GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

続・試合「三崎対秋山」

2008年01月04日 | Weblog
 本来、柔道や空手を含めスポーツのすべての本質は、肉体と精神の健全なる向上を目指したものだと私は思っています。そして肉体には限界がありますが、精神の向上には天井がありません。高い域に至った師範・師匠と呼ばれる人は後輩達に礼儀や忍耐力を覚えさせ、強い精神力、集中力を育てようと心がけます。技や術を教えながら自信をつけさせ人を成長させることが彼らの目標なのです。

 プライドの試合はK1と比較して、ガチンコ勝負が数多く見られました。柔道をやっていた経験がある私は、手に汗握るグランドシーンから、間接技への長い熱の入った移行に、吸った息を何度も吐けずにいました。特に桜庭がボコボコになりながら十字を決めたときなどはあの精神力に最敬礼したくなるほどでした。

 映画「グラディエーター」ではローマ帝政に不満を持つ民衆の感情を逸らすためコロッセオ(フラウィウス朝の皇帝が建設者であることから「フラウィウス闘技場」が本来の名前)で、命を賭けて奴隷達を戦わせました。また実際にキリスト教徒が迫害され殉教した死刑場でもありました。そんな場面に古代ローマの民衆は熱狂したと伝えられています。コロッセオはキリスト教徒にとって聖地となり取り壊されることなく現在に至っています。
 
 1997年10月11日、東京ドームの『高田vsヒクソン』戦で産声をあげた『PRIDE』は、たちまち日本中に空前の総合格闘技ブームを巻き起こし、桜庭vsホイス戦や、ヒョードル(世界最強)・ノゲイラ・ミルコを輩出しました。こうして『PRIDE』はどんどんコロッセオ化していったのです。どこかショー的要素がかいま見えるK1に飽き足りない民衆の熱とも云えます。視聴率の上昇は、多額の出演料・賞金に姿を変えて行きました。残念ながら前社長の自殺(?)や黒い疑惑もあってかフジテレビが撤退するという経営的な逆風があったり、米資産家のロレンゾ・フェティータ氏の買収まで発表されるに至りました。ここには過激化する格闘技ブームにどこか政治的動き、もしくは他力が感じられてなりません。

 試合というよりは「殺試合」(ころしあい)的シーンに人は当然釘付けになります。本当にあんなシーンをTVで幼い子供達まで見るゴールデンタイムに公開していいのでしょうか? 剣道や空手の試合は防具をつけて竹刀や寸止めで行われます。防具をつけないで木刀で寸止めなしに行われる『PRIDE』やK1の試合。後発の『PRIDE』ルールがより<何でもあり>に近づいていくのは当然ですが、試合としてTV放送する限り、そしてスポーツ選手として出場する限り、尊敬できる人であって欲しいと望むのは私だけでしょうか?崩れ落ちる敗者に完全に息の根を止めるような顔面への蹴りは私のスタンスでは反則としか云えないのです。

 ボクシング元世界王者のチェ・ヨンスと対戦した魔裟斗の試合は『PRIDE』ファンからすれば「歯がゆい、もっとやれんのかい!」ということになるでしょう。私のスタンスから云えばあれでいいと思ってしまいます。人それぞれに価値観が違うわけですから判断も違ってくるのは当たり前だと思います。『PRIDE』に対する熱い思いのファンにどうこうというのではありません。K1ルール、総合ルールに対して反則だというのでもないのです。あくまで私のスポーツに対するスタンス、人に対するスタンスから判断してあの蹴りはないと云いたいだけのです。

あの試合の勝負は秋山の負けです。
秋山が自分の口で「反則だ!」と云ったらそれこそ<プライドを捨てた>ことになるでしょう。

 試合後、谷川氏が「さいたまの試合が一番だった」と云いましたが、その翌日には「三崎対秋山」の試合は反則だったと叫びだした。私は、民衆を煽るのは「いいかげんにしろ!」と云いたい。血や肉が飛び散る衝撃的なシーンではなく、心から感動する、後輩達の人格形成に役立つ試合を見せて欲しいのです。2007年度は野球においても、サッカーのおいてもゴルフやテニス界でも素晴らしい感動を呼ぶ試合が多々ありました。2008年度も少年少女が私もあんな試合に出られるような選手になりたい、そう思わせる試合に遭遇したいと思っています。

