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死ぬならガンで良かった

卵巣ガンと診断されてから4年。抗がん剤治療との戦いが続いていますが、私が生きるために心がけている事を公開していきます。

治療 2 クリア

2011年07月21日 | 治療2011年
7月1日胆のうを無事に腹控鏡(ふくくうきょう)手術で摘出し、最短で5日に退院。
6日は1日家でボーッと過ごし、7日はH大学病院で放射線治療の為の印を首に付けました。
首から胸にかけて、赤と青の十字の印が思いっきり付いて、
首を隠す服を急きょ探すのが大変でした。

そして12日からの平日、計5回の放射線治療が19日に無事に終わりました。

言われていた照射による患部の火傷のような痛みはありませんが、
物を飲み込む時に喉に違和感があります。

何より体が疲れやすく、今日は治療終了2日目ですが、
ほとんどウトウト寝ている状況です。

次は24日にT病院に入院して、抗がん剤治療がようやく始まります。
私はもっと早く治療を開始してもらいたかったのですが、
放射線治療の後は少し間を置いたほうが良いそうです。

何か今、早く抗がん剤治療をしたい気分です。
この異常な倦怠感が放射線治療によるものなら良いのですが、
顔も少し小さくなった気がするし、
目の下にくまが出来ているし、1月にグアムから帰ってきたときに感じた違和感と、
とてもよく似ているんです。

あの時、信じられないことにきれいに消えていた肝臓のガンが多発転移していました。

胆のうの手術が10日間伸びたことが手遅れにならない事を願い、私が今感じている違和感が
考えすぎであることを祈り、抗がん剤治療の日まで過ごしたいと思います。



病室の方との思い出

2011年07月16日 | 治療2011年
入院すると同じ病室で、他の患者さんとの絆が出来ることがあります。

実はこの度の病室は外科が満室とかで、口腔外科の病室に入院することになりました。
そこには私の他に2名の口腔外科の患者さんがいて、いずれも舌がんです。

一人は42歳で、17年目の再発だそうです。
とっても明るく前向きで、絶対回復して仕事に復帰すると意欲満々でした。
彼女から沢山のパワーをもらいました。

もう一人は85歳のおばあちゃんで、痴呆があり、娘さんが1ヶ月半病室に寝泊りして、
付きっ切りでおばあちゃんをみています。

おばあちゃんは80歳までお元気で、病気らしい病気はしたことが無かったそうです。
私は初めて知りましたが、口腔外科の病棟には、80歳、90歳代という方が何人も
舌がんで入院しています。
舌がんは命に係わるガンというよりは、出たら切除することが治療の中心のようで、
再発して何度も手術をしたり、放射線治療をしたりしているそうです。

う~ん・・そのお年になって舌がんで再発を繰り返すとは・・と、色々考えさせられてしまいました。

私のブログのタイトルは『死ぬならガンでよかった』ですが、
それは万人に当てはまるものでは無いと承知しています。

私は4年前にガンを宣告されて、今こうして一日一日を大切に、
精一杯過ごすことが出来る事に感謝していますが、

考える間もなくこの世を去ったり、
辛い状況が続き、日々生きることに苦痛を感じている方もいらっしゃいます。

私達は死ぬ手段を選ぶことは出来ません。
超高齢化社会になってガンが増えていることを、改めてこの度の入院で実感しました。

その日おばあちゃんは朝から元気が無く、
こんな治療したってどうせ助からないから・・」と、泣いていました。
いつも娘さんの言うことを聞いて、口の中が手術と放射線で痛いのにご飯を食べ、
お口のケアを欠かさず、一日二回の散歩もして、娘さんの指示通りに頑張っているなあと
感心していました。

そのおばあちゃんが泣いています。
おばあちゃんが泣いたのは初めてとのことで、娘さんも泣いています。

私と42歳の彼女はおばあちゃんの所に駆け寄り、
おばあちゃん、今までよく頑張っているなあと思っていたんですよ。
今日は思いっきり泣いたほうがいいですよ。泣いて、泣いて、泣いて、
今までの辛いことをぜ~んぶ流しましょう。
先生が治療して下さるのは、これからおばあちゃんは元気になることが分かっているからですよ。
そしてこれからは、おばあちゃんは頑張らないで、先生に頑張ってもらいましょう。
」と言うと、
おばあちゃんは初めて私の方を見て、笑いました。

