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拉致の解決を願って
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砂川 昌順さんのお話

2005-04-10 | 藤沢市民集会
第10回拉致被害者と家族の人権を考える市民集会
           ~拉致を語らずして人権を語るなかれ~


4月10日藤沢産業会館8Fにて、参加者約400名
5人の方のお話と詩を掲載します。
目次

1.砂川昌順さんのお話(ここ)  2.小川晴久さんのお話(1)   小川晴久さんのお話(2)

3.北朝鮮難民基金の方のお話  4.横田早紀江さんのお話  5.高野美幸さんの詩

他の講演内容はaoi blogさん電脳補完録さんでどうぞ!




1.砂川昌順さん のお話
※砂川昌順さん 
(元・外務事務官・駐クェート日本大使館員、株式会社デプロ・代表取締役)

初めまして、砂川と申します。今日はこうして皆様の前でお話しをさせて頂く機会を与えられましたことを大変光栄に存じ深く感謝申し上げます。どうもありがとうございます。

昨年の11月15日早朝私は新潟の海岸に向かいました。28年前のこの日、横田めぐみさんが拉致されたその新潟の海をどうしても東京に戻ってくる前に見ようと思って車で出かけました。横田さんご夫妻が「めぐみちゃ~~ん、めぐみちゃ~~ん」という声を張り上げながら探し回ったであろう海岸線にたって、私達がこれからして行かなくてはならない責務というものを自分自身でも考えてみようと思っておりました。(涙ぐむ)

今日私は、3つのことを胸にこちらに参りました。3つの事をお伝えできればとの想いです。

一つめはお詫びの気持ちを申し上げたいいう想いです。
二つ目は感謝の気持ちをお伝えできればという想いです。
そして三つ目は、私達がこれからして行かなくてはならない責務についてお話しさせて頂ければという想いです。

長年、多くの日本人が拉致問題に正面から向き合おうとしてきませんでした。多くの人たちは拉致を疑惑としてその疑惑を「ひょっとしたら事実とは違うんではないか」というように考えて認めようとしなかった過去があったと思います。それは政府も、マスコミも、そして一部の有識者もそういう風な疑惑の目を向けて来たのではないかと思います。 この拉致被害者ご家族の声に耳を傾けなかった我々の責任というのは大きいと思っております。
この事実を事実として言わないでしまったという思いもあります。

私が出しました「極秘指令」という本は、1987年11月に発生した「大韓航空機爆破事件」の犯人である蜂谷新一こと金勝一(キム・スンイル) 蜂谷真由美こと金賢姫(キム・ヒョンヒ)の二人を拘束した経緯をまとめたものです。 私はこの本で訴えたかったのは、事実を事実として言わなくてはいけないのではないかということを少しでもお伝えできればとの思いで 出版致しました。

1987年の12月15日のテレビ報道をご覧になった方も多いと思います。韓国の空港に着いた飛行機から、自殺防止用のマスクを口に取り付けられて、両脇を抱えられて、タラップを降ろされる金賢姫の姿を覚えておられるかと思います。
あのシーンでこの世の中に「諜報、工作活動」というものが存在するのだということを 皆さんも少しは理解しはじめた瞬間だったのではないでしょうか?
只、そのシーンの裏には、このことを突き詰められなかった日本政府のふがいなさ、金賢姫(キムヒョンヒ)を取り調べることなく、韓国側に引き渡してしまった日本政府のいわゆる弱腰外交、それが読みとれるのではないかと思っております。

大韓航空機爆破事件、115名という尊い人命が失われた単なるテロ事件ではないことは、みなさんもよく記憶されていると思います。
その事件の裏には、我々が真剣に考えなければいけない重大な問題があります。日本国のパスポートが偽造され日本人化教育された工作員がいて、日本が陥れられようとした重大な問題があります。
日本の国益が大きくそこで失われました。日本人に偽装するために日本人化教育に利用された、あるいは北朝鮮によってその日本の情報収集の一端を担わされている拉致被害者の方がいると言うことを突き止められなかった日本政府の、日本の体制そのものにも問題があります。

さてここで少し突っ込んでお話しさせて頂きます。
私は1989年8月に在バーレーン日本国大使館勤務を終え、9月に休暇をとるよう(一部不明:休暇をとって渡欧した意味?)
基本的には3つの目的を持っておりました。
具体的には当時のソ連モスクワ、オーストリアのウィーン、東西ドイツのベルリンに入りました。

3つの目的というのは、ひとつは北朝鮮大使館側とオーストリアの北朝鮮大使館に於いて、大韓航空機爆破事件をはじめとする国家犯罪に、北朝鮮が大韓航空機を爆破したと国際社会では判断している事に対して、北朝鮮がどういう考えているか、それを問いただしてみるという目的がありました。
当然ながら金賢姫(キム・ヒョンヒ)をはじめとする工作員に対する日本人化教育、偽造旅券作成、その真偽を問いただしてみる。
更には対日工作活動の全容を調べるために、自分自身で手段を問わず、北朝鮮に入国できるかどうかの可能性を見いだす目的もありました。

