美術館・展覧会巡りのたわごと等・・・

美術展・展覧会鑑賞初心者の特に役に立たない感想とか。

ゴッホとゴーギャン展/東京都美術館 -その3-

2016-12-26 01:17:47 | 鑑賞
ゴッホとゴーギャン展

東京都美術館
2016年10月8日(土)~12月18日(日)


第4章 共同生活後のファン・ゴッホとゴーギャン


ゴッホがゴーギャンと破局後から亡くなるまでの作品が並びます。この頃ゴッホは
精神障害の発作を繰り返し、サン=レミの療養院に入院しそこで作品の制作を続けました。
療養院を退院後、オーヴェール=シュル=オワーズに移り住みましたが、その年の7月
自ら命を絶ったのでした。(これについては諸説があるようですね。)

その時代のゴーギャンの作品も並べられていますが、この2人はあのような形で破局を
迎えた後も手紙のやり取りをし、作品の交換を願い出るなど、交流を続けていました。
友人としては共に過ごすごとは出来なくても芸術家として、絵画を語ることについては、
同志として認め合っていたということでしょうか。

壁の色はゴッホの色というべき『黄色』です。


『事件』の後、退院したゴッホは「タマネギ皿のある静物」フィンセント・ファン・
ゴッホを制作します。テーブルの上にタマネギと皿・パイプと刻みタバコ・ゴーギャンの
椅子で書いたローソク・手紙に封をするための蝋・医学書・手紙、テーブルの周りには
ビンとコーヒーの入った容器。医学書が退院直後というのを物語っています。

ゴッホの椅子に乗っていたパイプと紙タバコ、近くにあったタマネギを描いている
ということで、この絵はゴッホの自画像的な作品と思われます。

全体的に『明るい』印象を受けるこの絵が自画像であるならば、退院して心機一転
新たな気持ちで作品を制作しようという決意が表れているのでしょうか。
医学書の上にタマネギが乗っているのは、自らが開いたページが読み癖で開かない
ように重しにしているのかな、と思いました。タマネギを取り除いたら、どのページが
開かれるのか。本と自分の発作を重ね合わせているように感じました。


「ハム」ポール・ゴーギャン。写実的なゴッホに比べゴーギャンの「ハム」は置いて
あるテーブルや壁の柄?もちょっと幻想的に表現されています。ハムの塊がドーンと
大きな皿のほとんどを占めるように置いてあります。
ハムの隙間とテーブルには小ぶりのタマネギ、氷を浮かべた飲み物は半分ぐらい
飲んであって、これが人の存在を感じさせるのですが、後の物にはなぜこれがテーブルに?
と疑問がわいてしまいます。

ゴーギャンの物を再構成して描くという表現方法は鑑賞する者にも慣れが必要な
気がしました。(私感です)


「ジョセフ・ルーランの肖像」フィンセント・ファン・ゴッホ
アルルで知り合った『郵便配達夫』(実際は駅で郵便物を管理する業務に携わっていた)の
肖像画です。

この絵は何枚か描かれており、本人を目の前にした作品の他に、描いた絵を見て描いた
作品もあります。今回展示の背景にケシやヤグルマギク・デイジーを描いた作品も、
以前の作品を見ながら描いたと考えられています。モデルであるジョセフ・ルーランが
だんだん形式的になっていくそうです。

この作品のルーランのヒゲは毛の自然な流れというより、デザイン的に加工したように
感じました。

背景はこの作品も含めて、花や柄などファンシーな背景で描かれており、その人物の
気質を描きこむとゴッホが語っていたそうで(「ズアーヴ兵」)、・・・ということは
このもっさり髭のおじさんもゴッホには内面は『バック(背景)に花を背負っちゃう
ような少女漫画的気質』と見破ぶられている!ということで・・・宜しいでしょうか(笑)


「刈り入れをする人のいる麦畑」フィンセント・ファン・ゴッホ。サン=レミの療養院の
部屋から見た風景です。
麦畑はざわざわと麦の穂が渦巻くようにうごめいています。黙々と刈り取る農夫は
空の黄緑と同じ色です。黄色く丸い太陽と黄緑色の空は麦の穂とは反対に熱を感じません。
空と麦畑を貫く山々は青紫でと黄土色で描かれその間に何軒かの家が建っています。

発作を繰り返し、病室から見るこの風景にゴッホは何を感じたんでしょうか。
後年の燃えるような筆使いで描かれたこの麦畑は明るい色使いの作品であるにも
かかわらずどこか冷めた印象を与える不思議な作品です。


サン=レミの病院に入院中のゴッホは、体調の良いとこには散歩に出かけ作品を
制作しました。「オリーヴ園」フィンセント・ファン・ゴッホはそんなサン=レミ時代に
描かれた作品です。このモティーフが気に入ったのか、この地ではこの『オリーブ』と
『イトスギ』を繰り返し描いています。

