紅点

空想上の無敵イケイケ総理大臣が頑張る物語です。
10~20話の予定です。

これはネタですか?はい、大人げないですね。

2012-05-31 21:57:29 | 小説
■はじめに

私は”これゾン”結構気に入っており、嫌いではありません。
アニメの第8~9話見て、フラグたてまくる主人公を呪うネタ思い付き、ちょっと書いてみました。
ほんの30分で結構(しかもそれっぽく)書けました。。たまってたのかな?
せっかくなので投稿しますが、後日削除するかもしれません(・ω・)ノシ




呪術契約書

呪術契約者
 吸血忍者シャーマン イカエボル

被呪術者
 相川歩
 魔装少女京子によって殺害され、ネクロマンサー ユークリウッド・ヘルサイズにゾンビとして蘇らせられた者である。

事由
 吸血忍者の掟に背き、吸血忍者メイル・シュトロームとの婚姻の義務を放棄したため、これを断罪する。

契約対価
 呪術契約者本人と、その子孫3代目までの全ての魂。

宣言
 今このとき以降、相川歩の目にはこの世に存在する全ての醜い側面しか見えない。
 人ならばそれがどれほどの麗人でも、怒り、嫉妬、恐怖などが具現化した亡者としてしか彼の目には映らない。
 今まで便利に使っていた道具は全て命を奪うか、争いの元になる機能のみが彼の目に映る。
 動物や植物は全て毒を持つか鋭い爪や牙を持ち、なおかつ狂暴であるように見える。
 大自然は地震や竜巻や雪崩で全てを破壊する恐怖として彼は見る。
 目をふさいでも無駄だ、私はお前の脳に直接それらの映像を見せているのだ。
 恐ろしくて家の外に出れまい?
 真直ぐな道ですら、お前の眼には曲がって見せてやろう。

 今このとき以降、相川歩の鼓膜は不快な音で震わされ続ける。
 生き物の悲鳴が聞こえる。
 黒板を爪で引っかく音が聞こえる。
 夜はお前が眠れぬよう、鼓膜を割るほどの破壊音を聞かせ続けてやろう。
 一人で道を歩くときは誰かが付いてくる足音を聞かせてやる。
 音に悩み、音に怯えろ。

 今このとき以降、相川歩の舌は耐え難い刺激を受け続ける。
 耐え難い辛味を感じる。
 口を閉じていられないほどの苦味を感じる。
 突き刺すような酸味を感じる。
 お前は耐え切れず自分の舌を引き抜くかもしれない。
 だが、すぐに新しい舌が生えて、お前を苦しめ続けるのだ。

 今このとき以降、相川歩の鼻腔は悪臭で満たされ続ける。
 嘔吐物の匂いを嗅がせてやろう。
 糞尿の匂いを嗅がせてやろう。
 肉が腐る匂いを嗅がせてやろう。
 お前の鼻がそれぞれの匂いを別々に嗅ぎ分け、苦痛が3倍になるようにしてやらねばな。

 お前の体に特別な蛆虫を寄生させてやろう。
 蛆虫はお前の筋肉と皮膚を食い続け、痛みを与える。
 しかし、お前の体は食われたそばから再生してゆくため、痛みは永遠に続くのだ。
 そして、お前の体が再生するときは、虚数の大きさになりたがるようにしよう。
 お前の新しい細胞は三次元の境界面とせめぎあい、常に不安定な状態になる。
 このときお前が感じるであろう苦痛を表現する言葉を私は知らない。
 私はお前を注意深く観察し、それを表現するのに適切な言葉を作り出そう。

 お前の体に人体に害のある、あらゆる細菌や寄生虫を住まわせるのを忘れてはいけないな。
 彼らはお前の苦痛に満ちた永遠に続く生涯の伴侶だ。

 お前が常に全身にかゆみを感じ続けるようにしよう。
 特に眼球に感じるそれは強烈にしてやる。
 お前は全身を掻き毟り、爪には己の血肉が挟まる。
 その指で己の眼球を抉り出し続けるがいい。

 お前を見る者全てが、お前に対し軽蔑と怒りを感じるようにしよう。
 世界の全てがお前を嫌う。
 何の理由もなしにだ。

 お前の記憶からメイル・シュトロームに関する全てを抹消する。
 お前はなぜ自分が呪われているのか判らない。
 お前は自分が呪われている理由を探し始めるかもしれない。
 私はお前が答えにたどり着く直前に、お前を巨大なフォークで串刺しにし世界の反対側に落とす。

 お前の意識の一部を浮遊させ、お前がいかに悲劇的な状態にあるのかを見せてやる。
 悔いることすら出来ずに、嘆き悲しみ続けろ。

 世界の始まりにさかのぼり、お前が生まれてくることを呪い続けてやる。
 そして世界が終わっても、お前は概念として残り、幻影の中で苦痛を感じ続けるのだ。

 お前は永遠に私の掌から逃れることは出来ない。
 私はお前を苦しめる新しい方法を考え続け、お前がのた打ち回るのに疲れたらすぐにより大きな苦痛で刺激することを約束しよう。
 のた打ち回れ。
 のた打ち回れ。
 また、お前の感情から喜びや愛情を奪うことはしない。
 それがないとお前の感じる苦痛は半減してしまうからだ。

 私はお前に神や悪魔でさえも考えつくことが出来なかった、本当の死を与えてやる。
 そう、私は死を呼ぶもの。
 そしてお前はこの時空におけるただ一人の真の死者。


以上をもって術式の完成とする。

サイバーパンク書きたいにゃー

2012-05-16 21:03:16 | 小説
新しく小説を書き始める予定です。

題名:NOP(no operation)
ジャンル:サイバーパンク
URL:http://blog.goo.ne.jp/no_operation

ターゲットとなる読者を”40~50歳台で過去にベーマガやI/Oなどを愛読し、メモリエディタで16進コードを入力した経験がある人物”に絞り込もうと考えております。
理由はほとんどの人がネタについてこれず、3行目くらいで読むのをやめるだろうとほぼ確信しているからです゜・(ノД`)人(´Д`)人(Д`)・゜
サイバー風味ジュブナイルになるのが嫌で、IT技術のレベルをVRやARが絶対不可能な程度にまで下げたら子供には読めない内容になった。
IMSAI8080、光速船、スプライトキャラ消えをググらずに理解できた方、是非上記URLにおいでください、お待ちしております。

もうちょっと準備をして、1~2ヵ月後くらいに始める予定です。
ですので、すでに投稿済みの1話は多少書きかえるかもしれません。
特に鎖国のくだりはもっと簡単な仕掛けに変える可能性が高いです。
3つの事件と3人の主人公が存在できればいいですので。
あまり重要ではないマクガフィンみたいなものです。
プログラムを擬人化しているように見えますが、物語の語りべ的に書き表しているだけで、物語の世界のプログラムに思考能力はありません。
作者(私)の妄想とお考えください。
物語中のホストは私が都合よく考えた架空のシステム構成になっており、3270やVT382の使用経験がある方にはちょっと奇妙に感じるかもしれません。


以上です。
オジサマ方、、本当によろしくお願いしますww。
資料が手に入ればラスボスはそのスジでご高名なハイローラー、渋谷洋一さんをモデルにしたいです。

紅点 第11話:名峰を映す鏡

2012-05-09 21:33:14 | 小説
紅点(BENI TEN)


■はじめに
 次回ぐらいで終わる予定なので今更ですが、このブログの小説はフィクションであり、実在の人物や団体とは全く関係がありません。
 今回、約一名明らかに性格が破たんした汚れ役を演じており、確かにそれはパクリ元の人物が印象深いサービス役や汚れ役を演じることが少なからずあることに由来しております。ええ、わざとです。
 しかし、その全ては社会的影響力が無に等しく矮小な私(blog主)の稚拙な妄想の産物でございます。
 あしからずご了承ください。
 なお、固有名詞をパクリちらかしているのは、暇つぶしにやっつけで書き始めたため名前を考えるのが面倒だったからです。
 また、今回のエピソードは戦国コレクション第5話に強くインスパイアされていることを白状いたします。


第11話:名峰を映す鏡

またまた話は現代に戻る。
下野紘二十歳、大学3年生。
彼はその年の全日本剣道選手権大会で優勝を果たした。
昨年までは全日本学生剣道選手権大会で無類の強さを示しすでに名は売れていた。
そして光栄かな宮崎正裕八段の持つ6勝と言う記録を超える可能性があると噂になっている。
多くの猛者が下野のパワーとスピードは別格だと太鼓判を押し、また同時”打倒下野”と闘志を燃やす。
月刊 剣道時代のインタビューでは、宮崎八段が当時の規制で六段に認められるまで大会に出場できなかったことから、より有利な立場にある下野は6勝を大きく上回る可能性が高いと大きく締めくくられた。
また、そのインタビューで鉄骨を鉄筋で打つ独特の練習をしていることが取り上げられ、これがバラエティー番組のプロデューサーの目にとまる。
そして翌年、下野が世界大会で優勝をした直後、まってましたとテレビ番組の企画がたち上がった。
その番組は、各界のアスリートたちが番組が用意した難題に挑戦するというもので、下野との打ち合わせをもとに番組が用意した課題は次の通り。
 Aさんには命よりも大切にしているものがある。
 それは(番組のパーソナリティである)TOKIOのサイン色紙だ。
 彼らと握手を交わし、わずかな時間ではあるが談笑をかわした思い出が詰まっている。
 ちょっと豪華な額縁に入れ、金庫に保管している。
 今、突然に地震が発生した。
 深度6の大地震だ。
 Aさんは何は無くとも色紙だけは持って行こうと金庫に急いだ。
 そしてポケットから鍵を出したときに事件は起きた。
 なんと、ひどい揺れに足がもつれ、体勢を崩して鍵を放り投げてしまったのだ。
 鍵はベランダから外へ落ちてしまう。
 愕然とするAさん。
 ここはマンションの10階、鍵を取りに行っている時間はない。
 どうしても色紙をあきらめることが出来ず困り果てたAさんは、藁にもすがる思いで隣の部屋のインターフォンを鳴らした。
 ここには剣道世界一の男下野が住んでいる。
 彼はAさんの切なる願いを聞き入れ、蝶つがいを切り飛ばし金庫の扉を開けることを約束した。
 地震の揺れは刻一刻とマンションの構造をむしばみ倒壊寸前。
 彼に与えられた時間はたったの3分しかない。
 下野は人間国宝小山力也が鍛えた一振りに、一縷の望みを託した。

