徒然なるままに修羅の旅路

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The Otherside of the Borderline 22

2014年10月15日 23時35分36秒 | Nosferatu Blood
 
   †
 
 『帝国騎士団Knights of Empire』――空社陽響の隷下にあるその人外の兵団は、そう呼ばれていた。
 別に国家として『帝国』なるものが存在するわけではない――帝国とは空社陽響の保有する異能『灼の領域ラストエンパイア』と、その内部に棲む妖怪変化の一団を指す。
 騎士団の構成員は『領域』の庇護下のもと、人間社会に溶け込んで暮らしている――その大部分を構成しているのが、千禅院と呼ばれる犬の変化した妖怪たちだ。
 もともとが東北地方の霊山を中心に暮らしていた彼らは、人間の開発に追われて行き場を失った。なぜ霊山が開墾されたのかというと、大手の家電品メーカーの半導体工場の建設だったらしい――のちに液晶ディスプレイの工場も併設されたそうだが。
 それをあとから知ったときは思わず泣きたくなった――そして彼女の部屋にあるはじめての給料で買った液晶テレビの液晶が、その工場で生産されたものだと知ったときにはちょっとした眩暈を覚えたものだが、いずれにせよそのために彼らは霊山を追われるしか無かった。
 人間社会全体を敵に回すわけにはいかなかった――千禅院の一族は二千ほどいるが、日本だけでも人間は億を超える。
 無論千禅院の妖たちは、人間たちを敵に回しても問題にしない。だが問題は彼らの住処を開拓しようとする人間たちを排除したところで、人間たちが本格的に武力を動員してくれば、彼らはそれに勝てないということだ――長である千禅院シンは四百五十年以上も生きている大妖であり、その戦闘能力は人間の軍隊一個師団とも互角に戦えるだろう。
 だが、千禅院の犬の妖怪すべてがそれだけの戦闘能力を持っているわけではない――千禅院の一族が人間に牙を剥き、彼らと戦争を始めても、所詮は消耗戦になるだけだ。
 なぜなら、シンひとりがどれだけ高い戦闘能力を持っていても、相手はひとりではなく組織化された軍隊なのだ――シンが全員を斃すまでの間に、千禅院の一族の大半が人間の軍隊の攻撃によって殺されているだろう。犬の妖怪たちは確かに人間よりも戦闘能力も身体能力も高いが、それでも人間の軍隊が使うロケット砲弾の爆風とともに撒き散らされる破片や野戦用の重迫撃砲弾、大口径戦車砲弾の直撃に耐えられるほどではない。
 なにより、それまで霊山の中で素朴に生きていた彼らには、中途半端とはいえ組織化され訓練され、現代兵器で身を固めた軍隊を相手に効果的に戦闘を行うだけの知識は無かった。
 彼らの棲む霊山の近くには、人間の軍隊――自衛隊が使う戦車砲や重迫撃砲といった現代兵器の火力演習場があった。
 だから彼らは人間の使う現代兵器の破壊力がどの程度のものかを知っていたし、長であるシンはそれをじかに見て、彼らとことを構えることの危険性を膚で感じていた。彼自身がいくら強くても、人間側の兵器の手数は到底凌ぎきれるものではないし、場合によっては多くの同胞を失うことになるだろう。
 シン自身は負けないだろう。しかし勝利を収める過程で、仲間の命が多く失われる。シン自身が生き残っても、仲間の損耗が出れば負けとたいして変わらない。
 だがそれ以上に危険なのは、人間たちの中に少数ながらも存在する魔殺したちの存在だった――彼らは単純な戦闘能力だけで論じるならばシンに及ぶわけではないが、どの様な攻撃手段を保有しているのか想像もつかない。金になるからという理由で命知らずにも夜の世界に足を踏み入れただけの愚か者も多いが、本物の実力を持つ魔殺しもいるのだ。
 彼らの中には身体能力で劣っても、それを生まれ持った異能や高度な知識、技術、装備で補い、結果としてそこらの妖魔邪神を凌ぐ戦闘能力を誇る者さえいる――そう、例えば空社陽響の様な。
 魔殺しが襲ってくるのはかまわない――たとえどんな相手であれ、シンは勝利してみせる自信があっただろう。だが、恐ろしいのは相手が徒党を組んでいたときだ――防ぐ自分はひとりしかいないのだから、誰かと戦っている間に背後から仲間を襲われては守りきれない。彼は族長なのだから、同胞を守りきれなければ、たとえ戦闘に勝利してもそれは敗北の一形態でしかない。
 そう考えて、彼は人間たちに抵抗することを諦めた。
 そしてシンは一族を率いて東日本を放浪し、やがて関東地方にたどりついた。
 そしてそこで、彼は関東地方を中心に雷名を轟かせつつあった空社陽響の広域結界『領域』に、安住の地を求める決断を下したのである。
