徒然なるままに、一旅客の戯言(たわごと)
*** reminiscences ***
PAXのひとりごと
since 17 JAN 2005


(since 17 AUG 2005)

クルーの疲労 - その1:FDP

 満員電車に揺られて、しかもお天気は本降りの雨。風も強くて傘も気休め。「あ~ぁ、会社着くまでに疲れてしまったよ」との経験をお持ちの方も少なくないことでしょう。

航空機のクルーとて同様。ベースとなる空港に居を構えている方はおりませんので、皆さんベース(基地)に通勤できる範囲内に居を構えておられます。

成田空港が開港前は - 相変わらずジジイだねぇ - 羽田空港が一大基地でしたので、羽田空港から半径 n km 以内に住みなさい、とのお達しがあり、小生の住処の神奈川などは人気のスポットだったようです。

今では、東京ベースの場合、羽田,成田の両空港への出頭を考慮しなければならないので、どちらへのアクセスにも便利な千葉県も人気のスポットの一つです。

さて、皆さんのお仕事では“勤務開始時間”はどの時点と決められていますか?

「ピッ」とセキュリティ・カードをかざして、入館・入室した時点でしょうか。就業規則に定める時刻からでしょうか。

“勤務終了時間”はどうでしょう。

クルーの“勤務時間”・“乗務時間”を算出するため、各社ともにその基準が就業規則で定めています。
※(プロローグで述べたように、クルーは「(一ヶ月単位の)変形労働制度」でお仕事をしていますので、人によって、日によって、“勤務開始・終了”、“乗務開始・終了”時刻はまちまちです)

本邦では、その日の乗務を開始する出発空港への出頭時刻(ざっくりと、国内線は時刻表に記載されている時刻の1時間前,国際線は1時間半前)が“勤務開始時間”としているキャリアが多いようです。

※実態は、その出頭時刻は“駆け込みセーフ”の時間であり、殆どのクルーはそれよりも前に出頭して、乗務の準備(天気図の解析とか、サービス担当の割り当てとか)をしています。

今回のシリーズでは、出来るだけグローバル・スタンダードに沿った話をしますので、必ずしも本邦の勤務・乗務体系と同一とは限りませんので、その点をご承知おき下さい。

欧米の多くでは、FDT: Flying Duty Period (飛行任務時間、とでも訳しましょうか)という概念をもって勤務時間の管理を行なっています。

英国の Civil Aviation Authority では、FDP を以下のように定義しています。
Flying Duty Period (FDP)
Any time during which a person operates in an aircraft as a member of its crew. It starts when the crew member is required by an operator to report for a flight, and finishes at on-chocks or engines off, or rotors stopped, on the final sector.

平たく言ってしまえば、「クルーとして航空機運航に従事している時間」となります。

「何だ、つまりは“乗務時間”のことでしょう?」

ご尤も。が、上述した短いセンテンスには重要なポイントが....。FDP は 何時開始され、何時終了するか の定義です。

拙い英語力で読解すると、オペレータが要請した出頭時刻(基地の場合はオペセンにShow Upする時刻)が開始時点で、最終乗務区間(「レグ」なんて言い方しますが、CAA では sector という言葉を用いています;sector は運賃計算の時に用いられる用語でもあります)において、ブロック・イン( on-chocks と言ってますね)あるいは、エンジンをカットオフ(プロペラ機の場合、プロペラが停止)した時刻が終了時点です。

ポイントは、出頭時点から FDP が開始されると言うことです。

つまり、飛行前に天気図や衛星画像を解析したり、フライト・プランを吟味したり、NOTAM をチェックしたり、Ship side まで移動して、機体の外部点検をしたり、飛行前の Cockpit Preparation を実施したりしている時間も FDP に含まれるのです。

上に述べた何れも、安全(+経済性+快適性)運航には欠かすことの出来ない作業であり、それに従事している時間もカウントする(考慮する)ことは至極当然と言えましょう。

※本邦でいうところの乗務時間とは、この部分が異なります。小生の知る限り、本邦では最初の乗務区間の出発時刻が開始時点になります。



【 FDP の上限 】

クルーの疲労を防ぐため - 安全性確保において重要なポイントです - FDP には上限値が設定されています。

上限値は、以下の要素から決まります。

 1)基地時間に順応している状態 Acclimatised か、そうでない Not Acclimatisedか。
 2)クルーの編成は、シングル編成か、マルチプル以上の編成か。
 3)出頭時刻、FDP の開始時刻は基地時刻の何時か。
   ※ Not Acclimatised の場合は、FDP 開始前の休息時間がどれだけあったか。
 4)セクターの数。(何区間乗務するか)

一例として、英国の CAA が定める、Acclimatised かつ シングル編成では FDP の上限値が以下のように定められています。

Sectors
Local time
of start
Up to 45678 or more
0600~075910時間9時間15分8時間30分8時間8時間
0800~125911時間10時間15分9時間30分8時間15分8時間
1300~175910時間9時間15分8時間30分8時間8時間
1800~21599時間8時間15分8時間8時間8時間
2200~05598時間8時間8時間8時間8時間

