等身大の言葉

社会人として、妻として、一人の人間として
等身大の言葉で想いを綴ります

双子育児がしんどい理由

2013年11月21日 22時41分10秒 | 
一人で双子の世話をしていると ものすごく疲れます

でも 旦那さんや両親がいてくれるとものすごくラクです
近くの子育てセンターとかに行って 自分以外の大人がいるだけでもものすごくラクです

ナゼか

その理由が最近分かりました

一人で二人の世話をしていると 必ずどちらか一人を「見ていない」瞬間がうまれるからです

二人とも視界に入れることはできますが ちゃんと意識を向けて見れるのはどう頑張っても一人なんです
おのずと どちらか一人は絶対に意識を向けて見られないことになります
それがたまらなく心配で 不安で ストレスなんです
しかもそれがほとんど無意識の心配であり 不安であり ストレスなので
自覚しないまま神経だけすり減っていくんです

双子育児はラク?

2013年11月16日 00時12分27秒 | 
双子を連れていると 時々言われること
「あら~双子さんなん いいわね~1回ですむからラクよ」

「ラクなわけあるかボケ」と内心思わずにはいられません

確かに理屈では きょうだいよりも双子の方が手のかかる時期は短くてすむでしょう
年子とか年齢の近いきょうだいの方が大変というのも分からないではないです
もっといえば 双子の方が大変だというつもりもないです

ただ 双子の方がラクだということは絶対ないです ありえないです

生後1ヶ月の赤ちゃんの世話2人分がどれだけ大変か
2人分の授乳がどれだけ大変か
首の据わらない子ども2人を抱くことがどれだけ大変か
赤ちゃんの泣き声2人分がどれほどストレスのかかるものか
同時に泣き出した時 1人しか世話できないことがどれほどストレスになるか

何も分かってないから言えるんだと思います

人を憂うと書いて「優」 人の為と書いて「偽」

2013年11月14日 23時26分37秒 | ちひろ
久しぶりに「母」以外のカテゴリです

大原三千院に行ったのですが 往生極楽院で阿弥陀三尊像のご説明をされていたので拝聴しました
以下 ご説明のなかで心に残ったお言葉です

 阿弥陀三尊像は 中央の阿弥陀如来と その前にある勢至菩薩(右)と観世音菩薩(左)からなります
 勢至菩薩は知恵を 観世音菩薩は慈悲を与えられます

 知恵とは「恵みを知る」ということ そしてそれに感謝することです
 恵みには三つあり ①先祖の恵み②自然の恵み③命の恵みです
 ①自分がこの世に生を受けたのは 両親を始めとするご先祖様があってのこと
 だから自分に生を与えてくれたご先祖様の恵みを知り 感謝しましょう
 ②自分たちが生きていけるのは 空気があり 水があり 火があり 日があり 土があるからです
 そういった自然の恵みを知り 感謝しましょう
 ③私たちが生きていくためにとる食事は 全て命です たくさんの命をもらって生きています
 自分が生きていくために犠牲になった命を知り 感謝しましょう

 慈悲とはやさしさです やさしさとは 自分にできて人ができないことをしてあげることです
 人のために自分は何ができるか考える 「人」を「憂う」と書いて「優しさ」になります
 でも「あなたのため」「人のため」何かをしてあげたとき お礼の言葉がなかったらどうでしょう
 「してあげたのに」「もうしないでおこう」 お礼つまり見返りを求めるとこうなります
 「人」の「為」と書いて「偽り」 それや優しさではないのです
 本当に相手のことを考えて何かをするとき そこには「させてもらった」という感謝がうまれます
 それが慈悲の心です

お坊さんのご説明はよどみなく ご自身がしっかり理解されていることがよくわかるものでした
いいお話が聞けました