「浄瑠璃寺 旅歩き」 作 大山哲生
「博士、浄瑠璃寺に来ました」
「正太郎君、ここは全国にたったひとつしかないお寺なんだよ」
「見たところ普通のお寺ですが。庭に池があります」
「こういうふうに、本堂の前に池を作るやり方を浄土式庭園というんだ」
「なるほど」
「では本堂に入ってみよう」
「博士、大変です。大きな仏像が九体並んでいます。ぼく、こういうのは初めて見ました」
「そうだろ。九体並んでいるのは、全国でもここだけなんだ」
「どういう意味があるんですか」
「仏典によると、人間が極楽浄土に行くには九つの型があるとされている」
「へえ」
「上品(じょうぼん)は、仏教を学んだレベルの人でその中に三段階ある。中品(ちゅうぼん)はだいたい一般庶民でまた三段階ある。下品(げぼん)は悪いことをした人でまたまた三段階にわかれる」
「博士、ということは全部で九段階になります」
「そうだ。だから九体の仏像を並べたんだよ」
「珍しいですね」
「いや、平安時代にはこういうお寺は流行っていて三十以上の九体寺が作られたらしい」
「そんなにたくさん」
「なかでも有名なのは藤原道長の作った法成寺だ。平等院クラスの仏像が九体並んでいて堂内は極彩色の装飾が施されていたといわれている」
「あの大きな仏像が九体ですか」
「道長は死ぬときには、九体の仏像から糸をひいてそれを握ったまま亡くなったんだ。極楽往生を願ったんだろうね」
「でも、今は法成寺というのはありません」
「藤原氏が権力を失うと寺も衰え、何度か火災にあって今は痕跡もない」
「そこで、数ある九体寺の中で残ったのがこの浄瑠璃寺だけということなんですね」
「そういうことだ」
「さっきの極楽往生の九つの型ですが、一番下はどういうのですか」
「下品下生(げぼんげしょう)といって、悪いことを全部して一切反省もしなかった者が死ぬ間際の薄れゆく意識の中で仏道に目覚めれば極楽往生ができるらしい」
「へえー、そういうことになってるんですね。さすが博士、もの知りです」
「今頃気がついたのかい。ぼくのまたの名を、怪人二十面相、じゃなかった、もの知り博士というんだ」
「この浄瑠璃寺は誰が作ったんですか」
「この地方の豪族であった阿知山重頼ということになっているが、諸説ある」
「いずれにしても、これだけのものを作るのだからかなりの財力があったということですよね」
「そういうことだ」
「博士、ここから岩船寺まで歩いてみましょうか」
「そうしょう」