偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏715十王・石尊山(茨城)石祠

2017年02月24日 | 登山

十王・石尊山(せきそんさん) 石祠(せきし)


【データ】 十王・石尊山 385メートル▼最寄駅 JR常磐線・十王駅▼登山口 茨城県日立市砂沢町▼石仏 石尊山山頂、地図の赤丸印。青丸は東連津川沿いの石仏(下流から金剛界五仏、馬頭、不動)▼地図は国土地理ホームページより


【案内】 ひたか民話の会編『東連津川風土記』(注1)の石尊山には、「砂沢・川尻浜との関わりが深いようだ。砂沢には阿夫利神社があり、別名を〝石尊さん〟と呼んでいた。昔、この神社の神輿が川尻浜へ下ったので、浜の人々は豊漁の神として信仰していたといわれている」とある。東連津川は石尊山の南を流れる川。砂沢は石尊山の東山麓。川尻浜はその東の小さな漁港で、港の北に蚕神で知られた養蚕神社が建っている。
 いま石尊山へは車道が通じて、砂沢からのかつての道はない。山頂には昭和32年に建てられた「海軍航空隊員殉難之碑」が立つ。背面に、昭和19年千歳から豊橋は向う海軍機が遭難したことが記されている。その背後の木立のなかに石祠が祀られている。銘などはないが、これが山麓砂沢にある阿夫利神社の奧宮なのであろう。石祠の前から参道が下っていた形跡がかすかに残る。
 このブログでは関東の里山にみられる石尊山の石祠は、丹沢の大山石尊を勧請したもので、石尊・大天狗・小天狗の三柱三基が基本としていると案内してきた。しかし十王の石尊山は一基の石祠だった。先に案内した十王近くの磯原・石尊山も一基で、茨城の石尊山は状況が違っているようにみえる。それでも十王川の奥の古田集落にある妙見山には、「石尊山 大天狗 □天狗」銘の石祠が存在し、常陸の石尊も三柱を基本としていることには間違いない。

【独り言】 石尊山の南に流れる東連津川は、宗教者が入り込んでいた様子が石造物から想像できます。ひたち野仏の会編『日立の石仏散歩』(注2)に、川沿いにある石仏が二基案内されていました。


 一つは、左岸の林道川下から二つ目の取水堰上部、左岸の岩に刻まれたオマンダラさまと案内されている、蓮華座に乗る直径30センチの円光に描かれた種字・金剛界五仏の磨崖仏。大日を中央に、上から時計回りに阿閦、宝生、弥陀、不空成就の各如来。曼荼羅に御をつけて呼んだのでしょう。雨乞祈願をしたそうです。


 二つはオマンダラさまの少し上流の右岸の小ピークに立つ馬頭観音。道端に「山神」の小さな石塔が立つところが入り口。川を渡って小木津山公園へのハイキング道を少し進んで左手、沢がカーブしている上のピークに鎮座している優しい表情の馬頭観音です。


 次はこの土地では良く知られているので『日立の石仏散歩』には紹介されていない不動滝の不動明王。この滝へは要所に案内があるのですぐわかります。滝の手前に新旧二体の不動明王が並んでいます。
(注1)ひたか民話の会編『東連津川風土記』平成4年、筑波書林
(注2)ひたち野仏の会編『日立の石仏散歩』昭和63年、筑波書林

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