青磁紀

a fairytale's diary - 或るフェアリーテイルの雑記

特別でもなんでもない 春の朝

2009-03-11 06:42:47 | 銀雨系
「レポート三昧ちゃうかったんですか」

朝日を眺めてコーヒーを飲んでいた彼女に、隣のベランダから声がかかった。

「レポート三昧だ。今日は随分と早いな」
「隣から物音するから目が覚めました」
「……今日は拡声器は使っていないが」
「…使わんでいいです。そもそも何に使うんですか朝から」
「こういう日は屋上に上がればおそらく管理人が居るし、エレベーターホールに行けばコネコがいよう。ロビーに行けばマオやイナゴが居るだろうし、103に行けばトシが居る」
「当たり前です」
「春だな、団長」

そう言って彼女は、コーヒーを一口啜る。

「…そうですね」

曖昧に相槌を打つ。
ベランダの柵をはさんでいるので、お互い顔は見えない。

「だが、特に話題はない」
「はあ!?」
「なんかないのか」
「朝から無茶振り!?」
「無茶振りに応ぜられずして結社長が務まるかァ!!」
「きょうのわんこ」
「柴犬のベッキーは、お隣さんから醤油を借りるのが大好き★」
「応じた…!!」
「違う!今のは脊髄反射だ!!」
「違いがわかりません!!」
「シッ!」

彼女が口元に人差し指を当てた(気配がした)。

「……」

「………」

「…なん…ですか?」
「朝から大声を出すのは無粋だ。小声でやろう」
「そんっ…(小声)あーたが言い出したんじゃないすか!」
「(小声)そうだな」
「(小声)そもそも無粋も何も、隣近所に迷惑…」
「(小声)隣お前」
「(小声)そうですけど!そうですけど!!」
「話したいことがあるのではないのか?」

「…………」

彼は一瞬動きを止め、置きぬけのぼさぼさ頭を、かくようにして整えた。
深呼吸をする。
が、すぐに諦めた顔をした。

「……いえ、今はいいです。レポート三昧なんでしょ?」
「レポート三昧だ。醤油貸してくれ」
「今ベッキー!?」
「私はししゃもが好きなのだが今醤油がないのだ」
「ししゃもやったら醤油なしでも美味しいですから!」
「ケチ」
「いや貸します!もう貸させろ!」

彼はバタバタと部屋に戻っていった。
それを見送り、ふっと笑って彼女も部屋に戻る。

伝えたいことなど、いくら思っていても言葉にしなければ伝わらない。
それは幻想だ。悟って欲しい、読んで欲しい、察して欲しい、それは相手に依存したファンタジーに過ぎない。

だがそうあって欲しいと願うのは罪ではない。
そうありたいと思うのは罪ではない。

とかややこしいこと書いておけばそこそこ埋まるだろう、などと考えながら、
彼女は「想像力の速度と作業の速度に関する考察」のレポートに戻るのだった。




今の鎌倉の温度は、4.9℃。

眠りの色 1

2008-05-27 10:50:43 | アクス系
海の見える草原。
果てしなく、というほどでもないが、その緑は広く続いている。
戦争前には何某かの工場でもあったのだろうか、黒い煙突のような建造物の残骸がぽつぽつと残り、その向こう…海と緑の境界線に、白い塔が建っている。

灯台。


「…あれか」
「ええ、マスターの地図が間違ってなければ」
「………間違ってるんじゃない?」
「…何怖気づいてるのよ今更」

「今更か」


「…そうだな。今更、だ」


「……」
「…セラ」
「…なに?」
「俺は……、


 …………怖い」

「…知ってるわ」

「そうか」
「そうよ」
なら怖くないな
「………ちょっとでも可愛げ出てきたと思った私が間違いだった…!」
「んじゃ、行ってくるわ」
「待って」

自分の魔皇の声が微かに震えているのに、気付かない逢魔はいない。
コアヴィークルから立ち上がった赤い女の腕を掴み引き寄せて、片目の女は彼女の唇にキスをした。

「……」
「……」

うああああ!!!ちょ、セラ!セラお前アホかボケ気持ち悪いわバカ!!
私だって気持ち悪いわよ!!いいからさっさと行きなさい!日が暮れたら先帰るからね!!
引き止めたくせに!しかもお前運転なんてできな…ああもうわかった!わかったよ行ってくる!今週のジャンプでも読んで待ってろ!!」

赤い機体から飛び降りる女。
目を細めてそれを見送る女。
彼女が向かうのは海と草原の境目、まっすぐに立つ白い塔。

そこには、二人の女を振り回した、ある男が いた。

赤い塩水と青い塩水 - 眠りの色 0

2008-03-15 10:49:00 | アクス系
「セラ」
「何よこんな夜中に。…何笑ってるの?」
「俺を助けてくれ」
「は?」
「俺は今とても他人様には言えないような困った欲求に駆られている」
「ちょッ…痛! 何するのよ…!」
「過去は過ぎ去ってもうない、未来は来たらず未だない、今、お前の道から、ソレと、ソレを、切り落としてくれ。そうすればお前を連れて行ける、そうすれば世界を憎まなくて済む!なあセラいいだろう!?独りはイヤなんだ、 独りは!!独りはイヤなんだ!!!