二つ目及び三つ目の目的は今日の集会の主旨とは直接関係がありませんので、詳細については差し控えますが、簡単に申し上げますと、当時東西ドイツベルリンの壁の崩壊情報、東側社会の崩壊情報を当時のソ連国家保安委員会=いわゆるKGBといわれているメンバー等にその信憑性を確認するという目的がありました。

ウィーンでは、オーストリアの北朝鮮大使館側と話し合いを持ちました。
先方は参事官以下、書記官含め計5名と対談を持ちました。
私が金勝一(キム・スンイル)金賢姫 (キム・ヒョンヒ)を拘束した当事者であるということで、相手も懐疑心、動揺を示しておりましたけれども、私の「北朝鮮が大韓航空機858便を爆破したのか」というストレートな問いに対して、彼らは一貫して「南が悪い、南のせいだ」と返答してきておりました。

私の予想としては、私のストレートな質問に対して彼らもストレートに「何を馬鹿なことを言っているんだ。北朝鮮がするわけないだろう」と返答してくるのかと思いましたが、「すべて南が悪い、南のせいだ」と他者に責任転嫁するかのような、曖昧模糊と言いますか、議論を噛み合わせまいとする返答に固執しておりました。
私はことばや表現を変え同様の質問を幾度となく行いましたが、彼らは反論するわけでもなく、噛み合わない返答を続けておりました。
当然ながら北朝鮮が大韓航空機858便を爆破したという(ことの)明確な否定もなく、当然ながらそれ尾を認める返事も彼らはしませんでした。

また金勝一(キム・スンイル)金賢姫(キム・ヒョンヒ)の身元についても問いただしました。更に彼らが日本語を話し、日本人化教育を受けていることに対する開廷、旅券を国ぐるみで偽造していることの真偽もを聞いてみました。
しかし彼らは「この二人が誰かは知らない。彼らは南の工作員あり、南のせいだ。全て南の策略だ。北も南にも日本語を話せる人たちは大勢いる。日本人化教育などは、かつての日本がやったことだ。
偽造旅券のことなども知らない。どうして、どの部分で偽造旅券だということがわかったのだ?」などというような返答を続けておりました。

また、バーレーン空港での私と金勝一(キム・スンイル)と金賢姫 (キム・ヒョンヒ)とのやりとり、彼等の自殺現場を録音(録画?)したカセットテープもそこで開示し、彼らの反応を覗ったのですが、彼らは、動揺をみせたものの、ただ単に白を切るようかのように無関係を装いながら「南のせい、あくまでも南の策略だ」と言い続けておりました。

更に、「ここ数年ヨーロッパから複数の日本人が北朝鮮に渡っているということを聞いているが、その人たちが何のために北朝鮮に渡っているのか?単なる旅行とは思えないが」という質問をいたしました。
彼等は「北朝鮮にはチュチェ思想がある。北朝鮮に渡っている日本人はそのチュチェ思想を勉強しているようだ」と答えてきました。
日本人がヨーロッパから北朝鮮に渡っていると言うことに対して、つまり私が<渡っている>と言うことを聞いていることに対して否定をしませんでした。

何故「チュチェ思想を勉強している」とそこで即答できたかに対しても疑義が残るところです。そこで私は『チュチェ思想なるものを私自身も北朝鮮で勉強したい。ついては私を北朝鮮に連れて行ってもらえないか?日本の外務省職員が北朝鮮に入国したということは彼等にとっては都合の良い話ではないのか?彼らが、外務省職員が北朝鮮に亡命したとか、うまい理由をつけて国際社会に発表すれば北朝鮮にもいい話ではないのか』という交渉を行いました。

北朝鮮、そういう国家犯罪を犯し、日本の国益を侵し、平気で偽証するそういう国の実態を私自身、この目で北朝鮮の国内で確認しなければと言う想いがありました。

北朝鮮のその日の対応は「即答はできない、本国にその旨を伝え本国の決済=返答を受ける必要があるので3日間待ってくれ」ということでその日の会議は終わりました。

それから3日後、私は再度北朝鮮大使館を訪ねました。本国からの返答は「日本の外務省職員をオーストリアから直接に入国させることは認めない」という返答でした。「但し、可能性としては一旦日本に帰り、日本の朝鮮総連の誰某とコンタクトをとり、日本の朝鮮総連から本国に要望を出せば、高い確率で貴方は北朝鮮にいける」とう返答でした。

すでにヨーロッパから複数の日本人が北朝鮮に渡っているとの情報は出ていましたが、それが日本人自らの意思なのか、それとも意志に反して北朝鮮に渡らざるをえなかったのかという情報は、私もその時点で掴んではおりませんでした。

私がこの種の情報を得たのは、他国の諜報機関、そのエージェントからでした。
日本政府はこれに類する情報は何も持っていなかったと思います。私の知る限りこの種の情報を日本政府が持っていたとういうことは聞いておりませんし、記録も残っていないと思います。
言い換えれば日本政府には、こういう情報(を)収集する体制や方針がなかったということです。

