ウィズアウ

女性向け二次創作・感想ブログ
当ブログには男性同士の恋愛描写が含まれます。
児童書『顔のない男』 詩・SS中心

You two

2011-07-29 | 顔のない男 二次創作



「君たち」っていうその響き







○○○







バリーがノースタッド家に向かって足を進める頃には、水平線には僅かな明りしか残っていなかった。
あと数十メートルで辿り着く、というところで、バリーは見覚えのある車に気付いた。
それは、ノースタッド家の玄関から少し離れた場所に、人目を避けるように止められていた。
何とはなしに見ていると、助手席からこれまた見覚えのある、金髪の少年が出てきた。
車の持ち主と、細い背中の少年とをつなぐ符号を無意識に探しながら、バリーは足を止め、道端の木の影へ身を寄せた。
なんとなく、すぐに近づかないほうが良いような気がした。





少年は車から出たあと、また助手側の窓から中を覗き込み、何か言ったようだった。
夕暮れの中はっきりとは見えなかったが、少年にはいつもの鋭さや硬さがなかった。
その頬には、遠慮がちな、しかし確かな微笑みが浮かんでいた。
心なしか、頬には赤みすら差しているいるように見えた。
そのような表情は、少年と短くない期間付き合っているバリーも、見たことのないものだった。
少年はくるりと振り返り、50メートルほど先の家へ向かって歩き出した。
その姿を見届けてから、車はエンジン音を吹かせて発進した。
こちらへ向かって、近づいてくる。




バリーは、ある確信にも似た感覚を持って、影から道端へ、自身の姿を見せつけるように移動した。
そして顔をまっすぐにあげて、正面からやってくる車を見据えた。
薄暗さのせいで運転手の顔は見えなかったが、向こうがこちらに気付いているのは分かった。
予想通り、車はすぐにスピードを下げ、バリーの横へ停止した。
型は古いが、相変わらず手入れの行き届いた車体を眺め、バリーは言った。







「久しぶりだな、ジャスティン」





運転席の男は、ゆっくりと窓を開けた。
愛想よく笑うバリーに対し、マクラウドはほとんど無表情なまま「元気だったか、バリー」と言った。
その質問の答えに、たいして興味がなさそうな声色だったが、バリーは大らかに笑って答えた。





「ああ。今年は休みが長くとれたから、呑気に過ごしてるよ」
「そうか」
「君は、あいかわらずか」
「まあな」





対して弾まない会話だったが、長年の付き合いで、バリーはこれがマクラウドの普通なのだと理解していた。
ただ、普段よりもほんの少しの緊張、いや警戒のような色が、マクラウドの声に含まれているのを、聞き逃さなかった。
あの少年と一緒にいたところを、見られた。
大方そんなことを考えているのだろう。
バリーはにこやかな表情を崩さないままに、マクラウドの変わらぬ表情と傷跡をちらりと眺めた。





「また近いうちに、酒でも飲みに行っていいか」
「構わんが、………日曜の夜にでも」
「分かった。ウィスキーでいいか」






返事はせずに、マクラウドは口元だけで小さな笑みを作った。
バリーも目配せでそれに応じた。
日曜の夜、か。
人付き合いの殆どないこの男が、日にちを指定してくることはこれまで殆どなかった。
日曜以外は、都合が悪いということか。
バリーは、網膜にちらつく細い背中を思い、腹の底がこそばゆいような感覚を覚えた。
そして、運転席の窓枠に片手をあてて、覗き込むようにして言った







「……ジャスティン、立ち入ったことを聞いていいか」
「…何だ」






マクラウドは、何を聞かれるかわかっているような声色で応えた。
そのトーンに不快な気配がないのを確認して、バリーは聞いた。





「今の子、ノースタッド。知り合いか」
「…ああ。勉強を教えてくれ、と頼まれた。もうすぐ一か月になる」





車から降りるチャールズを見たときに、何となく予想はしていたことだった。
ここ何週間か、彼の母親が不安そうに、あの子が勉強なんてしてるの、とこぼしていたのを思い出した。
確か、寄宿学校に入りたい、とか言っていたな、とバリーは頭の片隅で思った。
そして更に、人付き合いの嫌いなこの男がどんな心境の変化で、見ず知らずの少年にそんな親切をしているのか、と考えた。
思いを巡らせているうちに、その温かな違和感が笑いとなり、バリーの肩を揺らした。
堪えきれずにぷっと吹き出し、明るい声をあげて笑うバリーを、車の中からマクラウドが睨んだ。