オリーブ園の色彩の変化をとらえようと試行錯誤している様子がテオへの手紙に
つづられています。『あるところは銀色、あるところは青く、あるところはまた
緑がかり、ブロンズ色になり、それが黄色、ピンク色、紫あるいはオレンジ色から
鈍い赤土色にまでなっている地面の上では白く見えている。何とも難しい』と。

そして、出来上がった作品は、様々な色をオリーヴの幹、葉に乗せ、青々と萌えあがる
木々の様子を写し取っています。

萌えあがる=燃え上がる、との表現が最適のような地面、オリーヴ、空がまさに
燃え上がっているかのように、上へ上へと立ち上っていて、黄・緑・青とメインの色が
寒色にも拘らず『熱』を感じました。


「渓谷(レ・ペイルレ)」フィンセント・ファン・ゴッホは、最初見た時『顔?』と
思いました。
遠くの山から滝が落ちた水が手前の渓谷に流れていく、そこを2人の女性が
歩いている。・・・タイトルを見てもその通りの絵なんだと思いますが、私には、
この作品がどうしても泣いているに見えてしまいます。
水が削ったと思われる岩の大きな穴が目、そこを流れる川は止まらない涙。
対面の岩肌の一部は川に突き出していて、パイプを口にくわえているようです。

ゴッホ本人は実際こういった渓谷があってそれを描いたと言っているので、
この渓谷は実在するのでしょう・・・この岩場も。「オリーヴ園」と同様の
燃え上がるような筆づかいで描かれています。

この作品と同様の構図の作品を展覧会に出品し、それを見たゴーギャンが、
この絵を称賛した手紙を送り、自分の作品との交換を申し出るほどの感銘を
与えたそうです。


「種まく人(ミレーによる)」フィンセント・ファン・ゴッホは、ミレーの『種まく人』の
複製版画で模写を行っています。
模写は、ゴッホが絵を描き始めたころに独学で行っていたデッサン練習方法でした。
しかし、現在ミレーの作品を模写することについてテオに『ミレーのデッサンに
基づいて模写するというより<別の言葉に翻訳する>という感じだ』と書き送っており、
ゴッホ自身の独自の解釈や絵画方法でこの『種まく人』の『翻訳』を行いました。

それにしてもかなり雰囲気の変わったゴッホの『種まく人』ですが、このポーズ、
構図であるだけでミレーの『種まく人』と分かるのは、この絵がそれだけ人々の記憶に
浸透しているということなのでしょう。
ゴッホこんな風に人々と寄り添うような画家を目指していたのかな、と思ったのでした、


「若い女の肖像」フィンセント・ファン・ゴッホ。この絵は、ゴッホが最期を迎えた
地である、オーヴェール=シュル=オワーズに転居して描かれた作品です。
ゴッホはこの地で肖像画の制作に意欲的に取り組みました。この絵もそんな作品の
1つです。

伏し目がちに俯く赤いセーターを着た若い女性ですが、ゴッホらしくないずいぶんと
落ち着いた色合いの作品だな・・・と思いました。解説を読んだところ、
この作品の背景は、本当は鮮やかな赤で緑の( )←こんな柄を描きこんでいたそうです。
経年劣化で退色してしまったようですが、赤い背景を想像すると、この女性の印象が
落ち着いた女性から若く明るい女性が想像できます。

ゴッホは肖像画について、『写真のように描くのではなく、その人の個性を強調し、
表現するよう努めている』旨を手紙に書いています。

ゴッホが目指したものが成功しているかは・・・現代のゴッホに対する評価で十分に
証明されていますね


ゴッホと破局したゴーギャンはル・プルデュで他の芸術家たちと制作を続けていました。
そんなゴーギャンに宿屋の室内装飾の依頼が舞い込み、それに取り組みました。
「紡ぐブルターニュの少女」ポール・ゴーギャンはそんな宿屋の壁に直接描かれた作品で、
今はその壁から石膏ごと取り外され今日の姿になりました。

ブルターニュの衣装を着た少女が、海岸から少し離れた木の根元に佇んでいます。
少女は何やら瞑想しているようで、目を軽く伏せた表情や仕草は仏像を思わせ、
不思議な雰囲気を漂わせています。

『楽園から追放されたイヴ』とか『若いジャンヌダルク』とも言われているそうです。
画面奥の楕円の光の中から、天使が少女に向かって飛んできています。
『イヴ』ならば、楽園の追放者として、『ジャンヌダルク』なら、この天使は神からの
啓示を与えるために舞い降りようとしているのでしょうか。

絵の真意は私にはわかりませんが、とても惹きつけられる作品でした。


ゴッホはこの後、オーヴェール=シュル=オワーズで命を絶つのですが、展覧会の
もう1人の主役、ゴーギャンはこの後も野性を求め南の地『タヒチ』へと制作の場を
移していくのでした。そして壁の色は『赤』に変わります。


第5章 タヒチのゴーギャン


「川辺の女」ポール・ゴーギャン。タヒチ滞在時に家の近くに生えていたマンゴーと
思しき木を中心として、その手前の川辺に腰を下ろし、女性たちが何やら作業を
しています。洗濯か炊事と予想。