このチャレンジは地震体験車内で行うのだが、通常の地震体験車では室内が狭く刀を振るうことが出来ないため、番組は屋根の高いこの企画専用の地震体験車を用意した。
壁と天井には小山の指摘で、万が一折れた剣先が跳ねまわらないよう、分厚い低反発素材が内張りされている。
小山は始め番組にかかわるという無駄を拒んだが、テレビ局は政治家を動かししつっこく依頼してきた。
結局最後には承諾した方がより早く面倒なやつらと縁を切ることができるという結論に達した。
それに、下野という青年にも少なからず興味があった。
彼の練習方法は素人でなくともにわかには信じられないインパクトがある。
撮影会場は横浜アリーナ。
アリーナ中央に地震体験車が置かれ、その周りに小麦粉を仕込んだキャノンという機材を4つ並べてゆく。
3分が経過したら、Aさんと下野がこれで真っ白にされてしまうというすんぽうだ。
設置作業は始まったばかりでカメラやマイク、照明などが残っており、まだ1時間以上かかるらしい。
小山と下野は忙しいアリーナにも入れてもらえず、1階のフロア辺りで待機している。
小山のそばには世話やきの日笠が付き添っている。
下野は1階の自動販売機で、愛のスコール メロン ペット500ml 150円也を買い求め、のどの渇きを癒していた(まう!まう!)。
小山ほどの人物になると、立ち姿だけでその者の鍛え方がわかる。
下野はまるで足の裏がわずかに床から離れているかのように、軽く立っている。
その様子は鳥の羽のようで、彼の体の向こう側が透けて見えるかのような錯覚すら覚えた。
それは彼の体が完璧なバランスを保ち、なおかつ高いポテンシャルを有するがため何をするのにも無理をする必要が無いことを示している。
例えるなら7リッターほどの巨大なトルクを有する大排気量エンジンがアイドリングしているよう。
小排気量エンジンなら2千回転は回さなければならない状況でも、彼はアイドリングのままで用が足りる。
これは10年や20年でたどり着く境地ではないと小山は下野に強い興味を示した。
小山の心にできた”興味”という隙を突き~がけっぷちでポンとやる様に~日笠はわずかな言葉で彼の背を押した。
日笠「独り法師。」
彼女はより短く、いくつもの意味に取れる言葉を用いることで、相手に都合のよい連想をさせえることを知っている。
小山は日笠の一言を次の意味で聞いていた。
”かわいそうに。彼は長い待ち時間を一人で過ごさなければいけないのですね。”
そして、下野への興味から行う下種な行為を正当化する理由を得た。
日笠は小山より先に下野への強い興味を抱いていた。
小山は一切読もうとしなかったが、番組から提出された企画書に下野のプロフィールが記載されていた。
にわかには信じがたいその内容を見て、彼女は小山と下野を結びつけることに決めた。
番組からの執拗な申し出は、小山家の電話番をしている日笠が電話が来るたびに断れば、小山が面倒な思いをする必要は無かった。
しかし彼女は番組が権力者を立ててきた事を逆手に取り、自分では下手に断れないと主張し、小山が番組とかかわらざるを得ない状況をつくっていったのだ。
男は日笠の策略に気付かず、自ら進んで谷底の暗闇に吸い込まれてゆく。
小山「ちょっと声をかけてくる。ここで待っていろ。」
日笠「かしこまりました。」
小山はすっと下野の横に立ち、下野も彼を気にする様子はない。
しかし、小山が下野に声をかけるために視線を流した瞬間、下野の全身は血の一滴にいたるまで臨戦態勢となり殺気がみなぎる。
滲む汗や吐息でさえ、鋭く尖る。
小山はその殺気を興味深げに観察し、下野を彼独特のものさしで測ってゆく。
破滅者同士の激しい気の交錯にうっとりと見入る日笠。
下野は考える、小山は自分の表面上の姿を見ていない。
だがしかし本性も見ていない。
ほとんどの人が気付けない自分の何かを、この世に彼しか持っていない特殊なメガネで見ている。
この男はいったい何者なのだ?
まず神ではない。
この眼光はそんな清らかなものではない。
そして悪魔でもない。
彼が身にまとう空気はよこしまに穢れてはいない。
神でも悪魔でもなくここまでの迫力、目を合わせるのが恐ろしいほどの瞳の持ち主とは、いったい何者であるか?
結局下野は小山が自分と同じ一個のバカだと結論した。
およそ人間らしい欲望は持ち合わせていない。
しかし生きていくのにさほど重要ではない一つのことに執着し、それだけを行ってきた人間。
それ以外はまったく眼中に無く、終わりなき道をひたすら進む。
それが生きがいというわけではない。
目標も無ければ欲も無い。
それはその者にとって、息をするのと同じ当たり前の…いや、なくてはならない行為なのだ。
ただひたすら、毎日毎日取り憑かれたように、もしくは機械の様にそれを反復する。
その反復の中に僅かな違いや新たな可能性を見出し、それが今までの全てを投げ捨てることになろうと迷わず挑戦する。
そしていつの日か、それに特化した何かになる。
人としてあることに責任も興味も無く、家族、友人、自分の生涯すらおろそかにして、ひとつのことにおいてだけ人を超える。
それを一言で表すなら”バカ”だろう。
少しでも賢さがあるなら、生き物としてそのようなことはしない。
バカだからこそ、何の疑いも無く打ち込めるのだ。
下野「小山先生。本日はお世話になります。」
下野は頭を下げ隙を見せることで、お互いの喉元に突きつけた見えざる刃を消し去った。
またこれは当然、突然野良犬のように殺気を向けた非礼への謝罪でもある。
小山は彼の一挙手一投足の全てを余さず観察している。
二人のやり取りを見ていた日笠は、深くゆっくりと息を吐く。
この世で彼女が興味を持てる、ただ二人の男がの運命が今繋がった。
そのときの劣情におぼれた表情と、思わずもれた艶っぽい声はとても人に見せられたものではない。
彼女の性癖は極めて特殊で、一分野に秀で大事を成しなおかつ人としては破滅している男にしか興味が持てない。
だが同時に、日笠陽子という女は自分が気に入った男を決して愛せない。
だから興味を持った男が他の女と恋仲になってもまったく意に介さない。
より大きな成功への道案内をし、人らしい人生へ戻る連絡通路は先回りしてつぶす、才能あふれる男を機械または人形として完成させ人として殺す…日笠はある種の美しき死神なのだ。
彼女は時々予言めいたことを口にし、不思議とよく当たる。
それを考えると男を見る目は確かなのだが、日笠はまっとうには生きられない異常な女だ。
日笠のめがねにかなったことで、善悪に関わらず下野がとてつもないことを成すことと、決して平凡な家庭は得られないことが運命付けられた。
下野という人間を推し量っていたのは小山ではなく日笠だったのかもしれない。
死神に魅入られた二人の切り相が始まった。
小山「揺れる足元に立ちで鋼鉄を切り裂こうなどと、本当にそんなことができるのか?」
疑問系だが、あきらかに”出来る”という答えを想定した言い方だ。
つまり、”YES”という答えは間違いだ。
彼の期待を裏切り、幻滅されるのは構わない。
だが、ここでの一言をしくじると、自分に許された剣の道が一気に狭まる気がする。
このような言い方をするということは、相手は自分の剣の道に関わる何かのカードを後ろ手に隠している。
そのカードが見たい。
カードを前側に引きずり出すには、自分を魅力的に見せ、同時に相手を脅迫する必要がある。
つまり、自分と相手を等しく追い詰めるような一言でなければならない。
下野「お預かりする刀は、一点の曇りもない状態でお返しいたします。」
自分に高いハードルを課したと同時に、”一点の曇りもない”という一言は、つまり下野が受け取るであろうその刀は完璧であると決めつけた。
小山は”あなたの用意した装備で大丈夫か”と挑戦状を叩き付けられたのだ。
常人なら気付かず聞き逃すかもしれないこの言葉の意味を、小山は理解していた。
小山「いいだろう。日笠、一番良いのを用意してやれ。」
小山は日笠が特別なひと振りを今日、用意してきたかどうかにかかわらず下野の挑戦を受けた。
もし、手元に凡庸な刀しか無ければ日笠を叱りつけて取りに行かせるし、その間撮影も待たせる。
小山はそういう男だ。
だがしかし、死神日笠は眉一つ動かさずかしこまって答える。
日笠「問題ありません。長塚を用意してあります。」
小山「そうか、長塚なら良いだろう。」
そして下野に背を向け去ってゆく。
小山「今日、お前は鋼鉄を切るが決してお前の腕が故ではないぞ。」
小さく頭を下げ、偉大な背中を見送る下野。
椅子のある場所に行くため下野も立ち去ろうとしたが、目の前にはそれを防ぐように日笠が立っている。
中指で頬にかかった一筋の髪を横にかき上げる仕草が色っぽい。
日笠「小山先生の使用人、日笠と申します。」
下野「あ、、どうも。下野です。」
つられてお辞儀をしたが、一目で苦手な相手だと感じた。
できればこの女にはあまり関わりたくない。
彼女の第一印象から苦手な理由を挙げるなら、人の心に隙を作る美しい姿と読めない行動だ。
下野「え、、と、何か御用でしょうか?」
日笠「はい。ここでお会いしたのも何かの縁です。どうでしょう。連絡先を教えていただけると嬉しゅうございますが…」
下野は愛生と違い、人と親しくなることにそれほど積極的ではない。
今日あったばかりなのに、いきなり初会話から連絡先を教えろとはどういうことなのか?
理解できない下野は彼女がそう言った理由を考えた。
少なくとも自分のファンということは無いだろう。
自分は剣道で世界一になったが、サッカー選手などとは違い、黄色い声援の嵐にタジタジになったことはない。
女性のほうから男性に連絡先の交換を求めるなど、何か特別な理由があるはずだと思う。
日笠という女は何を考えているのか、全くわからない。
苦手意識はより強まってゆく。
それでもお尻のポケットからiPhoneを取り出したのは、彼女の美しさが申し出を断るのは非礼だと思わせたからだ。
日笠も手提げから携帯電話を取り出した。
使い込んだ感じのガラケーだが、まるで今日買って初めて使うように一つ一つ確認しながら慎重に操作している。
電話番号を交換すると、地獄へ案内する対象と自分がつながれたという嬉しさから、日笠の表情がうっとりと変化してゆく。
その色っぽさに下野の顔は見る見る赤くなってゆき、”それじゃあ”と逃げるように去っていった。
よこしまなる女は何も知らぬ青年の背中に”私のたなごころにようこそ”とつぶやいた。
日笠は下野と分かれた後、早速駐車場へと向かう。
名刀長塚は車のトランクにある。
その足取りは気付かぬうちに小走りになり、しとやかな着物のすそを乱した。
車に到着したとき彼女はやや息を乱していたが、それが足を速めたせいなのか、これから起こる素晴らしいことに興奮しているがためなのかは判らない。
トランクをあけ木箱から名刀長塚を取り出し腕に抱いた瞬間、彼女の五感は二人の男がお互いの能力を強めあいながら地獄へと進むイメージに満たされ、快感で頭がいっぱいになった。
まともに立っていることが出来ずに車に寄りかかり、しばらくの間指一本動かすことが出来なかった。
日笠「長塚。私には見えたわ。お前が素晴らしいものを見せてくれたのよ。」
愛しげに頬ずりをする。
アリーナでは撮影の準備が完了し、下野が呼び出された。
念入りなリハーサルが行われ、台本には少々の修正が加えられた。
下野は意外にノリノリで、彼のアドリブが採用されることもあった。
全ての準備が整ったところで、御大小山を会場に招きいれた。
小山は解説役の席に座った。
もちろん日笠は彼の後方に控えている。
最初、日笠がアリーナに入ってきたとき、あまりの美しさにスタッフが女優と勘違いしメイクの準備を始めようとした。
日笠はスタッフの勘違いに気付いた時点で”小山先生の付き人です”と説明して断った。
女優では無いという事は判ってもらえたのだが、その艶のある美しさと男の劣情をあおる存在感である、今度は小山の愛人であると陰にささやかれるようになった。
だが日笠はそのような噂を気にする女ではない。
自分がどのように噂されようと、いや、たとえその噂通りになろうと彼女はまったく意に介さないだろう。
目的のためなら自分の体や名誉など、道具として使い捨てる。
彼女が焦がれているのは、人の身に余る大事を背負い、人としての幸せを失った男の姿だけなのだ。
自分がその男とどういう関係にあるかは問題ではない。
ただれた恋仲だろうと忌み嫌われようと、人生を操るのに十分なだけその男と繋がっていれば満足なのだ。
だから傍からはき然と構えているように見えるがそうではない、人と考え方が異なる死神なだけのこと。
さて、リハーサルが済み本番が始まった。
冒頭の三文芝居の後、下野が名刀長塚を上段に構え時計の針が進みだした。

