Augustrait





 太平洋戦争の激戦地ラバウル.水木二等兵は,その戦闘に一兵卒として送り込まれた.彼は上官に殴られ続ける日々を,それでも楽天的な気持ちで過ごしていた.ある日,部隊は敵の奇襲にあい全滅する.彼は,九死に一生をえるが,片腕を失ってしまう.この強烈な体験が鮮明な時期に描いた絵に,後に文章を添えて完成したのが,この戦記である.終戦直後,ラバウルの原住民と交流しながら,その地で描いた貴重なデッサン二十点もあわせて公開する――.

 取の歩兵第40連隊留守隊に入営した武良茂(後の水木しげる)は,喇叭手になったものの上手く音が出せず,配置転換を申し出る.上官に「北がいいか,南がいいか」と聞かれた水木二等兵は,寒いのが苦手だったので南を希望したところ,敗戦濃厚であったパプアニューギニア領ニューブリテン島(ラバウル)に配属となった.1943年のことである.入学試験は失敗,就職しても寝坊でクビ.陽気でほのぼのとした落第生が,ラバウルで死の淵を彷徨う.

 赤貧の中で戦後の紙芝居画家,貸本漫画家を経て雑誌マンガ家として国民的作品を生み出すのは,帰国後の努力の賜物.本書は,発表のあてもないまま1949年から1951年にかけて描かれたイラスト,『娘に語るお父さんの戦記・絵本版』用イラスト,終戦時にトーマという地で描いた原住民の風俗イラスト.それぞれ3つの時期に描かれた画に,60代の水木が文章を乗せて絵日記的な装いである.戦時中ですら飄々として「自由人」たりえたことは,気負いもない描写として表現されている.そのプリミティブな明るさと鷹揚さは,原住民に受け入れられ愛された.

 数奇な運命を辿ったはずなのだが,これほど長閑な戦記は類がない.古兵からの徹底した”ビンタ指導”もそうだが,死と隣接した行軍,敵軍の襲撃,マラリアの蔓延,人食いワニの襲来……常人ならば精神破綻してなんら不思議ではない状況下,まったく衰えることのない食欲.「ぼくは人より胃袋が強いらしい」.当時は扶養家族もおらず,軍人としてはボンクラ,特定の宗教や思想にも傾倒しない男の強靭な生命力と強運.脱帽ならぬ脱力として感嘆する.

敗走記 (講談社文庫)
水木 しげる
講談社

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原題: 水木しげるのラバウル戦記
著者: 水木しげる

ISBN: 4480872450
  • 『水木しげるのラバウル戦記』水木しげる
    --筑摩書房,1994.7, , 228p, 21cm
    (C) 1994 水木しげる