まず目に飛び込むのは大きなマンゴーの木。その中でも葉の中心に描かれている『赤』に
目がいきます。なぜそこに『赤』?紅葉じゃないよね~・・・と思いました。

ゴーギャンの絵には『赤』のイメージがあります。それも本来赤い色のもの(部分)
という訳ではなく、木々、道(土)、水(川)に不意に『赤』を使うので、現実の世界を
描いているのではなく、空想の世界を描いているのではないか、と感じる作品が多いです。
それは半分正しく、半分は写生に基づいた再構成の結果、なのでしょう。

実際の風景・人物を写生し、それを再構成して描くという面倒な作業を行っての作品は
なかなか理解できませんが、どこか人を引き付ける『魅力』を感じます。
ただ、なぜそんな面倒くさいことをするのかと・・・正直思ってしまいますが(笑)


「タヒチの3人」ポール・ゴーギャン。3人のモデルが、画面いっぱいに並び、背景は、
緑・黄色・紫が漂う波のように描かれています。日本画の障子や掛け軸などに見られる
雲のようです。

女性2人に挟まれた男性が肩身が狭そうに背を向け俯いています。右の女性は
白い花を持ち男性を見つめ、左の女性は背を向け首をこちらに向けてじっと前
(鑑賞者)を見つめています。その女性の左手は、『見て』と言わんばかりに
青いリンゴを手に持ち掲げています。

リンゴは南国の果実ではないそうで、わざわざこの果実を女性に持たせたことの
ゴーギャンの意図は何なんなのか?
西洋でリンゴといえば、蛇にそそのかされてそれを口にしたため、神の怒りを
買い楽園を追放されてしまったイヴの『禁断の実』を思い浮かべます。

そう考えるとリンゴを手に持ち挑戦的にこちらを見る女性は『イヴ』、そして
真ん中で小さくなっている男性は『アダム』ということになるのでしょうか。
では、左側の花を持ち真ん中の男性をじっと見つめる女性は・・・?

ゴーギャンの意図はさておき、緑・黄色・紫の背景や女性の衣服が赤と白で
あることで全体的に明るく華やかに感じ、人物もはっきり描かれているため、
とても素敵な『人物画』と思いました。


最期に、ゴッホとゴーギャンの絆を感じる1枚を。「肘掛け椅子のひまわり」ポール・
ゴーギャンです。
壁の色は再び『黄色』に変わります。ここでゴッホにとっての友情の証である
『ひまわり』に今度はゴーギャンが向き合うことになります。

ひじ掛けのついた椅子に大きなカゴに『ひまわり』が生けられています。
ゴーギャンはこのタヒチでは見られない花の種を、友人に送ってくれるよう
依頼したそうです。そして『ひじ掛けのついた椅子』はゴッホとアルルで
共同生活を送っていた頃のゴーギャンの象徴ともいうべきアイテムです。

この二つをあえて描いたのはどういう意図なのでしょうか。
この作品ではゴッホの作品で頻繁に使用される『赤』が影をひそめています。

ゴッホは「ゴーギャンの椅子」において、椅子の上に本人を象徴するアイテムである
『本2冊に火のついたローソク』を乗せました
この作品を意識してゴーギャンが「肘掛け椅子のひまわり」を制作したとすると
ゴーギャン自身である『ひじ掛けの椅子』にゴッホとの思い出の『ひまわり』を
乗せたことは、ゴッホと共同生活をしていた当時の思い出はゴーギャンにとって、
とても大きなものであったのだ、と思いました。



おわりに

ゴッホとゴーギャンのアルルでの共同生活を中心に、彼らの生涯を追った
今回の展覧会は、この2人のみならずその当時の他の画家たちの交流の一端を
知ることができ、点が線になっていくように感じました。

ゴッホとゴーギャンについても知らないことばかりでしたので、どのエピソードも
大変興味深いもので、音声ガイドでのゴッホとゴーギャンの書簡の朗読は2人の心情を
表情豊かに感じることが出来、展覧会をより深く楽しむことが出来ました。

作品はどれも見ごたえがあり、筆づかいや表現方法など間近で見ることができ
とても充実の展覧会でした。

ゴッホとゴーギャン展/東京都美術館 -その2-

2016-12-17 22:19:53 | 鑑賞
ゴッホとゴーギャン展
東京都美術館

2016年10月8日(土)~12月18日(日)


第3章 ポン=タヴェンのゴーギャン、アルルのファン・ゴッホ、そして共同生活へ


アルルに着いたゴッホはこの地に『日本』を感じ制作を開始します。
ゴッホは制作を通じてこの地に画家の共同体を作ることを夢見、友人の画家たちに
手紙を送ります。

ポン=タヴェンで制作を続けるゴーギャンは想像や記憶から構図や色彩を配置し、
象徴主義的な性格を強めた作品を制作していました。

ゴッホの誘いを受けたゴーギャンは(正確にはテオの生活費援助の申し出・・・)
アルルに向かいます。ゴッホはゴーギャンを迎えるためテオにお金を援助してもらい
(フィンセントさん・・・)黄色い家を借り、ゴーギャンが好きだという『ひまわり』を
何枚も描いて部屋を飾りました。愛が重いタイプなんですね・・・フィンセントさん。