「ぷっ…、ははは、君が、勉強を、」
「……俺が勉強を教えたら、おかしいか」
「いや……くくっ、すまん」






マクラウドが見かけほど恐ろしい人間ではないと知っていつつ、冷たい目で睨まれると迫力がある。
バリーは笑いをなんとか抑え、憮然としているマクラウドの肩を宥めるように叩いた。
人嫌いの小説家は、純朴の仮面を被った弁護士の人懐こさに、少しの嫉妬と羨望を感じた。
西の空に浮かぶ橙色の残照は、薄れて消えかけていた。




「…………何もなければ、もう行くが」
「まぁ待て。君、あの子の家庭のこと、聞いてるか」





バリーの声色が真剣なものへと変化したことを、マクラウドは見逃さなかった。
マクラウドはすぐに、チャールズの言っていた話、複数の継父やら、相性の悪い異父姉妹のことを頭に呼び起こした。
同時に、チャールズが言っていた「父親候補」の話も思い出した。
「今の父親候補は、『便利なバリー』だけです」
確かチャールズは、半分ふざけるようにそう言っていた。




「………多少は」
「そうか」
「…………それが、どうした」
「…………実を言うとな、近々あの子の母親に、結婚を申し込むつもりだ」
「…………そうなのか」
「ああ。チャールズがまだ3つの頃、ここで知り合ってね。それ以来の友人さ」
「それは……おめでとう、と言ったらいいのかな」
「どうだろうな」




バリーは困ったような笑みを漏らした。
それは、上辺のものではなく、人好きのする温かい笑みだった。
そして、もう幾度も結婚を繰り返している女性に惚れた、純情な男の素顔のようにも見えた。
海から直接流れてくる風が、バリーの髪に吹き付けた。
車内にも、清涼な潮の香りが流れて行った。





「………あの子には、父親が必要だ。あんたなら、俺も安心だ」
「だといいが」




いつになく優しげなマクラウドの言葉に、バリーは照れたように俯いた。
もう何年も昔、人付き合いを毛嫌いしていたマクラウドに、「貰い物の美味い酒があるが」と話かけてきた男が、バリーだった。
嫌味や恩着せがましさを微塵も感じさせず、心地の良い距離を保ってくれる男。
その内面には、職業上不可欠であろう狡猾さや泥臭さを綺麗さっぱり拭い去ったあとの、多少の冷度すら伴う透明感があった。
ああ、この男も、人間に疲れているのかもしれない。
人間と付き合うことに。人間であり続けることに。
マクラウドのバリーへの第一印象は、それだった。
だが、二人は友人となったのちも、互いに踏み込む境界を厳格に定めていた。
お互いの被る仮面を認識しながらも、それに触れることはない夏の付き合いは、それ故に長く続いていた。






「ジャスティン」





バリーは、いつもよりも少しだけ低い声で、小さく言った。





「チャールズのことだが………張りつめて生きてきた子だ、大切にしてやってくれ」
「バリー、それは父親になるあんたが」
「僕は幼い頃からのあの子を知ってる。あの子があんなに楽しそうなのは、初めて見る」





マクラウドの言葉を遮りながら、バリーは穏やかに、しかし断固としてそう言った。
マクラウドがバリーから顔をそむけ、ハンドルをきつく握りしめたのをバリーは見ていた。





「あの子の母親も、姉も、少々不器用でな。感情の表現が、上手くないんだ」
「……あの子自身も、そうだな」
「頼むよ。僕も、あの子のことは可愛いんだ」
バリーはそう言って、人の良い笑みを浮かべた。
苦笑にも似たそれを見て、マクラウドはバリーの見てきた十年間余りを思った。
真っ直ぐで、かつ自分の不器用さと器用さをうまく認識している目の前の男を、またほんの少し羨ましく思った。





「……秋の試験には、必ず合格させる。それだけは、約束する」
「…………ジャスティン、そういう意味じゃ」
「それと、あんたに相談したいこともある。日曜の夜、待ってる」
「…………分かった」






マクラウドが自分の意図をわざと読み違えているのを、バリーは黙って受け入れた。
運転席の男の、滅多に揺らぐことのない瞳に、僅かな波を見たからだった。
バリーは、車の窓枠から手を放し、少し伸びをしながら言った。






