多治見市文芸祭 平成22年2月28日
審査員 大脇 一荘
【文芸祭賞】
一億が語り部となる敗戦忌 太田 良喜
【市長賞】
よっこらせ孤独の二文字背負い込む 北野 朝里
【市教育委員長賞】
花を摘む指に微罪を絡ませて 長尾 茂
【奨励賞】
実る穂に明日を託して夕焼ける 飯田由美子
日本の原風景に母がいる 位田 仁美
健やかな寝息泥だらけの大器 掛樋 嗣征
難題を避けた奥歯がまだ疼く 木村 英昭
老いてなお母は母なり山の音 倉田恵美子
返事まだ聞けず送り火焚いている 佐藤 リツ
残り火を闇に閉ざさぬ趣味の汗 佐藤 一秋
かたくなに明日へ生きる灯を点す 三戸 素水
同居するつもりもないが母も老い 清水 靜子
変革の時を生き抜く老いの汗 高橋 良子
たそがれて仏ごころが満ちてくる 武田 一虎
イニシャルも愛も崩して巻く毛糸 続木美也子
頬杖をつけば私がよく見える 橋本由紀子
手の平の夢の続きを待つあした 松尾由美子
ロボットは自由の芯をまだ知らず 吉富 廣
【入選】
安らぎが欲しくて里の母を訪う 池村 和子
ななめには開けてはならぬ心の戸 伊藤紀雍子
依怙贔屓ほどの悪さは神もする 鏡渕 和代
仲良しの内は互いに庇う傷 掛樋 絹子
子が見てる背筋はいつも天を向く 加藤 三笑
気負いなく余生を送る墨を磨り 金子 匠果
一票に泣き一票に湧く歓喜 工藤 桂祐
陶芸の心両手に受ける茶器 小林 邦弥
年金を親子で貰う高齢化 佐藤 伸子
派手かしらなどと笑って妻は買い 沢田 正司
アルプスの水若者の音で飲む 鈴木 正
母たちが越えた坂ですわたくしも 住田勢津子
せせらぎを耳に至福の露天風呂 土田 元美
コンセント抜けば寂しい人ばかり 野村 辰秋
上からの目線が語尾を跳ね上げる 播本 充子
子のための布石打たない愛もある 菱田みつ子
生きている実感日々が万華鏡 藤井 益子
わだかまり解けていつもの青い空 堀 敏雄
平穏な老後を壊す認知症 松方 尚義
大空はいつでも夢の現在地 三上 博史
審査員作品 大脇 一荘
真っ直ぐに生きて小石蹴躓く
まだ恩が返せずいのち愛おしむ
幸せは財無く地位もないくらし
選評 大脇 一荘
前回私が審査を担当したときの川柳部門の応募総数は、三二六句でした。それから2年を経た今年は二七〇句と大きく増加しております。内容的にも可なりの充実を感じ喜ばしく思っている次第です。
近来の傾向として、文芸祭への応募は減少傾向にありますが、ここでは逆の傾向が見られるということは、関係者の皆様のご努力と市民の皆さんの意識の高さのためであり心から敬意を表します。
さて、今回の作品には佳作が多く規定の抜句数まで絞り込むのに苦労をしました。入選と選外の境目となる付近では特に神経を使いましたが、最終的な決め手は、句に表現されている生きてゆくための姿勢におきました。
川柳は人間を詠むものです。人間の赤裸々な姿・心・生き様を、自分の心の中にあるフィルターで処理し、五・七・五の形に投影したものだともいえます。その結果読み手の心を波立たせ、共感とか、感動とかを呼べた句、それが佳句だといえるわけです。
感動の無い人生はないといいますが、小さなものから大きなものまで、日日の真剣な暮しの中で起きた自分の心の波動を、五・七・五という短い詩形を通じて、どう読み手に伝えるかが大切であると考えています。
上位入選句はその意味で読み手の心の奥まで届く何かを感じさせた句であるといえます。
入選句を一つずつ見ていきましょう。
【文芸祭賞】
一億が語り部となる終戦忌
戦後も早六四年経ちましたが、戦争中を知っている者には消すことのできない記憶が生々しく残っています。もう二度と戦争をしてはならないということを、みんなが語り部となって次の世代へ伝えなければなりません。
【市長賞】
よっこらせ孤独の二文字背負い込む
「よっこらせ」には、作者の人生が凝縮されており、この五文字から作者の姿が髣髴と浮かんできます。高齢者社会のあり方が問われているようです。
【市教育長賞】
花を摘む指に微罪を絡ませる
美しい花を摘んで心を和ませる。幸せを感じるひとときです。しかし今日までの生き方を振り返ると、これでよかったのかと少しためらいを感じてしまう。人間の微妙な心のゆれを巧に据えています。
【奨励賞】 (奨励賞以下は順不同)
かたくなに明日へ生きる灯を点す
人は人、自分は自分という生き方を通してきた作者。明日へ向けて点す灯も、自分自身の信念に基づくものなのでしょう。
頬杖をつけば私がよく見える
ロダンの「考える人」の姿が浮かんできます。今までの自分、これからの自分の事をじっくりみつめているのかも。
老いてなお母は母なり山の音
お母さんはいつまで経ってもお母さんです。下五の「山の音」が、相乗的な自然の摂理として効いています。
イニシャルも愛も崩して巻く毛糸
編み直すためのセーターを解いているのでしょう。それをまた新しい愛の形に生まれ返らすために。
返事まだ聞けず送り火たいている
お盆に迎えた亡き父・母に相談を持ちかけたのですが、返事を聞かないうちにお盆が終ってしまったのです。
難題を避けた奥歯がまだ疼く
面倒を嫌ったのですが、それが後悔となって奥歯を疼かせているのでしょう。
実る穂に明日を託し夕焼ける
子どもたちも大きく逞しく育って何の心配も無い。穏やかな余生が羨ましいですね。
日本の原風景に母がいる
普段母の存在はそれほど意識しないものですが、原風景にはかかせない存在となっています。
変革の時を生き抜く老いの汗
日本もアメリカもチェンジの時を迎えています。ここで余生を全うするには、汗する努力が要ります。
同居するつもりはないが母も老い
諸種の事情から同居はできないけれど、だんだん年を取っていくお母さんが心配です。親子の情愛が匂います。
たそがれて仏ごころが満ちてくる
人生も黄昏てくると、体力が落ちると共に気持ちも和んできます。仏壇に手を合わせたくもなります。
残り火を闇に閉ざさぬ趣味の汗
このごろは公民館活動が盛んです。新しい楽しみ、新しい仲間を見つけて大いに汗を流しましょう。
ロボットは自由の芯をまだ知らぬ
ロボットには心がありませんから自由を欲しがりません。自由は人間だけの特権です。「芯」は出色。
健やかな寝息泥だらけの大器
末は博士か大臣かという言葉がありました。無限の可能性を秘めた子供の寝顔は頼もしい限りです。
手の平の夢の続きを持つ明日
折角のいい夢が開けの鳥の声で途切れてしまいました。その夢をしっかりと握り締めて明日に期待しましょう。
これ以外の入選句もなかなかの佳作が揃っていましたが、句数の制限もあり紙一重の差で賞から洩れました。悪しからずご了承下さい。それほどレベルの高い作品が多く楽しく選をさせていただきました。
この文芸祭を通じて、川柳が持つ魅力をたくさんの皆さんに知っていただき、今年より来年、来年より再来年と、より多くの佳作が寄せられることを心から願っています。