そして42歳の彼女がワンちゃんのぬいぐるみを「はい!」って、
おばあちゃんのひざに置いてあげると泣き笑いに変わって、鼻水をワンちゃんに付けない様に
何度も鼻をかんで、手を拭いて、ワンちゃんを撫でていました。

頑張っているのは娘さんも同じなので、「おばあちゃん幸せですよ。
だって、私がおばあちゃんのお年になって病気した時、
娘さんの様に本当に親身になってお世話してくれる人がいるだろうか
って、いつも二人を見ながら思っているんですよ。
」って言うと、
おばあちゃんは、娘さんをほめられた時が一番嬉しそうでした。

一足早く超特急で退院していく私を、42歳の彼女と、おばあちゃんと、娘さんは、
病室の入り口に立って、角を曲がるまで手を振ってくれました。

さあ、次の治療に向けて歩みだそう!と思えた、S大学病院退院の日でした。


治療 1 クリア

2011年07月14日 | 治療2011年
体調の関係で、ブログの更新が遅くなりました。

無事に7月1日、腹控鏡(ふくくうきょう)手術で胆のうを摘出することが出来ました。
とにかく手術が始まってみないと、腹控鏡で胆のうを摘出出来るか分からない状況で、

これまでの肝臓の抗がん剤の副作用で、胆のうがパンパンに硬くなっていたら
腹控鏡で摘出するのは難しいので、途中で開腹手術に切り替える可能性がある。

4年前の卵巣がん摘出手術で内臓、特に十二指腸が癒着している可能性があるので、
癒着が酷い時も、途中で開腹手術になる可能性がある。

以上2点を先生から言われていました。

でも開腹手術になったら退院するまで時間がかかる為、7月8日からのH大学病院での
放射線治療が出来なくなってしまいます。

どの先生からも、何としても腹控鏡で手術をしてあげたいという熱意が伝わってきました。

麻酔科の先生とは、手術室の入り口から手術台まで一緒に歩いて行くのですが、
その麻酔科の先生まで、「腹控鏡で取れる確率は50%だそうですね
と言うものだから、自分の身体に緊張が走るのを感じました。

そして・・・お蔭様で、無事腹控鏡で胆のうを摘出して頂きました。

それにしても開腹手術に比べて腹控鏡手術は、回復に目を見張るものがあります。

翌日は開腹手術同様に辛いですが、身体を曲げながらも歩く練習をしていましたし、
翌々日からは、お腹をかばって歩いていた身体が、どんどん姿勢が良くなっていくのを感じました。

万全の体制で臨んで下さったS大学病院のM先生をはじめ、第一外科の先生に感謝です。


治療の優先順位

2011年06月30日 | 治療2011年

今日、S大学病院に入院しました。 明日胆のうを取る手術をします。

本当は私の治療の優先順位は

1.背骨への放射線治療
2.全身と肝臓への抗がん剤治療
3.胆のうを取る


しかし6月24日のブログに書きましたが、この胆のうを取る手術が病院の都合で勝手に
6月21日から7月1日に変更されたことから、うまく他のスケジュールが組めなくなり、
治療が後手後手にまわってしまいました。

今は、明日の手術が腹控鏡(開腹しない)で胆のうを取ることができて、一刻も早く回復して、
次の放射線治療がすぐ始められ、その後1ヶ月以上空いてしまった抗がん剤治療が
スムーズに再開されることを願うばかりです。

胆のうが腹控鏡手術で取れる確率は50%と言われています。

今日執刀の先生から、「明日の手術を中止して、H大学病院で放射線治療を受けることを
優先しますか?