「あの子の母親には、ひとまず何も言わずにいるよ。そのほうがいいだろう」





マクラウドはバリーを見上げ、小さく笑うようにため息をついた。
そして聞こえるか聞こえないか、という大きさで、「ありがとう」と呟いた。
それが酷く穏やかで、バリーは少なからず驚いた。
そう親密だとは言えなくとも、長い間付き合ってきた男のこんな様子は、初めて見るものだった。





「あの子も随分変わったが、君もそうだな。ジャスティン」





マクラウドは、訝しげな視線だけをバリーに向けた。




「去年まではもっと、刺々しい目をしてたよ」
「……そうかな」
「君たちがそんなふうに微笑うなんて、知らなかった。いい夏だな、今年は」





何気なく発した言葉に、マクラウドの瞳が小さく光ったのをバリーは見た。
マクラウドは、まるで安心したように、ゆっくりと不器用に微笑んだ。
その表情に、バリーは、先に家に戻っているだろうあの少年の面影を連想した。
マクラウドが、じゃあ、と呟いて、アクセルを踏んだ。
男一人を乗せた車は、淡々と坂の上へと消えて行った。
すっかり暗くなった道端に取り残されたバリーは、胸に清冽な感情が湧いてきているのをぼんやり感じた。
彼らがこの夏、どんな時間を過ごしているのかなど、知る由もなく、また聞こうとも思わなかった。
ただそれが、どこまでも透明で、哀しいほどに澄んだものであることだけが、痛いほどに伝わってきていた。











○○○








バリーは良い漢。
夏に入ってからの
怒涛の勢いで可愛くなっていくチャールズを見てるから
「ただ近所のおっさんとガキが仲良くしてるだけ」とは思ってないよ。
でも、敢えてわざわざ詮索することもないよね、っていうスタンスの人だといい。





ミスター普通とか言われてるバリーだけど
普段は大人しくて実は切れ者、な大柄の穏やかーな人だったらいいな。
バリーみたいに「クセのない人」ていうのが、一番凄いと思うなぁ。
多分怒ったら、先生より怖いと思う。









先生とバリーは
夏に1、2回会う程度の飲み仲間、なイメージ。
ちびちび飲みつつ、読んだ本とか、なんぞアカデミックな話とか、仕事のよもやま話とか徒然して
んじゃ、また来年の夏。
みたいなさらっとした友情、だったらいい。

ふと、

2011-07-23 | 顔のない男 二次創作



気の緩んだその一瞬













○○○









「母さん、」




その言葉を言ってから、僕はやってしまった、と思った。
目の前にいる相手は、勿論母親ではない。
最近になってようやく打ち解けて話せる程度には親しくなった、意地悪で皮肉屋の鬼教師だった。







やっと午前の厳しい授業が終わり、僕らは二人で昼食の用意をしていた。
これでもか、というほどに野菜の詰め込まれたサンドウィッチが、定番のメニューだった。
涼しい風が吹き抜ける中、ぽつぽつと短い会話をしながら、僕らは手を進めていた。
彼がシンクで野菜を洗っている間に、僕はピーナツバターの瓶の蓋と格闘していた。
中々開かない蓋のせいで、手は痺れてしまっていた。
そのせいで、頭のネジも、一つ飛んでしまったのかもしれない







「…………先生」




僕は恐る恐る、言い直した。
マクラウドが、ゆっくりと振り返った。





「………呼んだか」





彼の表情があまりにも普通だったので、僕は驚いた。
てっきり、あの鋭い目で睨まれるか、冷笑を浴びせられるかと思っていたからだ。
もしかして、聞こえていなかったのかも。
ラッキーだ、ついてる。
僕は神様にお礼を言うような気分で、口の端を持ち上げた。





「……び、瓶の蓋が開かなくて…開けてくれますか?」





マクラウドは無言で瓶を受け取り、それを軽く捻った。
あんなに堅かったのはずなのに、あっけないほど簡単に蓋は開き、僕の好きな匂いがふわりと漂った。
マクラウドはまた何も言わずに瓶を僕へ返し、流し台へ向き直った。
蛇口を捻り、気持ちの良い水音が響いた。
良かった。
やっぱり聞こえていなかったんだ。
内心でそう確信し、ほっと胸を撫で下ろしたときだった。