 結果としてその選択は正解だったのだと、カスミはそう思う――ハイレディの体勢で保持したヘッケラー・アンド・コッホG3SG1アサルトライフルを見下ろして、そんなことを考える。油断無く周囲に視線を配るさなか、彼女はそろりと指を這わせてショート・カービンの安全装置にそっと触れた。いつもの癖で安全装置がきちんとかかっていることを確認すると、彼女は索敵のために四方に配っていた視線を前方に戻した。
 同じく千禅院の一族のひとりであるリョウマが、こちらを振り返るのが見えた――それと同時に、彼女のチームの隊長であるアスカの思念通信が脳裏に響き渡る。
「ペンタ・フォア・ワンよりベガ」
「ベガ」 それに対する感情を抑えた返信が、同じく頭の中に響く。
殲滅報告アン・レポート――ロメオ・トゥウェンティにてエクスレイ七体を掃討。地域安全確保」 という報告の内容から察するに、彼らは与えられた標的の排除を終えたらしい。
「ベガ了解。待機せよスタンバイ――」 空社環の感情を抑えた返信が脳裏に染み渡る。次いで、
「ベガよりペンタ・フォア」
「ペンタ・フォア」
「ベガ――掃討命令クリアオーダーグリーン3地点グリーン・スリー喰屍鬼グール六体を確認。ペンタ・フォア、ならびに同行するペンタ・スリーの二チームで処理せよ」
「――ペンタ・フォア了解。これより移動を開始」 アスカが短い返信とともに通信を打ち切り、次いで自分の思念を飛ばした――今度は発声を伴わない、純粋な思念通話だ。
「ペンタ・フォア、およびスリー各位――新たな命令を受領。フォア・ファイヴ、スリー・ファイヴ。周辺監視はもういいわ。切り上げて分遣隊に合流しなさい」
 了解、と返して、カスミは踵を返した――帝国騎士団においてはまず最初に、死ぬことは恥であり、最優先されるべきはすべての構成員がひとりも欠けること無く生還することだと教えられる。理由はいろいろあるのだろうし(そしてその中には散々防性戦闘の訓練を積んだ上で戦死したらただの馬鹿だという意味合いもあるわけだが)、戦いの中で命を落とすことが不名誉なことだとはカスミ個人は思わなかった。
 だが、その考え方はまあわからないことでもない――死んでしまったら、残るのは墓石だけだ。
 そもそも妖怪である彼女には、墓を建てるなどという考え方は無い――死ねばその亡骸は腐るに任せて土に還るだけだ。だがそこに反駁しても仕方が無いので、カスミは特に異論は挟まなかった。
 なによりシンや空社陽響が口を酸っぱくして言い含めてくるその言葉には、『あくまで一族を養っていくためのバイトにしか過ぎない騎士団としての活動で命を落とし、人間社会で得られる生活を失ったり家族を悲しませる様な事態にはしたくない』という彼らの稀望が込められているのだから。
 ふと顔を上げたとき、近くの二十階建ての新聞社のビルの屋上に動くものを見つけて、彼女はそちらに視線を凝らした。
 犬の妖怪は押し並べて目がよくない――代わりに鼻と耳が利く。もとが犬なのだから当然だが。例外がいないわけでもないが、彼女は残念ながら大多数のほうに属していた。
 手にしたG3SG1――レシーヴァーにスコープを取りつけた、七・六二ミリ口径の中距離狙撃銃の機能も兼ねたアサルトライフルを据銃してスコープを覗き込み、そこで彼女は危うく悲鳴をあげそうになった。
 視界の中に怪物がいた。
 季節はずれといってもいい様な黒い鞣革のモーターサイクル・ジャケットに、色褪せた青いジーンズ。左腰には黒いナイロン製のウェストポーチをつけている――それと干渉しない様に器用に取りつけられた革のストラップで、異様に銃身の長いリボルバー拳銃を吊っている。
 あの顔は知っている――アズの視覚記憶として転送されてきた。
 整った精悍な顔つきに、獅子の鬣を思わせるやや癖のある金髪。距離が離れすぎていたためにアズは気づいていなかった様だが、人間ではなくなったことを証す血の様に紅い紅い魔人のが、星空を背にして暗闇の中でおのずから輝いている。
 『正体不明アンノウン』――突然状況に介入して喰屍鬼グール二十数体の群れを虐殺してのけた、素姓も実力も知れぬ男。
 あれは本物の怪物だ――ほかには誰も気づいていない様だが、空社陽響が彼を警戒している理由がよくわかる。遠目に見てもはっきりわかるほどに、全身に充実したすさまじい魔力。
 こちらに気づいていて無視しているのか、それとも気づいていないのか。それはわからないが、いずれにせよさして関係無い――あれは力の塊だ。
 おそらく自分がなにをしても、彼には傷ひとつつけられないだろう。
「どうした、カスミ? 早く行こうぜ」 かたわらを通り過ぎざまに、リョウマが声をかけてくる――それにうなずいて再び視線を戻したときには、『正体不明アンノウン』はすでに屋上から姿を消していた。
 それを確認して、カスミはすでに遠ざかりつつある分隊を負って小走りに走り出した。
 分遣隊の向かった方向を追うには、別に戦闘の現場を通過する必要は無かった。だから彼女たちは、『正体不明アンノウン』がそのとき自分たちの戦闘の痕跡を検分していることを知らないままだった。
 
