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私のこの頃

私のこの頃の生活や生き方を思いつくままに書きます。

直島地中美術館にて

2010-06-28 11:54:05 | Weblog

 地上基地

 実際に言ってみないと、地下に出来ている美術館とは想像も出来ませんでした。
海の近くの明るい山の上の光線、これが光の取り入れ場所でこの下が美術館でした。


 クロード・モネ

 モネの睡蓮の部屋。壁面も床も白一色の空間に自然光だけで展示してある。「睡蓮の池」
時間と天候で違う表情を体験できることでしょう。同じ高さの目線をたどってみて行く画は
続いている風景のように見えてしまう。


 ウォルター・デ・マリア

 祭壇を思わせる階段のうえに直径2.2メートルの花崗岩の黒い球体、これに天井の長方形の天窓から光が入っています。見るものが球体の周りを動くごとに球体に映る長方形の光
の位置や形が変わって面白い。天井の4隅からも光が入っているので外にいるような明るさ
。金箔を施した木製の彫刻が部屋の周りをかざり荘厳な雰囲気です。


 オープン・フィールド

 ジェームス・タレルの作品・階段の上に青い光の平面、この階段を上がって、光の空間
モヤの中へ入っていきました。この世でない異郷体験をした気分でした。降りるときは
みんなで手をつないで、一歩一歩歩きました。

 その他、地中の庭、石灰岩を敷き詰めた「三角コート」斜めに傾いているコンクリートの
壁の通路、感動的体験といえましょう。3枚の写真は横向きですけど異郷のことゆえ想像してみてください。

民主党代表選挙後は?

2010-06-04 10:16:00 | Weblog

 4月2日鳩山総理は普天間基地移設問題で沖縄に迷惑をかけた。そのため社民党連立
離脱に追い込まれたこと、自らの言葉のずれやなかなか思うように行かないマニフェスト
に、責任を負い辞任宣言をした。
 それに伴い、政治資金規正法違反にあるとされる、小沢幹事長、小林千代美議員にも
辞任を求めて道ずれとした。

 20分にも及ぶ総理の自己反省とお詫びは納得だけれど、発言するたびにぶれたり、
リーダーシップのない総理は頂けない。彼の言う新しいクリーンな民主党を目指す
ためというのは本意と受け止めたい。


 そこで、代表選挙に名乗りをあげたのが管副総理、樽床議員です。


 管氏の言によれば鳩山氏の理想を継承すべく、トロイカ体制の小沢氏に意見を聞く
ことを求めたが小沢氏はどうも逃げているのか、連絡が来ないと怒っているとか。
 いよいよ彼流の遣り方の始まりですネ。
 民主党若手議員がまず管氏を支持し、順次、旧社会党系グループ,旧民社党系グル
ープが管側についた。

 しかし、140名を抱え込む小沢グループは自主投票を表明しながら、管氏にどの程度
票が行くかがこの代表選の見どころ、政治より政局ばかり面白がっています。
 だって、あれだけ期待した鳩山氏だったのに!! 最後まで奥の手があると思って
いたんですもの!!

 管氏が代表になって、反対勢力を押さえ込めて時、本当に民主党が機能するのかなと
思っています。





















善光寺献茶式と茶会

2010-05-24 20:01:50 | Weblog

 5月23日(日)信州善光寺にて、煎茶道方円流家元献茶式と茶会がありました。
全国から700名に及ぶ人々が善光寺に参集しました。
    本道で午前9時から献茶式
    大本願にて、家元席、点心席
    大勧進にて、玉露席、香煎席

 善光寺の宗派のこと、大本願、大勧進のこと、知らなかったのですが、642年
に元善光寺の本田善幸が如来様を移してから始まった寺院でその頃はまだ宗派
は無かったのです。その後、天台宗の大勧進、浄土宗の大本願からなる仏教寺院
となって、大本願は尼僧寺院、天台宗住職が御管主だそうです。

 大本願・明照殿の家元席は格子天井で重厚な雰囲気の室内、緊張感すら覚える
お席ですが、そのお道具としつらえ、亭主の優しさで、話が弾みます。


 手前座の卓上にあった「アツモリソウ」です。卓上のあちこちの一輪挿しに
「ヒトリシズカ」や『変わりアツモリソウ」「クマガイソウ」等の山野草です。


 床の間にもこんなしつらえ亀がありました。確か善光寺には亀がいるお池が
ありましたね。

 大勧進での玉露席は銘銘線の落ち着いたお手前でした。ゆっくり入る玉露を
待つ気分になりましたので、そのあじの美味だったこと。お道具も、後見も
お花(不老長春)もお菓子(花梨並木)もしっくりでした。

 また、大勧進の香煎席は高遠の桜が茶碗の中で満開でしたそして金粉がチラホラ、
席券にアルプスや公園の写真を配したり、懐紙に楊枝を貼り付けるなどの心遣い
がうれしいですね。

散る桜

2010-04-13 13:14:43 | Weblog

 
 花見客も見られなくなった雨上がりの静かな美術館のお庭。
  散る桜の風情も。
 
 流れは無いがまさに「花筏」です。

 
 渡り橋は桜の花びら化粧です。
 
 

 
 

飯田城跡の桜

2010-04-04 09:27:23 | Weblog
          
    桜の丸御殿があった所。夫婦桜をはじめ往時からの古木
    が今年も真っ盛り。
     
     
     美術博物館の前庭です。日本式の白壁と黒瓦屋根にさくらは
    やはり合いますね。でも今年の安富桜は色が薄いのです。(奥の木)
    400年の樹齢のせいかしら?残念ながら。。。