と言われましたが、

今は1+1≒2という正しい答えは無いような気がします。
明日胆のうの手術を中止しても、悪化したら肝臓への抗がん剤治療を受けられなくなる
可能性があるかも知れません。
与えられた治療を一つ一つこなしていく事が、今の私に大切な事だと思います
」とお話し、

目の前にいらした3人の外科の先生も「そうだ、そうだ」とおっしゃって、
明日の手術に全力を尽くしてくださるとおっしゃいました。

上記の今は、1+1≒2という正しい答えは無いような気がします
という言葉、実は主治医のS先生から6月28日に聞いた言葉で、パクッちゃいました

PS
メールを下さったパンさんへ
ブログを開設して初めてメールを頂きました。嬉しかったです。
返信をしたかったのですが、仕方が分からずグズグズしているうちに、入院になってしまいました。
この場を借りてお礼申し上げます



セカンドオピニオン その後

2011年06月26日 | 治療2011年
主治医のS先生から17日の夕方電話があり、
『H大学病院の先生と直接電話で話をしたから』と言われました。
『感触はすこぶる良くなかったですね。
でも、先入観を持たないで行ってください、ハハハッ』という言葉。

23日9時30分。S先生のその言葉を思い出しながら、
私はH大学病院放射線科の待合室の椅子に座っていました。
何としても放射線治療をしてもらおうという意気込みもあり、妙に緊張しています。

名前を呼ばれ診察室へ。
30代後半から40代前半に見える先生は、
T病院のS先生のお手紙と画像を見ながら、順番に話を聞いていきますね」とおっしゃって、
私が初めて卵巣ガンを発症した2007年にさかのぼって、丁寧に質問して、話を聞いてくれました。

そして、「背骨に放射線治療をしましょう」と言って下さいました。

先生、放射線治療をすることによってどんなメリットがあるんですか?」と聞くと、

まず進行を遅らせることと、腫瘍を小さくすることを目的とします」との返事。

S大学病院では頑として、放射線の対象外と言われた腫瘍が、
今H大学病院で受け入れられようとしています。

先生、私の背骨の腫瘍は、骨を作るタイプで、
放射線の対象外と言うことはないんでしょうか
」と、恐る恐る聞いてみました。

そんな事はありません」という、先生の言葉。

病院によって治療方針が全く違うことを、この度のセカンドオピニオンで初めて知りました。
もっと早くH大学病院で放射線治療を受けていたら、この3ヵ月間で骨転移もしなかったかもしれません。

来週胆のうを取る手術をすることを伝え、
どこでするんですか?」と聞かれたので、嘘をつく訳にもいかず、
S大学病院です」と言うと、
そうなんですか?!」と、笑っていました。

そして胆のうの手術が終わって一段落したら、すぐ放射線治療に入れるように、
28日にCTを撮ることになりました。

帰りがけも「何か質問はありませんか」と何度も聞いて下さり、

諦めなければ、また治療に光が見えることを実感して、病院をあとにしました。



セカンドオピニオン

2011年06月25日 | 治療2011年
私の住む都市には、大学病院が2つあります。
H大学とS大学。この2つは常にH大学病院系、S大学病院系と分けられ、
私達はどちらかの流れを汲んだ病院に行くことになり、両病院が交わることはありません。

私の主治医のS先生はS大学のご出身で、昨年の12月までS大学の婦人科にいらっしゃいました。
私もS大学病院で2007年2月からずっとS先生に担当して頂き、今年1月に先生がS大学病院を辞めて
民間のT病院に移られたので、後を追うようにしてT病院に移った次第です。

そのS先生が、今私の前で、「H大学病院でセカンドオピニオンをしますか」と言っています。

病院が変われば治療方針も変わるし、H大学病院なら放射線治療もしてくれるかも知れません。
行ってみますか!


はい、可能性がある所ならどこにでも。私、今自由時間沢山ありますから!