 
 私が今まで最も感動した試合を紹介しておきましょう。これを書いていて偶然ウィキペディアで発見したのです。読んで見て下さい。(読みながらまた泣いてしまいました)

 1984年のロサンゼルスオリンピックで金メダルと取った柔道家山下泰裕氏。オリンピックはメダルだけで賞金がない(最近はそうでもないですが……)、しかも見せ物でもない、4年に一回のスポーツの祭典です。そんな試合と「プライド」や「K1」の試合と比較するのがナンセンスと云われるかもしれませんが、私はどんな試合も同じスタンスで見ています。K1ルールや総合ルールも私にはないのです。比較的、K1に出場した選手を壊させないよう必死で止めに入る審判の姿勢に、ほっとするオジンであること認めざるを得ませんが……。

(以下は転記)
 2回戦は「送り襟絞め」で勝利を収め、試合後控え室に引き返すまでの間、山下は肉離れを決して悟られまいと平然に振舞って普通に歩いたつもりが、誰にもわかってしまうほど明らかに足を引きずってしまっていた。その映像もはっきりと流れた。山下が控え室に戻るなり、コーチ陣に慌てた表情で問い正された事で、自分の肉離れが全て悟られてしまった事に気がついた。
 山下は一旦は落ち込むが、次の試合時刻が迫ってくる中開き直り、足を引きずってもいいから相手を見据えて胸を張っていけ、と自身に言い聞かせ準決勝に臨んだ。準決勝の相手はフランスのデル・コロンボ。過去の対戦からやりやすい相手と山下は考えていたが、軸足の肉離れのため、体がいつものように素早く反応しなかったからか、開始30秒で大外刈りを喰らい効果を取られてしまう。投げられた直後は動揺したものの、直ぐに我に返り、激しく自身を鼓舞して、守りに入ったコロンボ選手を大外刈りと横四方固めの合わせ技で逆転した。

(決勝)エジプトのモハメド・ラシュワンとの決勝戦前、山下は金メダルを取り表彰台の中央で観客に満面の笑顔で応える山下と、タオルを被って号泣してうつむく山下の両方のイメージが交互に浮かんだ。師匠の佐藤先生は「投げられても一本取られなければいい、寝技に持ち込んで勝つ方法もある」と冷静にアドバイスする。一方山下も、同じ広い控え室で試合直前のラシュワンが気合を入れて調整をしている姿を見て、意図してにっこり微笑みかけた。ラシュワンは山下と目が合い笑顔で応じた。ラシュワンの笑顔で彼の緊張が解けた瞬間を見て、山下は勝機を感じていた。

 ラシュワンの指導者は「初めの一分間は我慢して攻めないように」とラシュワンに指示したが、ラシュワンはそのアドバイスを忘れたかのように強気で攻め始める。冷静な山下はラシュワンの攻めに無意識に反応し、ラシュワンが体勢を崩した瞬間をすかさず捉えて押さえ込みに持っていき、横四方固め、一本を伝えるブザーが鳴った瞬間、山下は畳に両手を力強く突いて立ち上がり、涙でくしゃくしゃになった表情を隠そうとせずに喜びを表現した。この表情は繰り返し放送され山下の決して平坦ではなかった道のりを示す名場面となっている。

 全て一本勝ちでの金メダルである。 表彰台の中央に上ろうとする山下に、ラシュワンは山下の足を気遣って手を差し伸べ、友情の証として世界から評価された。またラシュワンも、山下の右足を狙わなかったと述べたことから、そのフェアプレーの精神を称えられた。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%B3%B0%E8%A3%95ウィキペディアより)


●ノーサイド
ラグビーにおける試合終了の事。試合後は敵味方の区別がつかなくなる事に由来。いわゆる「ノーサイドの精神」より。
試合相手とこんな関係こそ、理想ですね。





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