要するに備忘録ってやつです
電突隊のための法令集
人権擁護法案の妥協点など
世界の中心で左右をヲチするノケモノというブログの女装趣味の社会通念上の認知の度合いについて で、これも人権侵害なのか?について批評をいただきました。かなり内容が詳しいです。トランスセクシュアルとトランスジェンダーという言葉も、その批評で始めて知りました。コメントを寄せる人たちも、かなり詳しそうです。みなさんもお読みになることをお勧めします。
> さらに言うと、その女装男性は「キモイ」と思われたからそれを理由に
> 追い出されてるんであって、「性別」を理由に追い出されてるわけでは
> ない。よって根本的に第三条で判断すべき事案ではない。
まず、「キモイ」と思われたから追い出された≠「性別」を理由に追い出された、ゆえに、第三条で判断すべきではないという主張です。私が思うに、「キモイ」と思われた発端が男性の女装にあり、女性の女装は「キモイ」と思われないわけですから、ここに「性別」が関係していることは間違いないので、「キモイ」→追い出す→性別による差別→第三条違犯 という理屈は成立すると思います。
問題なのは、第三条の要件にある『不当』とは何か?です。不当でない差別は人権擁護法案も認めています(不当でない差別という言葉もへんですが)。
> 法案の「人種等」に含まれる「性的指向」は、同性愛・異性愛・無性愛・
> 両性愛といった、性愛が向かうセクシュアリティーの指向性を指している
> ので、トランスセクシュアルというだけでは法案の保護対象にならないの
> が条文面の状況だ(こういうところもハンパなんだよな)。
なるほど。というか、難しすぎてよく理解できませんでした・・・・・
> カップル(家族連れも含む)での来店が皆無なわけでもなし、店がそん
> なことするかね、百貨店程度で。専門店ならまだしも。だいたい百貨店じ
> ゃ店ごとの壁・間仕切りだってないところあるだろうに。そこで男子禁制
> とか言われても説得力なさすぎるっつーか無意味。
> 想定自体にそういう問題はあると思うのだが、とりあえず考える。
『男子禁制』と『男性客お断り』の混同のように感じました。私のイメージとしては、恋人や妻のために女性下着を購入する男性客ではなく、自分が着用するための男性客です。
余談:親しい女性に下着をプレゼントするというのは、アメリカではけっこう
あるようです。テレビでみました。一人で来店して、キャミソール(?)
などを数分で購入して立ち去るようです。男性客は、来店から購入までが
滅茶苦茶早いと店員が証言してました。男性から下着をもらって女性がう
れしいと思うか?という街頭インタビューもしていましたが、どんな反応
があったのかは忘れました。
男子禁制なら『ありえない』でしょうが、男性客お断りならば、『まったくありえない』ことではないのです。なぜなら、次のような客がいたとマスメディアで放送していたからです。
『妻のパンティーを買いたいのだが、私と妻のサイズは同じなので試着させてもらっても良いでしょうか?』と店員に聞いてきたそうです(なにを考えてるんだか・・・)。こういう客もいるのを知っていたので、女装男性について書いてみました。
> まぁ最初に言ったように、店側でそんな張り紙することに意味はないと
> 思うんだけどな( ゜Д゜)y─┛~~
> そんなわけで、1、2の想定とも「ねぇよ」で終わりそうな気配である。
女装男性と異なり、お風呂屋の掲示は現在進行形の事柄なので、人権擁護法案第三条【人権侵害等の禁止】について-2で書いたお風呂屋の件も批評していただけるとうれしいです。
------------------------------
結局のところ、女装男性の例に限らず、『不当な差別』とは一体全体なんなのか?ということが、大きな問題として横たわっていると思います。在日朝鮮人が、自分が借りているアパートの室内をピンク色に塗り、それに懲りた家主が『在日お断り』としたら差別と言われたらしい、との話しが2ちゃんねるの電突スレッドにありましたが、これも人権擁護法案における『不当な差別』に当たるのでしょうか。