   †
 
 折から吹いた突風に煽られて、喰屍鬼グールどもの体が塵と化して崩れて失せる。それを見届けもせぬまま、アルカードは歩き始めた――ほど無く、再び虹色の壁に阻まれて顔を顰める。
 また斬らないといけないのか――胸中でつぶやいてから、彼はふと気づいて隔壁に手を伸ばした。
「……?」
 絶えず色相を変える七色の隔壁は、彼の手を阻むこと無くなんの感触も残さぬまま『透過』させた。
 どうやらこれは、一定の面積あたりで結界内部を区切るための仕切りの指標の様なものらしい――本来は光壁の両側を隔絶する様な類のものではないのだろう。先ほど結界を破ったときに限って結界の『間仕切り』が隔絶型としての反応を示したのは、おそらく術者がこちらを監視していたからに違い無い――こちらがどうやって結界を破ったのかを確認するために、わざわざ隔壁を用意したのだろう。
 それは結構、一枚破るのには二十秒もかからないとはいえ、それでも余計な手間には違いない。
 この手の結界は術式の中に織り込まれた『触覚』が隔壁の通過を監視している場合がほとんどだから、おそらく彼がどうやって結界を破ったかはある程度術者に知られてしまっただろう――もっとも、知られたところで問題は無い。塵灰滅の剣Asher Dustの『侵蝕』は、知ったところで防げる様な類の破壊効果ではない。
 結界の仕切りを通過して、アルカードは周囲を見回した。さっきの気配はかなり高速で移動しているらしい――ここからだと結構遠いが、まあいい。
 せっかくこんなにもいい星空なんだ。獲物を追い詰める時間が多少長くともかまわない。
 夜はまだ長い、じっくりと狩りを愉しむとしよう。
 胸中でつぶやいて、アルカードは地面を蹴った。

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