マクラウドの肩が小刻みに揺れていた。









くそ。
やっぱり、聞こえてたのか。




僕は口惜しくなって、唇を噛んで彼を見上げた。
マクラウドは下を向いて、僕の視線を避けるように、震えるように笑っていた。
頬が一気に熱くなった。
マクラウドは最初のうちは、なんとか堪えようとしていたらしかった。
だがすぐにそれは爆笑へと変わった。
その声には、普段は見せない温かみと明るさがあった。
心の片隅に、じんわりと何かが込み上げた。それは決して、不快なものではなかった。
だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
僕は抗議するように言った。




「………そんなに、笑わなくてもっ」
「ぷっ……、くくっ、ああ、そうだな。すまん」





マクラウドは洗い終わったレタスをボウルにあげ、清潔な布巾で水気を取った。
彼はまだ、くつくつと笑っていた。




「まぁ、気にするな。間違いは誰にでもある」
「そうじゃなくて。聞こえてたなら、すぐにそう言えばいいじゃないですか!」
「君こそ、その場で訂正すればいいんだ。下手に誤魔化すのはいけない」
「………インケン」
「ほら、さっさと用意しろ」






マクラウドは僕がむくれているのを見るのが楽しいようで、終始にこやかだった。
彼と知り合ってまだ数日だったが、こんな表情を見たのは初めてだった。
それは嬉しくもあり、また妙に面映ゆくもあった。
その日の昼食も美味かったが、僕はおかわりもせずに食べ終えてしまった。
マクラウドは、あえて何も言わずに、その空気を楽しんでいた。
だが不思議と苛立ちは消え、その表情に僕は引き込まれていた。
それは何となく、深い群青色の穏やかな波間を思い出させた。






これ以上、薄い色の瞳の不思議な引力に絆される前に、帰ろう。
食器を片づけながら、僕はそう心に決めた。










○○○








仲良くなる直前、くらいの感じで。




先生と言えば「お母さん」呼び!(私は高3のときにやらかしました)
マクラウド先生、教師時代にしょっちゅう言われてて慣れてたら萌える。
もしくは、硬派な鬼教師ゆえに全然言われたことなくて、
初「お母さん」がチャールズだったらそれも萌える。







ていうか原作で
ちょくちょく一緒に台所に立ってる(立ってそうな)シーンが
とてつもなく萌える。



残像2

2011-07-17 | 顔のない男 二次創作







◎◎○









人と触れ合っていることを嫌悪するようになったのは、いつからだったのだろうか。








それは思い出せない位遠い昔からだった。
物心がついた頃には、チャールズは母に抱かれることさえ嫌がっていた。
そして、そのことが母を傷つけていることも、知っていた。
母を傷つけたくなくて、しかし上手く自分を演じることもできずに、ひたすら目を閉じ黙っていた。
早く、誰からも逃れ、遠い世界で一人になりたい。
チャールズはずっと、そう願い続けてきた。
だがそれでも、誰かと触れ合っている安心や幸福を感じていた時期はあった。
もう今は、その声も顔も、曇り硝子の向こうにあるようにぼんやりとしか感じられない。
だが、その像は確かに父親だった。





波間に揺れるように、深い眠りと浅い眠りと行き来しながら、チャールズは夢を見ていた。
大きな肩に乗せられた、幼い自分。
波を蹴り上げ、笑いながら自分の名を呼ぶ父親。
飛沫が太陽に反射し、キラキラと降ってきた。
上背のある父の背から見る世界は、幸せに満ちていた。
彼はことあるごとに、例えば遊び疲れて眠る前や、母親に叱られ泣いているときに、必ず言った。
大きな手のひらをチャールズの小さな両頬に手を添え、同じ色の瞳でチャールズをまっすぐに見つめ、笑いながら。



「愛しているよ、チャールズ。これからもずっと」












一瞬、体がびくんと跳ね、チャールズは飛び起きた。
心臓が冷たく高鳴っていた。
呼吸をするの忘れていたのか、息が酷く苦しかった。
喉の奥に、何か苦いものが込み上げていた。
チャールズがそれを必死に吐き出そうとすると、嗚咽が漏れた。






「ぅ、おぇ…っ、うぇ、げほ」





咽びながら体を丸めたとき、マクラウドの手が背中をゆっくりとさすっているのに気付いた。
そのときにようやく、マクラウドの膝で寝ていたことを思い出した。
それがどうして、こんなに苦しいんだ?
不思議に思いながら息を吐き出していると、背中から、声が聞こえた。