(パァン、と乾いた音)

「……」

「………」

「……」

「………」

「……」

「………腹減った」
「死ね!!」

「ッたく…なんだよ…お前がこう首締めて欲しそうな顔してるからゆるく締めただけなのに引っ叩くこたねえよな~」
「どんな顔よ!!しかもしてないわよ!!」
「どうかな~」
「どうでもない!ちょっと顔洗ってきなさいよ、何引っ掻いてんのよ!!消毒するわよ!!」

「…ねえセラ」
「(救急箱をガチャガチャ)何よ!」
「俺お前居なかったら、どうなってたかな」
「さあね、一緒なんじゃない? あんたはどうにもならないわ、世界に何があろうがね!…全くバンソウコウ準備すんのも久しぶりだわ…」
「お前居なかったら…」

「お前居なかったら、さっさと死のうとしてたかなぁ」
「…死ねないでしょうけどね」
「そう、死ねないの。怖くて」
「ほら、結局一緒じゃない」

「一緒じゃねえよ」

「……一緒よ。貴女、変わったわね?」
「まあな」
「彼女のせい?」
「あいつ見てたらなんかな。色々、納得がいった。…これまで納得してなかったってのも妙な話だが。―――セラ」
「何?」
「連れてってくれ。瑠璃んとこ」
「…………」
「大丈夫だ。後追ったりしないから」
「……当たり前よ。いいわ、行きましょ。……コアヴィークルで?」

「………ははは!そうだなコアヴィークルで!」


血溜まりに浸かっている時だけが、癒しの時間だった。
俺の傷を塞ぐのは、この生きた赤い液体だけだと思っていた。
俺は、気が付きたくなかっただけだ。

自分が、独りではないということに。


「あ―――世界中の俺の悪口言ってる奴全部殺してぇ――――」
「自意識過剰よ。世界に認識してもらうとこから始めなさいな。はい鍵」

秋の朝、街の音、誰かの声ともう一つ

2007-09-09 06:07:14 | アクス系
彼女は、誰にも何も言わない。
彼女は、誰にも何も言わない。
それは彼女が、誰にも何も言う必要がなかったから。



「ここは図書館か…、図書館ですか?」
「ええ、そうだけど、図書館としては運営していないの。」
「じゃあ、お住まいですか」
「…そうね、そういうことになるわ。何か御用かしら?」
「ああ、いえ…屋上に」


「屋上に上ってみたくて」


「屋上に?」
「朝日がよく見えそうですから。街が一望ですし」
「そうね…、確かによく見えるわね」
「失礼しました。勝手に入ってしまうところでした。以後、気をつけます」

「待て、若いの」

「あら」
「あ」

「変わってんな。興味のある建物には、そうやって侵入してんのか?」
「そんな言い方…」
「明日の朝5時に来い。上らせてやるよ。その代わり俺も同伴」
「…ありがとうございます。必ず、明日朝5時に伺います」


「あらあら、起きれるの?」
「思春期の若造が夜明けにタソガレに来るんだろう? 面白そうだ。今から仮眠取るから夜中起こしてくれ」


* * *


「…おはようございます。すみません、早くに」
「おはよう、時間通りだな。構わねえよ、来な」


「狭い階段だから気をつけろ。だいぶボロいし」
「はい。…珈琲はお好きですか」
「大好きだー」
「缶コーヒーですけど。…昨日の、もう一人の方にも」
「ははは、ガキのくせに気ィ使いやがって。ありがとう、もらっとく」
「すみません。自分が飲みたかったもんで」

「お前、結構わかってんな」

「はい?」
「…よし、この扉開けたら到着だ。もう大分明るいな」



世界が夜を終えて、朝を迎える。
空はとても広い。見上げても、何もない。



「うわっ…」
「ああ、俺も久しぶりだわこんな時間にここ来んの。まだ静かなんだなあ」


遠くで静かな音が静かに鳴っている。

目を覚ます前の、街の呼吸音のようだった。

涼しい朝の空気。もう秋の匂いがする。


「すごい…ですね」
「だろ。高いところ、好きなの?」
「はい。街並が好きなんです」
「へえ…昨日みたいに、あちこちうろついてんの」
「時々。気になる建物には、どうしても入りたくて」
「ウチは気になったんだ?」
「すみません…実は」
「?」