残り時間 00:02:55。

残り時間 00:02:50。
下野はひたすら目を瞑っている。
機械が作り出している揺れの癖を体に覚えさせているのだ。
小山は震度6相当の激しい揺れの中、体の芯を乱さず気配すらない下野の足腰に驚愕していた。
数多のつわものを測ってきた目をもってしても、下野がそれをできる理由を見いだせず焦りの色を見せる。
残り時間 00:01:30。
下野はようやく目を開き、金庫の蝶番を凝視する。
はじめは揺れに焦点が定まらず、ぶれて見えていた。
しかし、しだいに焦点はあってゆく。
下野の足の裏は床に吸い付くように立っており、しかも彼の体は揺れのパターンを記憶している。
蝶番が見えた後は頭の中でシュミレーションを繰り返す。
実際にその動作をしなくても、彼の四肢に脳からの命令は伝わり、蝶番を切るための動作を覚え熟練してゆく。
後は残り時間が25秒以下になるのを待つだけ。
番組を盛り上げるため、ギリギリまでひっぱるようにADさんに言われている。
そして、残り時間 00:00:23。
小山「ぐぅ、」
小山は硬く握った右のこぶしをテーブルの上に置きうなだれた。
彼は見た。
下野はそうすることが当たり前であるかのような自然な動作で、刀を振り下ろした。
体はもちろん、心にも不要なものは何も無い。
愚かしいほど切ることに純粋だ。
常人がそれを見たら、自分にも同じことが出来ると錯覚するほどたやすく見える。
無理難題をこれほどまでにつまらなく見せることが出来るのは達人のみだ。
そう、、下野は達人…さて、自分は先ほどなんと言ったであろうか?
”決してお前の腕が故ではないぞ”
なんということか、これは全くの間違いだ。
下野なら90万円の凡刀でもあの美しい仕事をする。
よもや自分は下野の若さを見て高をくくったのかと思うと、顔から火が出る思いだ。
いや、たとえ自分の言葉通りだとしても、自らを潤色するような言葉はわが道には不要。
少なくとも今日、下野には余計なものが無く、自分には余計なものがあった。
小山「負けた。」
自分の未熟を悟ったとき、顔から血の気が引き、彼の世界は急に窮屈なものになった。
どの方向に手を伸ばしても、下野が居るように錯覚した。
さて、金庫の蝶番は見事に扉から切り別れ、実況役は”やったああぁぁっっ”と叫んで席を立ち、地震体験車へと走っていく。
”下野が小山を先に進める” 二人により深い地獄の匂いを感じた日笠は、胸にこぶしをあて高鳴る鼓動を抑えていた。
その場に居た全ての人は下野一人に注目していたので、絶世の美女が一瞬浮かべた死神の笑顔は誰にも見られることは無かった。
小山が席を立ち、日笠の元へと歩いてきた。
小山「先に車に戻る。長塚はお前がもってこい。そして、帰ったら折って捨てろ。」
刀工の彼自身への怒りが強烈に伝わってきた。
いつものように彼の前ではポーカーフェイスを貫いたが、強烈な感情を向けられることは彼女にとって甘い蜜を目の前に置かれたことに等しく、許されるならはしたなく音を立ててすすりたい気持ちであった。
日笠「かしこまりました。」
番組としては、御大小山の総括の言葉が欲しかったのだが、すでに彼の姿は無くディレクターがぶちきれる一幕があった。