「……大丈夫か」
「…っ、だい、じょぶ……」






マクラウドの冷静な声音から、チャールズは彼がこの成り行きを予測していたのか、とふと思った。
だがすぐにそんな余裕はなくなり、酷い嘔吐感が下腹からぞくりと這い上がってきた。
慌てて、両手で口を抑えた。
すぐにマクラウドがソファから立ち上がり、足早に台所へ行った。
一人残され、チャールズは息苦しさに耐えかねていた。
今更ながら、大量の涙が頬をつたっているのに、他人事のように気付いた。
そして、マクラウドはずっと涙を流していた自分を、起こさずにいたのだ、とも悟った。
訳の分からない感情が沸々と湧いてくる一方、身体的な問題を処理するほうが先決だった。
すぐにマクラウドが戻ってきた。
手には、水の入ったグラスと、タオルと洗面器があった。
チャールズは洗面器を受け取ったが、なかなかうまく吐き出せず、えずきだけが繰り返し溢れた。







「げほっ、……うえ、ぇっ、」
「ゆっくり、息を吐け。焦らなくていい」





チャールズの背や髪を撫でながら、マクラウドは低く言った。
それでも中々収まらない嗚咽と荒い呼吸に、マクラウドは一瞬躊躇したあと、普段より優しい声で言った。




「チャールズ。少しだけ我慢しろ。すぐ楽になる」




チャールズがその言葉を理解できた頃には、マクラウドはチャールズを両腕で抱え込んでいた。
そして、背後からチャールズの口に、自身の右手の中指を押し込んだ。
チャールズは驚いて体を硬くしたが、マクラウドはお構いなしにそれを押さえつけ、咥内を抉った。
マクラウドの長い指が、喉の奥を掻き回している。
チャールズは身体的な苦痛と、他人の体が体内に侵入してくる生々しい感覚に、悶えた。
数秒と経たないうちに、チャールズは喉の奥から込み上げてくるものの気配を感じた。













「ありが、と」



差し出された水を受け取り、チャールズは掠れ声で呟いた。
だが、半分程度しか飲むことはできなかった。
マクラウドは淡々とチャールズの口周りと自分の手を拭き、汚れたタオルと洗面器を持って洗面台へ行った。
胃の中のものをあらかた吐き出すと、随分楽になった。
頭の中も空っぽになったようだった。
勢いよく流れる水道の音を遠くに聞きながら、チャールズは、大きくため息をついた。
なぜ、突然こんなことになったのかは、まだ分からなかった。
部屋には、眠りについたときと同じ、穏やかな日差しと潮騒が行き来していた。
思い出したように、チャールズは頬の温かい涙を拭った。
マクラウドが、今度は薄い上着を持って戻ってきた。
黙ってそれをチャールズの肩にかけてから、マクラウドはまた横に座った。






「落ち着いたか」
「ん」
「そうか」





それきり、マクラウドはまた黙った。
チャールズはグラスに残っていた水をまた一口飲んだ。大分楽になっていた。
マクラウドの上着を鎖骨のあたりで合わせ、チャールズはソファに深くもたれ掛った。
コーヒーの薫りから、自分が眠ってからまだそう時間が経っていないことに気付いた。
そうか、あれはほんの一瞬だったのか。
余りにも生々しかった夢の感触と感情に、チャールズは、妙に納得した。








「ジャスティン、あのさ」





チャールズは、自分が何を話そうとしているのか分からないまま、話し始めた。





「さっき、夢を見たんだ」





遠くで、波が弾ける音がした。
マクラウドがマグカップを手に取り、コーヒーを啜った。
こちらを見ているのが分かったが、チャールズはじっと自分の膝を見下ろしていた。






「小さい時の夢だったんだ。父がいた。……海で、遊んでいたのかな。凄く懐かしくて、幸せだった」






チャールズは、知らないうちに微笑んでいた。
話しながら、他人に父親の話をこんなふうにするのは、初めてだと思った。
マクラウドはただ黙って聞いていた。





「でも、凄く怖かったんだ。父がいなくなることを、夢の中の僕は知っていたから。
 父は僕によく、『愛してる』って言ってくれた。でも、結局は僕を置いて、消えてしまった」
「……チャールズ」
「父さんのことは凄く好きだった。尊敬もしてる。でも、愛って言葉は、よく分からない」




