人心地ついたおみつは、固く絞った手拭いで身体中を拭いた。
そして、ささやかな法要で残った酒を冷やで一気に飲んだ。
いい気持ちで横になると睡魔が襲った。
夜半、目覚めるとすっきりした頭で全てが読めて来た。
あの時にあんな親切だった近所のおかみさん連中は、荘吉が来た後白い目で見るようになった。
「初心な女ですって顔して大したもんさ」
井戸端でふと耳にした声を忘れない。
多分、これで気持ちが萎えてきたのだろう。
八重も女としてしかおみつを見ていない。
あのネツイ突き刺さる視線が、辰治の嫁も堪らなかったのだろう。
八重は大事な辰治を奪う女は、どんな従順な嫁でも虐める姑だった。
おみつはあまり惨めで涙も出なかった。
黙々と布団を敷いて床につく。
冴えた頭をあやす様に、思い出を辿った。
幼い辰治の笑顔が浮かぶ、荘吉の闊達な笑声が聞こえる。
甘い追憶の涙が、おみつをいつしか眠りに誘っていた。
朝未だき清澄な空気の江戸の町をおみつは歩く。
きりりとした旅姿で、背負った荷物は軽い。
朝もやに浮かぶ橋は見慣れたいつもの橋でない。
「あの橋の向こうに行く」
それだけの思いである。
与兵衛の存在はおみつの立場を悪くするばかりだろう。
今言い訳は一切すまい。
急いで差配さんに宛てた文は木戸番の戸に差し込んである。
辰治や荘吉がどう受け止めようと構わない。
同じ江戸の空の下、いつかきっと会えるだろう。
そう信じて生きていく。
おみつは一心に橋を見つめた。
**山本周五郎と藤沢周平の世界が好きで、自分も時代小説を書いてみようと試みたものです。
今一、雰囲気が伝わりませんが、又挑戦してみたいです。
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