二ヵ月後。
小山は一振りの日本刀を完成させた。
彼の書斎には、戦車や戦闘機、自動小銃などの現代兵器の詳細な情報のプリントアウトが散らばっていた。
これらは日笠が一ヶ月以上をかけて集めたものだ。
はじめはネットでも簡単に調べられる情報だけだったのだが、小山が戦車などの部位を指差し、ここはどうなっている?これは何だ?としつこく聞くので、専門書を手に入れたり、場合によっては専門家に聞きに行くこともあった。
日笠の作業は困難を極め、集まった資料も膨大なものになった。
刃を研ぎだした後、縁側に行き日の光にかざす。
そして自らが鍛えた刀を見て、興奮気味に叫ぶ。
小山「日笠!日笠はおらぬか!」
返事が無い。
小山「日笠!日笠っ!」
日笠「ただいま参ります。」
やっと聞こえてきた返事はまだ遠い。
彼女は台所で昼ごはんの支度をしており、すぐには手を放せない状態だったのだ。
火を止め、魚をさばいていた手を手ぬぐいで拭く。
廊下をパタパタと小走りでやってきて、小山のそばに座しかしこまる。
その目の前に手にした刀を突き出す。
小山「見ろ。」
刀の指差したところを見ると庭から望める富士山が映っている。
ばかげた身幅の日本刀は、日本が誇る名峰の鮮明な御姿をその刃金に飾っていた。
小山「裾野の広さ、山肌の質感。これほど雄大な富士を得た刀はかつて無い。」
日笠にはわかっていた。
小山は現代に帯刀した侍を甦らせようとしている。
現代戦で通用する刀と、それを扱える剣士…すなわち下野だ。
小山「日笠、下野をここ得呼べ。」
実は日笠と下野が電話番号を交換していることを小山は知らない。
いつものように突然思いついたむちゃくちゃを直球で日笠に投げつけただけだ。
しかし彼女は下野の電話番号を知っている。
この死神は、気が付いたら自分の男たちが欲するものを先回りして用意していた、ということが少なからずある。
その立ち振る舞いは少なくとも小山と下野には完璧に見え、小山には気に入られ、下野には嫌われてゆく。
日笠は携帯電話を取り出し、下野に電話をかけた。
卒業論文の作業があるので夕方に寄るという返事だった。
日笠「錦糸町駅まで来ていただければ、私がお迎えにあがります。」
下野「あ、大丈夫です。一人で行けますんで、住所だけメールで送ってください。」
日笠「ご遠慮なさらなくてもいいのですよ?駅からは少々距離があり判りにくいのです。」
下野「スマフォにナビらせるので迷うことはありません。」
日笠「そうですか。私には心当たりが無いのですが、何か便利な道具をお持ちなのですね。判りました。」
下野は現代用語が通じない日笠に”まだ若いのに、何から何まで古風な人だなぁ”と思い、スマフォとナビの説明をさせられなかったことに安心した。
きっと、根本的なところから判っておらず、理解してもらうにはかなりの労力を必要とするはずだ。
思い出せば携帯電話も古い機種を小奇麗に使っていた。
たいへんな思いで小さく複雑な機械の操作を覚え、やっとこさっとこ使っているに違いない。
近所のおばあちゃんたちにまじって、ドコモショップ携帯電話教室に通ったのかもしれない。
最近のAV機器のボタンが無数についたリモコンとか苦手そうだ。
そして何より彼女のお迎えをさりげなく断れてよかった。
苦手な日笠さんと二人きりなんて、ちょっとごめんだ。
日笠「お夕飯は下野様の分もご用意しておきますので、どうぞ召し上がっていってくださいまし。」
豊崎さんなら電話を切った後1秒フラットでメールが来るのだが、日笠さんの場合1時間ほどかかった。
日本語変換でテンキーと格闘している姿が目に浮かぶ。
メールの内容も素に住所だけ。
この入力だけで精一杯だったんだろうなぁ。
豊崎さんなら絵文字や顔文字を乱用し、女子力に満ち溢れたかしましい文章になるところだ。
下野「やっぱりあの人、おばぁちゃん?」
そして夕方、約束の時間に下野はやってきた。
客間に通されると夕飯の準備ができていた。
そして、ただならぬオーラを放つ小山という姿がドンと目に飛び込んでくる。
下野を待たずにすでに食べ始めている。
下野「その節はお世話になりました。」
小山「おう、来たか。まぁ食え。」
膳に並ぶおかずを見て”あ、とっても予想通りに純和風なんだー”と思った。
煮物も酢和えも、おばあちゃんが得意そうな料理ばかりだ。
年齢的には自分より2~3年上なだけだと思うが、頭の中はずっぽり昭和に漬かってるわ。
いや、ひょっとすると大正浪漫って感じなのかもしれない。
いやいや、実は実は、明治維新状態なのかもしれない。
自分の考えはそれほど間違っていないように思える。
癖の無い長い髪は烏の濡れ羽色でさらっと肩に落ちている。
切れ長の目をした純和風の顔立ち、和服の着こなし、おばぁちゃんすぎる料理…いや、ここまであげればもう理由として十分だろう。
ちょっとだけ彼女のことが理解できた気がした。
だが、それにつけても、、
下野「食べにくい、」
日笠「はい?」
下野「いや!なんでもないです!あ!この里芋おいしいなーっっ!!」
苦手な日笠さんにめっちゃ見られていて、ものっそい食べにくいです。
かるーく別なほうを見ていてくれると嬉しいです。
きっと、ノリはおばあちゃんなんですよね?
それは判ります、判りますよー。
若いコがおいしそうに食べてくれると嬉しくって、”おかわり”なんて言ってくれるのを待っているんですよね。
僕もですね、おばあちゃんに愛でる様な視線を向けられるなら、何の問題も無いのです。
しかし、申し訳ないのですが、僕はあなたが苦手なのですわ。
やたらと良い匂いのする和服美人に見つめられているって言うだけでも別な意味でやばいのに、僕にとって謎の女性であるあなたに見られるのはとても緊張するのですよ。
下野は緊張で食べ物を飲み込むときに不自然に大きな音をゴクリと立てながらも、なんとか完食した。
下野「ご馳走様でした。」
食事と言うよりはむしろ大仕事を成し遂げた気分だ。
日笠「お粗末さまでした。お口に合いましたか?」
下野「ええ、こんなに美味しいもの、はじめて食べました。」
つくり笑顔オッケェー。
正直、蛇に睨まれた蛙状態で味なんて覚えていませんが、おいしかったに違いない。
物語的には完璧美人で実は料理が×××って展開もありますが、ここはおばあちゃんの作る料理に不味いもの無し理論を適用すべきだろう。
何を作っても和風料理になるってオチも何かで見たなー、それかなー。
湯飲みを持ち上げお茶を飲んでいると、日笠が下野の真隣に座ったので驚いて茶を噴出した。
座った位置からさらにじりじりと間を這い寄り詰めてくるので、恐怖にニャルってSAN値が下がってゆく。
彼女は一振りの日本刀を彼の前に置いた。
小山が箸を上向きに握り、腕を下野のほうへ突き出した。
小山「切れ。」
刀を見るとその鞘は今までに見たことが無いほど幅があり分厚い。
それがはったりではなく、鞘相応のとんでもない刀身が存在することはすぐにわかった。
なぜなら自分が呼ばれたからだ。
この刀は、自分でないと振るうことが叶わないほどクソ重いのだ。
つくづく小山先生はわかりやすいなと思った。
やることが全て直球だ。
今まで小山力也は気難しい、判り難いという評判ばかり聞いてきたが、自分にとってはそうではない。
彼のやることはどれも、彼を意味する全てなのだ。
下野はその刀を手にし、刀身を引き抜きざま小山の手にある箸を切り、また鞘に刃を戻した。
意識はしていなかったが、居合のような抜刀術になった。
全ての動作を終えた後、下野は今一度鍔を親指で押し上げ、鯉口からのぞき出た刃を見た。
大柄なのに間延びせず引き締まった緊張感を保ち、なおかつサイズを生かした雄大な姿だ。
それもそのはず、刃金だけで3種類の鉄を合わせている。
人間国宝の持ちうる技術全てを叩き込んだ一振りなのだ。
小山「どうだ?」
下野は刃から目を離せない。
下野「命を預けられる刀だと思いました。」
小山「そうか。」
下野「はい。自分は今までに何本かの真剣を手にする機会がありました。しかし、そのどれもが華奢で不安を感じるものばかりでした。しかし、この刀は違います。切れないものは無いようにさえ感じます。」
この評価への満足感で、小山は口を力の限り結び上げくーっと唸り、あぐらをかいた自らのひざをばしんと叩いた。
そして豪快に笑った。
この笑いは1分以上止まることは無かった。
小山「運命よの。俺とお前がこの時代に居合わせたのはまことに運命よのう。」
下野「そうでしょうか?」
日笠は小山のための酒を用意するために台所に戻っていった。
彼女の美しい顔には、彼らの運命を祝う死神の笑顔が浮かんでいた。
小山「俺はな…もうお前のための刀以外はうたぬ。その刀は貴様のものだ、もって帰れ。」

日笠は9年後、33歳の若さでこの世を去った。
それは突然の不幸で、何の前触れもなくある朝突然、彼女は起きることをやめた。
死因は不明。
魂の抜けた後は傷一つなく、苦しんだ形跡もなく、相変わらずの美しさであった。
死神はその時間での役目を終え、他の時間へと旅立ったのかもしれない。

紅点 第10話:招かれざる男

2012-05-02 19:55:46 | 小説
紅点(BENI TEN)


