秩父へ 2006年08月04日 15時00分19秒 | 岩澤 セメントの発祥の地だそうです。山合いののどかな街並のなかに巨大なセメント工場が点在している風景が印象的でした。 また、水がきれいなこともあってそばが名産だそうで家庭でそば打ちをするそうです。お昼は天ざるをいただきました。 « 目黒区役所(旧千代田生命ビル) | トップ | 美術館建設現場見学 »
7 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 秩父とそば (西倉) 2006-08-08 18:22:19 秩父はそばが名産とは初めて聞きました。近年のそば、そば打ちブームに便乗しているのではないでしょうか?あの辺りはうどんの方が強い地域かと思いますがいかがでしょうか? 工場のおばさん談 (IW) 2006-08-08 21:12:14 「秩父に嫁入りしてそばを打てない人はいないよ」とのことでした。ちなみに僕は中学生の時、手打ちうどんをよく作っていました。中力粉と水と塩があれば作れるのでとても簡単です。20分程度よくこねて丸く形を整えたら冷蔵庫で1晩寝かせます。こうしてできたうどんはお店で食べるものに比べてゆであがった時の透明感が高いのが特徴です。薄味の温かいつゆで食べるのがおすすめです。うどんの主原料の小麦は5:1の割合で輸入が大半ですがうどん名産の町=小麦の産地なのか疑問です。 知らなかった「秩父はそば」。 (西倉) 2006-08-09 14:56:54 高校のクラスの3分の一は秩父出身でした。今でも秩父出身の人たちと付き合いがあります。彼らから一度もそばの話を聞いたことがありませんでした。また、かつて、埼玉の北部あたりの町には、そば屋はなくコシの弱いうどんを出すうどん屋だけでした。ですから、おおよそ埼玉、群馬はうどん地域と認識していました。たとえば、群馬県の邑楽町は今でこそ「そば」特産の地域として知られるようになりましたが、これは地域の昔からの特産というより、とある製粉会社の存在とそば打ちブームがその因であると聞いています。秩父のそばもそのように近年作られた伝統かと思いました。そばを初めて食べたのは19歳の春であった私にとって、「秩父はそば」は驚きです。少し話題は変わりますが、埼玉北部や秩父、群馬では特色あるうどん料理があります。その姿があまりに粗野なためお店で売り物にしているのは見たことがありません。きしめんのような平べったい麺を茹であげずに醤油味の汁でどろどろに煮込こんだ「煮ぼうとう」というものです。かつて、一般的な家庭ではこの「煮ぼうとう」(山梨のほうとうとは全く違うものです)の他にコシの弱い細い色黒の麺を手打ちし、茹でてざるにあげ、温かい汁に付けて食しました。この北関東の地域は2毛作が一般的で、その小麦を粉にしていたのだと思います。ただし、製粉の程度はよくなかったと思います。やけに黒い麺でしたから。 そもそも (西倉) 2006-08-09 18:12:51 そばなんて美味いのか? 黒っぽいそばが好きです。 (IW) 2006-08-09 20:51:44 そばは二八でした。おいしかったのですがにわかに工場のおばさん談があやしくなってきました。北海道に人口1000人の音威子府村というところがあってそこのそばが一番すきです。そば殻をいっしょにひいているせいか麺が黒いのが特徴で味が濃いんです。そば通の人には邪道といわれそうな見た目です。どれくらい黒かったなと思ってネットで検索してみたのですがそばというよりイカスミパスタに近い色でした。 秩父出身弁護士による証言 (西倉) 2006-08-10 21:30:48 知り合いの秩父出身弁護士による証言、「秩父は昔から秩父そばの名産地である。」いつでも証言できるという彼の固い信念を感じました。秩父は低地の熊谷、深谷、邑楽と違う文化の地域であったようです。どうりで変わった人間が多かった訳です。納得しました。 勝訴 (IW) 2006-08-10 21:48:39 工場のおばさんの証言が真実だったことにほっとしました。 規約違反等の連絡
近年のそば、そば打ちブームに便乗しているのではないでしょうか?
あの辺りはうどんの方が強い地域かと思いますがいかがでしょうか?
ちなみに僕は中学生の時、手打ちうどんをよく作っていました。
中力粉と水と塩があれば作れるのでとても簡単です。20分程度よくこねて丸く形を整えたら冷蔵庫で1晩寝かせます。こうしてできたうどんはお店で食べるものに比べてゆであがった時の透明感が高いのが特徴です。薄味の温かいつゆで食べるのがおすすめです。
うどんの主原料の小麦は5:1の割合で輸入が大半ですがうどん名産の町=小麦の産地なのか疑問です。
少し話題は変わりますが、
埼玉北部や秩父、群馬では特色あるうどん料理があります。
その姿があまりに粗野なためお店で売り物にしているのは見たことがありません。
きしめんのような平べったい麺を茹であげずに醤油味の汁でどろどろに煮込こんだ「煮ぼうとう」というものです。
かつて、一般的な家庭ではこの「煮ぼうとう」(山梨のほうとうとは全く違うものです)の他にコシの弱い細い色黒の麺を手打ちし、茹でてざるにあげ、温かい汁に付けて食しました。
この北関東の地域は2毛作が一般的で、その小麦を粉にしていたのだと思います。ただし、製粉の程度はよくなかったと思います。やけに黒い麺でしたから。
北海道に人口1000人の音威子府村というところがあってそこのそばが一番すきです。そば殻をいっしょにひいているせいか麺が黒いのが特徴で味が濃いんです。そば通の人には邪道といわれそうな見た目です。どれくらい黒かったなと思ってネットで検索してみたのですが
そばというよりイカスミパスタに近い色でした。
「秩父は昔から秩父そばの名産地である。」
いつでも証言できるという彼の固い信念を感じました。
秩父は低地の熊谷、深谷、邑楽と違う文化の地域であったようです。
どうりで変わった人間が多かった訳です。
納得しました。