卵巣のう腫☆2012年手術

2010年卵巣のう腫発見→2012年8月にのう腫摘出手術。
覚書などをまとめていきたいな、と。

入院中 辛かったことを

2012-09-18 23:58:39 | 卵巣のう腫
入院何日目…ってのは、他の皆様と同じ感じなので、
その間辛かったことをまとめてみようかと
怖がらせるつもりはありませんけど、入院中は色々あるので、ご参考までに。
手術前日入院の、術後4日目退院、でございました。

と言っても、私は知り合いが居る病院だったから、やや愉快な入院生活だったけどね


手術前日の下剤&浣腸
とにかく、ほんとに辛かったの
下剤のマグコロールは、酸っぱいポカリみたいで、まずいとかはなかったんですけどね。
むしろ変な味の飲み物とか好きだし、美味しいかもくらい。
酸っぱいからゴクゴクはいけなかったのでのんびり飲みましたが。
下剤が効いてからはトイレと病室との行ったり来たり

何で下剤と一緒に昼食食べるんじゃ~って思ったけど、まぁそれは仕方ないか。
手術前で元気なのに点滴で栄養とるわけにいきませんし。手術当日は断食なわけだしね。
そして手術中やその後にオモラシするわけにもいきませんしね

夕飯に関しては下剤も効いてるから、トイレに何回か行きつつの食事になりました。
下剤はとにかくオケツが痛くなるのです。トイレットペーパーが擦れてメッチャ痛いのなんのって
なんで誰もお尻拭き必須って教えてくれなかったんだ…
気付いた時にはウォシュレットすら激痛で、そりゃ~辛かったわ。お尻拭き、慌てて売店で購入。
ふだんそんなに下痢とかにならないから、イメージつかなかったけど、ヒリヒリ痛かったなぁ~。

下剤もしんどいけど、その後の浣腸がまたキツかった。
同じ手術受けた友人からはキツいって聞いてたけど、まさかこれ程にとゎ

浣腸後、トイレ(ちょと遠い)へスタスタとダッシュ。あーお腹いたい~。そんな感じ。
こんなもんか、と思った直後に急激な寒気がΣ(゜Д゜lll)
そして更に更に吐き気が!!(((( ;゜д゜)))
血圧の急降下があったのかな、と看護婦さんに言われて納得。怖かった~。

トイレにて、30~40分くらいでしょうか…唸りました。
隣で用を足して居た方ごめんなさい。怖かっただろうなぁ。
そして、ナースコール押しました
後にも先にもこの時だけ、でした
看護婦さんに、ガウン貸してもらいました。真夏なのに
翌朝にももう一度やるんですけど、身構えていたわりに、朝はへっちゃら。
ぜーんぜん大丈夫でした~。
看護婦さんの、「さぁ~、はりきって浣腸しましょ~!」の掛け声にやられたけどね。
常に明るく接してくれた看護婦さんに感謝。
なんて可愛いんだこのやろう、と何度思ったか!!
気をつけようがないけど、浣腸は苦手な人はなかなか大変みたいなので、頑張りましょう。


手術明け、寒い!!
手術後、すぐに麻酔が覚めて起こされまして。
その後病室に戻ります。エレベーターにベッドごと乗って運ばれたけど、
そのあたりは朦朧としているのであんまり覚えていません。
病室に戻って、具合を聞かれたり何だりのところから、
色々と感覚が戻ってきて…寒い!!!!

体温を測ったら35度とかだったかな。結構低かったです。血圧も。
で、歯がガタガタと音を立て始めて震えが止まりませんでした。
寒い!寒い!と騒いで電気毛布をしてもらい、暖まるのを待つ。
待ちながら…気持ち悪い~
吐き気止めを点滴に追加してもらい、こちらも効くのを待つ…

薬効き始めてからは爆睡と、ぼんやり起きるのを繰り返してました。
一通メール打つのに2時間くらいかかりましたしね。
あんなに無理して、会社の人に手術終わったよメールなんかしなくて良かったわ!