その言葉は、マクラウドの心に刺さった。
男は何か言おうとしたが、何一つ探せなかった。
久しぶりに人の体温を肌に感じながら眠ったせいで、
遠い昔の父親との記憶が蘇り、心の古傷を抉ったのだろうか。
そもそも、僕はどうしてジャスティンに膝枕なんかしてもらったんだろう。
小さな子供じゃあるまいし。
チャールズは、考えるのに疲れたように頭を軽く左右に振った。
考えないように、しよう。そう心に決めた。
そして、グラスの水を一気に飲み干した。
その表情は、もう夢のことは忘れてしまったとでも言うように、いつも通りのものだった。
貨物船の汽笛が、大きく開いた窓から風に乗って聞こえた。
太陽が、ゆっくりと傾き始めた。
チャールズは立ち上がり、いつもよりも妙に明るい声で言った。





「今日はもう、帰るよ。また月曜日に来るね」
「車で送ろう」
「ううん、平気。まだ明るいし、歩いたほうが気分もよくなるから」





そう言って鞄を拾い上げるチャールズに、マクラウドはやはり何も言えなかった。
瞳の明るい緑は、奇妙に揺らいでいた。
確か、目の色は父親譲りと言っていたな、とマクラウドはぼんやりと思った。
足早に玄関先まで出たチャールズを、半ば追うようにしてマクラウドは見送った。





「気を付けて帰るんだぞ。走るなよ」
「分かってるよ、大丈夫。あ、この上着…」
「いいから、そのまま着て行け」





マクラウドは手を伸ばして、チャールズがだぼだぼに着ている上着の合わせ目をきゅっと引いた。
チャールズは照れくさそうにマクラウドを見上げていたが、ようやく少し笑った。
それに連られてマクラウドも微笑んだ。
また次に会うときには、今日のことは無かったことになっているだろう。
二人は無意識のうちにそう確信していた。
だがマクラウドは、暫く躊躇したあと、遠慮がちに、チャールズの両頬に手をやった。
チャールズは反射的に、夢の中の父親の面影を思い出した。
そして、そのあとに続く言葉も。
しかし、マクラウドは何も言わず、チャールズの額に軽く唇を滑らせた。
チャールズは驚いたように何度も瞬きをしたが、やがて花が咲いたように笑った。
そしてぼんやりとした父親の面影には無かった、右半分を覆う火傷に、指先だけでそっと触れた。








まだ明るい小道を、チャールズは光る水平線を眺めながら歩いた。
いつになく心配そうなマクラウドの顔が瞼にちらついた。
だが、あれ以上一緒にいたら、思ってもいないことまで喋ってしまいそうだった。
落ち始めた陽に目を細めながら、少年は幸せな夢を見ながら涙を流す自分自身を、奇妙に思った。
しかし、心のどこかで漠然と確信していた。
あの残像は、自分の傷跡だと。
そしてそれは、もしかしたら、あの人の傍らでしか見ることのできない夢だったのかも知れない、と。









○○○




おわり。






チャールズが好きです…
不安定で脆くて
ずたぼろに傷ついたりしてるのに
自分でそれに気付いてなくて
でも周りの人は気付いてるっていう
もう可愛いな!
甘え方知らない子だから、
意地を張るかドストレートかの二者択一になってしまうんだね。







チャールズが愛を信じられないのは、
お母さんのせいじゃなくて
お父さんのせいだったんじゃないのかしら。
大好きなお父さん像を壊したくなくて、お母さんを悪者にしたんじゃないかしら。
(いやこのお母さんも、大分強者ではあるんだけど)
そう思ったのでした。






チャールズが子供に戻れる唯一の場所が
先生の隣だったんだろうなぁ。




ちなみに
先生の上着を着てのこのこ帰宅するチャールズを見て、
ピンときたバリーが慌てたらいいと思います。
「君もっと警戒しなさいよ!バレちゃうよ!?てかバレてるよ!(俺に)」みたいな感じで。
あぁバリー良い人だ…

残像

2011-07-15 | 顔のない男 二次創作








「僕、愛っていう言葉が嫌いなんです。
 うんと小さいときから、それを聞くとしらけちゃうんです。
 何かあるんだけど、思い出せない。」









○◎●










「まだ眠いのか?」





マクラウドがわざとらしく、呆れたような声で言った。
今日も断崖の岩場で2時間ほど昼寝をしたが、チャールズはまだ睡魔と戦っていた。
チャールズは不機嫌そうに眉根を寄せ、背の高い男を見上げた。




