「レポート三昧ちゃうかったんですか」
朝日を眺めてコーヒーを飲んでいた彼女に、隣のベランダから声がかかった。
「レポート三昧だ。今日は随分と早いな」
「隣から物音するから目が覚めました」
「……今日は拡声器は使っていないが」
「…使わんでいいです。そもそも何に使うんですか朝から」
「こういう日は屋上に上がればおそらく管理人が居るし、エレベーターホールに行けばコネコがいよう。ロビーに行けばマオやイナゴが居るだろうし、103に行けばトシが居る」
「当たり前です」
「春だな、団長」
そう言って彼女は、コーヒーを一口啜る。
「…そうですね」
曖昧に相槌を打つ。
ベランダの柵をはさんでいるので、お互い顔は見えない。
「だが、特に話題はない」
「はあ!?」
「なんかないのか」
「朝から無茶振り!?」
「無茶振りに応ぜられずして結社長が務まるかァ!!」
「きょうのわんこ」
「柴犬のベッキーは、お隣さんから醤油を借りるのが大好き★」
「応じた…!!」
「違う!今のは脊髄反射だ!!」
「違いがわかりません!!」
「シッ!」
彼女が口元に人差し指を当てた(気配がした)。
「……」
「………」
「…なん…ですか?」
「朝から大声を出すのは無粋だ。小声でやろう」
「そんっ…(小声)あーたが言い出したんじゃないすか!」
「(小声)そうだな」
「(小声)そもそも無粋も何も、隣近所に迷惑…」
「(小声)隣お前」
「(小声)そうですけど!そうですけど!!」
「話したいことがあるのではないのか?」
「…………」
彼は一瞬動きを止め、置きぬけのぼさぼさ頭を、かくようにして整えた。
深呼吸をする。
が、すぐに諦めた顔をした。
「……いえ、今はいいです。レポート三昧なんでしょ?」
「レポート三昧だ。醤油貸してくれ」
「今ベッキー!?」
「私はししゃもが好きなのだが今醤油がないのだ」
「ししゃもやったら醤油なしでも美味しいですから!」
「ケチ」
「いや貸します!もう貸させろ!」
彼はバタバタと部屋に戻っていった。
それを見送り、ふっと笑って彼女も部屋に戻る。
伝えたいことなど、いくら思っていても言葉にしなければ伝わらない。
それは幻想だ。悟って欲しい、読んで欲しい、察して欲しい、それは相手に依存したファンタジーに過ぎない。
だがそうあって欲しいと願うのは罪ではない。
そうありたいと思うのは罪ではない。
とかややこしいこと書いておけばそこそこ埋まるだろう、などと考えながら、
彼女は「想像力の速度と作業の速度に関する考察」のレポートに戻るのだった。
今の鎌倉の温度は、4.9℃。
朝日を眺めてコーヒーを飲んでいた彼女に、隣のベランダから声がかかった。
「レポート三昧だ。今日は随分と早いな」
「隣から物音するから目が覚めました」
「……今日は拡声器は使っていないが」
「…使わんでいいです。そもそも何に使うんですか朝から」
「こういう日は屋上に上がればおそらく管理人が居るし、エレベーターホールに行けばコネコがいよう。ロビーに行けばマオやイナゴが居るだろうし、103に行けばトシが居る」
「当たり前です」
「春だな、団長」
そう言って彼女は、コーヒーを一口啜る。
「…そうですね」
曖昧に相槌を打つ。
ベランダの柵をはさんでいるので、お互い顔は見えない。
「だが、特に話題はない」
「はあ!?」
「なんかないのか」
「朝から無茶振り!?」
「無茶振りに応ぜられずして結社長が務まるかァ!!」
「きょうのわんこ」
「柴犬のベッキーは、お隣さんから醤油を借りるのが大好き★」
「応じた…!!」
「違う!今のは脊髄反射だ!!」
「違いがわかりません!!」
「シッ!」
彼女が口元に人差し指を当てた(気配がした)。
「……」
「………」
「…なん…ですか?」
「朝から大声を出すのは無粋だ。小声でやろう」
「そんっ…(小声)あーたが言い出したんじゃないすか!」
「(小声)そうだな」
「(小声)そもそも無粋も何も、隣近所に迷惑…」
「(小声)隣お前」
「(小声)そうですけど!そうですけど!!」
「話したいことがあるのではないのか?」
「…………」
彼は一瞬動きを止め、置きぬけのぼさぼさ頭を、かくようにして整えた。
深呼吸をする。
が、すぐに諦めた顔をした。
「……いえ、今はいいです。レポート三昧なんでしょ?」
「レポート三昧だ。醤油貸してくれ」
「今ベッキー!?」
「私はししゃもが好きなのだが今醤油がないのだ」
「ししゃもやったら醤油なしでも美味しいですから!」
「ケチ」
「いや貸します!もう貸させろ!」
彼はバタバタと部屋に戻っていった。
それを見送り、ふっと笑って彼女も部屋に戻る。
伝えたいことなど、いくら思っていても言葉にしなければ伝わらない。
それは幻想だ。悟って欲しい、読んで欲しい、察して欲しい、それは相手に依存したファンタジーに過ぎない。
だがそうあって欲しいと願うのは罪ではない。
そうありたいと思うのは罪ではない。
とかややこしいこと書いておけばそこそこ埋まるだろう、などと考えながら、
彼女は「想像力の速度と作業の速度に関する考察」のレポートに戻るのだった。
今の鎌倉の温度は、4.9℃。