手術翌朝、明るい!!
これ、ちょー下らない凡ミス
看護婦さんに、窓のブラインド下してもらうの忘れました!
で、朝5時頃から明るくて眠れなかったんです
尿管の違和感、え、漏れるんじゃね?という不安と共に、
5時から8時くらいまで耐えました。いや、耐えられなかったけど
ナースコール押して、ブラインド下げてもらえば良かっただけだけどね~


術後、背中の激痛!
術後翌日から歩けるようになりました。
なりましたが、まっすぐ立てません。お腹をかばう様に前屈みに。
そして前屈みで一日過ごすと…背中、めっちゃ痛くなるんだよ~!!
多分、筋肉痛?何なのかわかんないけど、ほんっと痛いんです。
丸一日横になって寝返りもほとんど出来ない翌日だったからかな。

痛いだけなら良いんだけどね~。
なんか、痛いけど横になるか、ってなったら…なぜか呼吸困難に
横になるだけで激痛だったから、息をしたら益々背中が痛かったんだよね~。
そのせいで、なかなか横になれず、眠いのに疲れているのに起きてました。

全身麻酔の影響で、あちこち痛みが出ることもあるとのことで、
それをお医者さん方は心配していたけど、私のは多分筋肉痛ですね。
変な姿勢で過ごすので、ちょっと気を付けた方がいいですね~。
看護婦さんにシップもらって、それ貼ってなんとか持ち堪えました!


イビキが気になる
入院生活最後の夜、今まで一緒に生活して慣れてた若い人が退院し、結構年配な人が2人入りました。
そう、その2人のイビキがハンパなかった~
四人部屋に2人、しかも隣じゃなくて向かいに2人でしばらく生活してたので、
隣に誰か居るってのも結構気になったし、
何よりイビキが凄くて気になって眠れませんでした。

若い人と一緒だった時は9時消灯後も12時くらいまでは
ゲームしたり自由に過ごしていたけど、年配の方は寝るのが早くて…
9時くらいにホントに寝ちゃってたので、私も見習って10時頃にベッドへ。
しかし。。。イビキがウルサイのよぅ。
頑張って寝ようとしつつも11時頃にはイビキも最高潮。
耳栓しても何しても気になって仕方なかった…
12時くらいまで、寝よう寝ようと頑張ったけど、やはりダメでした…
最終日にして、初めての眠剤を頂きました。ナースセンターにトボトボ歩いたさ...ははん。

眠剤飲んでからレイトン教授しながら少し待って、眠くなってきたので無事就寝。
人様のイビキってホントにイヤだぁ~って思ったのでした。
自分もイビキかいてたらイヤだなぁ


寂しい...
寂しがりさん、要注意ですよ~
私、土日に家族がずーっと一緒に居てくれたので、翌日月曜めっちゃしんどかった。
カーテン閉め切った病室のベッドで過ごすのイヤだったから、
なんとかウロウロしてたんだけど一人でウロウロするにもホントに限界があります。
術後だからちょっと無理すると痛いしさ。ほんとしんどい。
しかし、あまりに暇で階段で病室のある8階まで歩いてみたりしたけど…
階段、誰も居ないからちょっと怖かったし!もーっ!!
夜になって母がお見舞い来てくれた時はちょっと涙目でした…

寂しくならないアイテム、持って行ってくださいね~。
ゲームとかでもいいし、写真持っていったりね。
好きな音楽も、とても心強い。騒がしい曲はオススメしないけどね。
騒がしくない明るくて元気の出る曲




番外編 お見舞いに来る来ない対決
会社の上司、先輩、同期達にお見舞いに来ないでくれ、とお願いしました。
上記の通り、寂しいから知り合いには来てもらった方が良いんでしょうけど...

見舞いに行かなくてはいけないだろう、と思い込んでいた上司と先輩、同期に
とにかくホントに来て欲しくないんです!というのを伝えました。
申し訳ないけど、ごめんなさい、来ないでください、と直球で。
お見舞いに来たがる先輩にも、数日かけて丁重にお断りいたしました。

きっと私のしたことは当事者じゃない人からしたら理解出来ないこと多かっただろうけど、
もう、会社以外で人に気を使うの、いったん辞めにしたかったんです
大丈夫?って聞かれるのが多分耐えられないと思ったのです。
大丈夫、なわけないんだもん…無理して大丈夫って答えたくなかった。
精神的に、すっかり追いやられてたんですよね~(苦笑)

そして何よりも、スッピンパジャマ姿、見せたくなかったんです!
相手はきちんと綺麗にお化粧してるのに、自分だけ弱ってるなんて、嫌だ!
見栄っ張りな私には耐えられない~~。