「眠くないってば」
「目が半分閉じているぞ」
「ジャスティンこそ、そろそろ年なんだし、無理はやめなよ」
「ほお。息切れしてる若者から忠告か。ありがたいな」





互いに言葉を投げ合いながら、二人は大きな窓のある居間に戻ってきた。
二人分の水着とタオルを洗濯機に放り込み、マクラウドは手早くコーヒーを沸かした。
チャールズは大きなソファに深くもたれ、ぼうっと天井を見つめていた。
泳いだ後の心地よい疲労は、まだ続いていた。
温かい岩場の昼寝も良いが、涼しい風の通るこの場所も、同じくらいに眠気を誘う。
意識が睡魔に負けかけた頃、コーヒーの良い薫りとともに、マクラウドが二つのカップを持って戻ってきた。




「二階で寝るといい。30分したら、起こしてやる」




それもいい、と思ったが、何となく一人になりたくなかった。
数日前、マクラウドと泳いでいる最中に底流に掴まって以来、一人になるのが嫌だった。
実際には底流とは関係なく、その時に話した、過去の記憶を辿ったときに現れる暗闇が恐ろしかったのだが。
形も質量もなく、ただ押し寄せる暗い空間。
そこには、チャールズの忌み嫌う孤独と閉塞感しかなかった。




「ううん、ここにいる」




チャールズは断固として譲らなかった。
マクラウドはちらりとチャールズを見たが、何も言わずに隣に座り、読みかけの本を開いた。
マクラウドの淹れたコーヒーを啜りながら、チャールズは窓の外を眺めた。
色とりどりの青が群れとなり、日の光と戯れるようにゆらゆらとたなびいていた。
10秒と経たないうちに、眠りに落ちた。
何度も頭をかくん、と落としては目をさまし、また眠る、ということを繰り返していた。
少年が驚いて目を覚まし、きょろきょろと辺りを見渡す度に、マクラウドは意地悪く笑った。
だが、4度目にもなると、見かねて言った。






「舌を噛まないうちに、ベッドへ行け」
「……やだ。ここにいる」
「子供か、君は」






困ったような、面白がるような顔をしながら、マクラウドは言った。
チャールズは憮然として、動かなかった。
そんな少年を見つめながら、あることを思いつき、マクラウドは「チャールズ」と呼びかけた。
そして冗談半分に、自分の右ひざをぽんぽん、と叩いた。
膝枕を、してやろうか。
マクラウドは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
もちろん、チャールズは顔を赤くして怒り、子ども扱いするなと叫ぶと予想して。
しかしチャールズは、マクラウドの顔と膝を交互に見比べ、真意の読めない表情で、こくんと頷いた。
そして、ソファに体を横たえ、頭をゆっくりとマクラウドの膝の上に乗せた。
そして猫がそうするように、頭を小刻みに動かして、しっくりくる場所を探していた。
マクラウドは、チャールズの予想外の行動に言葉を失った。




本当に、膝枕を使うつもりか。
大の男相手に。





「…………おい、チャールズ」
「なに」





チャールズは今にも眠りそうな声で、短く答えた。
不機嫌な猫のその表情は、早く寝かせてよ、と訴えていた。
瞳の吸い込まれそうな緑が、薄く光っていた。
マクラウドはため息をついた。




「………いや、何でもない。おやすみ」
「おやすみ」






マクラウドのズボンの生地の感触をうなじに受け、チャールズはすぐに眠りについた。
妙に照れて、チャールズと目を合わせることができなかったマクラウドは、少し安心した。
小さな寝息が、マクラウドの耳をふわりとくすぐった。
マクラウドが膝の上を見下ろすと、少年は小さな子供のように眠り込んでいた。
薄いレース越しに、午後の優しい日差しが入り込む部屋は、心地よい空気に包まれていた。
直射日光の下で見るときよりも、ずっと白く透き通った頬に、マクラウドは思わず指先で触れた。
何の反応もないことから、チャールズが深く寝入っているのに気付いたマクラウドは、また小さくふき出した。




「本当に、どんどん子供っぽくなっていくな」




初めて会った日からの時間の跡を思い、マクラウドは少しの間、胸がしめつけられた。
日に日に幼さを増していく、いや、取り戻していくというべきか。
チャールズの表情は毎日変化していった。
それはときには、思春期の少年特有の不安定さを思わせるほどだった。
右手でチャールズの柔らかい髪を撫でながら、マクラウドは読みかけのページを捲った。
午後過ぎの生ぬるい風が、薄いレースをふわりと持ち上げた。
コーヒーの薫りが部屋を横切り、潮の匂いと交差した。