ここではアルルでのゴッホとゴーギャンの作品を展示してありました。
壁の色は黄色。まさに二人が共同生活を送った『黄色い家』ですね。


「グラスに生けた花咲くアーモンドの小枝」フィンセント・ファン・ゴッホ
アルルに着いたゴッホは、氷点下の気温とまだ雪が残っていることに驚き、
落胆しました。
しかし程なく街中から離れた屋外で制作を開始し、その途中で見つけた花をつけた
アーモンドの枝を持ち帰り小さな作品を描きます。

枝別れの複雑な構図をクローズアップしたこの作品は浮世絵の影響を見てとれます。
歌川広重の『亀戸梅屋敷』の花と小枝の部分を意識したのかな~と思いました。
(二股に分かれた梅の枝がドーン!と画面前面に配置された作品です)
アーモンドの花の花粉とテーブルの黄色が初春の暖かな日差しを感じました。


ゴッホ曰く『他のすべての作品を完全に圧倒する自信作』「収穫」フィンセント・
ファン・ゴッホです。
収穫時期を迎えた麦畑が遠くに見える山の方まで広がっています。非常に奥行きのある
作品です。
山の描き方がどこかセザンヌの描く山を思い浮かべたのですが、ゴッホはセザンヌの
『収穫』を着想源にしていたようです。おしい!・・・のか?

雲一つない青空と、初夏の眩しい日差し、それを受けて輝く小麦がどこまでも広がる
この作品は、他のゴッホの作品から感じる圧迫感のようなものはなくただひたすら広く
どこまでも続いていく大地を感じることが出来ます。何となくゴッホ自身の精神の
安定を感じます。安住の地を見つけた・・・みたいな。


「ブドウの収穫、人間の悲惨」ポール・ゴーギャンは、アルルでゴッホと共同生活を
始めてから制作したもので、『この年描いた最高の絵』と自身が手紙に書き、その中で
『ゴッホも称賛してくれたよ』と付け加えています。

この絵はゴッホと散歩中に見かけたブドウの収穫を参考に描いたもので、ゴッホも
この時の情景を『赤いブドウ畑』という作品で描いています。ゴッホの絵は夕暮れの中
人々が忙しくブドウを収穫する様子が描かれていますが、ゴーギャンはブドウを
収穫する人々という見たままの風景にこだわらず、赤いブドウ畑にブルターニュの
伝統的な衣装を身に着けた女性を配し左手には黒衣を身に着けた女性、そして中央には
ゴーギャン曰く『魔につかれた物乞いの女性』を描き、アルルで見た生命感あふれる
ブドウの収穫という情景とブルターニュの女性たちが漂わせる人間の悲惨な運命や
死という主題の対比が重厚な象徴主義作品へと昇華させている・・・らしいです。

ちょっと・・・よく分からないですがブルターニュの女性に失礼じゃないかゴーギャンと、
思いました(笑)『絵が売れるようになったら1年中住みたい』って言ってたのに。


ゴッホは人物画を主に描きたかったようですが、なかなかモデルになってくれる人が
見つからなかったようです。だから自画像がいっぱい残ってるんですね。
そんなゴッホがアルルで親しくなったズアーヴ兵、アルジェリア人のフランス歩兵と
知り合い、モデルになってもらって描いたのが「ズアーヴ兵」「恋する人(ミリエ少尉の
肖像)」フィンセント・ファン・ゴッホです。

「ズアーヴ兵」の第1印象は、派手!でした。本人が派手というより、真っ赤な帽子と
背景の緑の対比が目に飛び込んできました。あとあの帽子・・・被り方が少々斜めに
なっているのですが、いいのでしょうか。何だかズルリと頭から滑り落ちていく途中の
ように感じたのですが。
ゴッホは背景に野性的なこの人物のもつ情熱や気質を表現しようとしたようです。

「恋する人(ミリエ少尉の肖像)」も仲良くなった第3ズアーヴ連帯のミリエ少尉の
肖像画です。ゴッホがミリエに素描を教え、ミリエは連帯が北フランスに移動する時には
作品をパリに住むテオに届けたり、アルルに戻る際には浮世絵やリトグラフ、挿絵雑誌を
持ち帰えるなど、親しい間柄を築いていました。

この作品「恋する人(ミリエ少尉の肖像)」はミリエ少尉を描いたという他に『恋する人』
という役割を持たせました。ゴッホは同時期に『農夫』『詩人』という作品も描いており、
この作品もそのシリーズの1つとして描いたようです。

ミリエ少尉の情熱的な恋の様子を評してのタイトルですが、赤い帽子に緑の背景は情熱の
証なんでしょうか。(黄色と黒は勇気のしるし、みたいな)月と星はトルコの国旗ではなく
『夜の恋』を表しているの・・・かな?