差別が発生する心理的メカニズムは、帰納的類推にあります。どのような経験から、どのような帰納的類推を行うのかを、法律によって不当と妥当に分類できるという前提が、この法案にはあります。『他の法律にもそういう前提はある。』と推進派は言うのでしょうが・・・・
私が思う人権擁護法案の問題点は、『不特定多数』に対する言動を規制するところです。これまでの法律で、不特定多数に対する言動を規制する法律があったでしょうか?私が知る範囲では、不特定多数に対する誹謗中傷を法律で規制すると、表現の自由を著しく圧することになるから、絶対に認められない、ということになっていたと思うのですが。詳しい方がいましたら、解説お願いします。
私の妥協点は、人権擁護法案のように、あらゆる差別を網羅的に規制する法律は、ショックが大きすぎるので、(門地)差別のような個別的差別を規制する法律を一度作ってみて、様子を見るというものです。
> さらに言うと、その女装男性は「キモイ」と思われたからそれを理由に
> 追い出されてるんであって、「性別」を理由に追い出されてるわけでは
> ない。よって根本的に第三条で判断すべき事案ではない。
まず、「キモイ」と思われたから追い出された≠「性別」を理由に追い出された、ゆえに、第三条で判断すべきではないという主張です。私が思うに、「キモイ」と思われた発端が男性の女装にあり、女性の女装は「キモイ」と思われないわけですから、ここに「性別」が関係していることは間違いないので、「キモイ」→追い出す→性別による差別→第三条違犯 という理屈は成立すると思います。
問題なのは、第三条の要件にある『不当』とは何か?です。不当でない差別は人権擁護法案も認めています(不当でない差別という言葉もへんですが)。
> 法案の「人種等」に含まれる「性的指向」は、同性愛・異性愛・無性愛・
> 両性愛といった、性愛が向かうセクシュアリティーの指向性を指している
> ので、トランスセクシュアルというだけでは法案の保護対象にならないの
> が条文面の状況だ(こういうところもハンパなんだよな)。
なるほど。というか、難しすぎてよく理解できませんでした・・・・・
> カップル(家族連れも含む)での来店が皆無なわけでもなし、店がそん
> なことするかね、百貨店程度で。専門店ならまだしも。だいたい百貨店じ
> ゃ店ごとの壁・間仕切りだってないところあるだろうに。そこで男子禁制
> とか言われても説得力なさすぎるっつーか無意味。
> 想定自体にそういう問題はあると思うのだが、とりあえず考える。
『男子禁制』と『男性客お断り』の混同のように感じました。私のイメージとしては、恋人や妻のために女性下着を購入する男性客ではなく、自分が着用するための男性客です。
余談:親しい女性に下着をプレゼントするというのは、アメリカではけっこう
あるようです。テレビでみました。一人で来店して、キャミソール(?)
などを数分で購入して立ち去るようです。男性客は、来店から購入までが
滅茶苦茶早いと店員が証言してました。男性から下着をもらって女性がう
れしいと思うか?という街頭インタビューもしていましたが、どんな反応
があったのかは忘れました。
男子禁制なら『ありえない』でしょうが、男性客お断りならば、『まったくありえない』ことではないのです。なぜなら、次のような客がいたとマスメディアで放送していたからです。
『妻のパンティーを買いたいのだが、私と妻のサイズは同じなので試着させてもらっても良いでしょうか?』と店員に聞いてきたそうです(なにを考えてるんだか・・・)。こういう客もいるのを知っていたので、女装男性について書いてみました。
> まぁ最初に言ったように、店側でそんな張り紙することに意味はないと
> 思うんだけどな( ゜Д゜)y─┛~~
> そんなわけで、1、2の想定とも「ねぇよ」で終わりそうな気配である。
女装男性と異なり、お風呂屋の掲示は現在進行形の事柄なので、人権擁護法案第三条【人権侵害等の禁止】について-2で書いたお風呂屋の件も批評していただけるとうれしいです。
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結局のところ、女装男性の例に限らず、『不当な差別』とは一体全体なんなのか?ということが、大きな問題として横たわっていると思います。在日朝鮮人が、自分が借りているアパートの室内をピンク色に塗り、それに懲りた家主が『在日お断り』としたら差別と言われたらしい、との話しが2ちゃんねるの電突スレッドにありましたが、これも人権擁護法案における『不当な差別』に当たるのでしょうか。