少年の寝息が聞こえてから数分も経たないうちに、マクラウドは異変に気付いた。
チャールズの目じりから、涙がぽろぽろと溢れていた。
表情は全く穏やかなままで、微笑んでいるようにすら見えるのに。
閉じられたままの両目からは、確かに涙が流れていた。





「チャールズ…?」




驚いたマクラウドは、本をサイドテーブルに置き、目尻を拭ってみた。
反応はなく、うなされている様子もない。
こんなことは初めてだった。
起こすべきだろうか。
マクラウドは迷い、右手でチャールズの手を握りしめた。
涙が、一つの跡を作るように、止め処なく静かに流れていった。
静かで優しい時間の中で、その涙だけが異物のように紛れ込んでいた。
マクラウドは、予想もしなかった出来事に戸惑い、見ていることしかできなかった。













●●◎








次で終わります。
冒頭は原作p196からのチャールズの台詞。






チャールズに正面切って甘えられると
弱気になる先生萌え。
ツンデレで甘えられると強いんだけど、っていうね。
Sは攻撃に弱いってやつですね。
あー先チャ楽しい。






昨日の書見台の話↓



書見台のシーンチェックし直したけど、萌えますな…!


ツイードの上着に白いシャツにネクタイ。
「彼の着ているものを見て、僕は立ち止った」ってチャールズあなた。
分かるよ!(分かってない)



でも先生は、ラフな格好してるのに隙がない、ってのがイメージです。
多分、生活指導の先生だったからね(決定事項)
納得。



愛用の

2011-07-13 | 日記




久々なのに
日記ですみません…




あのですね





出張先でたまたま
オサレな雑貨屋さんに入ったんですよ。
で、柄にもなく
可愛いものたちに囲まれてうっとりしてたら、
棚の片隅に、ぽつんと
地味どころか無骨な感じの、 書 見 台  があったんです。
頑丈な木造りで、黒の。
もうそこで






マクラウド先生―――――――!!!!!





ってなっちゃいましてね。




チャールズが先生にくっついて教会に行った日の朝、
先生が書見台に本を置いて読んでたっていう描写があったと思うんですが
しかも確か、「その日は彼は珍しくスーツ(やらジャケットやら)を着てた」、みたいな
そんな萌えシーン。





恥ずかしながら、
私の生活範囲に「書見台」っていう文化がないのですが
あれ、雑貨扱いで普通に売ってるんだ…ちょっとびっくり…
浪漫だなぁ。





チャールズが、実は書見台とかあんまり見たことなくて
先生の家で初めて見て
「何これかっこいい!使いたい!」ってきゃっきゃしてたら可愛いんじゃない。
先生の真似したがるチャールズ可愛いね…
書見台使ってテレンス・ブレーク読むといいよ。
先生は幸せ者だわ。
そりゃ何も言わずに夕飯作ってあげちゃうわ。









先生は、本やら資料、原稿、書類なんかに囲まれて
その一部に書見台を使うようなイメージがあるなぁ。
作業中とかは机の上がすごい散らかってるんだけど
作業が終わったら、絶対全部を綺麗に片づける、みたいな。
寝る前は、机の上には何もない、みたいな。




チャールズは、本棚の隙間におかれた、背もたれもないようなちゃっちい椅子で
背中丸めて膝を抱えて、一生懸命読んでるのがしっくりくる。
多分一つのことに凄い熱中しちゃう子だから、
本に夢中になったら「こんなもの使ってられるか!」ってなって、
結局書見台使わなくなるんだよきっと。
一生懸命読みすぎてて、先生に「目が悪くなる!」「猫背はだめだ!」とか言われてて欲しい。







そしてその書見台も
先生の去った家の、本棚の片隅に残されてて
それを一人で見つけたチャールズが何を思うか、とか
そんなことはまだとても考えられない(1年半たってもこの程度)






こんなことばっかり考えてたら
やがて7月の半分が終わるよ…!
来月はリアル先チャのシーズンだなぁ。いっぱい書きたいなぁ。






拍手ありがとうございます!
勿体ない所の騒ぎじゃない拍手ですが
先チャ好きがいる幸せをかみしめてますvv
ありがとうございます。
何よりの元気のみなもとです。