1995年にサントリーホールで行われたブレンデル氏のベートーヴェン/後期ソナタ(最後の3つのソナタ)の演奏会ですが、実際に聴きに行けなかっただけでなく、その後行われた放送もNHK-FMを含め全て聴き逃してしまい随分悔やんだ記憶があります。その演奏会の模様が先日NHK BS2で放送されたのですが、当初の予定では2008年12月22日(月)00:40~04:00と記載されていてこの通りに録画予約しておいたのですが、直前になって00:40~04:27に変更されていて、前半に組まれていたサントリーホールの演奏会の模様は録画出来たものの、後半のシューベルトのB-durのソナタが途中で切れてしまいまたまた泣いてしまいました。あまりに悔しかったのでDVDを注文してしまいました。この録画はおそらくAlfred Brendel Plays & Introduces Schubert: Late (1977)に収録されているものと同じなのではないでしょうか。届き次第確認してみます。
さて、件の番組「ブレンデルのベートーベン ~ 最後の3つのソナタ ~」ですが、プログラムは勿論、
1. ピアノ・ソナタ ホ長調 作品109
2. ピアノ・ソナタ 変イ長調 作品110
3. ピアノ・ソナタ ハ短調 作品111
で、アンコールはバッハ=ブゾーニのコラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」でした。[放送: NHK BS2 12月22日(月) 00時40分30秒~02時02分00秒(1時間21分30秒)][ 収録: 1995年9月28日, サントリーホール ]
ここでは現在練習中のc-mollのソナタについて参考になった部分を書いておきます。
まず第1楽章から。
序奏のテンポが先ず問題となります。Maestosoと記されていますが、シュナーベルはしばしばGraveと混同されるがこれらは本質的に異なるものであるとして区別しており、四分音符=52-54としています。この通りにするとかなり速くなります。シュナーベルの議論はかなり難解と思われますが、約言するとMaestosoは何か超越的な精神を表現しており、Graveは反対に地上的な個人的悲哀を表現するに留まると言いたいようです。
序奏冒頭の豪快な左手の跳躍を伴う複付点音符ですが、アウフタクトのEsを右手で取ります。これは演奏上は負担が少ないものの、やや豪快さに欠けるようにも思います。第2小節のAs、第4小節のDesも同様です。しかしながら、テンポに関する議論を勘案するとこの左右の配分の方が理に適っているとも言えます。第2小節、第4小節に現れる上昇アルペジオの左右の配分は最初の4音のみ左手。この運指の方が負担が少ないですが、シュナーベル版その他では第2小節では最初の7音を、第4小節では6音を左手で取っており、このように弾くと左手が大きく動くために低音が荘厳に響きます。コメントを見ると自筆譜ではそうなっており、その他の左右の配分は正当化されず劣っているとまで書かれています。自分で自筆譜を確認したところでは、記譜上は確かにそうなっているものの、それが左右の配分まで意図したものなのかどうかまでは確認できませんでした。また、シュナーベルによるとこの部分のダンパーペダルとそのrelease-signはベートーヴェンによるらしいですが、実際どの程度までrelease-signを尊重すべきなのか。文字通りにするとぼわんとふくらんでしまうし。公開されている自筆譜と初稿を見ると確かにそのように書いてあるようです。(これらのrelease-signは丸に見えますが、全音符とまぎらわしいような。)第11小節のスフォルツァンドとピアノの対比ですが、一部を右手で取ります。確かに全部左手で取ると右手が遊んでしまいます。それから第11小節冒頭の和音ですが、シュナーベル版では脚注にあるように自筆譜に基づいてスタッカートを除いていますが、自分で確認したとことではスタッカートが見えるのですが。。
第19小節冒頭の両手のC音においてもシュナーベル版ではスタッカートが除かれています。この音は序奏の結論でありかつアレグロの開始として非常に重要な意味を持つ音であり、短くするよりは長くするべきだ、という理由もあるようです。しかしあえてテヌートにすることもないような。ブレンデル氏は自然に弾いておられました。提示部の力強い第1主題はCとEsの間が詰まっているように聴こえます(後述するように実はスフォルツァンドを溜めていることによるようですが)。第20小節のフェルマータは4-4_1/2 crotchetsくらい(シュナーベルは5 quarti e mezzo circaと記している)。またpoco ritenenteのAsが長い。ところで第27小節の左手の運指ですが、自筆譜を確認したところでは2番目の16分音符から次の小節の3つの16分音符までの運指が書かれています。しかも指番号をかなり試行錯誤した形跡があります。First copyではシュナーベルの記載通り第27小節の最後まで指番号が書かれています。ということはシュナーベルはFirst copyを主に参照していたのかな。トリルは序奏を除き全て上隣接音から始めています(第35小節、第64-66小節など)。これは議論の余地があるところであろうと思います。(たとえば、高橋氏のベートーヴェンのトリルの研究など参照。)第2主題のテンポはやや遅めに設定。第1主題の小コーダにおける主題も詰まっているように聴こえます。