「男の肖像」フィンセント・ファン・ゴッホ。この尊大な人物をゴーギャンも
描いています。背景の黄緑色から察するに『黄色い家』のアトリエに取り付けられていた
ガス灯の明かりのようです。あごをあげ上から目線で見下すように見つめるこの人物、
不機嫌丸出しなのは作品を見ただけでよ~く伝わるのですが、彼がなぜ夜に『黄色い家』
のアトリエに来て、えばり腐った態度でモデルをしてくれているのか。
謎が謎呼ぶ1枚です。


「収穫」は初夏の風景でしたが、「耕された畑(「畝」)」フィンセント・ファン・ゴッホ
秋の風景です。夏の収穫が終わり、新たな種をまくために畑を耕された秋の大地です。
ゴッホが尊敬する画家のモンティセリの手法で描かれており、キャンバスに非常に厚く
絵の具が塗られています。この厚塗りが、耕した土の凹凸や、空の雲を立体的に表現して
います。ちょっとした立体模型のようです。


「木靴職人」「海岸の岩」ポール・ゴーギャン。1枚のキャンバスの裏表に各タイトルの
絵が描かれています。キャンバスの節約か、はたまた裏表で意味を見出せというのか。
「木靴職人」が縦、「海岸の岩」が横向きに描かれています。
展示は縦向きに飾られていました。横向きの「海岸の岩」は隣に横向きの写真が展示され、
首を横に曲げなくてもちゃんと見ることが出来ます(笑)


アルルでは、ゴッホとゴーギャンは同じ主題の作品を制作しています。「アルルの洗濯女」
ポール・ゴーギャンの主題はゴッホも制作していますが、この作品は洗濯女を大きく描き
その後ろではのんびり草を食む牛が描かれています。背景は洗濯をしている川以外は
はっきりとは描かれておらず、かろうじて赤と黄色で描かれている部分は紅葉かな?と
分かる程度。一度見た(写生した)ものを再構築して描く彼の描き方は、私には
なかなか分かりづらい部分も多く、それがゴーギャンの作品の面白さなのでしょうか?

ゴッホの作品は今回展示されていませんでしたが、洗濯女を小さく描き、川から周りの
風景までを描いた作品を描いています。


共同生活を送るゴッホとゴーギャンはその時々の様子を弟のテオや友人のベルナールに
書き送っています。

ゴーギャンは、『計画性のないゴッホに呆れてルールを決めた。生活費は私が管理し、
買い出しはゴッホ。料理は私。一度ゴッホがスープを作ろうとしたが、
食べれたものではなかった。時々ケンカもするが、傷んだ彼に恨んだことはない。
彼は苦しみ私を求めている』と書き、ゴッホの生活力のなさに呆れながらも、
ゴッホの苦しみを理解している旨の手紙を書き送りました。


ゴッホは、肖像画を描くように日常二人が使っている椅子を描きました。
「ゴーギャンの椅子」フィンセント・ファン・ゴッホはゴーギャンの肖像画ともいうべき
作品です。他に今回展示していない『ゴッホの椅子』の写真が展示してあり、こちらは
ゴッホの肖像画なのでしょう。椅子の上には各自を象徴する品物がおかれ、ゴーギャンは
本2冊と火のついたローソクを。ゴッホはパイプとたばこの袋が置かれていました。
ゴーギャンの椅子は肘かけが着いた立派な椅子でゴッホのゴーギャンへの尊敬の念が伺えます。

しかし椅子とその人物を象徴する品物のみという構図は『そこに座るべき人がいない』
ということが強調され、何だか物悲しい雰囲気を醸し出しているように感じました。

この作品を描いた約1か月後ゴッホが耳の一部を切り落とすという『事件』を起こし、
ゴーギャンはその後パリへ戻り、共同生活は2ヶ月ほどで破局を迎えることになることを
『知っている』からなのでしょうか・・・。


結局ゴッホとゴーギャンはお互いの芸術の感性の違いや性格の違いから口論が絶えず
(よく言えば議論を戦わせる)、この事件の当日も激しい口論の末、散歩をしていた
ゴーギャンに背後からナイフを持ったゴッホが襲いかかろうとし、失敗。
自らの耳たぶの一部を切り取り、娼家の女性に『これを大事にしまっておいてほしい』と
渡し、『黄色い家』に帰宅後気を失いました。

危険を感じたゴーギャンが夜は『黄色い家』戻らず、朝帰宅すると警官がおり、
事の次第を知ったゴーギャンはテオに電報を送りました。
夜行列車でやってきたテオは兄を見舞い、病院と牧師さんに後事を頼みパリに
帰っていきました。・・・ゴーギャンも一緒に。

