私はあなた自身に卵を投げる

30歳を超えてピアノをはじめた私のボヤキ...

コード

2006年06月28日 | 私のボヤキ

 最近、ピアノコード早わかり...なんとかという本を買った私ですが、悲しいことにまったくといっていいほど理解できないのです。つくづく読解力というか、観察力というか、洞察力というか、外からの情報を自分の糧として翻訳することに対して、いかに不器用であるかを改めて思い知ったのです。(ーー;)

 ついこの間までコードといえば、「縦のラインに3から5個の音符が重なったもの。」だという認識だった私ですが、なんと、7つも重なった驚異的なものまであることにビックリ。これって使えるのだろうか...という疑問を感じつつも、これだけの「表情」があれば、描けない絵はなさそうだという密かな思惑を抱いています。もっともそれが「自分が求めている表情かどうか」を見極めるのにかなり時間がかかりそうですが...。

 私の勝手な思い込みでは、その音が平均律のうえに成り立っているからこその多様さであるから、もしも、これがミーントーンなどの純正律のうえに成り立っていたのだとしたら、かなりの「制限」を生み出してしまうのだろうか?

 本には気になる用語が掲載されていました。

 ・イオニア
 ・ドリア
 ・フリギア
 ・リディア
 ・ミクソリディア
 ・エオリア
 ・ロクリア

 これって教会旋法では?! と思ったあなたは鋭い!!


 最近、器楽の世界で奏でられるハーモニーが、声楽の世界で奏でられるハーモニーを超えることができるか? という変ちくりんな命題を掲げている私ですが、その辺の答えが教会旋法のなかにありそうな気がしてならないのです。(そもそも答えを求める先が違っているのかもしれませんが...ドツボにハマリこんでゆく私をどうか静かに見守ってやってください)。

 平均律のうえに...ではなく、純正律のうえに教会旋法を再現したのだとしたら...。

 

 その...お話がとめどなくなってきましたので...
 きょうはこれで終わりにします。


ボールをつかむように

2006年06月25日 | 私の創作広場

 きょうも、アリオ亀有の書店に探検に行きました。案の定、書店ではミニライブが開かれていて人だかりが...例のごとく、鍵盤の見えそうな位置を探していたのですが、絶好の観察ポイントは既に取られていたので、結局、色とりどりのグラスが並べられた商品棚の隙間からじっくり観察することに...怪しいです。非常に怪しいです。

 今日の演奏はジャズでした。ピアノとウッドベース、ビブラフォン(?)の組み合わせで、特筆すべきは、ビブラフォン奏者の必殺技の数々です。マレットを4本手に持ち、それはそれは恐ろしいスピードで鍵盤を叩いているのです! 偉大なピアニスト(←妄想です。)であるさすがの私もその迫力には圧倒されました。

 それにしても、音楽の演奏をしている人の表情というのは、とても素敵なものですね。さすがにウットリと眺めるわけにはいかないので、控えめに、物陰からこっそり覗くように観察を...(ーー;) というのはさておき、私の視線は女性...いえ、鍵盤に注がれていました。

 今回のピアニストは、絵に描いたように「ボールをつかむ」スタイルの弾き方をされていました。鍵盤の表面をひっかくような感じ...なんだか「おいで、おいで」と誘われているような...しかし、私にはギッシリと予定が詰まっていますし、せっかくのお誘いではありますが...。(ーー;)

 さて、お話を鍵盤に戻します。じっくりと鍵盤のうえを移動する指を観察していると、横方向のスライドは勿論のこと、縦方向のスライドも無理なく自然に行われていました。ただ、鍵盤から手が離れることが頻繁にあったのでちょっとビックリした私ですが...

 指は常に鍵盤に近いところにあるようにする...というのが私の中での一般的な常識でした。無駄な動きを極力省き、少ない消費電力で冷蔵庫を動かさなければいけない...と考えていましたし、先生にはそのように指導を受けておりました。

 もっとも先の女性は、しっかりと基礎を身に付けられているお方ですから、その基礎のうえで、ある音楽を追求した結果のスタイルなのだと思うので、私があれこれと疑問を呈するというのは失礼極まりない...。

 とにもかくにも、その軽快な演奏は、手足で自然にリズムをとらせてしまうには十分な力を持っていて、人それぞれのスタイルで楽しめる音楽というものの魅力を思う存分感じさせてくれました。

 

...この部分に余計な文章がついておりました。
本記事の内容とは全く関係のない文章ですので、削除しております。

枯葉 あせる


コーラス譜

2006年06月18日 | 私のボヤキ

 長年に渡り、こっそり貯蓄してきた『へそくり』をはたいて買ったのは、映画『天使にラブソングを1、2』のサントラCDです。映画の方は、1作目しか観ていない私ではあるのですが、とにかくコーラスの何とも言えない迫力に魅せられたことは今でも憶えています。

 実はこのサントラCDには、パート別コーラス譜というものが付録としてついているのです。そうです、目的の半分はこのコーラス譜見たさだったのです。(ーー;)

 さて、掲題のコーラス譜。何やら見慣れない記号の数々が...しかも、普段見慣れているはずのピアノ譜とあまり変わりばえがしないのに、どこか主旋律なのか全くつかめない...(ーー;)

 かの有名な『Oh、Happy Day』をはじめ、『Hail Holy Queen(おー、マリア様...という歌詞が印象に残っている方も多いはず)』など、嬉しい選曲ではあるものの、楽譜から見えてくる世界観に手が届かず...うーーーん、残念。

 疑問に思ったのが、楽譜に書かれた音の高さ...実は実際のコーラスのそれよりもかなり低いような感じがするのです。それは何故か...ということはなんとなく分かってはいるのですが...