差別が発生する心理的メカニズムは、帰納的類推にあります。どのような経験から、どのような帰納的類推を行うのかを、法律によって不当と妥当に分類できるという前提が、この法案にはあります。『他の法律にもそういう前提はある。』と推進派は言うのでしょうが・・・・
私が思う人権擁護法案の問題点は、『不特定多数』に対する言動を規制するところです。これまでの法律で、不特定多数に対する言動を規制する法律があったでしょうか?私が知る範囲では、不特定多数に対する誹謗中傷を法律で規制すると、表現の自由を著しく圧することになるから、絶対に認められない、ということになっていたと思うのですが。詳しい方がいましたら、解説お願いします。
私の妥協点は、人権擁護法案のように、あらゆる差別を網羅的に規制する法律は、ショックが大きすぎるので、(門地)差別のような個別的差別を規制する法律を一度作ってみて、様子を見るというものです。
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
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それを明示している条文を見たことがないので、具体的に第何条のどの文面から解釈したのか提示願いたいです。見たことがありませんので。
その他内容へのレスポンスを。
>難しすぎて……
いろいろ検索するだけで勉強できますので理解してみてください。差別を語るのに必要な知識です。
>「キモイ」と思われたから追い出された
もしもこの店舗が他の「普通の」男性を追い出さない場合、女装男性は「男性」という共通項以外の理由で追い出されたことになるので、その辺りから考えてください。
>男子禁制
(目的はどうあれ)男性への販売のみを禁止とする場合、女装男性が店内に立ち入り品物を見ることまでは禁止できないので、前提となる店側の「閉め出したい動機(女性客が不快がる)」を満たせないので、店側の措置として有効ではありません。よって「男子禁制」と判断しております。その辺りご理解を。
「特定の目的」での販売のみ止めたい場合、「性別」がかからないので法案にひっかかりません。(「特定の目的」と「男性」が一緒にならない限り該当しない条件ではダメ)
ちなみに男性に女装趣味があること自体を「なにを考えてるんだか・・・」と論評する行為は、法案にはかかりませんが、差別的ではあるでしょう。「そういう趣味はひっそりやりなさい」の意味では、その限りではありませんが。
>銭湯
単に「外国人お断り」は言い訳できない差別です。「入浴マナーを守れない外国人お断り」なら、まだしも議論の余地があるでしょう。
女装男性の場合もこれと同様なのですが、「特定の条件」+「人種等」の合わせ技なら、直ちに「法案が禁ずる差別である」とは断定できません。
>ピンク色&在日お断り
上記の理由とおなじく、単に「在日コリアンの入居お断り」は差別です。壁をピンクに塗ったのは「その人だから」と考えるのが自然であり「在日コリアンだから」ではないからです。
>帰納的類推
帰納的類推というのは、たった一件の事象から(壁をピンクに塗られた)ことから導けるような単純な論理ではないと思いますけれども。「在日コリアン」という大きな母数に比例したサンプル数が必要でしょう。
差別が発生するメカニズムは、そのような「ぶっ壊れた論理」で性急な結論を導くことにあるのではないでしょうか。
>『不特定多数』に対する言動を規制するところ
第三条2項にある『不特定多数の者に対して』です。
> いろいろ検索するだけで勉強できますので
そうみたいですね。ボチボチと調べていこうと思います。
>「キモイ」と思われたから追い出された
>> もしもこの店舗が他の「普通の」男性を追い出さない場合、女装男性は「男性」という共通項以外の理由で追い出されたことになるので、その辺りから考えてください。
性別については、確かにその通りでした。
>男子禁制
前段については納得しました。