先生は私の目の前でH大学病院の放射線科に電話をかけてくれて、
看護師さんに、患者さんを紹介したいんだけれど・・どの先生が良いか聞いてくれて、
当たって砕けろ方式です。

その後、「今紹介状書いてくるから、20分ほど待ってもらえますか?
と言い残して、別室へ消えて行きました。

標準治療が終わって成果が上がらなかったら患者を切り捨てていく病院が多い中、
一人一人の患者の命としっかり向き合ってくださるS先生に出会えて、
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

そして6月23日、私はS先生の紹介状と画像のデーターを持って、H大学病院の放射線科を訪れました。




放射線治療ができない?!

2011年06月24日 | 治療2011年
6月16日、大学病院でCTを撮り、その結果の話はM先生がまだ学会から戻られないので、
その下のK先生からありました。
内容は、前日主治医のS先生から聞いた話とほぼ同じでした。

驚いたのは手術日が、6月21日から7月1日に変更になっていた事。
K先生は、「うちの都合で変更になって、すみません」とおっしゃいましたが、
多分私は胆のうしか取らないことになったので、後回しにされたのでしょう。

一つ収穫があった話は、3ヶ月前放射線科のH先生から、『私の骨転移の腫瘍の種類が
骨が溶けたりもろくなったりする種類ではなく、骨を作るタイプなので
放射線治療は出来ない』と言われ、
骨を作るタイプの腫瘍の意味をよく理解できないまま今日まで来てしまいました。

今日K先生から聞いた話では、『増骨のタイプは今後骨が硬くなって、その部分が動かなくなる、
痛みが出て来る』というような内容でした。

やっぱりね・・骨を作るから、良い腫瘍という訳ではないんだ。
現に、すでに転移が始まっている訳だし。

翌日6月17日、CTのデーターを持って、また主治医のS先生を訪ねました。

先生と画像を見ながら、『背骨の腫瘍が大きくなっているし、他にも転移が始まっているし、
今点滴している抗がん剤は骨には効いていないみたいだし、
S大学では放射線は対象外だと言われているし、
どうしたもんでしょうねえ・・』とため息をついていると、

突然S先生が「H大学の放射線科に行ってセカンドオピニオンしますか」とおっしゃいました。

エッ、だってS大学とH大学はいわばライバル大学。
S先生はS大学のご出身。本当にH大学を紹介して頂けるの?


また長くなってしまいました。続きは次のブログで。





手術日変更

2011年06月21日 | 治療2011年
ブログ更新が遅くなりました。
21日手術の予定でしたが、大学病院の都合で、7月1日に変更になりました。
(詳しくは次回のブログでお話します)

6月14日のPETの結果、新たに骨転移とリンパ転移があり、この度胆のうと胆のう周辺の
腫瘍を摘出しても、意味が無いのではないかと言われました。

その話は、大学病院のM先生は学会で東京へ行っている為、主治医のS先生から伺いました。

選択肢は2つ
1.胆のうを取って、今後も抗がん剤治療を続けて進行を遅らせる
2.もう治療は止めて、胆のうも取らない

大学病院外科のM先生も、放射線科のH先生も
治療は中止して好きな事をしたほうが良いのではないかとおっしゃいましたが、
S先生はどう思いますか
」と聞いてみました。

大学病院は治療して治すことが目的なので、標準治療をして
治らない可能性が高ければ、最悪の話をするのが普通です。
でも僕は、患者さんが治療を出来る体力がまだあって、治療を希望するなら、
残り3の時点で治療を中止するか、最後まで治療を希望するなら、そうしたいと思います
」と、
おっしゃいました。

先生、じゃあ私は今どの段階なんでしょうか

抗がん剤治療を中止したら年内。
胆のうを取って抗がん剤治療を続けた場合は、今の進行を見ると来年夏頃までだと思います


・・・・・。  先生、私来年の夏まで生きたいです 

では、また時間が拘束されて不便だと思いますが、治療を続けましょう

先生、私5月で仕事を全て止めたので、治療に専念出来るんです。
だから自由時間、いっぱいあるんです


分かりました。また一緒に頑張りましょう

先生の力強い言葉に希望を託して、病院を後にしました。
先生は来年夏頃までとおっしゃったけれど、自分では今の進行度を見ると、
来年春頃までかなあと感じています。

よし!来年の桜を見るまで生きるぞ!!
その間にやりたい事も幾つかあるので、実現に向けて、治療の合間に一つ一つ実行しよう。

翌日大学病院でCTを撮り、CTの結果の話を聞き、翌々日そのデーターを持って、
再び主治医のS先生を訪ねました。
そこで、意外な話がS先生からありました。
長くなったので、次のブログでお話します。




