月曜の朝、紗智は起きる前からひどい頭痛がした。滅多にない事だった。
「仕事はお休みにしたら?」
母がパジャマ姿でテーブルについた紗智に言った。
紗智は考えてから、「行く」と言った。
「無理だったら、途中で帰らせてもらう」
「そう。じゃあ、何か食べないとね」
「ああ、どうしよう。食べたら戻しそう」
「林檎はどう?ジュースにしてもいいし。それから胃腸の薬ね」
「そうね」
「風邪かしら。熱は?」
「寒気はないの。体もだるくない。でも、測ってみる」
紗智はテーブルのペンホルダーに差してある体温計を取って、わきの下に挟んだ。
「どうしたんだろうね」
母は林檎をむきながら紗智の様子をうかがった。
「36.5だ」
「平熱ね。頭痛薬飲むでしょ」
「あんまり効かないんだけど、飲む」
紗智はそろそろ歩いてラックから救急箱を持ってきた。
「ねえ、送っていこうか?」
母がそう言うのは久し振りだった。高校生の時はよく聞いた。
「え、いいの?時間大丈夫?」
「ちょっと忙しいけど、大丈夫よ」
紗智は林檎と温めたミルクのお陰で少し元気が出た。薬は頭痛薬だけで済んだ。
車の中で、紗智はまたしるしの話をした。
「結局、誰も分からないのよね」
母は興味が薄れたように言った。
「そう。慶子さんが言う共通点がどかにあればなあ」
「悪いけど、さっぱりね。図形の面積だったらいいのに」
「え?」
紗智の頭に何かがふっとよぎった。
「ねえねえ、正六角形と正三角形の共通点って何だと思う?」
「共通点?」
「算数の問題よ」
「そうねえ。例えば、正六角形は正三角形に分割できるとか、かな」
「それで?」
「逆に言うと、組み合わせると別の図形になる」
「組み合わせるのか」
紗智は頭の中で正六角形と正三角形をくっつけてみた。
「あ、これって、あれじゃない。ほら、あの有名な六芒星ができるね」
「まあ、例えばだけどね」
「面白い。これもひとつの考え方ね。ありがとう」
紗智のは送ってもらって良かったと思った。頭痛は耐えられるほどになっていた。
仕事モードに入ると、痛みは忘れていられた。
昼休み、徳山がペットの話を紗智に振ってきた。事務所には、ほかに栗田がいたが、スマホで何かを調べるのに夢中だった。
「近所の子供が亀を持ってきてね。もらってくれないかって言うんだ」
「どうしたんでしょう」
「引っ越し先がペット禁止なんだそうだ。その子とは近くの公園でよく会うんだけど、優しいいい子でね」
「そうなんですか。男の子ですか?」
「そう。まだ小学二年生」
「それじゃあ、断りにくいですね」
「そうなんだ。実はペットを飼ったことがなくてね。これまでずっと集合住宅にいたからね。その発想がなくて。まあ、今の所は魚くらいなら飼えるんだけど」
「それで、どうしたんですか?」
「結局、断れなくて。まあ、亀は長生きでおめでたい生きものだから、いいかなって思ってね」
「じゃあ、亀のように長生きしてくださいっていう意味もあったんじゃないですか?」
「まさか。まだ二年生だよ」
徳山はそう言いながら、紗智に言われて、満更でもない表情だった。
「その亀、こうちゃんって名前なんだけど」
徳山は上着の内ポケットから大きな長財布を出して、そこから長方形の紙を抜き出した。
そこには、深緑色の甲羅が力強く描かれた亀の絵があった。
「これ描いてくれたんですか。上手ですね」
紗智は吸い込まれるようにその甲羅に魅入った。
「シンクロしてる」
思わず声が出た。
「え、何?」
「あ、あの、甲羅がとても素敵な六角形てすね」
「そうなんだ。これは籠目とも言って、縁起がいいんだよ」
「かごめ?」
「竹で編んだ籠って見たことあるよね。その網目の形が籠目」
「あ、かごめ、かごめの歌の籠ですよね。竹と竹の隙間が籠目で、六角形?」
「三角形もあるよ。今度機会があったらよく見てごらん」
「三角形と六角形ですか」
紗智は竹細工の籠は知っていても、隙間の模様までは思い出せなかった。
「籠目が縁起がいいというのは、その目が魔除けの効果があると信じられていたからだそうだ。諸説があってなかなか面白い」
「そう言えば、かごめの歌もその解釈で諸説がありますね」
それは知っていた。紗智はもう一度調べてみようと思った。籠目の意味を含めて。
「あれは、ちょっと考え過ぎのような気がするなあ。おどろおどろしいんだよね」
徳山は笑顔で困ったように言った。
紗智は電話がかかってきたような振りをして、礼を言ってから廊下に出た。シンクロしたことを早く朋子に伝えたかった。
文章を考えるのももどかしく、心に浮かんだままをメールにした。
とにかく、こんなにあからさまにシンクロしたこと初めてだった。偶然にしても、タイミングが良すぎた。