「廃墟だと」

「あははは!そーか!そーだよなー!」
「すみません」
「よく言われるんだ。いいよ、褒められてるようなもんだ」
「いえ、褒めてます。ずっとこちらに?」
「俺はしょっちゅう出てていないけど、昨日のあいつはずっと居るよ。また来たくなったらあいつに言えばいい。まぁ盗むモンもないから、勝手に出入りしたっていいんだけどな。いくつ?」
「17です」
「そっか。あそこの?」
「はい」
「うちのもあそこなんだ。今14。近所なのにあんまり帰ってこないでやんの。―――ああ、まぁ血は繋がってないんだが」
「息子さんですか」
「なんでわかる?」
「女親の顔されてました」
「………ふふ。どっかで会ってるかもだな」
「広い学校ですから…でもどこかでお会いしてると、思います」


街が目覚める音。
それを確かに、耳に刻み込む。
世界を美しいと思うことは、そこではとても普通のことだった。


「あれ、いつの間にか朝日昇ってんな」
「明るくなると、案外わからないですね」
「おつかれさん。また来たくなったらおいで」
「ありがとうございました。」
「お前」

「はい」

「そうやって、誰にも何も言わないのか」
「いえ、言わない方が、よく伝わるだけです」
「…よく喋りそうな顔してるのにな」
「よく言われます」

そう言って、彼女は初めて笑った。


* * *


「おはよう。どうだった…あら、缶コーヒー?」
「あの若造から。エヴァ缶ですみませんだとさ」
「貴女が若い子に興味湧くなんて珍しいわね。どんな子だったの?」
「多分、環境だな」
「環境?」
「良い友達が、いるんだろう。もう少し話してみたかったな」
「…へえ…」

「あいつにも、いるといいんだがな」

「………そうね」

「…あとな………、あの若造が女子だったことに最後初めて気付いた」
「ええ嘘!?男の子だとばかり!かなりガッカリなんだけど!!」



彼女は、誰にも何も言わない。
彼女は、誰にも何も言わない。
それは彼女が何も言わなくても、皆、彼女の言いたい事を知っていたから。

彼女が大切にしているものを、皆、知ってくれていたから。

さらさらと崩れていく世界

2007-09-08 03:58:37 | アクス系
「セラ」
「何?」
「今俺の右手が無くなるのと、右目が無くなるのと、どっちがヤバイ?」
「手じゃない? 商売道具なんだし」
「左手とか足とか口とかで」
「無理でしょ。貴女が描いてるのは漫画で、芸術じゃないのよ」
「芸術家にシフトしたらいい?」
「できないんじゃない?」
「…できないな」
「それ以前に、……訂正するわ。貴女が『描きたい』のは漫画で、芸術じゃない」
「ご名答」
「はあ。…何の話?」
「最近、死んだ時のことばかり考える」
「…………」
「死ぬくらいなら右手を潰す方がマシか? 描けなくなるくらいなら死んだ方がマシか?」
「勘弁して頂戴。その手の話を逢魔に聞かせるなんてやれやれだわ」
「人間…いや俺は魔属か、んじゃ『生きとし生ける者』は、終わり方を自分で決められると思う?」
「…無理ね。自殺が赦されるほど世界は甘くないわよ」
自殺とかはしない!
「じゃあそれ以外にどうやって終わるのよ!!」
それを聞いてんじゃねえか!!

知らないわよ。知りたくも無いわ!!!
「セラ一緒に死んで?」
「言われなくても死ぬわよ!フルオートで!!!」

「……」

「……」

「やめよう。アホらしくなってきた」
誰が言い出したのよ

「……」

「……?」

「……寝るか」
「……そうね」
「……セラ、そもそもセックスというのは一発ギャグでしかないよな」
「……それはひょっとしてギャグで言ってるの?」
「いや、言ってみたかっただけ」
「知ってるわ。電気消すわよ」
「セラ、今日は部屋じゃなくてここで寝ろ」
「いいけどカラスマスクしてくれる? 貴女寝言凄いから」
「その分寝相激しくなるけどそれでもいい?」
「縛るわよ」


相変わらずの私たちだった。
世界が終わる音が、遠くに聞こえている。


"もしも願いひとつだけ 叶うなら
 君のそばで眠らせて どんな場所でもいいよ"