徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

Evil Must Die 1

2014年10月27日 07時17分48秒 | Nosferatu Blood
 雑木林に囲まれた寂れた境内に、季節の割には妙に冷たい風が吹き抜けてゆく。
 なにが起こっているのか、わからない――腰が抜けて石畳の上にへたり込んだデルチャの眼前に聳え立っているのは、巨大な蜘蛛に似た奇怪な生き物である。
 蜘蛛である、とは断じ得ない――全身から蚯蚓の様な触手が生え、さらには平屋建ての屋敷ほどの大きさのあり、脚の先端が人間の手の様な形状になっている蜘蛛を蜘蛛と呼んでいいのであれば、蜘蛛だと呼んでも差し支え無いだろうが。
 そしてその蜘蛛とデルチャの間、彼女の眼の前に静かにたたずんでいるのは、アルカード・ドラゴスと名乗ったあの若者だった。火が点いた様に泣き叫ぶ娘を片手で抱いて平然と蜘蛛に背を向け、石畳の上にへたり込んだデルチャを見下ろしている。
 身に纏ったのは黒い外套。その下にアウトドアで使う様なポリエステルメッシュの生地にポケットがいくつもついた装備ロードベアリングベストを着込み、その上に一本は散弾銃用の筒状の弾薬、もう一本には直径四センチほどの大口径の銃弾を無数に収納した弾帯を交叉させる様に襷掛けにして、装備ロードベアリングベストの下には映画に出てくる様な黒色の重装甲冑を身につけている。両腕を鎧う手甲だけはコートの袖の上から身につけ、手甲の外側には薄い板状の出縁フランジが張り出していた。
 関節の可動域を広げるためなのか比較的遊びの多い甲冑に、くぐり抜けてきた修羅場を誇示するかの様に刻まれた無数の傷跡が勇猛の華を添えている。深い傷の中まで黒いので、おそらく素材は普通の金属ではないのだろう。
 状況の緊迫のゆえか、それともなにか違う感情か、爛々と燃える冷たい殺意を宿した零下に冷えた眼差しは、あたかも氷で出来た劫火の様で。その瞳には、先日ベビーベッドで眠る蘭を見守っていたときの穏やかな温かさなど微塵も無い。
貴様ぎざま……」 まるで水没したスピーカーから発しているかの様な聞き取りづらい怒声が周囲の空気を震わせ、デルチャは思わず両手で耳をふさいだ――だが耳を聾する音声おんじょうは、いささかも圧力を減ずる気配が無い。
 まるで脳が直接その声を聞いてでも、いるかの様に――
 否、そもそもこれは誰の声なのか。
 この場にはデルチャと蘭、それに眼前の金髪の青年しかいない。否、あるいは――
貴様ぎざまァァァッ!」 再び怒声が鼓膜を震わせる――蜘蛛の大顎が動いていたところからすると、この怒声は蜘蛛が発しているものなのか。
 人間とは発声器官の構造が違うからか、くぐもって聞き取りづらい。先ほどまで踏み潰された蛙の様に地面に這いつくばっていた蜘蛛はすでにダメージから回復しているのか、巨体を起こしてこちらに――否、正確には先ほど蜘蛛を大地に叩き伏せた金髪の青年へと強烈な殺気を向けていた。
「――ほう」
 先ほどいきなり虚空から現れるや否や・・・・・・・・・・一撃で蜘蛛を地に伏せさせた若者は眉ひとつ動かさぬまま起き上がった蜘蛛へと肩越しに視線を向けて、
「さすがにこの程度じゃ斃せんか」 一撃で撃ち倒した巨体の怪物がほとんど時間を空けることなく再び動き出したのを目にしてもまったく動揺の感じられない口調で、アルカードがそんな言葉を口にする。彼は自分に浴びせられる蜘蛛の殺気を歯牙にもかけず、悠然と視線を転じた。
 へたりこんだままのデルチャを見下ろして、金髪の青年が口を開く――さほど話し慣れていない、というよりも現代の口語表現に慣れていないのだろう、ややたどたどしい日本語で、
「逃げられるか」
 そう聞かれて、デルチャはかぶりを振った。
「駄目、腰が抜けて――」
 その返答に、アルカードは抱いていた蘭をデルチャに渡した。踵を返して蜘蛛に向き直り、
「――なら、そこから動くな」 背中越しにそう告げて、アルカードがコートの下から右手を抜き出す。右手には見たことも無い様な形状をした、水平二連の散弾銃が握られていた。
貴様ぎざま……」 巨大な口からどす黒い液体をだらだらとしたたらせながら、蜘蛛がアルカードに憎悪のこもった怒声を浴びせる。
がみ末席まっぜぎに名をづらねる、ごのワジの食事じょぐじを邪魔立でずるが!」
「つまり一番下っ端なのか」 つまらなそうに口元をゆがめ、アルカードが鼻を鳴らす。
「どこの疫病神様だか知らんがな――ああ、小難しい日本語はまだわからんから名乗らなくてもいいぞ、どうせ聞いてもすぐ忘れる。育ちすぎの下等動物の名前なんぞ覚えたところで、たいして役に立たんからな」
 その言葉とともに――ざわりと膚が粟立つ。それまで抑えていた殺気がまるで床に撒いた水の様に周囲に広がって、それがデルチャのほうにも押し寄せてきたからだ。
 その鋭利な刃物の様に研ぎ澄まされた殺意は明らかに眼前の怪物を指向しているにもかかわらず――デルチャは周囲の温度が突然下がった様な気がした。
 まるで餓えた獣を閉じ込めた檻の中に放り出された様な錯覚に囚われながら、アルカードの背中を注視する――獅子の尾を思わせる長い金髪が、風に煽られてふわりと揺れた。
「赦ざん……赦ざんぞッ!」
 濁声でそうわめく蜘蛛に、アルカードは無造作な仕草で手にした銃の銃口を向けた。鼻先で笑い飛ばすアルカードの声音に、ぞわりとした剣呑な嘲弄が混じる。
「たかが下等動物風情に赦してもらう必要など無い。分際をわきまえろよ、節足動物――ついでに貴様はもう、食餌しょくじを心配する必要など無い。どうせここで死ぬからな――貴様の餌は今日この場を最後に、未来永劫お預けだ」
 