ただ、「なに考えてるんだか」は、女性下着の試着を試みる行為に対してであって、女装趣味に対してではありませんので、そのへんをご理解いただければと思います。
>銭湯
私が取り上げた事例は「彫物(刺青)の人お断り」ですが、「外国人お断り」はご指摘の通り「不当な差別」だと私も思います。
>ピンク色&在日お断り
これは「不当な差別」とは一概に言い切れないと思います。差別にあたる理由として、『「その人だから」と考えるのが自然であり』とありますが、これは個人主義のいきすぎではないかと思います。個人の行為に対する類推が、その個人が属するカテゴリに及ぶのは、自然なことだと思います。それも行き過ぎれば『不当な差別』になるでしょうが・・・。
>帰納的類推
「サンプルが必要」というのは、確かに一つの見識ではありますが、世間とは理屈どおりに動くものでしょうか。
例えば、ピンク色の件では、東京都の人がやったから、これからは東京都出身者に部屋を貸さないという理屈は筋が通りません。しかし、国籍というカテゴリに関しては微妙なところだと思います。在日については、親なり在日団体の責任者なりが、大家に対して『身内のものが不始末をしでかしまして、申し訳ありませんでした。』と謝罪し賠償するのが常識でしょう。信頼というのは、そうやって築き上げていくものであって、理屈でどうこうするものではないと思います。
つまり三条二項の一号と二号ということですね?
これらは「不特定多数の者を、人種等を理由にして差別させよう/しようとする」行為の禁止であり、不特定多数を対象にした「言論・言動」を無制限に規制する条文ではありません。たとえば「××国人はみんな馬鹿」「××地区の出身者は屑」といった言動は規制対象外です(侮辱罪にはなるでしょうが)。そうした言動はこの法案の場合、せいぜい一般救済で処理されるものです。
対象こそ不特定多数ですが、その適用範囲は相当に限られており、安易に「不特定多数への言動を規制」と書くのは、無用な不安と萎縮を導く結果(自分の何気ない一言が禁止対象に入るのではないか)になりますので、自重して頂きたいところです。
>ピンク色
風呂の「(マナーが悪く日本人客が不快だから)外国人お断り」を差別だと認識しながら、「(壁をピンクに塗られたことがあるから)在日コリアンお断り」が差別だと一概に言えない、と保留がつくのは理解できません。サンプル数としてはむしろ北海道の銭湯の事例の方が多く、帰納的論理的には前者こそ「一概に差別とは言い切れない」度合いが高い事例と言えます。帰納的思考については下を見てください。
>個人の行為に対する類推が、その個人が属するカテゴリに及ぶのは、自然なこと
>帰納的類推
その場合の類推は、不合理です。帰納的思考・類推はたった一つのサンプルで導けるほど単純ではありません。これは前回も書きましたが。それについてはリンクを参照してください。特に二段落目です。たった一つの事例から結論を導くのは、帰納的思考ではなく、ただの思い込みです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B0%E7%B4%8D
>在日については、親なり在日団体の責任者なり
個人の行為に対して「在日団体の責任者」という人を引きずり出す理屈がありません。未成年でなければ親の出る幕でもありません。「その人」を固有の一人格として認めておらず、常に保証人が必要だとでもお思いなのでしょうか。
迷惑をかけた行為に謝罪が必要なのは当然のことで、論を待ちませんが、当人の責任に帰するべきものを当人が属する母集団に負わせる道理はありません。日本人の誰かが殺人者だからといって、日本人が殺人民族であると言えますか? 海外で日本人が犯罪を犯したら、総理大臣が謝罪に出向くべきなのでしょうか? そうではないでしょう。
あなたの論法は、中韓朝が現代の我々を過去の罪によって責め続ける論法と、根本が同じであることを認識してください。その上で考え直してみてください。なにかに反対することは、言論の自由がある日本ではおおいにやって良いことですが、その理由が不合理だった場合、反対論自体の説得力は消失します。
長くなりましたのでコメント欄ではこれまで。これ以後も続ける場合にはエントリーで書き起こしていくことにしようと思います。