詰めるとその610ポイントに出ますし、反対側の谷(R310から林道セノ谷線を入ってずーっと西進する)を詰めて詰めあがったところも同じ610メートルポイントで境界とするには丁度よいところです。
また、大阪府庁が借用したのは、縦走ルートの片側だけではないのではないか、北側も含む谷から上、要するに山塊で、その北側は伐採したところで搬出が大変でとてもコストに見合わないので放置されていると考えるのが自然と思います。(正確には、山林所有者との契約書を見る以外にないとは思いますが、そこまでは・・・)
それで一体何をいいたいのかですが、今の府庁山三叉路のピークを早計に「府庁山」と言い切ってしまうことには問題があるのではないか、ということです。
けっして異議を申し立てている訳ではなく、参考意見として、斟酌下さいますれば幸いです。
コメントを頂戴いたしましたので、事実関係については 06/04/26に私自身が取材して追記いたしました。
どなたにも追加調査が可能な様、取材先も記しております。
長年、山を愛するそれぞれのグループの間で継承されてきた名前なので難しい問題ですね。
コメント頂いたおかげで、聞き伝え(二次)情報が、自己取材(一次)情報にすることができてとても良かったと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。