   *
 
 差した傘の皮膜を、大粒の雨がバタバタと音を立てて叩いている――フィオレンティーナの部屋にあったもので、買い物に行くために借りてきたのだ。
 夜明け前から雨足はかなり強まり、横風も強くなってきている――剥き出しの膝下が横風に乗って吹きつけてきた雨で濡れ、サンダルも濡れて滑りやすくなっており、ひどく不愉快だった。
 フィオレンティーナに借りた布製の買い物袋――エコバッグというらしい――をぶら提げて、アパートの裏手にあるアルカードの駐車場に差し掛かる。きちんとワックスがけされたワインレッドのスポーツカーの車体を濡らす雨滴が、塗膜の表面を滑り落ちていく――そこで聞き慣れた声が聞こえてきて、パオラは足を止めた。
 駐車場の塀の際の一角を占領する、巨大なシャッターつきの物置――本来は単車用の収納設備の様だが、中は段ボールだらけで完全に物置と化している――を覗き込みながら、アルカードが中途半端な声量でなにやら歌っている。
「女性用の紐のパンツ顔の前半分にかぶり、両眼だけを露出させて夜道歩く若い女性――」
 上機嫌そうに拳を回しながら歌うその内容を聞いて、パオラは思いきり顔を顰めた――なにこの歌。
 アルカードがさわやかな性質の割といい声なだけに、なんだか余計に厭だ。
「――道をふさぐ様に前に飛び出して、身に纏ったコートの前をはだけ――」
「なんですか、その歌」
「うぉあ!?」 背後から冷たい声をかけると、アルカードは本気で驚いたのか弾かれた様に振り返った――ペットボトル入りのスポーツ飲料の買い物袋を提げたパオラの姿を目にして、アルカードが小さく息をつく。
「ああびっくりした」
「それはよかったです。それでなんですか、今の歌は」 あきれた表情を作ってそう言ってやると、アルカードは肩をすくめ、
「ただの歌だよ」
「わたしには変質者の歌に聞こえましたけど。なんですか、女性物のパンツを顔の前半分にかぶりって」
「ちょっとこないだ耳にしてだな――」 そう返事を返して、アルカードは再び物置に視線を戻した。
「いったいどこで聞いたんですか、そんな変質者ソング」
 サンダルを履いた足が濡れるのを気にしながら、パオラはアルカードの背中に向けて深々と溜め息をついた。
「昨夜はあんなにシリアスな話をしてたのに」
「重っ苦しい空気を一晩経っても引きずってたって、たいして面白くもなかろ。君たちは俺の仏頂面の原因を知ってても、そこらの通行人は知らないんだし。それでなくてもこの雨の中仕事に行かないといけなくて欝な気分の勤め人の皆様方に、俺の嫌そうな面見せて不快な気分にさせてどうする」 同じく勤め人のはずなのだが、アルカードの自分に対する認識は違うらしい――単に臨時休業で今日は仕事が無いからかもしれない。そもそもそれ以前に、通勤時間帯などとうの昔に過ぎている。
「貴方はもう少し真面目に生きるべきだと思います」
「五百年も気を張ってて少し疲れたんだから、ちょっとくらい息抜きさせてくれ」
「息抜きするのはいいですけど、その歌はやめるべきだと思います。見た目は悪くないんですから、黙ってれば近所の素敵なお兄さんで通るのに」
「そりゃどーも――俺はとっつきやすいフランクな兄ちゃんでいたいんだよ」
「あれじゃフランクな外人さんどころか、ただの変態です」 そう言ってやると、アルカードはこちらに背を向けたままぐうの音も無いという様に肩をすくめた。
「それで、アルカードはさっきからなにしてるんですか?」
 開け放された物置の中で棚の下のほうの段ボール――手前側の側面に『CB400SF2』と、マジックで適当に書いてある――を引っ張り出してなにやら探し物をしているらしいアルカードの手元を肩越しに覗き込むと、
「昨夜陽輔君と話をしてたろ、ブレーキパッドの話。部品を探しとこうと思ってな」
