~王尚智老師は尹派八卦掌以外の武術やったことありますか?
王:いや、ありません。
私の父(王敷)の師匠は尹玉章(尹福の息子)です。その影響で他の拳は学んだ事がないのです。
~王老師は尹玉章に会った事がありますか?
王:あります。尹玉章は私が幼い頃亡くなったのです。
~練習はお父様と毎日でしたか?
王:そうです。父も幼い頃から毎日練習してきましたし、私も毎日幼い頃から父と練習しました。父の(母方の)祖父が駱興元といい、宮中の医者でした。尹福とは隣同士で仲が良かったのです。当時尹福は功夫が得意だったので駱が紹介して宮中に入ったのです。
~王老師のお父様の王敷大師はどのような功夫をお持ちでしたか?
王:北京において王家は一大名家です。尹派八卦掌は家族の中で伝えられてきたのです。その特徴は技撃の強さと巧妙さにあります。父の腿法は速くて強かったです。人と手を合わせたときでもとても強かった。私はその光景をよく見ました。父は直接尹玉章から手を取って教えを受けたのですからその功夫は純粋なものです。
私は13歳のとき何忠<ネ其>老師に弟子入りしました。何忠<ネ其>老師は尹福の外孫です。何忠<ネ其>老師は父の師兄でしたから。私は何忠<ネ其>老師の唯一の弟子でした。他に弟子はいません。
~何忠<ネ其>老師の練習はきびしかったですか?
王:それはもう厳しいです。ひとつひとつの形は厳格です。ひとつの形がキチンとできないと絶対次に進めません。
~すると多くの人はすぐに套路を学びたがりますが、套路を学ぶのはずっと先の話なのですね・・・・
王:そうです。今、林陽さんにもそのように教えていますよ(笑)。伝統のままですね。
林:まだまだ形ばかりです(笑)
~これはすごく時間が掛かりますね!
王:そうです!尹派八卦掌はそうです。基本訓練は時間が掛かりますし、重要視します。
~転掌は歩法を練る訓練ですか?
王:そう、身法、手法、歩法すべてです。総合的な訓練法なのです。
~八卦掌には趟泥歩が有名ですが、様々な解釈がありますが尹派八卦掌ではどうですか?
王:尹派八卦掌の歩法の特徴は趟泥歩ではなく「自然歩」です。
~八卦掌の二大主要門派である尹派と程派の大きな違いは何ですか?
王:外形から言うと掌型です。我々は牛舌掌を用い、このように4本の指(親指以外)を揃えて前へ向けます。
~程派はシュワイジャオ、尹派は羅漢拳の影響を受けていると聞いたことがありますが・・・?
王:そうです。尹福は董海川の弟子でしたが、その他の弟子も以前に何らかの武術を修めていたのです。尹福も腿が強かったのです。尹福はもともと様々な功夫を練習して強かったが護院に入って八卦掌を始めた事でますます強くなった。そして自分の形を作り上げたのです。
~尹派八卦掌では牛舌掌ですね。
王:そうして掌を真っ直ぐにして指先を前に向けます。こうすると掌の分が少し伸びます。これは技撃において重要な意味を持ちます。これにより気も梢節まで直接行きます。
~これは穿掌(指先で真っ直ぐ突く手法)の重要性を示すことになるのでしょうか?
王:そうです!穿掌は「天下精術怕三穿」と呼ばれます。穿掌にはたくさんの応用があります。元々はこの穿掌があっただけとも言えます。尹派八卦掌は千変万化といいますが、その元は穿掌なのです。多くの人は穿掌という言葉を知っていますが、本当の意味は知りません。どのように使うのか?多くの人は知らないのです。
~尹派八卦掌の主要兵器とは何でしょう?
王:判官筆、七星杆などたくさんあります。いずれも内功がなくてはできません。
~王老師は現在学生は何人いますか?
王:(笑)非常に少ないです。尹派八卦掌は伝承者が少ないのが欠点です。積極的に教えない、だから普及しない(笑)。尹福は宮廷にいましたし、その弟子も宮廷にいました。その次の世代も官僚、貴族などです。父の世代でも積極的に教える気がないのです。
~なぜ教えないのですか?
王:皆裕福でお金に困ってない、趣味でやっているからというのが大きな原因ではないでしょうか。親戚や同族には教えますが、別にわざわざ外に出て教える必要がないのです。皆、門を閉じて中で練習するのです。だから伝統を守るのにはいいのですが、普及という面では遅れているといえるでしょう。
尹派八卦掌は道理が通り、そのため非常に簡単で効果が高い。だから保守的に伝えなければならないのです。
私の一族、王一族は老北京における五つの名家の一つです。
同仁堂は西太后の薬を出すところですから・・・皆地位が高いのです。
~日本人が来たら教えますか?
王:父は2年前に亡くなりましたが、父の世代の人たちは誰も弟子を取らなかった。父の世代はとても保守的です。でも晩年父は気がつきました。このままでは失伝してしまうと。それで資料を整理し著作を著しました。保守的だからこそ良いモノを守ってきています。
私は尹派八卦掌しかやってきていません。もしそういった純粋な技術を学びたいなら隠すことなく教えるつもりです。
~なぜ気持ちが変わって教えるようになったのですか?
