Synchronicity Life

A strange story

遠い星から 197

2024-09-15 02:34:11 | 小説
 月曜の朝、紗智は起きる前からひどい頭痛がした。滅多にない事だった。
 「仕事はお休みにしたら?」
 母がパジャマ姿でテーブルについた紗智に言った。
 紗智は考えてから、「行く」と言った。
 「無理だったら、途中で帰らせてもらう」
 「そう。じゃあ、何か食べないとね」 
 「ああ、どうしよう。食べたら戻しそう」
 「林檎はどう?ジュースにしてもいいし。それから胃腸の薬ね」
 「そうね」
 「風邪かしら。熱は?」
 「寒気はないの。体もだるくない。でも、測ってみる」
 紗智はテーブルのペンホルダーに差してある体温計を取って、わきの下に挟んだ。
 「どうしたんだろうね」
 母は林檎をむきながら紗智の様子をうかがった。
 「36.5だ」
 「平熱ね。頭痛薬飲むでしょ」
 「あんまり効かないんだけど、飲む」
 紗智はそろそろ歩いてラックから救急箱を持ってきた。
 「ねえ、送っていこうか?」
 母がそう言うのは久し振りだった。高校生の時はよく聞いた。
 「え、いいの?時間大丈夫?」
 「ちょっと忙しいけど、大丈夫よ」
 紗智は林檎と温めたミルクのお陰で少し元気が出た。薬は頭痛薬だけで済んだ。
 車の中で、紗智はまたしるしの話をした。
 「結局、誰も分からないのよね」
 母は興味が薄れたように言った。
 「そう。慶子さんが言う共通点がどかにあればなあ」
 「悪いけど、さっぱりね。図形の面積だったらいいのに」
 「え?」
 紗智の頭に何かがふっとよぎった。
 「ねえねえ、正六角形と正三角形の共通点って何だと思う?」
 「共通点?」
 「算数の問題よ」
 「そうねえ。例えば、正六角形は正三角形に分割できるとか、かな」
 「それで?」
 「逆に言うと、組み合わせると別の図形になる」
 「組み合わせるのか」
 紗智は頭の中で正六角形と正三角形をくっつけてみた。
 「あ、これって、あれじゃない。ほら、あの有名な六芒星ができるね」
 「まあ、例えばだけどね」
 「面白い。これもひとつの考え方ね。ありがとう」
 紗智のは送ってもらって良かったと思った。頭痛は耐えられるほどになっていた。
 仕事モードに入ると、痛みは忘れていられた。
 昼休み、徳山がペットの話を紗智に振ってきた。事務所には、ほかに栗田がいたが、スマホで何かを調べるのに夢中だった。
 「近所の子供が亀を持ってきてね。もらってくれないかって言うんだ」
 「どうしたんでしょう」
 「引っ越し先がペット禁止なんだそうだ。その子とは近くの公園でよく会うんだけど、優しいいい子でね」
 「そうなんですか。男の子ですか?」
 「そう。まだ小学二年生」
 「それじゃあ、断りにくいですね」
 「そうなんだ。実はペットを飼ったことがなくてね。これまでずっと集合住宅にいたからね。その発想がなくて。まあ、今の所は魚くらいなら飼えるんだけど」
 「それで、どうしたんですか?」
 「結局、断れなくて。まあ、亀は長生きでおめでたい生きものだから、いいかなって思ってね」
 「じゃあ、亀のように長生きしてくださいっていう意味もあったんじゃないですか?」
 「まさか。まだ二年生だよ」
 徳山はそう言いながら、紗智に言われて、満更でもない表情だった。
 「その亀、こうちゃんって名前なんだけど」
 徳山は上着の内ポケットから大きな長財布を出して、そこから長方形の紙を抜き出した。
 そこには、深緑色の甲羅が力強く描かれた亀の絵があった。
 「これ描いてくれたんですか。上手ですね」
 紗智は吸い込まれるようにその甲羅に魅入った。
 「シンクロしてる」
 思わず声が出た。
 「え、何?」
 「あ、あの、甲羅がとても素敵な六角形てすね」
 「そうなんだ。これは籠目とも言って、縁起がいいんだよ」
 「かごめ?」
 「竹で編んだ籠って見たことあるよね。その網目の形が籠目」
 「あ、かごめ、かごめの歌の籠ですよね。竹と竹の隙間が籠目で、六角形?」
 「三角形もあるよ。今度機会があったらよく見てごらん」
 「三角形と六角形ですか」
 紗智は竹細工の籠は知っていても、隙間の模様までは思い出せなかった。
 「籠目が縁起がいいというのは、その目が魔除けの効果があると信じられていたからだそうだ。諸説があってなかなか面白い」
 「そう言えば、かごめの歌もその解釈で諸説がありますね」
 それは知っていた。紗智はもう一度調べてみようと思った。籠目の意味を含めて。
 「あれは、ちょっと考え過ぎのような気がするなあ。おどろおどろしいんだよね」
 徳山は笑顔で困ったように言った。
 紗智は電話がかかってきたような振りをして、礼を言ってから廊下に出た。シンクロしたことを早く朋子に伝えたかった。
 文章を考えるのももどかしく、心に浮かんだままをメールにした。
 とにかく、こんなにあからさまにシンクロしたこと初めてだった。偶然にしても、タイミングが良すぎた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遠い星から 196

