偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏171鞍掛山(福島)

2008年11月17日 | 登山

鞍掛山(くらかけやま) 阿弥陀如来(あみだにょらい)

171 【データ】鞍掛山 795メートル▼25000地図 柳橋▼最寄駅 JR磐越東線・船引駅▼登山口 福島県田村市船引町堀越の井堀前▼石仏 鞍掛山中腹の古峰神社奥宮の上

1711  【案内】2万5千の地図柳橋、鞍掛山の北の中腹に神社記号がある。これは芦沢の膳棚から登る山津見神社で、この東寄りの中腹に地図には無い古峰神社がある。登山口は井堀前集落で石鳥居が立つ。その奥宮が山頂直下にあり、そのさらに上部の山中に阿弥陀如来が祀られている。鞍掛山山麓の郷土史研究者・吉田今朝太郎氏の話によると「阿弥陀を含めたこの石仏は東隣の黒石山にあったが、採石事業から守るため移したもの」という。さらに「黒石山では出羽三山を勧請した場所にあった石仏」との説明であった。石仏の中心にあるのが阿弥陀如来。宝冠を戴いた姿は如来らしくないが、両手で組んだ印は阿弥陀如来を表す「弥陀定印」。他に不動明王、上半身がない立像1712 と姥神二体が並ぶ。この不思議な石仏の組み合わせを出羽三山の本地仏、月山(阿弥陀如来)、湯殿山(大日如来)、羽黒山(聖観音菩薩)に照らすと一致する。つまり阿弥陀如来は月山、不動明王は大日如来の化身にして湯殿山、上半身のない立像は聖観音菩薩で羽黒山、姥神は出羽三山の禊場に必ず祀られるもの、と推測できる。吉田氏は「鞍掛山に古峰神社を勧請したのは吉田氏の先祖である」とも語っていた。

1715  【独り言】姥神を探して山を登っているとき、鞍掛山の姥神=写真上=を案内していただいたのは町の教育委員会から紹介された山麓の吉田氏、26年前でした。吉田氏は当時80歳という高齢にもかかわらず、足取りも軽く山を登って行かれました。その登山口は今でも当時のまま、庚申塔や湯殿山の供養塔が並び、石鳥居=写真中=が立って1713 います。しかしここからの道はすでになく、かすかな踏み跡もすぐ藪に消されてしまいました。それでも上を目差して登ると突然林道に飛び出し、目の前に古峰神社の社殿がありました。山中にある寺社は車で登るのが昨今ではあたりまえ、信仰を維持するためには仕方のない1714 ことです。社殿から奥宮=写真下=までは明瞭な道ですが、そこから阿弥陀の場所へは踏み跡程度で、道はここで終わりです。山頂は近いのですが、採石のとき出た破砕石や運搬の林道が入り組んで、なかなかたどり着けません。鞍掛山一帯は高級石材の浮金石の産地です。しかしこの山の石質は不合格だったようで採石は中止、山は荒れています。

 【参照】石仏162太郎山(栃木)阿弥陀如来

     石仏159茶臼岳(栃木)姥神

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