 アルカードはそう言って、段ボールの中に入っていた平べったい箱を取り出して脇に置いた――RKとでかでかと印刷されている。印刷されたイラストを見ると、オートバイの駆動チェーンの様だった。
 大きさの割にかなり重いらしいパッケージを内壁に立てかける様に置くと、角度が悪かったのかパッケージがずるりと滑って床に倒れた。ゴトンという結構重そうな音を立てて倒れたパッケージを見もせずに肩をすくめ、アルカードは作業を再開した。
「いっそ箱ごと渡すか」 そんなことをつぶやきながら、アルカードがさらに荷物をひっくり返す。なんに使うのかもわからない様なチャクラムみたいなリング状の板やスパークプラグを床に並べていくのを眺めながら、どうせ作業するのはアルカードになるんじゃないだろうかとパオラは思った。
「別に、ここに置いておいてもいいんじゃないですか?」
「そうだな――でも当日探すのが面倒臭い」
 アルカードはそう返事をして、小さく息を吐いた。
「ていうか、箱ごと持たせるべきだな――君たちはまだ行ったことが無いからわからないだろうが、あの家、すげえでかいガレージとかあるんだぜ、乗用車が四台並んで止められる様なのが。うらやましい」
 たぶん最後の一言に関しては本気なのだろう――目的のものを見つけ出したのか、鉄板に摩擦材の貼りついた部品をみっつ脇に置いて、アルカードは残りの品物を段ボールの中に戻し始めた。
 粗方の荷物を片づけたアルカードが、段ボールを棚に戻す。彼は一度伸びをしてから、シェローの外に出てきて内壁に立て掛けてあった傘を拡げた。先ほどより雨足の強くなってきた空を見上げて、
「厭な天気になってきたなあ」
「雨は嫌いですか?」 子供のころ雨の日に出歩くのが好きだったパオラがそう尋ねると、アルカードは彼女に視線を戻して、
「戦をやってたころは雨の日は隠密行動日和だったし、雨が嫌いってわけじゃないし濡れるのも気にならないが、任務も用事も無いのに意味も無く濡れるのは厭だな」 革ジャンも傷むしな。そう答えて、彼は通用口のほうに歩き出した。
 一応鍵はついているのだが、基本的に開けっ放しらしい――なにかのいたずらで鍵穴に泥を塗りつけられ、鍵が巧く動かなくなったのだそうだ。樹脂製の扉を開けてアパートの裏庭に出ると、パオラは土の上に飛び石の様に埋め込まれたコンクリート製の側溝の蓋に足を置いた。
 老夫婦の店に出勤するときにはみんな外から廻り込まずにアパート裏から塀に設けられた扉を通って店に行くのだが、そのときに靴が汚れるのが嫌だったアルカードが老夫婦の承諾を得て、ホームセンターで買ってきた側溝の蓋を埋めたらしい。
 もう十年近く前の話らしく、年季が入って汚れた側溝の蓋の上を歩きながら、アルカードの部屋の窓に視線を向ける――木造二階建て犬小屋は部屋の中に運び込まれたらしく、庭には足代わりにしていたコンクリートブロックだけを残してもうなにも無い。掃き出し窓から部屋の中を覗き込むと、水気を拭き取られた二階建て犬小屋が壁際に鎮座しているのが見えた――囲いは泥を落とされて、犬小屋を囲む様にして設置されている。なんというか、邪魔そうだ。
 室内犬でもないのに室内で飼うのは正直いいものなのかどうかパオラには今ひとつ判断出来なかったが、それはパオラが口を出すことではない。それに昨夜雨が降り始めて以降の、犬小屋の中で半狂乱になっていた仔犬たちの様子を見る限り、屋外飼いは到底無理そうだ。
 こちらの姿を見つけた犬たちが、窓硝子のそばまで寄ってくる――硝子に阻まれてこちらに近づけないことに苛立っているのか、硝子に鼻面を押しつける様にしてきゅうきゅう鳴いている仔犬を見遣ってちょっと笑い、アルカードが玄関に廻り込むために足を速めた。

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