Augustrait





[提供:新潮社]
 《自殺か,他殺か,虚飾の女王,謎の死》――醜聞(スキャンダル)にまみれて謎の死を遂げた美貌の女実業家富小路公子.彼女に関わった二十七人の男女へのインタビューで浮び上がってきたのは,騙された男たちにもそれと気付かれぬ,恐ろしくも奇想天外な女の悪の愉しみ方だった.男社会を逆手にとり,しかも女の魅力を完璧に発揮して男たちを翻弄しながら,豪奢に悪を愉しんだ女の一生を綴る長編小説.

 男から財産や資産を巻き上げ,虚言と詐欺を重ねて財を築いた女性実業家の貌.実の母を「継母」と嘯き,実子2人を養育する傍ら,処女を装い結婚詐欺を働く.未婚のOLを対象とする『週刊女性』『女性自身』などの女性週刊誌が登場したのは,1950年代.労働基準法制定により,女子保護規定も他の先進国と同等になったとはいえ,女性のキャリア形成の障壁は高かった.事務員やタイピストなどの女性被雇用者を「職業婦人」と呼ぶ風潮そのものは,保守的立場から白眼視されたことであろう.

 女性が実業家として成功を収める.その「才覚」「魅力」は,27名の関係者の評価の声で徐々に浮き彫りにされていく.彫像が鑿で外郭を浮き彫りにされていくように,人物像を外濠――対外評価――から明かしていく手法は,古典的ながら鮮やか.富小路公子の一側面を知る27通りの分析に留まらず,それぞれの人物像やキャラクターもまた,入念に作り込まれている.彼らの個性が豊かであるため,富小路を語る「主観」が精彩を放つ.有吉佐和子の対人検討力の確かさが,遺憾なく発揮されている箇所である.醜聞にまみれた女性実業家の伸ばした無数の触手は,利害関係に応じて,同時並行で種々の人物を絡めとり,養分を吸い取る機能を持っていた.

 嫉妬と蔑みを跳ねのけ,柔和だが着実に目的遂行の段階を踏む.彼女の毀誉褒貶は,どこまでも関係者の主観的評価に依存する.よって客観的には,玉虫色のパーソナリティが虚像の印象を強くする.死にまつわる謎を解明させない結末は,多義的な解釈を求める戯曲の読後感にも似ている.性質のよくない女をいわゆる「悪女」と呼ぶならば,人格の実像を秘匿する能力こそが,最も禍々しい.

香華 (新潮文庫)香華 (新潮文庫)
有吉 佐和子

新潮社 1965-03
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原題: 悪女について
著者: 有吉佐和子
ISBN: 9784101132198
▽『悪女について』有吉佐和子
--新潮社 ,2006.6, 改版, 521p, 16cm
(C) Tamao Ariyoshi 1978