第10話:招かれざる男

話をまた、現代付近まで戻してみます。
場所は下野のマンションでございます。
下野が愛生にプロポーズしたその日、と、いうか直後というか、部屋を出て行った愛生と入れ替わりに神谷が部屋にいた。
そう、まさに”居た”という表現が正しい。
今日、彼と会う約束はないし、ましてやよんだ覚えもない。
そして、彼のために玄関の鍵を空けてやった記憶もない。
それどころか、エントランスの開錠すら心当たりがない。
しかし、しかしだ、神谷浩史は下野紘の部屋におり、彼の目の前に立っていたのだ。
下野「えーと、神谷先輩。これから僕はいくつか質問をしますよ。理由は判ってますね?」
神谷は嬉々として表情明るく、下野の両肩を両手でばしばしと挟み込むようにはたく。
下野「神谷先輩、聞いてます?ご、誤魔化そうったってダメですよ。質問しますよ?」
神谷はうれしそうに下野の頭をごっしゅごっしゅと撫で回している。
下野は撫でられるたびに怒りを一段階ずつ増加させてゆく。
下野「先輩っっ!?」
と、弟分が切れ掛かったところで、やっと神谷は口を開いた。
神谷「いっや、お前ほんっとよくやった。見事なプロポーズ、男らしかったぜ!俺さ、二人がなかなかくっつかないからやきもきしてたんだよね。」
プロポーズの言葉を口にしたときの緊張感がよみがえり、顔を赤らめる下野。
神谷「はっ、はっ、はっ!照れるな、照れるな。」
しかし、神谷の言葉の内にある真実に気づき、はっとする。
そして、関西のネイティブ漫才師のごとき精密な動作で突っ込みを入れた。
下野「なんで先輩がそれを知っているんですかっ!」
神谷は急にまじめな表情になり、握手を求めてきた。
神谷「これからはお前も俺の弟か、よろしく頼むぜ。」
下野は差し出された手をぺしっとはたき返した。
下野「いつから先輩と愛生が血の繋がった兄弟になったんですか?そして、そろそろ人の話聞きましょうよ。どこまで唯我独尊なんですか!」
この質問に首をかしげる神谷。
神谷「いやぁ?俺とあーちゃんは少なからず兄妹に間違えられてきたしなぁ…。四六時中一緒にいるうちに、遺伝子が兄弟のそれレベルに同じになってしまったんじゃないかなぁ。夫婦は似てくるって言うじゃん?きっとそれ系だよ。」
下野「…そりゃあ、”あーちゃん”、”お兄ちゃん”なんて呼び合ってれば、少々二人が似ていなくっても…」
しかし、そうでないと先輩が考えるということは、あなたは生後DNA配列がダイナミックに変化したってことですか?
そいつぁーいったい何の超生命体ですか。
荒木飛呂彦の読みすぎですか?寄生虫も石仮面も現実には存在しないんですよっ。
下野「科学的に根拠のない結論を導出すると、日本警察の科学捜査に対する信頼が大きく損なわれますよ?警視庁の神谷主任?」
神谷は腕を組みガハガハと豪快に笑っている。
”これは一本とられた”とか、そんな感じなのですか?あーそーですか、了解です…ぶわぁーか。
下野「それより何で、今さっき僕がプロポーズしたことを知っているんですか?質問に答えてください。」
神谷は隣の部屋を指差した。
神谷「フツーに玄関から入って、その部屋に隠れて聞いていた。気づかなかったろ?」
下野はびっくりするやら呆れるやらで間抜けな顔をさらしつつも、うんうんと頷いた。
いや、本当に気付かなかった…先輩は僕と愛生の目の前を気付かれずに歩いていったってことだ。
神谷「ま、俺的にはぁそこらへん専門分野だしぃ、甘酸っぱぁい空気の中ぁー、お互いの顔しか目に入っていないお前らの目を盗んで室内を移動するなんてぇーかんったんなことだけどなーっ。」
聞いて頭痛がしてくる言葉なんて、フィクションの中にしか存在しない非実在文字列だと思ってたけど、それは違った。
僕の傍らに当たり前に存在するものなんだと、文字通り痛感した。
さらに、語尾を延ばした口調は自分を舐め腐っていることを唯一その意味においてだけ示しており、たいへん癇に障る。
下野「国民が不安がるから、それはここだけの話にしておいてくれますか?そして、今後そういう個人のプライバシーを土足で踏みにじる行為は行わないでください。」
しかし、神谷は呆れ顔でこう言った。
神谷「バーカ、それじゃあ俺らがいる意味ないじゃん。知られると困るから秘密にしてるんだろ?んなもん暴き出してナンボだっつーの。」
下野は思わずぐぅとうなってうつむいた。
この人、警視庁に入って、なにやら変な色に染まっちまったようだ。
考え方がねじくれ曲がっている。
下野「自分のプライバシーが公衆にさらされたときのことを考えてください。先輩だって嫌でしょう?」
神谷「ああ、嫌だね。だが、俺のプライバシーが暴かれることは決してない。俺がこの手で守りきるからな。まぁ簡単に言やぁ、隠しておきたいことがあるなら国家権力に目をつけられるようなことはするなってことだ。そして、もっと具体的に言うなら、俺を敵に回すなってこった。」
先輩にがっかりした。
もう、なんかいいや、たぶんこの人の汚染された脳にこれ以上の何を言っても、二人の話は平行線…むだだ…次の質問に行こう。
なぜなら曲がった鉄の棒は、二度と元の状態に戻れない。
一度溶かして鉄の棒を新たに作り直すしかない。
馬鹿は死ななきゃ治らないなんて言い、死ぬとは何とも絶望的な響きだが、僕はそれほどネガティブにはとらえていない。
つまり、死して生き返ればよいのである、鉄の棒を再生するようにだ。
この一連の手続きをフェニックスのそれに例えてもいい。
まほろさんだって、ちゃんと生き返ったじゃないですか。
だから神谷先輩、、ここは思い切って死んじゃってくれると、僕うれしいな。
そして二度と僕の前に現れないよう、キョウトメクラヨコエビあたりの遭遇が極めて困難な希少生物に生まれ変わってくれるとありがたいです。
まぁ、このあたりは神様にお願いする感じになるかもですけどね。
下野「では、次の質問です。このマンションは玄関だけでなくエントランスも施錠されており、管理人が常駐しております。どうやってこの部屋に入ったんですか?」
神谷はやれやれと肩をすくめて首を振っている。
そんなことも判らないのかい?という感じにだ。
えぇ、判らないですとも。
なによりも警視庁の人間が平然と住居侵入罪を犯していることがね。
3年以下の懲役または50万円以下の罰金ですよね?
神谷「えーとねー。管理人さんに偽の令状見せてマスターキー借りたんだよ。簡単だろ?」
あれ?
今日は本庁のキャリアさんの口から”偽の令状”なんて言葉を聞くことが出来ました。
神谷「ったく、パンピーは本物見たことがないからだますの簡単だったぜ。へっ、へっ。」
ひじょうに残念です。
高校生時代、剣道の達人であり、成績も優秀、そして優れたリーダーシップも併せ持つあなたを、僕は尊敬すらしていました。
剣道部主将にして女生徒の憧れの的であった神谷浩史、あれは若き日の幻だったのでしょうか?
少なくとも今の一言は、今目の前に居る神谷浩史とは同姓同名の別人だと判断する材料として、悲しいかな十分なのです。
下野「とりあえず住居侵入罪で正式に訴えさせていただきます。小市民を代表してのささやかな抵抗とお考えください。」
神谷は余裕しゃくしゃく、人を小馬鹿にしてケラケラと笑っている。
神谷「いーよー。証拠いっさいないしなー。」
下野「は?偽の捜査令状があるでしょう?」
神谷は懐から100円ライターを取り出した。
神谷「んなもん誰にも渡すかよ。見せただけでソッコーで燃やしたっつーの。灰は風に舞ってどっかに飛んでいったぜ。エントランスにカメラは1台だろ?ちゃんと死角に管理人を呼び出して見せたからな、何も写ってない。まぁ、ためしに訴えてみなよ。管理人が好意的に鍵を貸してくれたか、ひょっとすると俺がこの部屋に居たって事実すら無くなって、お前の捏造でしたってことになるかもなーって、俺がそういう話に持っていくのに、他人事みたいな言い方はないかww。」
最低だよアンタ。
何の迷いもなく、そう断言できますよ。
職権乱用ですらない、単なる犯罪じゃねーか。
神谷「まぁ、良きにつけ悪きにつけ自己責任って感じ?自分でケツ拭けなきゃソッコーで切ってくるし。」
さらっと”良き”とか付け加えないで欲しい。
下野「えーとー。まだ質問は続きます。」
神谷「ん?そうか、しょうがないな。まぁ、お兄ちゃんが何でも聞いてやろうじゃないか。」
あなたと愛生が後天的な血縁関係にあるって設定、まだ生きているんですか。
もうそこは突っ込みませんよ、放りっぱなしにしますんでどうぞ勝手にして下さい。
下野「本日は平日です。」
神谷「そうだな。」
下野「愛生は本日オフです。」
神谷「うん、知ってる。」
下野「僕はプロポーズするために、愛生のオフに合わせて休暇を取りました。」
神谷「うん、うん。だと思ったよー。んで案の定だったし、来て正解だったわー。」
下野「はい、ここで質問です。神谷先輩も今日、お休みなんですか?」
神谷「いや、バリバリ就業中だよー。」
下野「ふざけんなーーーーーーっっ!!!!」
久々に大声出してぶちきれた、、自分でびっくりした。
神谷は、まぁ落ち付けと手のひらを下に向けて抑えるようなジェスチャーをした。
神谷「心配すんな。実績だけ上げてりゃ、サボりなんてばれねーって。」
下野「先輩の心配は一切していません。国民の代表として怒りを表させていただきました。あなたみたいなのがいるから”税金泥棒”なんて言葉が、長い間延々と死語にもならずに言われ続けるんですよ。」
神谷は小指で耳アカをほじって、吹き飛ばしている。
神谷「そうかぁ?俺、実績すげー優秀だから、給料倍出したっておつりが来るくらいお買い得な人材だと思うぜー。」
かもしれませんね…あなたは優秀な人間だ、そう…能力はね。
ああ、神は何でこんなクソッタレに有り余る才能を授けられたのでしょう、ありきたりな感想ですが全く悪魔の仕業としか思えません。
下野「お言葉ですが、上司の方々はちゃんと見てますよ。性根が悪いと社会的に排除されてしまいます。どうか行いを改められますように。」
神谷は自分自身を指差した。
神谷「そいつぁー無いな。俺、上の連中に”お前は最低でも本部長になってくれないとこまる”って言われてるしー。」
下野「警視庁は!!その根本から!!徹底的な改革が必要だぁあああああっっっ!!!!」
い、いかん、また、力の限り叫んでしまった。
ご近所迷惑でもあるし、きちんと自分を律し慎まなければならない。
耐えがたきを耐えるのだ。
神谷「でも、お前がばっちり決めてくれてよかったよ。これでも俺は一時期、やくざを使ってお前たちがくっつかざるを得ないような、劇画チックな非日常を演出せざるを得ないのかなとまで悩んでたんだぜ?ホラ、映画でもタイタニックとかさ、極限状態で二人が結ばれるじゃん?あれ、あれ。」
ん?あなたの脚本、荒唐無稽であるという以前に登場人物がおかしくありませんか?
下野「神谷先輩、やくーざにお知り合いでも居るんですかー?」
なぜか、エセ外人口調で聞いてしまった。
神谷「あーいるいる。当たり前じゃん。」
当たり前なのかよっ!
逮捕したり、マークしたり、業務上知っている名前が何人かいる程度の答えを予想していました。
打ち損ねの打球をワンバウンド後逸したショートの気分です。
下野「思い当たるすべての新聞社に、神谷主任と暴力団の癒着を暴露させていただきます。」
あ、また神谷先輩は鼻で笑っている。
今日、この短い時間で何回目だろうか?このように軽く見下されたのは。
神谷「別にー、きょーびヤー公なんて大人しいもんだけどなー。モンスターペアレントの方がよっぽどタチわりぃぜ。もちろんヤー公が馬鹿やったら即刻ひっ捕らえるけどさー。ま、たまに顔見せに行ってびびらしてるって感じ?もしくは昼飯たかりに行っていると思ってくれても可だな。」
下野「…」
言葉が出ないよ。
神谷「ヤクザなんかより、もっと悪い奴いっぱい居るから安心しろ。」
下野「そうですね、例えば神谷先輩ですね。日本は大丈夫なんですか?もっと悪い奴、つまり神谷先輩みたいなのがいっぱい居るんですよね?」
神谷「さーな。だが、俺は警視庁、お前は陸自でエリート街道まっしぐら。俺たち二人が居れば神谷家の栄華は揺ぎ無いぜ。俺も早めに結婚したいところだが、今一人に絞ると暴動がおきるからな。カッ!カッ!カッ!」
何かにつけて後天的血縁説を押してくるなー、ぐいぐいと。
下野「では、最後の質問です。先輩は来た時と同じく、こっそり帰ることができたはずです。でも今、僕の目の前に居ます、さて何の御用でしょうか?」
神谷「いや?別に。」
下野「はい?」
神谷「あーちゃん帰ったし、用ないじゃん?お前が言ったように俺も帰ろうと思ったんだわ。だが、しくってお前に見つかった。」
死んじまえええええええぇぇぇっっっ!!!!!!!!
アンタ本当に馬鹿だろう!?即刻くたばってしまえ!!
神谷「あ!じゃあ、こうしよう。」
なにやら突然思いついたようで、この男は両腕を上に上げ始めた。
そして、腰を落として柔道のような構えになった。
神谷「俺の大事な妹を簡単に嫁に出すわけには行かない。あーちゃんが欲しくば、俺を倒して奪い取れっ!」
え?えー…
一体全体、何が始まったんですか?
馬鹿ですか?
馬鹿が始まったんですか?
もう、いいので帰っていただけますか?もう僕のおなかはいっぱいです。
神谷「さぁ!来い!!お前の実力を見せてみろっ!」
続ける気満々ですか、あくまでも続投姿勢ですか。
これ、付き合ってあげないといけんのでしょうか?
お互い、いい大人ですよね?
節度って言葉を今思い出して欲しいです。
確かに、今ここに居るのは、僕とあなただけです。
でも、第三者的な視点で冷静に自分をぅ見つめてください。
そしてぇ、恥じ入ってくださいぃ。
やばい、脳内の台詞回しがイントネーション的なところが、少しずつ金八先生になってゆく。
神谷「なんでもいい!かかって来い!」
しょうがないので、下野はテーブルに肘を着いた。
神谷「なんだそれは?」
下野「腕相撲ですよ。これで勝負しましょう。」
神谷の額の血管が怒りで急激に膨張した。
神谷「スタイリッシュ成敗!!」
下野「ゴフッ!!」
いや!強烈で痛いけど、なんてこと無い脳天チョップじゃねーか!!
スタイリッシュとかどっから持ってきて、今のチョップのどこに当てはめたんだよ!!
神谷「この卑怯者がーっっ!!腕相撲なんて怪力無双のお前が勝つに決まってるだろうが!そんな卑劣漢にあーちゃんはやれぬわっ!」
お前が”何でもいい”ったんじゃろがああああっっ!!!!
雄たけびが嵐のごとく脳内を吹き荒れ、怒りで心臓が張り裂けそうだよ!
口に出して叫ぶのを強引に我慢した分、余計につらい。
おまい無茶苦茶だろう!?現時点で馬鹿からさらに昇格したろう?
馬鹿を越えた新カテゴリーを生み出しましたよね?
それになんて名づけたらいいんですか?