なので、家族と彼氏しかお見舞いには来なかったので、
それもあって寂しかったなぁ(笑)自業自得ですけどねっ。



手術に対して、辛いとかは無かった、かな。
術後も傷口は痛かったけど、日に日に治っていくのが楽しかった。
毎日姿勢が良くなって、退院日にはまっすぐ歩けるようになったし。
手術前の、もし捻転したら…って、ずっと心配していた日が終わって、
不安だけし続ける日々が終わったのが、本当にうれしかったです。

手術までの、待ち時間

2012-09-07 21:50:00 | 卵巣のう腫
手術が決まってから、会社ではとりあえず休む間に任せる仕事のマニュアル作成を始めました。
休むのはまだまだ先だとは分かってるけど、もし万が一捻転したら緊急手術。。
そんな心配をしながら、とりあえず不安が現実にならないように祈りつつのマニュアル作成。
上司にはそんなに焦っても仕方ないとか色々言われましたけど、当事者は心配不安いっぱいです。

仕事中も通勤中も、とにかく色んな人のブログを読み漁りました。
そして捻転して緊急入院した人の記事なんかも見たりして…(*´-ω-)

そんな時、私を勇気づけたお医者さんの言葉が…
「運動してようが寝てようが、捻転する時はするから。交通事故みたいなもんだね。運だよ、運(*´・ε・*)b」
何も対策は出来ないんだな、と踏ん切り付けさせて頂きました(笑)

しばらくは落ち込みから立ち直れなかったり、身体中謎の痛みに悩まされたりしてましたけど、
もう悩むのに疲れて、酒と落語とベリーダンスに逃げました(*´-ω-)
趣味が無いと、ほんとにしんどかっただろうなぁ、て思います。

このころ、仕事柄社内の他部署の人達と沢山話す機会がありまして。
同じ病気の後輩が数名居る事が発覚したのです(;・д・)
そして生まれる連帯感(笑)
不安をお互いに吐露し合い、今後どうしていくかをお互いに発表。
そしてお互いに励まし合う・`д・)q
精神的に辛いもんだ、と改めて実感しました。
この子達のためにも、先に手術受けて今後の相談に乗って行こうと決意を致しました~。

しかし、病気でない人とは温度差があるもんで。
いらぬ事で何度も傷つきました(。-人-。)
簡単な手術なんでしょとか、あかの他人に言われたくなかったなぁ。
あと、万が一戻ってこれない時の事を考えてできる限り引き継ぎしといて、とか(笑)
いやー、病気についてよく知らないにしてもひどいなと思っちゃった。
何度か暴れてやろうと思うこともあったな~なんて思い出されます( ´_ゝ`)
優しく送り出してくれた方が大半でしたけどね(*´-ω-)
心配症な皆さんのおかげで実質2週間ちょいのお休みを頂けたのでした~♪

手術は結構先だった…

2012-08-24 13:12:11 | 卵巣のう腫
病院での検診を終え、翌日会社へ…
2011年9月中旬、上司と今後の仕事についてを含め、
昨日にあったことについてと、来月MRI撮ることの報告。

しかし、私はこの上司への報告で大失敗をしました。
昨日の今日なもんですから、もう頭がいっぱいいっぱいです。
来年の仕事の話とか、異動があったらとか色々考えたんだけど、
そんな先の話とかされても、もう分からないんだよ!!と。
話してて段々イライラしてしまったのですよね…卵管捻じれたら緊急手術やし。
で、「手術しないといけないんです!」って言っちゃったんです

上司もそれは慌てまして…
「えぇぇ?!ごめん、ちょっと落ち着いて」と。
落ち着けと言われても、もう火に油を注ぐようなもんでしたけどね~。
会社の人に報告するときは、ちょっと落ち着いてからのがいいですよ~

その後、来月MRI撮ってから手術日が決定します、という話をしました。
ただ、予約が埋まってるので早くても2月だそうです。仕事もその時期忙しいですよね?と。
上司がまた…禁句を言うわけですよ。優しいんだけど、頭悪いんかもしれん。
「そんな、爆弾抱えてるみたいな状態、しんどいねぇ」と。はい、その通りです。
なので、これ以上私の不安を煽らないでくださ~い

ま、MRI撮ったら案外大丈夫かもしれないし、とか色々言われた気がしますけど、
もうどんな言葉も励ましにも聞こえず、なんかのイヤミとかに聞こえます。
人って落ち込むと、ホントに良い発想が浮かばないなと思いました。
のう腫は無くなるものではない、というスタートの知識がある人と無い人の違いでしょうか。