当時拉致問題があることは、一部の有識者の中ではささやかれておりました。
が、日本政府をはじめとする、マスコミ、行政や国民の目は冒頭に申し上げましたとおり、冷たかったのではないかと思っております。

とりわけ日本国内での拉致は、拉致被害者本人及びその家族の尊厳を傷つけるばかりではなく、日本国民の安全を脅かし、主権を侵し人権を蹂躙するものだと思います。

日本がその当時から諜報に対する意識を持ち、国家として総合的な、安全保障体制を整えていれば、あるレベルでの拉致の防止やその後の対策が、当時から作られていたのではないかと思うと、私自身当時一公務員として働かせて頂いた私自身、国民に対する、そのご家族の方々に対しお詫びを申し上げたい気持ちでいっぱいです。

1990年3月私は、外務省を辞職致しました。
情報という者に対する日本政府の姿勢に愛想がつきたというのも要因のひとつですが、当時は、公務を離れたプライベートな立場といかように主張したとしても、ソ連の諜報機関の関係者や北朝鮮大使館側=北朝鮮の公務員と接触を持つことは禁止されております。当然、金銭での取引とかそういったことがあるということは(不明、当然という意味?)
したがって、ヨーロッパから日本に帰国できたとしても懲戒免職等の罰を受ける立場でもありました。結果的には懲戒免職ということにはなりませんでしたが、罰は罰。規則を犯した罰を受けるべき、けじめを付けさせるべきとの声も強く、道は道、筋は通すべきとして、私自身、辞職という形をとり、外務省を去りました。

退職後も他国の諜報機関との接触が続き、その影を消すのに相当の年月を要しました。
身の安全も含めて全て自己責任として、隠遁生活を続けていた時期もあります。当然私の身内や関係者に何らかの影響がでることも危惧し、一切コンタクトをとらず行動を控え、黙して生きてきた時期もあります。

そう言った中で、拉致被害者家族の戦う姿を見たとき、「いや、このままではいけないんじゃないのか」と、その戦う姿に大きく刺激され、自分が黙して生きてきたことを反省して、これから少しでもまた何かお役に立てればという思いを持っております。

さて、時間も迫っておりますので、最後に我々が北朝鮮問題に対してどう立ち向かうか、私なりに簡単に述べさせて頂きます。
さてどうするか、「北朝鮮と戦争をしますか」と言っても、日本国民がそれを望むわけもありませんし法的にもありえません。戦争を行うべきではないと思います。
それでは北朝鮮の体制が崩壊するのを待つのでしょうか?これは我々が望むところでありますが、現実には崩壊しておりません。

それでは経済制裁しますか?と。
~~即刻すべきです。~~
単に経済制裁のみならず、可能な制裁を、あらゆるレベルで、即刻実施すべきだと思っております。
これ以上何もしなければ完全な手遅れになります。
他国の協調行動がなければ、特に周辺国、中国、韓国、モンゴル、ソ連(ロシア)の協調行動がなければ、その影響は小さいことは分かり切っています。

かといって、経済制裁の効果が小さいから、あるいは周辺国の北朝鮮との貿易関係が強まるからと言って経済制裁をしないという、そういう損得勘定で外交を行えば、日本の尊厳、外向的立場、国際社会における立場は完全に失われることになると思います。

単なる損得だけで動くことで、果たしていいのか?そうではないと思っております。

また、北朝鮮は、日本の世論も恐れていますが、国際世論も恐れています。

国連、あるいは国際的人権擁護団体に対して、日本がもっと訴えていく必要があります。
あるいは民衆レベルで、国境のないインターネット等あらゆるメディアを媒体として国際世論に北朝鮮おける包括的人権問題も含めて、その中心となる拉致被害者の人権を軸に、国際世論に訴え、国内的には制裁世論と、北朝鮮に強制的にでも調査団を乗り込ませ、事実究明をはかるという、こういうことに対して国内的にも理解を求め、国内世論、国際世論両方で高めることで北朝鮮を包囲していくと言うことが必要だと思っております。

即刻、直ちに、あらゆる制裁を発動し、実施し北朝鮮に乗り込むと言う声をあげていくべきだと思っています。

圧力と対話という紋切り型の表現を維持している日本政府、膠着状態の続くこの状況をこのまま私達がみていていいとは思っておりません。

みんなが、国民一人一人がまず、声をあげていくことから、この膠着状態を打破する第一歩が歩き出せるのではないかと思っています。

以上今日のお話しは終わりとさせて頂きます。
ありがとうございました。
極秘指令~金賢姫拘束の真相 ◆砂川 昌順 (著)

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1 コメント

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バーレーンですね (門前雀羅)
2007-12-12 13:56:49
管理人様へ。砂川さんの肩書き、「駐クェート日本大使館員」とあるのは、「駐バーレーン日本大使館員」の誤りでしょう。ご確認ください。

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