「仕事はお休みにしたら?」
母がパジャマ姿でテーブルについた紗智に言った。
紗智は考えてから、「行く」と言った。
「無理だったら、途中で帰らせてもらう」
「そう。じゃあ、何か食べないとね」
「ああ、どうしよう。食べたら戻しそう」
「林檎はどう?ジュースにしてもいいし。それから胃腸の薬ね」
「そうね」
「風邪かしら。熱は?」
「寒気はないの。体もだるくない。でも、測ってみる」
紗智はテーブルのペンホルダーに差してある体温計を取って、わきの下に挟んだ。
「どうしたんだろうね」
母は林檎をむきながら紗智の様子をうかがった。
「36.5だ」
「平熱ね。頭痛薬飲むでしょ」
「あんまり効かないんだけど、飲む」
紗智はそろそろ歩いてラックから救急箱を持ってきた。
「ねえ、送っていこうか?」
母がそう言うのは久し振りだった。高校生の時はよく聞いた。
「え、いいの?時間大丈夫?」
「ちょっと忙しいけど、大丈夫よ」
紗智は林檎と温めたミルクのお陰で少し元気が出た。薬は頭痛薬だけで済んだ。
車の中で、紗智はまたしるしの話をした。
「結局、誰も分からないのよね」
母は興味が薄れたように言った。
「そう。慶子さんが言う共通点がどかにあればなあ」
「悪いけど、さっぱりね。図形の面積だったらいいのに」
「え?」
紗智の頭に何かがふっとよぎった。
「ねえねえ、正六角形と正三角形の共通点って何だと思う?」
「共通点?」
「算数の問題よ」
「そうねえ。例えば、正六角形は正三角形に分割できるとか、かな」
「それで?」
「逆に言うと、組み合わせると別の図形になる」
「組み合わせるのか」
紗智は頭の中で正六角形と正三角形をくっつけてみた。
「あ、これって、あれじゃない。ほら、あの有名な六芒星ができるね」
「まあ、例えばだけどね」
「面白い。これもひとつの考え方ね。ありがとう」
紗智のは送ってもらって良かったと思った。頭痛は耐えられるほどになっていた。
仕事モードに入ると、痛みは忘れていられた。
昼休み、徳山がペットの話を紗智に振ってきた。事務所には、ほかに栗田がいたが、スマホで何かを調べるのに夢中だった。
「近所の子供が亀を持ってきてね。もらってくれないかって言うんだ」
「どうしたんでしょう」
「引っ越し先がペット禁止なんだそうだ。その子とは近くの公園でよく会うんだけど、優しいいい子でね」
「そうなんですか。男の子ですか?」
「そう。まだ小学二年生」
「それじゃあ、断りにくいですね」
「そうなんだ。実はペットを飼ったことがなくてね。これまでずっと集合住宅にいたからね。その発想がなくて。まあ、今の所は魚くらいなら飼えるんだけど」
「それで、どうしたんですか?」
「結局、断れなくて。まあ、亀は長生きでおめでたい生きものだから、いいかなって思ってね」
「じゃあ、亀のように長生きしてくださいっていう意味もあったんじゃないですか?」
「まさか。まだ二年生だよ」
徳山はそう言いながら、紗智に言われて、満更でもない表情だった。
「その亀、こうちゃんって名前なんだけど」
徳山は上着の内ポケットから大きな長財布を出して、そこから長方形の紙を抜き出した。
そこには、深緑色の甲羅が力強く描かれた亀の絵があった。
「これ描いてくれたんですか。上手ですね」
紗智は吸い込まれるようにその甲羅に魅入った。
「シンクロしてる」
思わず声が出た。
「え、何?」
「あ、あの、甲羅がとても素敵な六角形てすね」
「そうなんだ。これは籠目とも言って、縁起がいいんだよ」
「かごめ?」
「竹で編んだ籠って見たことあるよね。その網目の形が籠目」
「あ、かごめ、かごめの歌の籠ですよね。竹と竹の隙間が籠目で、六角形?」
「三角形もあるよ。今度機会があったらよく見てごらん」
「三角形と六角形ですか」
紗智は竹細工の籠は知っていても、隙間の模様までは思い出せなかった。
「籠目が縁起がいいというのは、その目が魔除けの効果があると信じられていたからだそうだ。諸説があってなかなか面白い」
「そう言えば、かごめの歌もその解釈で諸説がありますね」
それは知っていた。紗智はもう一度調べてみようと思った。籠目の意味を含めて。
「あれは、ちょっと考え過ぎのような気がするなあ。おどろおどろしいんだよね」
徳山は笑顔で困ったように言った。
紗智は電話がかかってきたような振りをして、礼を言ってから廊下に出た。シンクロしたことを早く朋子に伝えたかった。
文章を考えるのももどかしく、心に浮かんだままをメールにした。
とにかく、こんなにあからさまにシンクロしたこと初めてだった。偶然にしても、タイミングが良すぎた。