     

     春爛漫の桜花の下、お練祭りの大名行列がありました。

桜とお練祭り

2010-03-23 09:46:10 | Weblog

 「つぼみが赤くなりましたね」  「もう、咲き始めましたよ」と近隣
の人々の挨拶代わりに交わす言葉。これがりんご並木に続く桜並木の先端
にある江戸彼岸さくらのことです。今年は例年より1週間ほど早いのかし
ら、丁度開花宣言が七年に一度の飯田のお練祭りと重なりそうです。


 3月26日、27日、28日に催すこの祭りの出し物は大名行列、東野
大獅子始め、市内各地区や村部からの獅子舞や太鼓、踊り、又会津白虎隊
の踊りまで参加します。

 桜とお祭りで不景気を吹き飛ばそうと商工会、お練祭り奉賛会も力んで
います。市民も町中が久しぶりに賑わうのを楽しみにしてます。

 桜並木はもとより、桜の古木が多い飯田です。このところ他所からの見物
者も増えているのです。 花と祭りでこの熱気が地方活力の源泉になると
いいのですけれど。


ナンプレ250問

2010-03-10 14:15:24 | Weblog

  今、数独にはまっています。新聞に出る問題はよくやっていましたが、「ナンプレ
250問」を購入してやり始めたら面白くてやめられません。もっともこれからどこでバンザイするかが問題ですが。。。。暇さえあれば座り込んで数字に取り組んでいます。

 10日ほどで、6級完了、1問ごとの時間はオーバーしてますけれど。
暇な高齢者や引きこもりの方には最適です。お奨めです。

 私だって、一日中しているわけではありません。カーブスには行っているし、食事
に支度、家庭内のことは万遍なく、和服の上張りも一枚仕上げましたから、それに
愛子様の不登校問題も心から、心配申し上げて、皇太子様、雅子さまどうか心穏やかに
頑張ってください。 と願っています。

長谷川等伯展に行って

2010-02-28 10:54:51 | Weblog

 等伯没後400年特別展の会場は人、人の波、国宝3件、重要文化財30件、その他
トータル78件に及ぶ作品群、仏画も肖像画も花鳥画もいづれも圧巻、完璧と感嘆
して、目の疲れ、頭の混乱を招きました。

   楓図
 画面を貫くかのように伸びる楓の巨幹、その回りにある鶏頭や、菊も嬉々とし
て頭をもたげ、それぞれが一体となった生命の賛歌である。

   桜図
 白い花一つ一つを重厚にモダンとも云える描き方、それがしかも繊細可憐、巨大
な幹の根元に桜花を縫って柳の小枝とのハーモニーが憎たらしいまでに・・・・
 この桜花に対する情感を成し遂げた画家が等伯の息子久蔵であったとか、しかし
彼はこの後、26歳の若さで没した。

   松林図

 
 

 
 昨年も見ましたが、これに逢いたくて出かけました。
余白を生かす暗示的な空間構成といわれますが、等伯の心象風景だったのです。
 狩野派に対抗して、秀吉や利休に認められて絶頂期にあった長谷川派はに突如
として襲った優秀な息子の早逝は谷底に突き落とされる思いだったのでしょう。
 松林図を縫ってたなびく霧の中,力強く前面に林立する松はあたかも久蔵その
もの、かくして、400年後も彼は見る人の心の中に生きているのです。

春は来てました

2010-02-22 13:53:59 | Weblog
 バンクーバーオリンピックのテレビ放映に取り付かれて、毎日現地のスキー場や
スケート場ばかり目にしていましたので、まだ、まだ、冬の最中の気分でした。


 春遅い信州でももう春は来てました。地に下ろしてある福寿草はもはや盛りを
過ぎてます。


 除草剤のせいか、なかなかお目に掛かれなくなったオオイヌノフグリ春先の大好
きの花の一つ,この時期には珍しいブルーの可憐な草花ですのに。


 オオイヌノフグリや白い花が可愛らしいハコベラが絶えた庭先でもホトケノザ
だけは群集、まさに仏様はいつでもどこでもいらっしゃいますものネ。

アッピア街道

2010-02-12 13:13:45 | Weblog

 BS・TBSの「古代ローマ街道を飛ぶ」をみました。上図のような幅4メートル
の石畳の街道がローマ時代に全長600キロにも及んで作られたのです。その中の
アッピア街道はローマからアドリヤ海に面したブリンティジまで。空中撮影なので、
平野の中のあくまで真っ直ぐな道、尾根づたいのくねった道筋などがよくわかって
塩野七生ファンの私はワクワクして見てました。

 ローマ人はその地を征服すると、街道を作り、水道橋で水を取り込み、上水道
下水道を完備し、浴場、劇場、宿場、アーケード、とインフラ整備そして学校も
創っています。そして、随時ローマ市民権を与え、地元人との結婚を奨励して
同化政策。それに信教の自由。


 かくして,BC前3C頃から1千年も続いたローマ帝国、現代人が学ぶところば
かりですね。ひとつ気に入らなくて分らないのがコロッセアム、ここで奴隷に依
る殺し合いの剣術試合が行われたということ。勿論、ローマ帝国がキルスト教化
された後は廃止されたと思うんですが、詳しくは知らない。

 映像に出てきた、ローマ、ミラノ、ポンペイ、アルベロベッロ、アマルフィー
等、観光旅行で回ったところですが、それより先に「ローマ人の物語」を読んで
いたり、この放映を見ていたらなあと思うのみ・・・・・