これにより、2か月間の共同生活は終了しました。


音声ガイドで、アルルを発ってパリに戻ったゴーギャンにゴッホの手紙を紹介(朗読)
しており、内容はうろ覚えなんですが『お互い上手くやっていたんだから今後も上手く
やっていけると思う。』みたいな内容だったんですが、私が特に印象を受けたのは
手紙の最後の定型文(みたいなもの?)で『心からの握手を』 (しょんぼり)・・・
音声ガイドは『握手を』までなんですが、なぜか(しょんぼり)を付け加えて
しまいました(笑)そして背中を向いて俯くゴッホが見えるようでした。
音声ガイドでとても印象に残った言い回しでした。(でもセリフを覚えていないという・・・)


破局後も二人は作品を制作し続けます。
続きは-その3-にて。

ゴッホとゴーギャン展/東京都美術館 -その1-

2016-12-08 01:30:43 | 鑑賞
ゴッホとゴーギャン展
東京都美術館

2016年10月8日(土)~12月18日(日)


なぜゴッホとゴーギャン?と思っておりましたら、
この二人一時期同居していたんですね。
あの「ひまわり」もゴッホがゴーギャンを迎えるために描いたとか。

ですので、今回の展示内容もまずゴッホ初期作品からアルルに向かうまで。
ゴーギャンの初期作品からポン=タヴェンをへてアルルへ。
ゴッホ、・ゴーギャン、アルルで共同生活を営む・・・そして破綻。
その後のゴッホとゴーギャン。といった構成になっていました。
メインはゴッホとゴーギャンが共同生活をする過程で、何を生み出し、何を壊していった
か・・・でしょうか。


第1章 近代絵画のパイオニア

入り口をはいるとまず真っ赤な壁。そしてゴッホらしからぬ暗い色彩の
「泥炭船と二人の人物」フィンセント・ファン・ゴッホ。
初期のゴッホの作品はバーグ派、バルビゾン派の影響を受けており、
一言で言うなら褐色の『土』を感じる絵を描いていました。
ミレーなど農民や市井の人々の暮らしを描く画家をめざしていたそうです。


「古い教会の塔、ニューネン(「農民の墓地」)」フィンセント・ファン・ゴッホ
ゴッホ一家が暮らした牧師館の近くにあった塔で、ニューネン滞在時には好んで
描いたモティーフでした。
薄灰色がかった空、花々が咲き乱れているというのに生命の息吹を感じないのは、
十字の墓があちこちに点在しているからでしょうか。鳥が飛び交いところどころ
草が生え、朽ち果てかけている古い塔は、前に飛び出しているかのような異様な存在感を
放っています。

ゴッホの絵に感じる独特の圧力はこの時代からも感じることが出来ました。
根っこの部分がゴッホはゴッホなんだな・・・と感じる絵でした。


「鵞鳥番の少女」ジャン=フランソワ・ミレーはゴッホが初期から尊敬していた画家です。
・・・ていうかゴッホ尊敬する人が多くて、『この人もいい』『この色使い素敵』
『この塗りの方かっこいい』『日本の浮世絵好き!』・・・とか、リスペクトし過ぎ。
厳しい表情の自画像の多いゴッホですが、結構ミーハー?なんて思ったり・・・

さて、ミレーの「鵞鳥番の少女」、水の透明感とガチョウのフカフカ感が際立つ1枚です。
のんびりと水に浮かんでいるもの水浴びをするのも、地上では空を飛ぶ仲間を
見上げているもの。それをのんびりと眺めているガチョウ番の少女。
農村の厳しい暮らしを描いた作品が印象深いミレーですが、この作品は空の青と
水の青が非常に明るく表現されています。
ミレー的売れ線作品?・・・と思ってしまったのは・・・穿ちすぎでしょうか。


尊敬する農民画家2人目。「鍬を持つ若い農夫」ジュール・ブルトン
農夫の女性がラファエル前派のロセッティやミレイの描く美しい女性に似ていて、
貧しい農村・・・?
粗末な服で裸足、鍬は貧しい農民が使っているものを持ち貧しい農村を表現していますが、
ブルトンはプロのモデルの女性を使って描き、厳しい現実の風景というよりも
牧歌的な情景を描いたそうです。

詩人としても活躍していたブルトンをゴッホは絵画・詩、両方の才能を高く評価しており、
画家になる決意をする前に、ブルトンのアトリエを訪れてそうです。
・・・外観を見ただけで、直接会うことはなかったそうですが、こういうエピソードは、
ゴッホの人となりをものすごく身近に感じますね。わかるわ~(笑)


「カンフール・ド・レパンの曲がった樹」テオドール・ルソー。バルビゾン派の
代表的な画家の1人です。
1本の大きな樹が全方向に枝と葉を伸ばしてたたずんでいます。よく見ると樹の根元に
人が腰を下ろしているのが分かります。
内側から燃え上がるような雰囲気の作品で、ゴッホの作品にも通じるように感じました。