時を五十数年進み、下野最後の戦いの続き。
2055式装輪装甲車の中。
下野「結局、あの日は一日中神谷さんにつき合わされたなぁ。」
そして神谷は後に警察庁長官になり、下野政権の重要な一翼を担うのである。
杉田「どうしたんです?」
下野「いや、年を取るとなーんかな。ふっと、昔の記憶が目の前にどっかりあぐらをかいて現れやがるのよ。」
杉田は”判ります”と言葉を残して去っていった。
杉田「二人が着地したら前進するぞ。105mm砲にキャニスター弾を装填しておけ。どうせここでしか使わんだろうから、全部撃っちまっていいぞ。」
その二人、ゆかなと間島は時速50km以上で岩山の上に着地した。
下野が軟式甲冑を開発したとき、脚部に取り付けたのは単なるダンパーであった。
それが進化する過程でパラレルマニピュレーターに置き換えられ、位置固定など様々な用途で活用される。
この速度で着地する理由は、破壊力の大きな火器による攻撃を避けるためだ。
人によっては時速50kmでは遅いと感じるかもしれない。
それではためしに、自分の顔の前で上から下に向かって軽く自分の手を振り下ろしてみよう。
うまく目で追えただろうか?
また電車に乗ったなら、ホーム側ではなく壁側のドアーに行き、駅名票を読んでみよう。
駅名はかなり大きな文字で書かれているにもかかわらず、電車が止まる寸前まで読むことは困難なはずだ。
紅点は敵のど真ん中に降下する。
減速のためのジェットエンジンの音に気付いたときは、もう手遅れなのだ。
着地したゆかなと間島がゲリラ兵に7.62×51mm NATO弾をばら撒いてゆく。
ジャングルスタイルにした3連マガジンがフルオートで押し切る気満々。
肉片が飛び散り、次々と人が倒れてゆく。
間島「ぐ…」
唇をかみ締める。
間島の動きが悪くなったことに気付いたゆかなが無線でフォローを入れた。
ゆかな「奴らが選んだ結末だ。こんな奴らが二度と現れないよ…」
間島は突然会話が途切れたので不思議に思い、ゆかなの方へと振り返った。
彼女は地面に横倒しになっていた。
な、何が起こったのだ!?ひょっとして…し、死んだのか?やられたのか!?
間島「ゆ、ゆかなっ!大丈夫か!?応答しろぉっ!!」
カッコーン!
間島のヘルメットに、何かが一発当たった。
結構な衝撃だ。
”何か”が飛んできた方向を見れば2055式装輪装甲車がボンボンと主砲をぶっぱなしている。
改めて前を見るとゲリラ兵がじゃんじゃん倒れてゆく。
間島「ああ、そう言えばこんな戦術も教わったわ。軟式甲冑に対人兵器は通じないから味方ごと撃っちまえって。実際はこんな風になるんだ…あはははは、、」
びゅんと飛び起きるゆかな。
ゆかな「ちょっとバカおやじっ!どこ狙ってけつかるのよっ!5、6発当たったっぽいとか、流石にぶっ倒されたっつーのっ!!」
ヤバイ、ゆかなさん完璧にぶち切れている、唇震わせながら怒っていらっしゃるよ。
今度は間島がゆかなにフォローの無線を入れる番となった。
間島「まぁ、まぁ、”歴史上唯一満点を取った”ゆかなさん。これも紅点の作戦だって、もちろん心得ていらっしゃいますよね?」
”唯一満点”とのおだてにまんまと乗せられ、でれっと沸点超えた頭の温度を下げる。
ゆかな「も、もちろんよ。ホラ、敵が退却を始めたわよ、ここはいいからアンタはさっさとジャンプして敵の向…」
バチン!
また、数発ゆかなに命中し、彼女は地面にすっころばされた。
東レゼロFは高速で衝突する物体を表面で滑らせる性質を持つが、物体が前進する威力を完全に減衰するものではない。
今度はゆらりと無言で立ち上がるゆかな。
怒りの青白い炎を全身にまとっている。
これはタイミングが悪かった、間島は”もうだめだ、俺の手には負えない”と諦め、ジェットエンジンで逃げるようにジャンプし、敗走する敵の向こう側に回り込んだ。
そしてゆかなは装甲車に向かって40mm自動てき弾銃を構えて、引き金を引いた。
榴弾は105mm砲に命中し、その機能を停止させることに成功した。
杉田「こんのバカ娘がっ!!味方を撃つ奴があるかっ!!」
ゆかな「こっちのせりふじゃあああぁっっ!!アタシの邪っ魔すんじゃねーわよっ!!」
手にしていた火器をバックパックに戻し、敵兵の亡骸からアサルトライフルを2丁奪い取る。
ゆかな「オラ!オラ!オラーっ!!てめぇらなんざこの密造コピー品でダサく死にやがれ!あーぁ、ぼろくそい銃使ってんなーっ!ちょっせーっ!可愛そうだから一思いに殺してやらあ!ありがたいか!踊れ!踊れえぇぇっっ!!」
装甲車で指揮を取る杉田に間島から無線が来た。
間島「大臣。大臣の娘さんが怖いです。まるでアークデーモンです。」
以降ゆかなは”アークデーモン”と呼ばれるようになった。

紅点 第9話:急降下

2012-04-25 21:14:20 | 小説
紅点(BENI TEN)