 私がコーラス譜の音符をピアノ譜に音訳していることが、そもそも問題かもしれないということ。人の声は、実は音律という境界線でさえも自由に行き来してしまえて、だから、平均率に縛られた楽器では再現できないし、それを対象にした楽譜でも記すことはできない(楽譜上に描けない音が存在する?!)というもの。

 ひょっとしたら、楽譜に記すことができないのではななく、私たちの中核に平均率という呪縛があって、音の解釈の制限ゆえに、楽譜を無意識のうちに平均率で音訳してしまっているのかもしれない...いずれにせよ、忠実に楽譜に記すこと、それは不可能なのではないかとさえ思えます。

 ...あっ、昨日に引き続き、意味不明な文章に戸惑いを感じられていますね?

 その、実のところ、音楽創作を続けるなかで協和音の濁りが気になって。音律だの声音だのといろいろ考えているのです。例の木星人的な発想で...。

 コーラスであれだけの心地よい響きが出せるのに、どうしてピアノではダメのなか。ピアノで声音を超えてみたい。88鍵という限られた数で、どれだけ人の『表情』に近づくことができるか...そのために必要なものは...新しい音律?!...新しい形の楽譜?!

 


旋律と声

2006年06月17日 | 私の創作広場

 最近、私が気になり始めているのが声の世界。といっても究極がつくくらいの音痴(方向も含む)なので、その...「私の声って素敵!」という自画自賛ではないのです。

 ある程度の旋律線を維持したまま、かつ、和音的な響きが無理のないように音楽を創作しているつもりの私は、ピアノをはじめとする楽器が生み出す素敵な旋律でも、絶対に超えることのできない領域というものがあるということをずっと予感していました。

 そうです。掲題にもあります「声」です。

 ここで勝手な定義をしちゃいます。声の定義。ちょっと味気ないものですが、「生命から発せられる何らかの信号」という定義にします。言葉だけでなく、しぐさもや表情もまた「声」なのだという、とんでもない拡大解釈です。

 旋律は「声」を超えられるか...例えばピアノの素晴らしい旋律でさえも「声」を超えることはできないと私は考えています。どんなに美しい和音も、「声」にはかなわない。どんなに頑張っても、微笑みを超えることはできないんです。眼差しを遮ることはできないんです。

 偉大な作曲家たちでさえも、素晴らしいピアニストたちでさえも、決して、超えることの出来なかった世界。世界一ともいえる魅力に溢れた音楽...それがいったいどんなもので、どこにあるものなのか...答えはもうお分かりですね!

 いまはレッスンを中断している私ではあるけれど、ピアノをはじめたあのときの誓いは忘れてはいません。自分がステージの上でピアノを演奏しているとき、客席にいる誰もが私とおなじようにピアノを演奏している。感動というものはピアニストの演奏からではなく、客席の一人一人が持つ音楽から生まれるものだということを...絶対に忘れない。

 ...その、支離滅裂なお話になりましたが、今回の記事はある暗示をかけようという、とんでもない魂胆があります。決して、罠にはまらないようにご注意ください。

 

『あなたは、ピアノを習いたくなぁーーーーる!』

 


ローズ

2006年06月15日 | 私のボヤキ

 たまには音楽を聴いてみませんか? ピアノだけで綴られる物語...ええ、漢字の読みが分からなくても躊躇する必要はないんです。すべてはひとつひとつのエピソードの繋がり、感じることを少しでも忘れずにいるのなら、誰でもその世界に踏み込むことができるのです。

 いつから物語は、主人公だけに許された舞台に成り下がったのでしょう。時間を刻む私たち、そう、それがたとえ受身でしかないものであっても、変化の連続のなかに存在していることに変わりはありません。

 ページをめくる勇気をお持ちですか?

 あなたが在るがために世界を動かすこと、影響を与えること、変化させること...たとえそれがどれだけ価値のなさそうなものであっても、本を閉じてしまうのはもったいないとは思いませんか?

