生きるとは呼吸することではない

気になった呼吸器関連論文

プロカルシトニンと市中肺炎

2016年10月18日 | 感染症
プロカルシトニン(PCT)が敗血症(細菌性)の鑑別診断および重症度判定の補助マーカーとして2006年に薬事承認されてから10年が経った。今年になって診断基準が変更されてしまった敗血症についてはさておき,重症細菌感染症のバイオマーカーとしての評価は定着しているが,呼吸器感染症の場合は治療開始前に測定してふーんと言って終わり的な印象である。保険診療上は測定は月1回までだし,これまでPCTが市中肺炎の予後予測因子として有用という報告(ERJ 2008;31:349-35,日呼吸誌 2014;3:50-55)はあったが,実際にはPSI IV-Vの患者でも皆が皆>2.0 ng/mLというわけでもない。

今月のChestに掲載されたのは,PCT値にもとづいて集中治療を要するかどうかを予測できるかどうかを調べた前向きコホート研究である。重症肺炎患者をICUに入室させる基準としてはCURB-65,A-DROP,PSIといったスコアリングシステムやIDSA/ATSガイドライン2007の基準などがあったが,バイオマーカーについてはあまり検証されてはいない。

対象患者は,米国CDCのEPIC(Etiology of Pneumonia in the Community) studyに登録された市中肺炎で入院した成人患者1,770人。血清PCTを測定し,受診から72時間以内に挿管人工呼吸管理または循環作動薬の投与(これをinvasive respiratory or vasopressor support,すなわちIRVSと定義)を要したかとの関連を調べた。当然ながらIRVSが必要な患者はIDSA/ATSガイドライン2007ではICU入室の適応(major criteria)となっている。

アウトカムであるが,市中肺炎患者1,770人のうち115人(6.5%)でIVRSを要し,ロジスティクス回帰モデルを用いると血清PCT値はIVRSと強い関連を示した。測定限界値以下(<0.05 ng/ml)ではIRVSリスク4.0%(95% CI 3.1-5.1%)と関連していた。PCT<10ng/mLまではPCT値は直線的にIVRSリスクと関連しており,1 ng/ml上昇ごとに1-2%の絶対リスク上昇がみられた。PCT 10 ng/mlではIRVSリスクは22.4%(95% CI 16.3-30.1%)で、それを超える濃度でも比較的一定を保っていた。また,PCTは既存の肺炎重症度スコア(PSI,および,ATSガイドラインのminor criteria=呼吸数≧30回/分,PaO2/FiO2≦250,複数の肺葉におよぶ浸潤影,意識障害またはせん妄,BUN≧20mg/dL,血小板<10万/㎜3,体温<36℃,積極的な蘇生輸液が必要な低血圧,このうち3つ以上該当するとICU入室)に加えるとIRVSリスク予測に有用であった。

さて,筆者らは血清PCT値は成人市中肺炎患者のIRVSリスクと関連しており,ICU入室の決定に有用かもしれない,と結論している。では,PCTがどれぐらいの値なら集中治療が必要なのか? 実はこの論文では言及されていない。Online Supplementのe-Table 4に起炎菌が同定された細菌性肺炎192症例(研究対象者のたった11%!)の解析が示されているが,菌血症のない118例でIRVSを要したのはPCT中央値は3.15 ng/mL,不要だった症例は中央値0.27 ng/mLであった(ただし,菌血症だと9.54 ng/mL vs 7.16 ng/mLといずれも高値)。確かに「IVRSが必要な患者はそれぐらい高値だよな」という印象である。

実際には,米国と日本ではICUの運用も異なっているし,重症肺炎患者をどこで(誰が)診るかというのは,患者の基礎疾患や併存症,マンパワーなどによって,施設間の差が大きいので,このエビデンスがそのまま我々の実地臨床に適応できるわけではないと思う。興味があるのは,PCT高値の患者は最初から重症なのか,それとも最初は軽症に見えても後から重症化する危険性が高いのか,続報がでるかどうか期待したい。

Self WH, Grijalva CG, Williams DJ, et al. Procalcitonin as an early marker of the need for invasive respiratory or vasopressor support in adults with community-acquired pneumonia. Chest 2016 Oct;150(4):819-828.