2024-08-30 01:29:28 | 小説
 「もう行こうか」
 朋子は沈んだ声で言った。
 「うん」
 二人は同時に立ち上がった。
 「何か分かったら、すぐ知らせるね」
 紗智は明るく言った。 
 「そうね。お願い」
 駐車場で朋子と別れた後、紗智はしばらくスマホの画面をぼんやり見ていた。
 心が空っぽになろうとした時、まるで紗智を引き戻そうとするかのように、スマホが短い着信のメロディーを奏でた。
 びくっとして、画面に焦点を合わせた。
 「加川さんか」
 紗智は彼をひどく懐かしく感じた。
 メールの内容は、二週間を切ったデビュー曲の発売のことだった。
 紗智は早速返信メールを打ち始めた。
 「お陰様で心の準備は出来ています」と書いたところで、今頭を占めているママさんの数字のことを言おうか迷った。が、今はやめておいた。この時になって何を考えているんだと責められそうだった。そう言われれば、確かにその通りだった。
 結局、感謝で締めくくる型通りの返信になってしまい、何か物足りなさが残った。この時初めて、あの数字と歌が関係あるのか考えた。
 紗智は車を発進させた。余計な事は考えずに、運転に集中した。家に着けば、考える時間はたっぷりある。
 玄関に入ったところで、またメールの着信があった。飯沼慶子からではなく、朋子だった。
 挨拶抜きで、いきなり用件が書いてあった。
 「ちょっと気になることがあるの。一応言っておくね。あのYの字は、アルファベットじゃなくて、3次元空間を表しているんじゃない?あの並びに文字が入るのはどうもしっくりこないよ」
 〈なるほど〉と紗智は思ったが、それがどう繋がるのかやはり具体像が浮かばなかった。
 夕食後、母と墓石のしるしで話が盛り上がっていると、やっと彼女から返信があった。
 「慶子さんなの?」
 母が興味深げに聞いた。
 紗智はほっとしたように頷いた。
 《今お電話しても大丈夫ですか》
 メールはそれだけだったが、母に見せてから電話した。
 慶子は返信が遅れたことを詫びると同時に、紗智たちの墓参を感謝した。
 慶子は会社主催の健康教室と講演会があってスマホを見れなかったと言った。
 「そういうことはよくあるから、気にしないでね。それより突然変な質問してごめんなさい」
 「いえ、あの時、言うべきでした。数字ばかりに気を取られていて、すっかり忘れていました。申し訳ないです」
 「いいんですよ。わたしもよくやることなの。それで」
 「あ、あのしるしなんですけど。まだ恵おばさんが元気だった頃、母が頼まれたんです。その意味を尋ねたら、何となく気になる形としか言わなかったそうです。遺言書があったわけではないので、母はそのつもりじゃなかったんです。でも、話したら、親族の意見が一致して墓石に
彫ることになりました」
 「そういうことなんだ。ありがとう。じゃあ、あのしるしの意味は誰も知らないのね」
 「ええ。あの数字と何か関係あると思いますか?」
 「そうねえ。そんな気がするけど、慶子さんは?」
 「あの数字を書いたのは、たぶん入院してからだと思うんです。そうすると、しるしとは時間的にかなり離れています。だから、どうなのかなって」
 「なるほどね」
 そこで紗智はふと思い出した。
 「最初の時、わたし、ママさんにある事を言われたの。そばに羊の皮をかぶった狼が見えるって」
 「どういうことですか?」
 「文字通りの意味だと思う。警告かな」 
 「それで何かありましたか?」
 「まだ、と言うか。知らないだけで、もう現れているのかな」
 「そうですか」
 「関係ありそう?」
 「そんな気もしますけど。でも、それで連想したのは、偽預言者です」
 「終末期に現れるという偽預言者のこと?」 
 「わたしはクリスチャンではないので、何とも言えませんが、何かが大きく変わるんですかね」
 「そうかもしれない。先の見えない不安は付け入るすきを与えるよね」
 「そうですね。では、その目的は何ですかね」
 「真実から遠ざける。それとも、真実へ向かわせる必要悪になる、かな」
 そう言ってから、紗智は「ふふふ」と笑った。
 「どうしたんですか?」
 「聖人は無理だけど、悪人にはなれそうと思ったの」
 「ああ、そういうことですか。わたしも同じです」
 紗智は、慶子の悪人顔を想像したが、全然怖い顔にならなかった。
 「そうだ。わたしが余計なこと言ったから、話がそれちゃったみたい。しるしの話だったのに」
 「でも、関係あるかもしれませんよ。何か共通点がありそう」
 「共通点ね」
 紗智は言ってから、先程朋子がくれたメールのこと思い出した。
 「磯山朋子さんを知ってるでしょ。彼女がさっきメールでこう言ってきたの」
 紗智は内容を説明した。
 「確かにその方がしっくりしますね。先入観を持つと視野が狭くなりそう」
 「そう。これが正しいかはこれからだけど、わたしもひとつに決めつけないようにしよう」
 「そうですね。あの、結局、お役に立てなくてすみません」
 「そんなことないです。いろいろ分かりました。これからもお互い連絡を取り合っていきましょう」
 「はい。ありがとうございます」
 電話が済むと、今の話を母にした。それから朋子にもメールで伝えた。
 夜遅く朋子から返信があった。
 《クロスワードパズルと違って、解けても全然うれしくなかったりして》
 紗智はベッドで眠い目をこすってそれを読むと、そのまま眠りに落ちた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登場人物に初めて会う