 自分を楽譜のうえの、小さな黒丸だと思ってみてください。楽譜上にある小さな存在は、しかし、何時かは必ず音楽になる。あなたがいなければ描けない音楽があるんです。

 ...偶然に買った雑誌に掲載されていた『ローズ』という題名の曲をプレゼントします。

 

ピアノのある生活応援マガジン「PIANO LIFE」 WEBページ
http://www.ymm.co.jp/pianolife/0512/songs.html

 

*音楽データはストリーム専用で配信されています。
 試聴には、Windows Media Player 9.0以上 が必要です。

 

 


解けない封

2006年06月14日 | 私のボヤキ

 以前に「キャラメール」という必殺システムで仲間がいるというお話をさせていただいたのですが、今回もそのお話です...実はその方は、(きっかけがなんにせよ)経済的に苦難を抱え、それでもある目標に向かって頑張っておられる方なのです。私と同年代...。

 その方とのメールのやり取りは、それほど頻繁ではないものの、私の愚痴を聞いて(?)もらっていたりしているのです。そんな折り、夢と現実のハザマにあるときの、その後の選択をどうするかというようなお話を私がしたのですが...

 少しでも解決の糸口になるのなら...ということでご自身の経験を語ってくださるという回答をいただいたのですが、自分の失敗談を語らせるなんて、何だか酷いことをしてしまったようで...いま自責の念を抱いています。

 もう1習慣くらい経とうとしているのに、いまだにその方から届いたメールの封を解けずにいます。いったい、何を恐れているのか...


ピアノの筺体

2006年06月13日 | 私の回想レポート

 私が街中を歩いている様を観察していたある人が、焦点が定まっていないその様子に不安を覚えるという話をしてくれたことがあります...実は、目に映る景色を景色として捉えていなくて、頭の中ではまったく違うことを考えていたりするのです。

 ぼんやりとした輪郭だけが見えていて、本質がはっきりしない。いつもある程度はっきりと見えていることに慣れてしまっているから、それが見えるようになるまであれこれ試行錯誤してみる...そんな感じです...私の頭の中の世界は。

 

 ところで最近は特に体調が悪い。絶不調なのです...。肉体的な異常もあるのですが、何もやる気がおきないし、何を食べてもおなじような気がする...ひとつだけ特例があって「まるごとバナナ」だけはその味がするのです...(ーー;)

 

 お話が2点...じゃなくて3転します。そう...ピアノの筺体のお話です。漢字の部分は「きょうたい」と呼んでください。決して「こたい」ではありません。お間違えのないように。

 

 一般的にピアノといえば漆塗りのようなもの...というイメージがありますが、実は様々なバリエーションがあるということを最近知ったのです。マホガニーとかローズウッドとか、カスターニエン(?)とか、オーク(?)とか堅い木材で作られたものは、独特の色合いを持っています。

 実は私は黒いピアノは勿論のこと、茶色いピアノも好みだったりするのです。それは遠い昔のこと...私の幼少時代には、たいてい幼稚園に茶色いオルガンがあったのです。当時は音がなる大きな箱が怖くて、決して近寄らなかったようで...何処からか武器になるものを探してきては、戦いを挑んだとか挑まないとか...。

 

 茶色の筺体を見るとあの当時のオルガンを思い出します。私にとっては得体の知れない敵(?)だったものが、生きていくうえで必要な仲間になった...不思議なお話ではあるけれど、それにしてもいつ「和解」したのだろう?


気になる指先

2006年06月04日 | 私の回想レポート

 きょうは、最近オープンした巨大ショッピングモール『アリオ亀有』に潜入してきました。普段は地元周辺は素通りして都心へ遠征するばかりだったのですが、この巨大な探検場所が登場してからは、不思議と新鮮な目で街を眺めることが出来たりするのです。

 それにしても、亀有駅周辺には凄い人だかりが...。日曜日でもそれほど混雑したイメージがなかったのですが、後で聞いたところによると、テレビで特集をされていたとのこと。なるほど納得です。

 さて、『アリオ亀有』。それはそれは大きなショッピングモールなのです。一際目がついたのが、不思議な乗り物...いえ、買い物カゴ(?)...子供たちを飽きさせない工夫なのでしょうか、まるで小さな電動カート(足元のボタンで動き出す乗り物)のようなもので、店内をある程度移動できるのです。

 私が潜入したのは、午後3時過ぎ。それでもレストランやカフェには列が出来ていましたが、店内が広いためか「立錐の余地がない...」というほどではありませんでした。目的地まですんなり辿り着いた私は、本来の目的を達成することに。

 実はモール内には定番といえる本屋さんがあります...ただ、そこは普通の本屋さんではなく、キャラクターグッズや不思議な装飾品を置く専門店と融合した不思議な魅力のある場所なのです。ただ、悲しいかな...通路が狭くて移動に一苦労。それに楽譜はほとんど置いていない...。

 その本屋さんでピアノと管楽器のアンサンブルが開かれていました。さっそく私はピアノの鍵盤が見えそうな位置に陣取ることに...。演奏中は自然とピアニストの指先に視線がいってしまいます。音楽を聴くというよりも、どう指を使っているかを知ることに興味があって。

 ところが実際にその場にいたのは1分ちょっと。あまりの狭さに本を捜し歩く人の邪魔になってしまって...しかたなくその場を離脱したのでした。

 

 今回は滞在時間が短いものでしたが、日を重ねて少しづつ開拓していければ...しばらくは、探検場所に困ることはなさそうです。