今回の展覧会のもう一人の主役、ゴーギャンの作品は「自画像」ポール・ゴーギャンから始まります。
画家に専念する意思を固めたころの自画像で、金融市場崩壊の為パリで成功していた
株式仲買人の職を失い、妻の実家であるコペンハーゲンで肩身の狭い思いをしながら
暮らしていた頃の、『もうこんなところに居たくない!!』感あふれた1枚です。

鏡で自分を映して描いているため、右利きであるにもかかわらず左手に筆を持った姿で
描かれています。厚手のコートを着ているのは暖房のない部屋で制作を行ったため
ということで、では鼻の頭が赤いのもやはり寒かったからからなのか?と、想像しました。

この絵を描いたのち、ゴーギャンはフランスへ戻りました。


「夢を見る子供(習作)」ポール・ゴーギャン。ゴーギャンの娘アリーヌをモデルに
描かれました。幼い子供がベットでこちら背を向けて眠っている光景です。
タイトルの「夢を見る子供(習作)」とは、子供が夢を見て眠っている風景なのか、
眠る子供の夢の中の風景なのか。

前者だと子供部屋で眠る子供、鳥が飛び交う壁紙。手前にはベッドに引っかかるように
ピエロの人形がぶら下がっていて、ある日のお昼寝風景と
いった風情です。
では後者は?夢の中では窓の外ではくらい空に鳥が飛び交い、
ベットの脇のピエロの人形は意味ありげにじっとこちら(鑑賞者)を見つめています。
ゴーギャンはどちらを意識して描いたのでしょうか。

このピエロの人形が全体的に暗い色調の中で、オレンジの服に黄色のシマのコーン帽子と
明るい色を使い異様な存在感を放っています。こちらは単純に娘さんが持っていた
ものなのか、ゴーギャンの想像の産物か・・・気になります。


第2章 新しい絵画、新たな刺激と仲間との出会い


壁紙の色が水色に代わり、明るい空といった印象になった第2章。パリに出たゴッホは
印象派に触れその色彩表現に衝撃を受け、今まで描いてきた暗い色調の表現を変えて
いった。ここではたくさんの画家に出会い刺激を受けていった。

一方ゴーギャンは、田舎の制作を切望し、ポン=タヴェンで簡素な生活を通し
指導者的な役割をはたすようになり、彼の周りに人々が集うようになっていきました。


まだまだオランダ時代の暗い色調で描かれた「パイプをくわえた自画像」フィンセント・
ファン・ゴッホ、33歳の時の自画像です。弟のテオのアパルトマンで共同生活を送って
しばらくしてからの作品で、厳しい表情でこちらを向いています。

テオのアパルトマンには自画像を描くのに適した鏡があり、モデルを雇うお金もなかった
ゴッホは、パリについてから自身をモデルにして人物画の制作を繰り返し行いました。

暗い色調のせいでしょうか・・・頬が他の自画像に比べてこけていて、不健康そうに感じました。
たぶん自画像を描き始めての初期の作品なのでしょう・・・精一杯おしゃれして
格好つけているように感じました(笑)


「自画像」フィンセント・ファン・ゴッホ。34歳の自画像です。色調はだいぶ
明るくなって新印象派の技法を用いた色彩表現で描かれています。まだあの原色で
ガツンとくる色使いには至ってはおりません。
ですが、『見たことあるゴッホの自画像』になってきました。しかし、瞳の焦点が定まっておらず、
どこか遠くを見ているようです。この自画像も大変厳しい表情をしており、
何となくゴッホって近眼?と、ふと思ったのでした。


「パイプと麦わら帽子の自画像」フィンセント・ファン・ゴッホは一風変わった
コミカルに描かれた自画像で、イラストチックな1枚です。

麦わら帽子はゴッホが尊敬する画家、モンティセリを意識して描いたモティーフ
だそうですが、実際モンティセリが麦わら帽子を被っていたという記述や肖像画は
見当たらず、ゴッホの思い込みと考えられているそうです。
私はゴッホのイメージは麦わら帽子なんですが・・・これは思い込みでは、ないですよね。


「ボートの浮かぶセーヌ川」フィンセント・ファン・ゴッホ。茶色の地色にセーヌ川と
その両岸辺が描かれた風景画です。花の咲き乱れた両岸にはピンクや黄色、緑(黄緑)が
無造作にのせられています。セーヌ川は岸から川の中心にかけて濃い青に塗られ眩しく
光る川を表現しています。川の中心にはボートが浮かび白い服の人物が乗っています。
水面には反射した影が映っています。

土手の向こうの木々も茶と緑に白の幹を立てに乗せただけという無造作なものですが、
あら不思議、少し離れて見てみると、晴れた日のキラめくセーヌ川が立体的に
表れてきます。風が見えるような作品です。
まさに印象派マジック!


