Augustrait





[提供:ユーロスペース]
 マリーとジャンは連れ添って25年になる幸せな夫婦.今年も,いつもの夏と同じようにフランス南西部のランドにヴァカンスに出かけた.ヴァカンスの2日目,マリーが浜辺で午睡している間に海に入った夫は,手がかり一つ残さずに消えてしまう.事故なのか,失踪なのか,それとも自殺?これまでの幸福な日々を突然無くし,パリに戻ったマリーを待ち受けていたのは深い喪失の哀しみだけだった.だが,彼女が全てをありのままに受け入れようとした時,彼女の中に変わることのない愛が生まれていくのだった….

 「二人称の死」の悲嘆を,ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)『波』をモチーフにした33歳のフランソワ・オゾン(François Ozon)の繊細な神経.女性の心情を映し出すには,相応の精神遍歴を重ねなければ不可能だろう.扇情的な情景を灰色に染め上げる「喪」の感情を,円熟のシャーロット・ランプリング(Charlotte Rampling)が穏やかな狂気とエロティシズムを秘めて演じる.伴侶の突然死という出来事は,あらゆるライフイベントの中でも最大の痛みを強いる.現実の拒絶からくる切願が,今は亡き夫の幻影を作り出す.それが伴侶を喪った苦しみと葛藤を,当事者はいかに浄化していくかという普遍的な主題に対応させられている.


(C) Fidélité Productions , et al. 2001

 神経を病んだウルフは,ウーズ川へ散歩に出かけ自ら命を絶った.彼女の小説『波』を学生に読み聞かせるマリーより,夫ジャンの方がはるかにウルフの心境を理解していただろう.妻の知らぬ間に夫は心を病み,向精神薬を服薬していた.25年も連れ添っていながら,夫の変化を感じ取ることができなかった自分を,マリーはどう理解してよいか分からない.ここではオゾン初期作品に見られる辛辣なユーモアはなりを潜め,事実から逃避し続ける老年期間近の女性の心理が露になる.そのような心理描写の機微は,中年男性に口説かれベッドの中で「あなた軽いんですもの」と大笑する場面が印象的.ジャンは大柄で,重みのある体で家事を手伝ってくれていた.マリーの観念ではジャンは今でも自宅にいて,以前と同じく愛妻を見守っている.

 「夫が自殺するかもしれない」と今になって友人に打ち明ける彼女の眼光は,狂気を帯び始めている.夫の死は,言葉の上では未来の出来事なのである.寄せてはかえす波打ち際に佇んでいると,自分にとって重要な誰かの不在にかかわらず,厳然として存在する世界を思い知らされる.彼の消滅を認めようとしなくとも,夫がどこにもいない事実は揺るがない.砂浜で涙に暮れたマリーの視線の先には――.ラストのショットは静かだが,狂おしい女性の内面が迫りくるシーンである.二人称の死が当事者に深刻な打撃を与えるのは,それが「象徴的な死」を人に強いるからにほかならない.ジャンの幻影は,いつまでもマリーの精神に語りかけてくる.まぼろしを払拭することが,希望の兆しになるとは限らない.脆さを呈し受動的であり続けるマリーの逡巡の中で,また喪に服す只中の期間において,唯一つの強い意志が表現された秀抜な場面である.


(C) Fidélité Productions , et al. 2001

ぼくを葬る [DVD]
日活

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原題: SOUS LE SABLE
監督: フランソワ・オゾン

製作: オリヴィエ・デルボス マルク・ミソニエ
脚本: フランソワ・オゾン エマニュエル・ベルンエイム マリナ・ドゥ・ヴァン マルシア・ロマーノ
撮影: アントワーヌ・エベルレ(第一幕) ジャンヌ・ラポワリー(第二幕)
音楽: フィリップ・ロンビ
出演: シャーロット・ランプリング ブリュノ・クレメール ジャック・ノロ アレクサンドラ・スチュワルト ピエール・ヴェルニエ
  • 95分/フランス/2001年
    (C) Fidélité Productions , et al. 2001