詩春期  poepoch adolescence  by 合鏡

例えば、『帰還』   おかえり・・・「お還りなさい」 / ただいま・・・「ただいま帰りました」  

願いを継ぐもの

2008年10月17日 | 



生きているうちは色々と肉体のことにかまけて
なかなか本当に心のことまでは気がまわらない
それで人はたいてい死んでから
自分の本当の気持ちに気がつく
人がなかなか成仏しない所以だ
それゆえ死者の願いは
この世で本当に生きる理由としては
それほど切迫したものであり
それだけ真性なものではある
だから死者の身代わりになって生きることと
生者の身代わりになって死ぬことは同じことなのだ


『友のために命を捨てる。それより大いなる愛はない』


死者は肉体の軛を解かれた自由な心境から
この世で願いを継ぐものに対して
私の本当の気持ちが伝わったのなら
私は安心してこの世のものから心が離れることが出来るだろうと
言うだろう
それだから生者は生きている限り
命を受け渡してくれた死者に対して
いつもこう問い続けるべきである


「あなたは本当は何がしたかったんですか」と


生者とは死者になりつつある者であり
死者とはかつて生者ではあっても
永遠に生きることが出来なかった者のことである
生と死と永遠の命という意味では
両者の思いは共通しているのであり
もし生者と死者が同じひとつの願いで結ばれ
生者と死者の間で言葉が通じ合ったなら
生者と死者を隔てるものはなくなり
つまり生と死の見境もなくなって
もはや生者と死者は一心同体であり
それは生と死を超えた神のような真の実在であると
言えるだろう

本当の生と死を知ることは
本当の善と悪を知ることである


『見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。
 彼は手を伸ばし、命の木からも取って食べ、永遠に生きるかもしれない』










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