幸せな時間

2011年06月15日 | 治療2011年
6月13日(月)

今日はエバちゃん(主人)が嫌いな、バーバー(床屋)に行く日。
いつもは帰りに待ち合わせをして食事をする事を楽しみに、何とかバーバーに行きます。
でも今週の私は、抗がん剤治療の後の倦怠感が続き、外食は控えたいという気分。

そこでエバちゃんは嫌いなバーバーを何とか一人で終えて、ケーキを買って帰って来ました。

「5歳は若くなったよ」とすっきりした髪型を褒めちぎり、
ケーキを食べながらバーバーであった出来事を聞き、TVを見て二人で笑い、

するとエバちゃんが 「ねえ、これからも二人でこうしておしゃべりしようよ。
時々ケーキも買ってくるから」と、突然言いました。

私は 「うん・・いいよ・・」と一言。

何も言わなくても分かり合える幸せな時間が、ゆっくり流れていきました。


まもなく手術

2011年06月04日 | 治療2011年
CA125は、550~840を行ったり来たりしています。
普通の人から見れば決して低い数値とは言えませんが、一時の4000とか6000とかから見ると、
よくここまで下がってくれたという思いでいっぱいです。

でもこれだけ高いという事は、体内に癌がある訳で、5月24日、先生からCTの結果の話がありました。

肝臓は、以前の血管造影では多発転移がまだ沢山あるとの事でしたが、
CTでは3個、リンパの腫瘍が少し大きくなってきている、肝臓付近に新たな怪しい影がある、
そして、抗がん剤治療で胆のうが腫れているので、さらに抗がん剤治療を続けるなら、
胆のうをとったほうが良い。

結論は、開腹手術でそれらを思い切って取ったらどうかというお話です。

その手術は、2年前に肋骨にできた腫瘍を摘出して頂いた、大学病院の外科のM先生に
お願いするのが良いと言われました。

翌々日、退院から直行で、S先生のお手紙と、画像のCDを持って、
大学病院の、M先生の外来を訪れました。

M先生は 「まいったなあ」を連発し、中々『手術しましょう』と、言ってくれません。

手術しても・・・」と、その言葉の後沈黙が続いたので、

先生、遠慮なく本当のことを言って下さい。
S先生にも、H先生にも本当の事を言って下さいとお願いしているので
」と言うと、

そうですか、でははきり言いますが、手術をしても全部取りきれるとは言えません。
また辛い思いをして、手術で体力を消耗しても、
今はまだ目に見えない新たな腫瘍が出てくる事も考えられます。
そして、貴方がまた辛い思いをすることになります。
それなら、手術をしないという選択もあるのではないかと思います


先生、手術したら、今見える腫瘍は全部取りきれる可能性もあるんですか?

それは、可能性が無いとは言えません

先生、私手術することをそんなに辛いと思っていないんですよね。
だから、手術したらもっと今より酷くなるというのではなく、
いつかまた腫瘍が出てくる事があっても、
今、一度リセットできる可能性があるなら、手術をお願いしたいんですけど
」と、言いました。

そして、6月14日にPET、16日にCTを撮り、その状態を見て検討し、
21日に手術をすることになりました。

M先生の表情のほうが深刻そうで、私は淡々と、時に微笑みながら話すものだから、
先生は、『この患者は、現状が分かっていないんじゃないか』と思われたかもしれません。

でも、この度の話は、この3か月間私が宣告された話の中で、一番希望が持てる話でした。

さあ、手術に向けて、栄養とって、体力つけて、
手術したらしばらく遊びにも行けなくなるから、治療の合間を見て、旅行にも行って来ました。

近づく手術を前に、慌ただしく毎日を過ごしています。