展開部ではトリルはやはり上隣接音から。第86小節から第90小節までのスフォルツァンドはかなり溜めています。ここに至って詰まったように聴こえた主題というのは実はスフォルツァンドを溜めていたのだなあということが分かってきます。我が眼を(耳を)疑ったことには、第93小節の3拍目の16分音符が両手全てオクターブになっているのでした。確かに、Immanuel Von Faisst, Sigmund Lebert, Hans von Bülow校訂版では、オクターブで奏するよう示唆されていますが。シューベルトの『さすらい人幻想曲』でも高度なオクターブ奏法を聴かせてくれたブレンデル氏ですが、まったく違和感なく奏しておられます。この版では第92小節のわずかなアラルガンドはこのオクターブのために正当化されうるとの脚注がありますが、シュナーベルはこれは不適切であるとして正反対の脚注を付けているのは興味深いです。
第109小節の12番目の16分音符はImmanuel Von Faisst, Sigmund Lebert, Hans von Bülow校訂版ではCesになっていますが、自筆譜を確認したところではCです。楽譜上には記されていませんが、再現部第112小節第3拍目のH音には小生もアクセントを入れたくなります。この日のブレンデル氏は極端に強調しておられました。第112小節左手のAのナチュラルについて、シュナーベルは10番目の16分音符にしか付いていないと脚注に記していますが、確認したところでは確かに自筆譜の4番目の16分音符にもナチュラルは付いていました。第133小節最後の2音が次の小節の冒頭の2音と同じになっているのはどこかに異版でもあるのかと思いきや、自筆譜ではAs H G Hとなっているらしい。しかもシュナーベルによると疑いようのない明晰さでこうなっているというのですからやはりこうするべきなのか。確認したところでは、First copyではAsとなっており、自筆譜はかなりぐちゃぐちゃと書き直した跡があり判読できませんでした。ちなみに自筆譜、および初稿はhttp://imslp.org/wiki/Piano_Sonata_No.32,_Op.111_(Beethoven,_Ludwig_van)からPDF filesが入手出来ます。最後の和音はほとんどアタッカで第2楽章へと続きます。(続く)
さて、件の番組「ブレンデルのベートーベン ~ 最後の3つのソナタ ~」ですが、プログラムは勿論、
1. ピアノ・ソナタ ホ長調 作品109
2. ピアノ・ソナタ 変イ長調 作品110
3. ピアノ・ソナタ ハ短調 作品111
で、アンコールはバッハ=ブゾーニのコラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」でした。[放送: NHK BS2 12月22日(月) 00時40分30秒~02時02分00秒(1時間21分30秒)][ 収録: 1995年9月28日, サントリーホール ]
ここでは現在練習中のc-mollのソナタについて参考になった部分を書いておきます。
まず第1楽章から。
序奏のテンポが先ず問題となります。Maestosoと記されていますが、シュナーベルはしばしばGraveと混同されるがこれらは本質的に異なるものであるとして区別しており、四分音符=52-54としています。この通りにするとかなり速くなります。シュナーベルの議論はかなり難解と思われますが、約言するとMaestosoは何か超越的な精神を表現しており、Graveは反対に地上的な個人的悲哀を表現するに留まると言いたいようです。
