その日、 私の幼なじみで、活発な性格だったコーイチくんが、みんなに声を掛けました。
「トミーさんを三角ベースに誘おうやー!」
私たちはまったく躊躇することなく コーイチくんの提案に賛同しました。
トミーさんが、野球を大好きだと、みんなが知っていたからです。
コーイチくんに命じられて、彼の弟のセージくんがトミーさんのところに走り寄り、
「一緒にやろうよ」と誘うと、
トミーさんは、 うん、 うん と微笑んで、 私たちのところへやって来ました。
トミーさん! ピッチャーする? バッターする?
コーイチくんに問われたトミーさんは、 迷わず 「バッター」 と答え、
子どもたちの共有物である、古い木製バットを手に取りました。
相手ピッチャーは、 ときどき隣町から遊びに来ていた小学校6年生の男の子。
いつも速い球で私たちを翻弄する憎いヤツでした。
しかし、 その日、彼がトミーさんに投げたのは、 山なりの緩いボールばかり。
きっと、 「トミーさん、 打って!」 という思いがこめられていたはずです。
残念ながら、トミーさんの構えは 生まれて初めてバットを持ったのか?
と見えるような、 不格好極まりないものでした。
いえ、 きっと、 本当に生まれて初めてのバッターボックスだったのでしょう。
1球目、 2球目、 そして 3球目。
トミーさんが強振したバットと、 ボールの間には 30センチ以上の距離があり、
彼は 絵に描いたような 見事な三球三振を喫してしまったのです。
うううううぅぅぅ!
きっと、自分への苛立ちだったのだと思います。
トミーさんは、 大きな唸り声を上げると同時に、
手にしていたバットを 公園の壁に 思いっ切り投げつけました。
子どもたちが共有していた中古の木製バットは、 グリップを境目にして二つに折れてしまいました。
静まりかえる私たち。
黙ったまま、 踵を返して、いつもの 自分の「マウンド」へと戻っていくトミーさん。
再び、 壁に向かって つぶやきながら投球を始めたトミーさんは、
私たちを振り返ることなく、 自分の世界へと帰って行ったのです。
その日、バットが使い物にならなくなったので、 私たちは三角ベースの続行を諦め、解散しました。
自宅に古いバットがあると言うナカタニくんが、 翌日それを持って来ることを確認して。
次の日、 約束どおり ナカタニくんがバットを持って来ると、
再びいつもの三角ベースが始まりました。
やがて、 トミーさんもふらっと現れ、 いつもの一人マウンドも始まりました。
ごく 普通に ・・
まるで、 昨日、 何もなかったかのように ・・・