・・・・・・・・・・・・

2011年10月上旬、MRIの撮影に。
ここまでも期間、思い出したくもないほど泣きました。
仕事との兼ね合いでどうしたら良いのか、もうわかんなくて。
卵管捻じれたらどうしよう、とか心配ごとで頭がいっぱいでした。

心配した母と彼氏が一緒に病院に付き添いで行ってくれました。
まさかの初顔合わせ。ま、こんなことでもないとタイミング無かったし
(付き合って5年目にして初^^;こんなに遅いとは思わなかったけど)

MRIって、今は撮ってすぐにデータで先生のとこに飛ぶんですね。
撮ってすぐに婦人科で先生とお話が出来るのでびっくりしました。
MRIの結果も驚きましたけどね…はははっ。

結果、のう腫が小さくなってました
水が溜まっていたそうで。小さくなってたんです。3cm強とのこと。
なので、手術はしなくても良いんでしょうけど…やりましょう、と。
先生も、無くなるもんでもないし、いつかはやらないといけないんだから、
さぁ手術はいつにしましょうか、という方向で進めていました。

最速で出来るなら最速でやりましょう、と上司や先輩と話し合っていましたが、
結局一番早くて翌年4月と言われてしまいました。4月は私が一番忙しい季節
それ以降だと、もう夏休み利用しようと考えていたので。8月を提案。
先生にも夏休みがあるから、と調整して決定したのは2012年8月10手術でした

手術日が決まったと喜べません。だって1年近くあるもの…
緊急手術じゃなくて良かったじゃないと何人かに言われましたけど、
全然良くねぇよ、と心の中でずっと思ってました。
手術、やるなら早くやりたい、そればかりこのころは考えてました~

手術だな、こりゃ

2012-08-21 22:57:28 | 卵巣のう腫
2010年2月ののう腫発見後、心配することはないと言われたことと、
今まで通りピルを飲み続ければ対策にはなるから、という言葉を信じて過ごし…
すっかり病気のことは頭の片隅の隅の隅に追いやられていました。
人は不安の状態で安定することが出来ないので、落ちて落ちて落ちていくか、
もうどうにかこうにか忘れたりして明るくなって安定するしかないのです

そして2011年9月某日深夜。
寝ようとしていたところに、猛烈な腹痛が襲ったのです
未だに原因は不明。トイレに駆け込んで1時間くらい粘り、なんとかなりましたが。
急激に寒くなったり変な汗が出たりして、これはヤバイと思いました。
温かいお茶を母に持ってきてもらってから少しずつ良くなりましたが、あとちょっとで救急車呼ぶ感じでした。

母に言われて翌日に念のために行った内科で「便秘では?」と言われました。
婦人科にも行こうと思っている、と話すと「必要ないと思うけど」と苦笑いされたのは忘れません。
あいつ…もう絶対ヤブ医者だわ!!心配なら行っておいでとか言えってのー

仕事もなんだかうんざりしてたり、精神的に参っていたので翌々日木曜日に有休を貰い、
婦人科クリニックへ行ったのでした。(翌日ではなく、翌々日に行ったのは今考えると正解でした。)

2011年9月中旬午前早く。
2回目の子宮頚ガン検診。区からのお知らせも来ていたので持参してクリニックへ。
一昨日お腹も痛くなったから、念のため診てもらえますか~?と言いました。
じゃなかったら、ピルも飲んでるしね、って先生は診るつもりがなかったそうです
久々に念のためねwと診てもらうと…先生が困惑。「あらららら…」って何?!
診察を終えて、「きくちさん(仮名)。手術、しませんか?」と単刀直入でした。
大きさは6cmほど。手術しなくても大丈夫だけれど、してしまった方が良い。
この大きさだと卵管が捻じれやすいサイズで、先日の痛みはもしかしたら軽く捻じれたのかも、と。

先生、十年とか二十年とか先の手術って言ったじゃ~ん!って思ったけど、
もうやるならやってくれ!っていうのがこの時の思いでした
友人の働く大学病院の婦人科へ紹介状を書いてもらい、その日のうちに大学病院へ。
念のため病院に電話をして、急に外来の受け付けはしてもらえるのかなど聞きました。
運良く、14時まで外来初診受け付け可能。
もしもお昼過ぎにクリニックに行ってからじゃ間に合わなかった!

