
[提供:新潮社] 日本美術史に燦然と輝く芸術家十人が,血の通った人間として甦る.新進気鋭の快慶の評判に心乱される運慶.命を懸けて,秀吉と対峙する千利休.将軍義教に憎まれ,虐げられる世阿弥.将軍家,公卿,富商の間を巧みに渡り歩く光悦.栄華を極めながらも,滲み出る不安,嫉妬,苛立ち,そして虚しさ…美を追い求める者たちが煩悩に囚われる禍々しい姿を描く,異色の歴史短編小説十編――. |
鉄道と時間差を結合させたミステリーの傑作『点と線』.それと同時期の1957年『芸術新潮』に連載された10の短篇から成る著作.一貫したモチーフは,日本美術史に足跡を遺した芸術家の来歴と功績,その再解釈ということであろうか.発表順にいうと,古田織部,世阿弥,千利休,運慶,鳥羽僧正,小堀遠州,写楽,光悦,北斎,岩佐又兵衛,雪舟,止利仏師.
彼らの美意識を,松本清張は充足感や英気よりも“儚さ”“煩悩”に強い関心をもって描いている.芸術史上に燦然と輝く人物へ寄せられる畏敬を否定することなく,清張は金銭,派閥,嫉妬,確執が付随していたことを鋭くも見逃さないのである.連載の継続にあたり,清張を苦しめたのは「芸術家」の所在ではなく,「人間」の所在を彼なりに突き止める厳しさであったという.‘ここに収めた主題の美術家たちは,私なりの勝手な解釈の人間である.私は彼らを復原しようと試みたのではない.それは小説の機能ではないし,不可能である.ただ,私の頭の中に出来上がった人物を書いたというだけである.だから,これは一つの歴史小説としてうけ取って頂きたいのである’*1 彫刻・画・書・茶における栄華の生産者を捉えるのに,ぼんやりとした光暈が清張の豊かな筆を遠ざけ,貧しくさせようとする.歴史を忠実に史料で追う試みは,本書では完全に放棄されている.清張は10人の芸術家を取り上げながら,「歴史小説」であることをあくまで強調する.各人の自我イメージを安易に創作してはならないという自戒が働いているためであろう.
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原題: 小説日本芸譚
著者: 松本清張
ISBN: 9784101109015
『小説日本芸譚』松本清張
--新潮社,2008.5, 改版., 296p, 15cm
(C) 松本清張
*1 本書
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