王:今、尹派でないものまで尹派を名乗っています。これにより尹派のイメージは変わってしまいます。良いモノだからといって隠していてはダメだと思いました。本物を見せる、教える責任があると思うようになったのです。
王:いや、ありません。
私の父(王敷)の師匠は尹玉章(尹福の息子)です。その影響で他の拳は学んだ事がないのです。
~王老師は尹玉章に会った事がありますか?
王:あります。尹玉章は私が幼い頃亡くなったのです。
~練習はお父様と毎日でしたか?
王:そうです。父も幼い頃から毎日練習してきましたし、私も毎日幼い頃から父と練習しました。父の(母方の)祖父が駱興元といい、宮中の医者でした。尹福とは隣同士で仲が良かったのです。当時尹福は功夫が得意だったので駱が紹介して宮中に入ったのです。
~王老師のお父様の王敷大師はどのような功夫をお持ちでしたか?
王:北京において王家は一大名家です。尹派八卦掌は家族の中で伝えられてきたのです。その特徴は技撃の強さと巧妙さにあります。父の腿法は速くて強かったです。人と手を合わせたときでもとても強かった。私はその光景をよく見ました。父は直接尹玉章から手を取って教えを受けたのですからその功夫は純粋なものです。
私は13歳のとき何忠<ネ其>老師に弟子入りしました。何忠<ネ其>老師は尹福の外孫です。何忠<ネ其>老師は父の師兄でしたから。私は何忠<ネ其>老師の唯一の弟子でした。他に弟子はいません。
~何忠<ネ其>老師の練習はきびしかったですか?
王:それはもう厳しいです。ひとつひとつの形は厳格です。ひとつの形がキチンとできないと絶対次に進めません。
~すると多くの人はすぐに套路を学びたがりますが、套路を学ぶのはずっと先の話なのですね・・・・
王:そうです。今、林陽さんにもそのように教えていますよ(笑)。伝統のままですね。
林:まだまだ形ばかりです(笑)
~これはすごく時間が掛かりますね!
王:そうです!尹派八卦掌はそうです。基本訓練は時間が掛かりますし、重要視します。
~転掌は歩法を練る訓練ですか?
王:そう、身法、手法、歩法すべてです。総合的な訓練法なのです。
~八卦掌には趟泥歩が有名ですが、様々な解釈がありますが尹派八卦掌ではどうですか?
王:尹派八卦掌の歩法の特徴は趟泥歩ではなく「自然歩」です。
~八卦掌の二大主要門派である尹派と程派の大きな違いは何ですか?
王:外形から言うと掌型です。我々は牛舌掌を用い、このように4本の指(親指以外)を揃えて前へ向けます。
~程派はシュワイジャオ、尹派は羅漢拳の影響を受けていると聞いたことがありますが・・・?
王:そうです。尹福は董海川の弟子でしたが、その他の弟子も以前に何らかの武術を修めていたのです。尹福も腿が強かったのです。尹福はもともと様々な功夫を練習して強かったが護院に入って八卦掌を始めた事でますます強くなった。そして自分の形を作り上げたのです。
~尹派八卦掌では牛舌掌ですね。
王:そうして掌を真っ直ぐにして指先を前に向けます。こうすると掌の分が少し伸びます。これは技撃において重要な意味を持ちます。これにより気も梢節まで直接行きます。
~これは穿掌(指先で真っ直ぐ突く手法)の重要性を示すことになるのでしょうか?
王:そうです!穿掌は「天下精術怕三穿」と呼ばれます。穿掌にはたくさんの応用があります。元々はこの穿掌があっただけとも言えます。尹派八卦掌は千変万化といいますが、その元は穿掌なのです。多くの人は穿掌という言葉を知っていますが、本当の意味は知りません。どのように使うのか?多くの人は知らないのです。
~尹派八卦掌の主要兵器とは何でしょう?
王:判官筆、七星杆などたくさんあります。いずれも内功がなくてはできません。
~王老師は現在学生は何人いますか?
王:(笑)非常に少ないです。尹派八卦掌は伝承者が少ないのが欠点です。積極的に教えない、だから普及しない(笑)。尹福は宮廷にいましたし、その弟子も宮廷にいました。その次の世代も官僚、貴族などです。父の世代でも積極的に教える気がないのです。
~なぜ教えないのですか?
王:皆裕福でお金に困ってない、趣味でやっているからというのが大きな原因ではないでしょうか。親戚や同族には教えますが、別にわざわざ外に出て教える必要がないのです。皆、門を閉じて中で練習するのです。だから伝統を守るのにはいいのですが、普及という面では遅れているといえるでしょう。
尹派八卦掌は道理が通り、そのため非常に簡単で効果が高い。だから保守的に伝えなければならないのです。
私の一族、王一族は老北京における五つの名家の一つです。
同仁堂は西太后の薬を出すところですから・・・皆地位が高いのです。
~日本人が来たら教えますか?
王:父は2年前に亡くなりましたが、父の世代の人たちは誰も弟子を取らなかった。父の世代はとても保守的です。でも晩年父は気がつきました。このままでは失伝してしまうと。それで資料を整理し著作を著しました。保守的だからこそ良いモノを守ってきています。
私は尹派八卦掌しかやってきていません。もしそういった純粋な技術を学びたいなら隠すことなく教えるつもりです。
~なぜ気持ちが変わって教えるようになったのですか?
王:今、尹派でないものまで尹派を名乗っています。これにより尹派のイメージは変わってしまいます。良いモノだからといって隠していてはダメだと思いました。本物を見せる、教える責任があると思うようになったのです。