序奏冒頭の豪快な左手の跳躍を伴う複付点音符ですが、アウフタクトのEsを右手で取ります。これは演奏上は負担が少ないものの、やや豪快さに欠けるようにも思います。第2小節のAs、第4小節のDesも同様です。しかしながら、テンポに関する議論を勘案するとこの左右の配分の方が理に適っているとも言えます。第2小節、第4小節に現れる上昇アルペジオの左右の配分は最初の4音のみ左手。この運指の方が負担が少ないですが、シュナーベル版その他では第2小節では最初の7音を、第4小節では6音を左手で取っており、このように弾くと左手が大きく動くために低音が荘厳に響きます。コメントを見ると自筆譜ではそうなっており、その他の左右の配分は正当化されず劣っているとまで書かれています。自分で自筆譜を確認したところでは、記譜上は確かにそうなっているものの、それが左右の配分まで意図したものなのかどうかまでは確認できませんでした。また、シュナーベルによるとこの部分のダンパーペダルとそのrelease-signはベートーヴェンによるらしいですが、実際どの程度までrelease-signを尊重すべきなのか。文字通りにするとぼわんとふくらんでしまうし。公開されている自筆譜と初稿を見ると確かにそのように書いてあるようです。(これらのrelease-signは丸に見えますが、全音符とまぎらわしいような。)第11小節のスフォルツァンドとピアノの対比ですが、一部を右手で取ります。確かに全部左手で取ると右手が遊んでしまいます。それから第11小節冒頭の和音ですが、シュナーベル版では脚注にあるように自筆譜に基づいてスタッカートを除いていますが、自分で確認したとことではスタッカートが見えるのですが。。
第19小節冒頭の両手のC音においてもシュナーベル版ではスタッカートが除かれています。この音は序奏の結論でありかつアレグロの開始として非常に重要な意味を持つ音であり、短くするよりは長くするべきだ、という理由もあるようです。しかしあえてテヌートにすることもないような。ブレンデル氏は自然に弾いておられました。提示部の力強い第1主題はCとEsの間が詰まっているように聴こえます(後述するように実はスフォルツァンドを溜めていることによるようですが)。第20小節のフェルマータは4-4_1/2 crotchetsくらい(シュナーベルは5 quarti e mezzo circaと記している)。またpoco ritenenteのAsが長い。ところで第27小節の左手の運指ですが、自筆譜を確認したところでは2番目の16分音符から次の小節の3つの16分音符までの運指が書かれています。しかも指番号をかなり試行錯誤した形跡があります。First copyではシュナーベルの記載通り第27小節の最後まで指番号が書かれています。ということはシュナーベルはFirst copyを主に参照していたのかな。トリルは序奏を除き全て上隣接音から始めています(第35小節、第64-66小節など)。これは議論の余地があるところであろうと思います。(たとえば、高橋氏のベートーヴェンのトリルの研究など参照。)第2主題のテンポはやや遅めに設定。第1主題の小コーダにおける主題も詰まっているように聴こえます。
展開部ではトリルはやはり上隣接音から。第86小節から第90小節までのスフォルツァンドはかなり溜めています。ここに至って詰まったように聴こえた主題というのは実はスフォルツァンドを溜めていたのだなあということが分かってきます。我が眼を(耳を)疑ったことには、第93小節の3拍目の16分音符が両手全てオクターブになっているのでした。確かに、Immanuel Von Faisst, Sigmund Lebert, Hans von Bülow校訂版では、オクターブで奏するよう示唆されていますが。シューベルトの『さすらい人幻想曲』でも高度なオクターブ奏法を聴かせてくれたブレンデル氏ですが、まったく違和感なく奏しておられます。この版では第92小節のわずかなアラルガンドはこのオクターブのために正当化されうるとの脚注がありますが、シュナーベルはこれは不適切であるとして正反対の脚注を付けているのは興味深いです。
第109小節の12番目の16分音符はImmanuel Von Faisst, Sigmund Lebert, Hans von Bülow校訂版ではCesになっていますが、自筆譜を確認したところではCです。楽譜上には記されていませんが、再現部第112小節第3拍目のH音には小生もアクセントを入れたくなります。この日のブレンデル氏は極端に強調しておられました。第112小節左手のAのナチュラルについて、シュナーベルは10番目の16分音符にしか付いていないと脚注に記していますが、確認したところでは確かに自筆譜の4番目の16分音符にもナチュラルは付いていました。第133小節最後の2音が次の小節の冒頭の2音と同じになっているのはどこかに異版でもあるのかと思いきや、自筆譜ではAs H G Hとなっているらしい。しかもシュナーベルによると疑いようのない明晰さでこうなっているというのですからやはりこうするべきなのか。確認したところでは、First copyではAsとなっており、自筆譜はかなりぐちゃぐちゃと書き直した跡があり判読できませんでした。ちなみに自筆譜、および初稿はhttp://imslp.org/wiki/Piano_Sonata_No.32,_Op.111_(Beethoven,_Ludwig_van)からPDF filesが入手出来ます。最後の和音はほとんどアタッカで第2楽章へと続きます。(続く)