「モンマルトル、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの裏」フィンセント・ファン・ゴッホ
手前にはモンマルトルの菜園が描かれ、緑や赤、ピンクがメインで明るい色使いで描かれ、
奥はパリの街並みで工場から出る灰色の街並みが青や灰色で表現されています。

この構図、どこかで見たな・・・と考えていたところ、初期の作品の「古い教会の塔、
ニューネン(「農民の墓地」)」の角が前に突き出しているような構図と似ていると気づき
ました。
ですが、建物(モンマルトルの菜園)の高さが違うため、先の作品と違い威圧感は感じません。
明るい色使いで軽やかささえ感じます。

この作品について弟のテオに『大きな作品は売りにくいことは分かっている。
でも、人はここに戸外の空気と幸せな雰囲気があることに気づくだろう。
部屋の装飾にぴったりだ』と書き送りました。


ゴッホは気難しくて人づきあいが苦手な印象がありましたが、今回の展覧会で
いろいろな芸術家や一般の人々との交流があることを知りました。
「サン=ラザールにて」アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックもその一人です。

画中の女性はこの絵のタイトル「サン=ラザールにて」と同じタイトルのシャンソンの
主人公を描いたものです。

厚紙に黒と白の油彩で描かれたもので、地の厚紙の色を巧みに使って描かれています。
とても3色(紙の色含む)で描かれたとは思えません。ロートレックといえばポスターなどで
踊り子の一瞬の動きを的確にとらえることに長けた画家・・・というより、
イラストレーターという印象があるのですが、この絵も選んだ紙も構成もサインの位置
さえも、デザイン的で格好いいです。


「井戸端の女」アドルフ=ジョゼフ=トマ・モンティセリはゴッホが、思わず彼が
被っていたと誤解して、自分も麦わら帽子を被っちゃうほど尊敬している画家です。
モンティセリから絵の具を塗るというよりチューブから乗せるような厚塗りの表現を
学びました。


次は、ゴーギャンのターンです。ポン=タヴェンに集った画家たちの作品(ナビ派)を
鑑賞していくと、「ブルターニュの少年の水浴(愛の森の水車小屋の水浴、ポン=タヴェン)」
ポール・ゴーギャン
の絵が並びます。

音声ガイドを聞くと『私は野性が好きだ!』・・・えっ何なに言ってるのこの人は!
二度ほど聞き直してしまいました(笑)
今回の音声ガイドは、ゴッホとゴーギャンの手紙をその絵の内容に合わせて
お二人の声優さんが読まれているのですがゴーギャンが、えばりまくってて憎らしいです(笑)、
ゴッホはちょっと若すぎないかな・・・と思いましたが、ゴーギャンとゴッホの年齢差が
あまりないので(5歳差)やはり声だけで表現する場合、少し年齢差を離すように
声を作られているのかなと想像しました。
ゴッホとゴーギャンの心情を乗せて語られています。
・・・音声ガイドの感想でした。ところどころ出てくると思います(笑)

さて、野性好きのゴッホが未開発の土地を求め、やってきた初めてのポン=タヴェン
滞在で描いた作品です。
少年たちが水浴を楽しんでいる風景です。川岸では3人の少年が着替えをしています。
内の一人は着替えもせず右手の先を眺め、隣の少年も着替えの手を止めてその指先に
視線を落としています。もう1人は・・・われ関せずというように着替えを続けています。

川辺の2人の少年も何か見つけたのか1人の指さす方向を見つめています。
この場所にはまだ工場などの(当時の)近代化が進んでおらず、ゴーギャンにとって、
まさに野性的な土地に感じたようです。
この土地のことを妻に『絵が少しでも継続的に売れるようになった、一年中住みたい』と
書き送っています。

このポン=タヴェンには画家が集まり、やがてゴーギャンを中心としたナビ派と呼ばれる
様式へと発展していきました。
『私はブルターニュが好きだ。皆私を尊敬してくれるし・・・』と音声ガイドで
やっぱりえばっています(笑)なんだかいつもふんぞり返っているような感じで、
ちょっと笑ってしまいます。
この作品はゴッホの弟テオの画廊がゴーギャンの作品の販売を手掛けた初めての作品です。


「マルティニク島の風景」ポール・ゴーギャン。『野生の人』ゴーギャンは、やっぱり
野性を求め、未開の地未開の地へと移動していきます。
せっかくポン=タヴェンで尊敬されていたというのに・・・。この絵はカリブ海の
マルティニク島で描かれた作品です。本当は近代化の波がこの地でも訪れているのですが、
ゴーギャンは、それを熱帯の木々などで遮り、文明の痕跡を排しました。

病にかかったゴーギャンはフランスに帰国後。そこでファン・ゴッホ兄弟と知り合いました。


この後ゴッホからアルル移住の誘いを受け、病気のためお金もなく生活が苦しくなった
ゴーギャンは住むところも生活費も負担してくれるというテオの提案に乗り、
アルルへと赴いていくのでした。
しばらく厄介になるだけだったようですが、ゴッホにとってもゴーギャンにとっても、
この短い期間は、夢も現実も打ち砕くようなハードな2か月を過ごすとは、
思いもよらなかったことでしょう・・・。


その2へ続きます。