と、言われましても。
べつにキスひとつしたからって、関係がなんらかの変動を起こしたわけじゃないから。それは、こうなることはわかってたでしょ。付き合ってるならね。
でもどうやら僕のかわいい彼女はそこんとこが納得できないらしい。相変わらず。ずっと見てきたから知ってるけどね。純粋なの。
「可南子」
僕はとりあえず、彼女の名前を呼んだ。けれど彼女はこっちを向くことなく、教室の一番後ろ、僕の席にひざを抱えたまま座っている。今は放課後で、教室には僕ら二人きり。昨日の帰りにおもいきって唇を奪ってから、初めて君と言葉を交わした。
同じクラスなのに、おかしいでしょ。
「なあ、可南子ったら」
僕は可南子に歩み寄る。机が僕の身体に当たってがたんと音を立てた、その音にさえ反応する君。ねえ、それなのに二人っきりでひとつの部屋なんかにいてもいいの。
「顔上げてよ」
「いやだ」
「なんでさ」
「…はずかしいじゃん」
そういう可南子の顔が赤くなったのは、決して夕刻のせいではない。何、それ。君の方がはずかしいじゃないか。むずかゆい感じ。
好きだったら一緒にいたいし手もつなぎたいでしょ。
それと一緒で抱きしめたいし唇だって寄せたいじゃないか。
けれどそれをはずかしがって顔を真っ赤にしている君を見ながら僕がはずかしい。これってずいぶん変な悪循環だな。
「可南子」
「…」
「ちゅーしよっか」
「…っ、瞬、」
僕が投げかけたことばは予想通りに君の顔を上げさせる役に立ち、僕は真っ赤になった彼女の顔を世界の誰よりも近くで拝んだ。そっと離した唇をなめると、可南子のつけているリップクリームの味がした。
「いちご味」
そうだ、そんな顔をして僕を見つめる君がまるで甘い苺みたいだよなんて、そんなくさい台詞が浮かんで一人で照れる。
そんな放課後。