Augustrait





[提供:ギャガ=ヒューマックス]
 コールマン・シルクはユダヤ人で初めての古典文学教授だった.しかし,講義中に発した一言が黒人差別だと批判され,辞職に追い込まれてしまう.怒りをぶつけるため,コールマンは作家のネイサン・ザッカーマンに,この事件を本にしてくれと依頼する.ネイサンは断るが,2人の間には不思議な友情が芽生えていった.しばらくして,コールマンにはフォーニアという若い恋人が出来る.幼少時代の虐待が誰にも言えない心の傷となっているフォーニア.しかし,コールマンこそ,決して知られてはいけない秘密があるのだった….

 人種問題の根深さを,坩堝における“有色”の現況ではなく“出自の痕跡”で取り上げた意欲的を見せようとした作品である.差別意識は無形のフォークロアにほかならない.なぜなら,有色人種の血が混じっている事実からくる蔑視は,肌の「白さ」というもう一つの事実を以てしても清算されない惨禍であるから.原作者フィリップ・ロス(Philip Roth)が小説に置いた人間の「痕跡」を,外見と裏腹のイメージをもたされた鳥に喩えた本作の邦題は秀逸.しかし,映画本篇は芳しいとはいい難い.


(C) 2003 Miramax Films.

 青年時代の悲恋から,コールマン・シルク/アンソニー・ホプキンス(Philip Anthony Hopkins)は家族とも縁を切り名門大学古典学の学部長にまで大成する.恋が破れた直接の理由は,シルクの“出自の痕跡”.肌の色からは予想もつかない秘密が,理不尽な風潮に火をつける.シルクの両親に面会した恋人の笑顔は一瞬にして凍りつき,縁談は即座に破談となる.秘密を誰にも明かさずに社会的成功を収めたシルクは,人種差別で失職するも,彼の不十分な弁明の理由は誰にも分からない.弁解できる立場にないことすら第三者には想像の外なのである.虐待の連鎖と取り返しのつかぬ過ちを犯した女性フォーニア/ニコール・キッドマン(Nicole Mary Kidman)とシルクの交際と衝突は,実力派の俳優二人の芸が小器用に思えるばかりで,どこか上滑りの観がある.それぞれの抱える悲哀の腰が弱いといってよい.

 対照的にシルクの青年時代/ウェントワース・ミラー(Wentworth Miller)が素晴らしい.TVシリーズ「プリズン・ブレイク」で知名度を飛躍的に上げる以前に,本作でアイデンティティの隠蔽と封印を余儀なくされた青年の葛藤を演じている.本作の冒頭と結末は,同一のミステリー調となっている.しかし,その調子が中間部を説明する「留め金」の役目を巧く果たしていないように思われ,烏が黒でないことの衝撃は弱まっている.人種問題のタブーに果敢に切り込む訳でも,奇麗ごとで煙に巻こうともしていない.本作独特の半端感は,一点に占めるべき主張を定める徹底性が欠如しているためであるように感じさせる.


(C) 2003 Miramax Films.

ノーバディーズ・フール [DVD]
ビクターエンタテインメント

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原題: THE HUMAN STAIN
監督: ロバート・ベントン

製作: ゲイリー・ルチェッシ トム・ローゼンバーグ スコット・スタインドーフ
製作総指揮: ロナルド・M・ボズマン スティーヴン・ハッテンスキー エバーハード・ケイサー アンドレ・ラマル マイケル・オホーヴェン リック・シュウォーツ ボブ・ワインスタイン ハーヴェイ・ワインスタイン
原作: フィリップ・ロス『ヒューマン・ステイン』(集英社刊)
脚本: ニコラス・メイヤー
撮影: ジャン=イヴ・エスコフィエ
音楽: レイチェル・ポートマン
出演: アンソニー・ホプキンス ニコール・キッドマン エド・ハリス ゲイリー・シニーズ ウェントワース・ミラー
  • 108分/アメリカ/2003年
    (C) 2003 Miramax Films.