第9話:急降下

話を下野元総理大臣最後の戦いに戻そう。
戦いの舞台は今から数十年後となる。
リビアに到着した陸上自衛隊の9人は、軟式甲冑を装備した後、2台の2055式装輪装甲車に分かれて乗り込んだ。
一方の装甲車には105mm砲が、もう一方には2061式短距離誘導弾が装備されている。
この新しい装甲車はディーゼルエンジンと電気モーターによるハイブリッドエンジンで、吸気口と排気口を塞ぎ電気モーターだけで運転する場合、水中を最低1時間移動できる。
ディーゼルエンジンと謳われているが、スパークアシストであり、いざとなればサラダ油、エタノール、メタノールなどで走行が可能だ。
新しい複合装甲はとても軽いが、徹甲弾やフレシェット弾でも貫通されにくい。
特にアモルファス層が粘り、例え着弾の衝撃で変形し構造的に弱くなったとしても、破れたり穴があいたりはしにくいのだ。
万が一砲弾が貫通した場合でも、内側のハニカム層が跳弾を妨げ、被害を最小限に抑える。
複合装甲には磁石は吸着せず、なおかつ電波を反射しにくい塗装がされている。
タイヤはパンクしにくいのはもちろん、完全に空気が抜けたり一部が破損した状態でも舗装路を時速40km以上で走行可能だ。
この時代のタイヤは路外の走破性も履帯と肩を並べる性能を有し、あらゆる面で装軌装甲車より有利である。
以上の特徴から、この装甲車は”極限環境下で最後まで動いているのは2055式だ”と、専門家に評された。
ミッションユニットは105mm砲と2061式短距離誘導弾の他、2059式中距離地対空誘導弾、2055式中距離多目的誘導弾を装備できる。
通信設備は周波数可変の無線ネットワークアクセスポイントを有し、15kmおきに2055式装輪装甲車を配置することで、作戦地域にある全兵士の双方向通信を確立できる。
これらにより、陸上自衛隊は多くの特殊車両を2055式装輪装甲車に集約することが可能となった。
この意味は大きく、物的費用が削減されるばかりではなく、運用のための技術も一本化されノウハウ管理の知的コストも下がった。
隊員達が軟式甲冑用の予備のジェットエンジン、ジェットエンジン用の交換燃料カートリッジ、ドリンクカートリッジ、火器を満載したバックパックの換えを装甲車に積み込んでゆく。
そして、手足を拘束した下野狙撃未遂の実行犯も連供する。
自衛隊兵装の名称は2050年以降、それまでの2桁ではなく4桁の数字が用いられるようになった。
リビア国内はリビア軍の誘導で進み、国境を越えてからはスーダン正規軍の誘導で進んだ。
下野は右手のグローブをはずし、iPhoneで遊んでいる。
この時代のマンマシンインターフェイスは”指先の延長”という技術が主流である。
端末の側面などに配置された小さなセンサーに指を置き、動きを念じると微弱な電気を感知し、ポインタの移動やアイテムの選択、拡大縮小を行ってくれる。
ログインも生態電気パターンの組み合わせで行う。
これは非常に強度が高い反面、パターンを失念した場合の復旧措置が極めて困難であり、多くの場合再セットアップするしかない。
ソフトやコンテンツは1度買ってしまえば何度でもダウンロードできるので、時間さえあれば復旧は容易にできる。
このころは一人が何台もの端末を有しているので、住所録や個人で作った文書や画像、表計算のデータはプロバイダが提供するセキュアなストレージ上置くのが普通だ。
なにしろTVもパソコン化している時代である。
従って、重要な情報が消えてしまう心配無しに気軽に初期化が可能なのだ。
モニタは存在しない。
端末につけられた印を見ながら目との距離を調節すると、空中に画像が浮かんで見える。
網膜用プロジェクタである。
iPhoneの場合イヤホンも存在しない。
ソリントンによる非接触骨伝道方式でユーザーに音を伝える。
しかしこの技術は実用化されたばかりで、音質に神経質なユーザーは高価なイヤホンを愛して離さない。
以上の技術により、50年後のiPhoneはスティックのような形状をしている。
ソフトウェアは単独で動作するものではなく、表には出てこない。
ユーザーは高度にカスタマイズされたデータを取り扱う。
MMO RPGの世界の中に計算表や動画を置くことも可能だ。
ただし著作権は厳密に管理されており、自分がオーナーであるデータ内に他人がオーナーであるデータを許可なしには置けない。
つまり映画配給元が権利を有する動画を、MMO RPGの世界に勝手に置き、公開することはできない。
またこの時代になると、データの見方は一つではない。
”こんにちは世界”という文字データがあったとしよう。
現在では単なる7文字の文字列でしかない。
しかし、未来においては音として扱い再生できるし、”こんにちは世界”という結果を得うるプログラムソースにもコンバートできる。
また、OSの機能で抽象化すれば”こんにちは世界に”類似したさまざまなデータを誘導可能だし、プロパティーを検索すれば関連情報を得ることができる。
プロパティーで文字列の言語を変換した後、音声データとして再生すれば簡単に自分の意思を外国人に伝えられ、相手の話した音声データをプロパティーの変更で言語を変換し、文字列データとして読めば外国人の意思を理解することができる。
しかし、機械翻訳が優秀なその時代であっても、特に重要な場面では人間による同時通訳が珍重されている。
フォルダなどと言う概念は無く、ただデータが存在する。
グループと言うデータを使えばフォルダのようなふるまいをさせることが出来るが、どのデータも複数のグループに同時に存在することが可能である点で絶対的に異なる。
空のデータを作る場合は今日のように”新規Exelワークシート”や”新規Word文書”を作る必要はない。
voidという空を意味するデータを任意の名前で作ればよい。
それがどのようなデータなのかは後で決めてやればよい。
従って、拡張子は存在せず意味が無い。
また、データが何処に保存されているのかユーザーは物理的な位置として知っているが、論理的には今日のPATHの様な明確な保存場所はOSからは示されず知らないままでいる。
しかしユーザーは様々な方法で必要なデータを見出すことが出来る。
それはキーワードでの検索であったり、最近使用したデータとしてであったり、予定表などからのプッシュ通知であったりする。
メールデータもプッシュ通知されるデータの一つだ。
そもそもユーザーがデータを見つける必要が無い場合も多々ある。
例えば朝出勤してパソコンに”社員番号xxxx出勤”もしくは”xxxx出勤”などと入力したとしよう。
OSは勤怠管理プログラムにこの情報とパソコンへのログイン情報を付加して、メッセージ送信する。
受け取ったサービスは出勤時刻を打刻し、その結果をユーザーが見ている画面に表示する。
また単に、各ユーザーが”xxxxのお盆休みは8月○○~△△日”というデータを作ってしまってもよい。
そのデータが出来たときはどのプログラムにも渡されないが、後日マネージャーが”部内のお盆休み予定”というデータを作った時それらは適切なプログラムにより回収される。
全てのデータは履歴で管理されている。
無論、自分がオーナーである、または自分に回覧権、更新権のあるデータの一覧を得ることもできる。
しかし、自らがオーナーでは無いデータは、オーナーの許可が無い限り決してコピーを作ることが出来ない。
多くの場合、ユーザーは他のユーザーをホワイトリストやブラックリストで管理している。
そしてそれを自分の所有する全ての端末に適応している。
さて、装甲車が停止した。
杉田から降車の号令があったので、下野はiPhoneをしまった。
目標に近い前線基地に到着したのだ。
正規軍の案内はここまで。
この先約50kmは自衛隊のみで進攻する。
先ずはスーダン陸軍との打ち合わせがある。
全員、装甲車から降りた。
長い間座っていて血流が滞っていたのか、ゆかなが歩きながら伸びをする。
ゆかな「んっん~っ。ほっんと、よく禿げあがった青空よね~。」
全員力が抜けて、わらわら、ずだずだと倒れた。
下野「ゆかなちゃん。判ってるとは思うけど、”晴れあがった”…ね?」
皆が気を取り直して立ち上がったときに、先に歩いていたゆかながくるりと皆の方を向いた。
腕をぐんぐんと天に突きあげている。
ゆかな「今日は絶好の戦闘日和だ!ガンガン死のうぜっっ!!」
全員力が抜けて、わらわら、ずだずだと倒れた。
下野「ゆかなちゃん。判ってるとは思うけど、”ガンガン行こうぜ”…ね?」
そんな感じで、紅点の9人は前線基地に入場した。
陸軍少将と通訳の男が迎えた。
9人、その人数の少なさに驚きと不安を隠せない、スーダン陸軍少将。
たった2台の装甲車とは…スーダン陸軍から”スーダン空軍に援護を要請しよう”と言う提案が出た。
しかし首を振り、これを断る杉田。
杉田はスーダン側が用意した通訳にこう言った。
杉田「正規軍の撤退だけやってくれればいい。我々は正規軍かゲリラ兵か区別せずに、皆、殺す。死にたくなければ我々の行く道にいるな。」
かなり直接的な表現だ。
同時通訳者はやや遠まわしに、言葉がとがらないようにスーダンの少将に伝えた。
だがやはり不安げな顔に変わりが無い陸軍少将。
それもそのはず、正規軍が膨大な戦力を投じて何年もてこずっている相手に、たった9人で、しかも聞いてみればびっくり、さしたる作戦もなしに戦いを挑もうというのだ。
そんなことができるのは、多くの人が理解する限り核兵器だけなのだ。
紅点の武勇伝は聞いているが、実際に実物を見るとそれらがおとぎ話であったようにすら感じる。
疑う気は無いのだが、経験豊富であるが故、直感的に不安を感じてしまう。
杉田「そんなに心配ですか?では、一つだけお願いしよう。」
少将の顔がぱっと杉田のほうを向く。
何か手伝わせてくれたほうがありがたい。
言ってくれれば戦闘機を護衛につけるし、自衛隊に先立って絨毯爆撃もやる、世界の恐怖紅点が来てくれているのだ、この機会に総力戦を仕掛けてもいい。
紅点に対人兵器は通じない、それは自分が疑っても翻らない事実だ。
どんな手を使っても彼らを無傷で敵の拠点に連れてゆけば、必ず敵を一掃してくれる。