出展:UK Civil Aviation Authority
    CAP 371
    The Avoidance of Fatigue In Aircrews
    Guide to Requirements
    Fourth edition


具体例に当てはめてみたいな、と思い、3月1日~3月31日の青社時刻表、東京~札幌を眺めてみました。

羽田7時発の51便、仮にオペセンへの出頭時刻が5時45分に設定されていたとしましょう。

その場合、参照すべき表は最下段の Local time of start が 2200~0559 が適用になりますので、FDP の上限はセクター(レグ)数に関係なく8時間まで。

出頭時刻が5時45分なら、13時45分までには最終乗務区間を終えなければなりません。

51便に使用される ship は、51-54-63-66-73-76と、羽田~千歳を3往復(6レグ)する運用パターンのようです。

FDP 開始が仮に5時45分だったとすると、63便の千歳到着は時刻表では13時35分になっていますので、それ以上の乗務は出来ません。

3本でお仕舞い。札幌でお泊り、ジンギスカン・キャラメルとなる訳です。

FDP 開始が仮に6時(51便の定刻1時間前)だったとしましょう。そうなると、参照すべきは表の最上段、Local time of start が 0600~0759 が適用になります。

その場合、63便の戻り66便に乗務して羽田まで戻れるか?

戻るとなると、2往復でセクター数は4となりますので、FDP の上限時間は10時間。66便の羽田到着を時刻表で見ると16時05分、おっと、5分オーバーしますから、これまた駄目です。

羽田定刻10時発の59便から始まるパターンではどうでしょう。
Clock Image
当該便の機材は、59-62-69-72の羽田~千歳2往復(4レグ)が組み入れられているようです。

59便から乗務開始するには、出頭時刻が8時より前ということはないでしょうから、仮に、定刻1時間前の9時に出頭し FDP が開始するとして計算してみましょう。

表から、Local time of start が 0800~1259 の場合、4セクターまでの上限は11時間です。

FDP が 9時に開始された場合、4セクターであれば、9+11=20時が FDP 終了時刻となります。

72便の羽田到着は時刻表では19時10分。つまり、この場合には東京~札幌2往復の乗務が可能です。

9時に出社であれば、極端な早起きも必要ないでしょうから、11時間を上限に離着陸4回の連続乗務についても良い、との判断は妥当に思えます。

が、同じ出頭時刻でも、飛行時間が短かったり、折り返しの時間設定が短く、離着陸回数、つまりはセクター数、が増えるパターンの場合、FDP の上限時間は漸減します。

CAP 371 には、FDP 上限を定めた表が、この他に2つあります。
(他に3つあってもよさそうなのですが、何故か2つなのです)

その話をするには、

 基地時間に順応している状態 Acclimatised か、そうでない Not Acclimatised

について理解する必要がありますので、次回(例の如く、いつになるかは確約できず)は、【 Acclimatised 】について説明する予定です。

相変わらずの駄文・長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。



〔ご注意〕

ここで紹介した規則は、本邦で適用されているものではありません。

また、例として利用した時刻表は実在のものですが、出頭時刻、乗務パターンは特定の会社で採用されているものではありません。
あくまでも補足説明のために使用した架空の乗務パターンであることにご注意下さい。
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コメント
 
 
 
RA(リージョナル・エアライン) (speedbird)
2007-02-23 22:18:01
今晩はPAX様。毎度おまちかね晩酌タ~イム!毎回ながら、PAX様の目の付けどころと内容の深さに感心しております。以前ALPAjapanのホームページを見ていたところ、RAの組合員のレポートが載っておりました。それによるとRAはどうしても経常経費である人件費を削らざるおえず、本給を低く設定しており、パイロットは非常に不利な状況におかれているということでした(給与のみならずパイロットも少ないために非常にタイトな勤務をされているようです)。B747で500人を乗せて運ぶのもDASH-8で数十人を乗せるのも同じ仕事ですよね。パイロットに求められるフライトの"質"はどの会社(カーゴ会社も含め)でも一緒だと思います。この現状を会社の経営者は直視しないと、いつか大変なことが起こるような気がします。今はパイロットのモチベーションでなんとかカバーしている状況ではないしょうか。モチベーションの維持、これって本当に難しいですよね。
 
 
 
重要なポイントですね (PAX)
2007-02-24 19:12:46
「speedbird」さん、こんばんは。
毎度のコメントありがとうございます。

その日乗連のレポート、小生も読みました。
speedbirdさんがご指摘されている通りですね。

> パイロットのモチベーションでなんとかカバーしている
残念ながら本邦ではそういわざるを得ない状況が少なくないようです。

モラールを維持しているのも、皆さん Airmenship が根底にあるからこそで、“クルーとして”の誇りをもって日々の乗務に頑張っておられるのだと思います。

先日、Airmenship を失った(というか、常識も分別も失ってしまった)若干一名が、お縄を頂戴するというな避けない事件が発生し、大変残念です。

> モチベーションの維持、これって本当に難しいですよね。
仰る通りで。いま、知恵熱出し出し続編を草稿中ですが、モチベーションをどこまで維持できるか....
 
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