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伏せた頬に結局涙は流れなかったし、うなだれただけで、肩にも身体にも震えはなかった。
でも、隣で表情を曇らせる狭霧は、まるで高比古に起きたすべてを理解したように、神妙な真顔を浮かべて、熱心に気づかってくる。
なぜわかる? どうして? あんたに、おれのなにが……。
いつもだったら、そういう暴言を吐いていた。でも今は、悔しい以上に、そばにある小さな身体にしがみつきたかった。
少し、そばにいてくれ。……泣かせて。
喉元までこみ上げたどうしようもない泣き言を、それ以上出てくるなと懸命に抑えていると、高比古を見上げる狭霧は、申し訳なさそうに微笑んだ。
「その……いやじゃなかったら、抱きしめてあげようか? 前に高比古にそうしてもらった時、とても落ち着いたから」
狭霧がいっているのは、悲しみに暮れる狭霧を、高比古がそばで見守った時の話だ。想い人だった伊邪那の王子が息絶え、狭霧が寝床から動けなかった時のことだ。
(……いや、でも。……あの時だって、おれはあんたを慰めようとしたわけじゃなかった。そういうこともいくらか考えたかもしれないが、あの時あんたを腕に抱いたのは、頼まれたからそうしてやっただけで、自分が罪悪感から逃れるためだった――)
でも今、高比古の唇は、あれはそうじゃなかったとは、いえなかった。今に自分を包み込んでくれる細腕を、じっと待っていた。
「いやだったら、いってね」
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自分より大きな身体を抱きしめるために狭霧は中腰になり、ふわりと白い袖をなびかせて、細い両腕で、高比古の顔をそうっと包む。小さくて温かな手のひらが肩に降りて、頭を包み込んだ別の手のひらは首に添って。
思わず、目を閉じた。目を閉じると、額や鼻先に狭霧の香りがふんわりと漂っているのを感じた。温かい、人のぬくもりも――。
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年下の小娘に……かつて散々あざけった相手に慰められているなんて、いったいおれは今、どんな間抜けに見えているんだろう。
自分への文句は次から次へと湧きあがってくるが、それに散々責められても、包み込んでくれる小さな身体を押しのけようとは、悔しいほど思えない。やるせなさに、高比古は微笑むしかなかった。
「前と、逆だね」
狭霧の唇は額の上あたりでつぶやくが、それはまるで、高比古のためのいいわけだった。
「これであいこだね。よかった。借りを返せて」
気位の高い高比古の自尊心を傷つけまいと、狭霧は遠慮しているのだ。
高比古はたまらなくなって吹き出した。
「もういいよ。……ありがとう」
一度、感謝を告げるように華奢な背中へ手のひらを添わせてから、高比古は狭霧をそうっと押しやって遠ざけた。
離れゆく狭霧は、照れくさそうにしながらも高比古の表情を窺っていた。でも、じわじわと笑顔を浮かべていった。高比古の顔に影がないと気づいて、安堵したようだった。
(そんな、腫れものに触れたような顔するなよ。――おれってそんなか?)
さっき、恐ろしいものから逃げるように立ち去った紫蘭たちの後姿といい、いまの狭霧といい――。……いや、そんなふうにさせたのは、もともと自分だったはずだ。
それでも、どれだけ不遜な態度をとろうが、狭霧が身構えることはもうなかったし、今も狭霧は、隣で高比古を真似るように膝をかかえて、琥珀色が混じった木漏れ日をぼんやりと見つめている。
(……ありがとう)
もう一度、声に出して伝えたかったが、唇は不器用にかたまって動こうとしない。
かたく結ばれた唇をほどこうと人知れず奮闘しているうちに、高比古の耳は狭霧の歌声を聞きつけた。
まるで森の光か虫や、もしくは、彼女
伏せた頬に結局涙は流れなかったし、うなだれただけで、肩にも身体にも震えはなかった。
でも、隣で表情を曇らせる狭霧は、まるで高比古に起きたすべてを理解したように、神妙な真顔を浮かべて、熱心に気づかってくる。
なぜわかる? どうして? あんたに、おれのなにが……。
いつもだったら、そういう暴言を吐いていた。でも今は、悔しい以上に、そばにある小さな身体にしがみつきたかった。
少し、そばにいてくれ。……泣かせて。
喉元までこみ上げたどうしようもない泣き言を、それ以上出てくるなと懸命に抑えていると、高比古を見上げる狭霧は、申し訳なさそうに微笑んだ。
「その……いやじゃなかったら、抱きしめてあげようか? 前に高比古にそうしてもらった時、とても落ち着いたから」
狭霧がいっているのは、悲しみに暮れる狭霧を、高比古がそばで見守った時の話だ。想い人だった伊邪那の王子が息絶え、狭霧が寝床から動けなかった時のことだ。
(……いや、でも。……あの時だって、おれはあんたを慰めようとしたわけじゃなかった。そういうこともいくらか考えたかもしれないが、あの時あんたを腕に抱いたのは、頼まれたからそうしてやっただけで、自分が罪悪感から逃れるためだった――)
でも今、高比古の唇は、あれはそうじゃなかったとは、いえなかった。今に自分を包み込んでくれる細腕を、じっと待っていた。
「いやだったら、いってね」
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自分より大きな身体を抱きしめるために狭霧は中腰になり、ふわりと白い袖をなびかせて、細い両腕で、高比古の顔をそうっと包む。小さくて温かな手のひらが肩に降りて、頭を包み込んだ別の手のひらは首に添って。
思わず、目を閉じた。目を閉じると、額や鼻先に狭霧の香りがふんわりと漂っているのを感じた。温かい、人のぬくもりも――。
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年下の小娘に……かつて散々あざけった相手に慰められているなんて、いったいおれは今、どんな間抜けに見えているんだろう。
自分への文句は次から次へと湧きあがってくるが、それに散々責められても、包み込んでくれる小さな身体を押しのけようとは、悔しいほど思えない。やるせなさに、高比古は微笑むしかなかった。
「前と、逆だね」
狭霧の唇は額の上あたりでつぶやくが、それはまるで、高比古のためのいいわけだった。
「これであいこだね。よかった。借りを返せて」
気位の高い高比古の自尊心を傷つけまいと、狭霧は遠慮しているのだ。
高比古はたまらなくなって吹き出した。
「もういいよ。……ありがとう」
一度、感謝を告げるように華奢な背中へ手のひらを添わせてから、高比古は狭霧をそうっと押しやって遠ざけた。
離れゆく狭霧は、照れくさそうにしながらも高比古の表情を窺っていた。でも、じわじわと笑顔を浮かべていった。高比古の顔に影がないと気づいて、安堵したようだった。
(そんな、腫れものに触れたような顔するなよ。――おれってそんなか?)
さっき、恐ろしいものから逃げるように立ち去った紫蘭たちの後姿といい、いまの狭霧といい――。……いや、そんなふうにさせたのは、もともと自分だったはずだ。
それでも、どれだけ不遜な態度をとろうが、狭霧が身構えることはもうなかったし、今も狭霧は、隣で高比古を真似るように膝をかかえて、琥珀色が混じった木漏れ日をぼんやりと見つめている。
(……ありがとう)
もう一度、声に出して伝えたかったが、唇は不器用にかたまって動こうとしない。
かたく結ばれた唇をほどこうと人知れず奮闘しているうちに、高比古の耳は狭霧の歌声を聞きつけた。
まるで森の光か虫や、もしくは、彼女