家で待つ母になんか腫瘍がある、と言いました。
前から知っていたという事は内緒にしたまま、とりあえず大学病院に行ってきます、と。
母はどんな気持ちだったか分からないけど、ちょっと怒ってたかんじでした
なにそれ!どういうことなの?え~!って。ショックだったんだろうな…

同 正午近く
都内の友人が働く病院へ。
友人にメールして、そんなわけで伺いますと連絡したところ
「あお~(仮名)、やっだーん、だいじょーぶー?」というハイテンション電話。
その日はお休みのようで、病院には居ないとのこと。診察終わったら連絡すると約束。

大学病院なので、待たされるのです。初診だから、予約の皆さんの合間に呼ばれます。
ま、1時間くらいで呼ばれたから良かったと思いますけど。

しかし、朝から2人もの男性の前で股を開くことになるとは…
ホント、もう病気治してくれるならどうにでもしてくれとは思ったけど、ショックよね
これ、あとから友人に聞いたのですが、どうやら午前行ったクリニックの先生が、
エコーの写真を封入してなかったからっぽいのですよね~
ま、良い先生だしどっちにしろ内診しないといかんことだとは思うけど…

違う先生が調べたら、大きな病院の機材で調べたらホントは小さいか?とか思ったけど、
やはり大きさは6cm強。放っておいても小さくならないし、こりゃ手術しましょうとのこと。
先生はすぐにでも手術日決めるくらいの雰囲気でしたが、こちらも予定が…
社に戻ってから検討します、ということにして次回のMRI検査の予定だけ入れて帰宅するのでした…



私が診察に訪れたのが木曜日、“1番”という診察室でした。
そして偶然に担当になった先生が執刀医、ということになりました。
友人曰く、その病院で一番腹腔鏡手術が上手で良い先生、との事でした。
(腹腔鏡協会、みたいなのに認定されてるお医者さんでした!)
もし他のお産担当の先生などに当たった場合、次回予約はその先生変更、と彼女は決めていたそうです。
最初の診察からこの先生に当たった事が、私の今回の体験の中で最も良かった事だと思います

卵巣のう腫 最初の発見

2012-08-21 22:05:18 | 卵巣のう腫
発見が難しい、偶然に発見される病気、だと思います。
私もやはり、ホントに偶然の発見。

簡単にまとめようと思ったのですが…やはり長々しちゃいました
自分の覚書みたいなもんなので、すみません…
って、読んでいる人が居るかも謎ですが
ご自身の体験と比較したい方などいらしたらご参考まで。


2010年2月下旬でした。のう腫が発見されたのは。
区からお知らせを貰った子宮頚ガン検診(無料)を行う為に婦人科クリニックへ行った時でした。

それまで、私はずーっと低用量ピルを飲んでおりました。
2003年とかくらいからでしょうか。振り返るとホントにかなり前から。

3か月分ずつピルを購入していたので、時折クリニックには行ってましたけど、
ピルを服用している間は“大きなトラブルはまず起きない”と言われていたのと
ピル服用のおかげで生理もそれ以外にも何にもトラブルがありませんでした。
なので、2003年~2010年まで、内診をして頂くことが無かったのでした

2010年になり、年齢は24歳。初めての子宮頚ガン検診
(20歳から受けられるはずの無料検診なんだけど…それまで私ってばやってなかったのかしら?)
そこで、ひっさびさに一緒に中からエコーだか超音波で見たのです。
子宮、卵巣、その辺りをざざざ~っと。
その時先生が「あらら~?」みたいな感じで見つけてくれたのでした

当時、大きさ2cm。この大きさでは手術出来ないし、ピルも飲んでるから大きくならないよ、とのこと。
「急激に大きくなるものではないし、良性のことが多いからあんまり心配しないでね。
 手術するとしても、きっと十年とか二十年とか先じゃないかな。それより早く結婚しなね~」
先生…いつも結婚について急かしますけど、まだまだそんなつもりござぁせんよ(当時付き合ってまだ1年半)
何故か呑気な先生に、のう腫って何ですかとかって質問したけど、やっぱりショックでボーっとしてました。


その日は彼氏にだけ報告し、のう腫って何だ~!漢字がわかんねぇぞ!!と検索しまくってました。
彼氏も、あんまり危険じゃなくて良かったね~、とかなんとか言って。
やはり本人と周りの人じゃ実感とか危機感とか違うんだな、と感じた第一歩でした…

が、しかし…よく考えたら、この時すでにのう腫があったのっておかしいのでは?
2003年からピル飲んでたわけで…なんで、いつ出来たんだろう?
と、この文章をまとめながら初めて気付きましたホントに当時はいっぱいいっぱいでした。