少将は杉田の一言に期待していた。
協力して、手強いゲリラ兵の拠点を確実にたたきつぶしたい。
杉田「牛丼を9人前お願いしたい。」
通訳がスーダン軍少将の言葉を訳した。
”ビーフボウルを何に使うのです?”
杉田はガラの悪い表情でにやけている。
杉田「私たちが食うのですよ。帰ってきたら丁度晩飯時です。いやーっ!そんな心配をしてくれるなんてさすがですな。我々は戦うことしか考えていなかった。」
全く、しらじらしい…だれがいつ晩飯の話をしたのだ?
悪ふざけにもほどがある。
通訳はこれをどう伝えたものかと悩んでいる。
スーダン側をコケにした発言だからだ。
下野は”やれやれ、杉田は変わらんな”とため息。
少将は通訳をじっと待っている。
通訳はなるべく言葉をやわらかくして伝えたが、それでも少将は舌打ちし”勝手にしろ”と怒りをあらわにした。
当然である。
ほとほと困り果てた通訳は少将の悪態を”御武運をお祈りします”と言い換えた。
杉田は自分が相手にどう思われようが、敵を何人作ろうがまったく意に介さない。
目的を達成するために最も早い手段をとる。
それが相手を怒らせることなら、迷わずそうする。
まもなく、スーダン正規軍の再配置が完了したという報告が来た。
自衛隊の進攻ルートにいるのは敵ゲリラ兵だけだ。
杉田「瀧澤!遊佐!吉野!」
3人の隊員が杉田の前に集まり敬礼。
杉田「お前たちは外だ。間島!3人の補給はお前がやれ。これより進攻を開始する。総員システムを起動せよ。」
全員が”kickstart”と唱え、NetBSDが起動し音声認証画面になる。
下野「たい焼き焼けた。」
杉田「ミジンコぴんぴん。」
ゆかな「ぴぴるまぴぴるま、ぷりりんぱ。」
間島「神よ我等を許すなかれ。」
げしっ!
突然、ゆかなが間島を殴り飛ばした。
間島「なっ!何すんだゃあっ!!」
びっくりして舌が回っていない。
ゆかな「でりゃっ!」
次は蹴り飛ばした。
間島「おまっ!!俺だって怒るぞっっ!!理由を言えっ!」
ゆかな「だーーっ!まーーっっ!!れーーーーっっ!!!!!!!!」
その甲高い爆音に全員がスピーカーのボリュームを下げた。
ゆかな「あんた!何かっこつけてんのよっ!!」
”かっこつけ”という評価にややテレ気味に逆切れする間島。
間島「俺はカッコなんてつけてねぇー!」
親指を逆さに立ててぎゅんぎゅんと下に振るゆかな。
ゆかな「つーけーてーまーしーたーぁ。”神よ我等を許すなかれ”?ハイ有罪ですね!?まっじ恥ずかしーわーっ!!」
みたび間島を殴り飛ばす。
杉田「馬鹿二人はほっとけ。出発するぞ。」
杉田が装甲車に乗り込むと、瀧澤、遊佐、吉野以外の全員が後に続き乗り込む、、二人を残して。
2人はまだ喧嘩している。
間島「いーだろ、何言ったって!!」
ゆかなは間島の胸ぐらを掴んでつるし上げる。
ゆかな「アンタほんと流れをつかめてない!空気読めてない!うちのオヤジなんて聞いた!?あのキャラで”ミジンコぴんぴん”よ!ぴんっぴんなのよっ!!…ってぅわーーっっい!!!!」
びっくりした。
気がつけば装甲車が二人をおいて走り出している。
ゆかな「ぎゃーっ!!馬鹿オヤジっ!!あにさらすんじゃ!まてーいっっ!!」
ゆかなと間島は左腕のジェットエンジンを点火して、装甲車に飛び乗った。
間島は補給係なので装甲車の上部ハッチを開け、誘導弾を背もたれ代わりに屋根に座る。
装甲車は荒野を時速90kmで進む。
外を任された3人はジェットエンジンで低く遠くジャンプしながら装甲車についてゆく。
車内。
ゆかなの顔を首を動かさずに目だけでちらりと見る下野。
ゆかな「なーに?」
ヘルメット越しだから気づかれないかと思ったら、さすがゆかなちゃん。
こういうとこ野生動物並みだなーっ。
下野「すまんな。たいした用事じゃないんだ。」
ゆかなはヘルメットをこつんこつんとあててくる。
ゆかな「オジサンちょっとぉ、ごまかしは無しに、し・て・く・だ・さ・い。はっきり言ってくださいよー。」
ほんっとにもう、杉田の馬鹿やろうが二人いるとしか思えない。
めんどくさい性格してるよなーっっ。
これは観念するしかなかった。
下野「いやぁね、ゆかなちゃんてっきり、外回りやりたがるんじゃないかと思ってさ。大人しくしてるのが不思議でさ。つい見ちゃったんだよ。ほんと、ごめんよー。」
下野の反対側に体を大きく傾け、また、くいーんと戻ってくる。
ゆかな「べっつにぃー。仕事でっすしぃー。」
ふ、不満げだ…下野は”あ、やっぱり外やりたかったんだ”と思った。
装甲車が進む両側には背の低い岩山があり、襲うにはうってつけのはずなのだが、不思議と敵の気配は無い。
レーダーも反応無しだ。
22km進んだ地点で、外の3人のジェット燃料が残り20%を切った。
一人ずつ順番に間島の元へ行き、換えのジェット燃料とドリンクのカートリッジを受け取る。
ジェット燃料のカートリッジは左腕の前側から引っこ抜き大地にポイ捨て、新しいものを装着する。
ドリンクはバックパックの上にカートリッジがあり、これを交換する。
ヘルメット内側に突き出しているチューブを口に含み、ごくりと飲む。
吉野「うっひょーっ!冷たくてうめぇー!」
まもなく前方に岩山が見えた、装甲車はそれを大きく迂回するように通る。
下野と杉田の視線が厳しくなる。
杉田「来るならここでしょうな。」
頷く下野。
下野「迂回で俺らの速度が下がる。それにここなら1箇所に陣取った状態で、何度も俺たちを攻撃できる。優位な上方からだ…探りいれるにはもってこいだな。」
杉田はうーんとうなっている。
杉田「本番の攻撃はこの次ですかね?」
下野はへっへと笑っている。
下野「”ですかね”ってよ、お前の専門だろう?」
ふと我に返ったような気持ちになる杉田。
つい昔、下野を頭に頂き戦場を駆け巡っていたころに気持ちが戻っていた。
そんな自分にたまらずフッフと笑う杉田。
いかんな、この人がいるとつい甘えて心が一兵卒に戻ってしまう。
杉田「総員よく効け!そろそろ攻撃が来るぞ。最初は丘の上から軽くジャブが飛んでくる。次に空から本気の右ストレートだ!」
誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
ついに殺し合いが始まる。
一瞬しびれたように皮膚の感覚が失われた。
全身に力が入り、それ以前より体を動かすのが疲れる。
いや、呼吸でさえ鉄アレイの上げ下ろしに似た運動に感じる。
ヘルメットに送られてくるレーダーの情報を頻繁に見る。
杉田「ゆかな!間島!」
装甲車の上でびくっと肩をすくめる間島。
よっしゃきたきたーっと立ち上がり、興奮して装甲車の天井を殴りつけるゆかな。
杉田「1km前方の岩山に敵がいるはずだ。ちょっと行って排除して来い。」
同時に装甲車は速度を下げ、徐行運転。
いよいよかと、青く美しい空を見上げ背徳的な気持ちに沈む間島。
ゆかなは嬉々として右腕にジェットエンジンを装着している。
ジェットエンジンをもう一つ持って装甲車の上に上がる。
その途中でオヤジから声がかかる。
杉田「ゆかな、アッテネーター。」
ふと脳波の受信レベルを見るとオーバーフローしてステータス異常になっている。
ゆかな「あ、やべっ。」
アッテネーターを調節し、興奮して強くなりすぎた脳波を減衰させた。
念のためアンテナマーク4本が点灯している状態まで下げた。
バリ5までの1本はさらに脳波が強まってしまったときのための保険だ。
天井ハッチから上半身を外に出す。
ゆかな「ほれ。」
渡されたジェットエンジンを右腕に装着する間島。
ゆかな「敵は目の前だ、時間は無い。」
間島はああとうなづく。
右腕のジェットエンジンに点火し、ほぼ垂直に上昇してゆく
地上4kmで上昇を停止、右腕のジェットエンジンを破棄した。
無線が入る。
杉田「全滅だ。いいな、一人も生かして返すな。」
ゆかなはひねりを入れた宙返りで空に踊る。
ゆかな「いまさら言うことかっつーのっっ!」
左腕のジェットエンジンで調節しながら目標に向けて急降下を開始する。
紅点はこの方法で、ほとんど音をたてずに敵陣に切り込むのだ。
間島は4kmという高さから地球を見回し、ため息をついた。
特に美しいと感じたわけではない。
今、目の中にいつもより多くの土地が一度に見えている。
こんなに世界は広いのに、自分は異常な一点にいなければいけない。
バックパックから2055式40mm自動てき弾銃と2049式7.62mm小銃を取り、手にした。
両方とも紅点用カスタムで、特に後者は極端に全長が短い。
0ノ74型以降の軟式甲冑は高分子ゲルシートが封入されており、通電により硬化し反動を抑え、より大きな銃弾を扱えるようになった。
12.7×99mm NATO弾も伏射に限らず、膝射もしくは立射が可能である。
銃は脳波による命令でグローブに固定され、手を広げても落ちることは無い。
また、軟式甲冑システムはバージョンが上がるたびに防御力と攻撃力が高くなり、結果、重くなっていった。
今や、ジェットエンジンなしに十分な速度で移動できない。
ヘルメットのモニタに高度が表示されている。
もうすぐ高度2000m。
ゆかな「500で榴弾発射、同時に減速を開始しする。いいな?」
しかし、間島からの答えが無い。
ゆかな「間島?」
何かおかしい?
近づいてゆき肩を揺さぶる。
間島「か・・ん、・・に・・」
声が小さくて聞き取れない。
ボリュームを上げる。
間島「母さんゴメン、僕は地獄に行くよ。」
何言っちゃってんだ!コイツ!!ぎょっとした。
ゆかな「間島しっかりしろ!!」
高度500m。
ゆかなは地上の敵兵を確認し、榴弾を2発放った。
ゆかな「間島!減速しろっ!!」
もし、間島が正気を失っていたなら、彼を抱きかかえ減速するつもりで、肩が触れ合う位置までさらに寄ってきた。
そのゆかなを突き飛ばす間島。
間島「神よ!俺を!この俺を絶対に許すなっっ!!」
榴弾を1発撃ち、左腕のジェットエンジンで減速を開始する。
敵が二人の姿を見つけたときには、すでに榴弾の爆発に多くのゲリラ兵が飲み込まれていた。
吹き飛ぶか弱き人影にたまらず涙をこぼしそうになる間島。
自分は今、人の身には余る力を行使している。