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二階堂校長の事件簿 エピソード6

2013-09-16 07:21:40 | Weblog
二階堂校長の事件簿 エピソード6
    「農具倉庫の秘密」  作  山脇一郎
 花散里中学校には管理棟の前に花壇がある。教頭が、「今日はPTAの人が植え替えをしますから、私も花壇のほうに行ってます」という。
私は「ああ、ご苦労さん」と声をかけた。2時間ほどで教頭はもどってきた。
「校長先生、あの農具倉庫ですが古くてくさいですね。木の床が、ある箇所だけ音の違うところがあるんですが、あれは何かあるんでしょうか」
 私は、さっそく農具倉庫を見に行った。昭和30年代に一度建て替えられたらしいが、実に古くて今にも崩れそうな小屋である。生徒もここだけは近寄らない。
 南京錠をあけてはいると猛烈にくさい。木の床の上に、シャベルやクワなどが所狭しと詰め込まれている。近くのシャベルをもって床をたたくと確かに一か所だけ鈍い音がする。薄暗い小屋で懐中電灯をつけて目を凝らすと、床の木に継ぎ目がみえる。
 私は、道具をいっん外にだして、もう一度見ると、50センチ四方の板がはめ込まれている。それをはずすと私はあっと声をあげた。床下は空洞になっていて、1メートル四方くらいの空間がある。
 懐中電灯でその中を照らすと本やノートが10冊ほどばらまかれていた。
 全部取り出して校長室で調べると、教科書とノートであった。かなり古いものと見えて、色がかわり半ば腐ったようになっているものもあった。書かれていた氏名を調べたところ、すべて昭和36年の2年生9組 天竜美香のものだということが判明した。
 私は沿革史の昭和36年のところを見たが特にかわった記述はない。ただ11月20日付で
「中門勇教諭 免職」とある。
その年の11月には花散里中学校創立60年を祝う式典が開かれた。私や地域の有力者のあいさつのあと、立食パーティとなった。私はあちこちのテーブルに行きあいさつをしてまわった。同窓会のようなものだからみな旧姓の名札をつけている。その時、60歳半ばを過ぎた女性の名札が目に飛び込んできた。『天竜美香』
 私は、はやる気持ちを抑えながら話しかけた。そして、農具倉庫で教科書などが見つかったことを告げた。天竜美香は言った。
「えっ、そんなところにありましたか。あのときはなくなって困っていたんです」
「誰があんなところに隠したんでしょうね」
「そうですね・・・今となっては推測の域を出ませんが、同じクラスの山湯啓太という男子が私を好きだったみたいでした。山湯君は小学校の時も好きな女の子の持ち物を隠して大騒ぎになったことがあったんですよ。だから、山湯君が隠したのではないかなと思っています」
 まあ、古い話でこれ以上詰めようもなく、私はいつしかこの件を忘れていった。
 明くる年の4月、各自治会が今年度会長の氏名を報告してくる。この中学校は校区に自治会が15あるから、15人の会長氏名が報告されるのである。
 こういう名簿の整理は普通教頭がするが、教頭は年度初めの報告書類作成に追われている。だから、私がその氏名をパソコンに打ち込んでいた。
『山内東町自治会長 山湯啓太』
 そうか、この人が、中学生の時に天竜美香を好きだったという人かと、ちょっとほほえましい気持ちになった。
 5月のある土曜日、午後7時から校区の自治会長全員が集まるという会議があった。校長も当然出席する。地域のルール確認や秋祭りの件などが話し合われ、午後9時ころに終了した。
 帰ろうとすると、山湯啓太が近づいてきて、
「校長先生、あのときの天竜美佳の教科書が見つかったらしいですね」と言う。
どうして知っているんだろうと思っていると、
「天竜さんから聞きました。中学の時、私は天竜さんを別に好きでもなんでもありませんでしたよ。だから、私が隠したというのは違います」
「そうなんですか」
「それより、実はあのとき我々男子生徒の間でうわさになったことがあるんです」
「どういうことですか」
「担任の中門勇先生が天竜さんを好きだったみたいで、周りから見ててもよくわかりました。特に教科書がなくなった後は、中門先生は天竜さんの相談に乗ったり面倒をみたりして、放課後なんかに教室で天竜さんといっしょにいる時間が長かったですね。まるで恋人同士でしたよ。どうもそのことで免職になったらしいですが」
「誰が隠したのかは今となってはわかりませんね」と私が言うと、
「もう古いことですからね。ただ、教科書がなくなったことで、結果的に、中門先生は天竜さんを好きだという思いをとげることができたということです」
 翌日、私は校長室で農具倉庫の地下から見つかった天竜美香の教科書・ノートをもう一度見直してみた。特にかわったことはなかった。ただ、英語の教科書のすみに天竜美香の字でこう書かれていた。
『中門先生が好き。どうしたら先生は私を見てくれるだろうか』
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