2024-08-19 02:47:37 | 日記
 8月17日午前8時目が覚める。
 多くの人が広い道を歩いていた。何かのイベントがあったようだ。
 「いるよ」 
 誰かに言われた。だが、何のことか分からなかった。
 ふと前方を見ると、そこにはこちらを向いて女の人が立っていた。
 「待ってたんだって?」
 彼女はいきなりそう言った。
 〈え、なんで?〉という思いで、言葉が返せなかった。
 そばまで行くと、自然に手が出て握手した。驚きはまだ収まらず、言葉が出ない。
 まとめているのか髪は短く見えた。長袖のTシャツにジーンズ姿でどちらも明るい色だった。
 しばらく一緒に歩いた。
 確認のため名前を聞こうとしたら、急にいなくなっていた。
 あちこち歩きまわって見つけようとしたが、無駄だった。
 そこで目が覚めた。
 もっと喋ってくれていたらと思う。なぜ夢に出てきてくれたのか知りたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遠い星から 195

2024-08-09 02:25:51 | 小説
 そこには、左から正三角形、正六角形そしてアルファベットのYの字があった。
 「ほんどだ。再会の字の下。小さくて気が付かなかった」
 「そう」
 紗智は頷いたが、にわかに気になりはじめた。
 「これ、何だろう。家紋?」
 「家紋だったら、もっと目立つところに大きく付けるんじゃないの」
 朋子は墓石の周りを見た。
 「じゃあ、何なの?」
 紗智は思わず声を上げた。
 「さっちゃん、ちょっと待って。ここで言ってても埒が明かないよ。ほら、飯沼さんに聞けばいいのよ」
 「そうだった。ごめん。ちょっと興奮し過ぎね」
 「そんなことないよ。気持ちは分かる」
 「ねえ」
 紗智はふと思いついたように言った。
 「写真を撮ったらまずいかなあ?」
 「え?ああ、三つのしるしね。でも、どうなんだろう。お墓だから」
 「やっぱりやめとく」
 「あ、そうだ。手帳があるから、そこに書くよ。さっちゃんとわたしの分」
 「ほんと。ありがとう」
 朋子は墓石全体を描いてから三つのしるしの位置をほぼ正確に記した。それから、しるしを拡大した図を付け加えた。
 「あの数字と関係あると思う?」
 朋子が聞いた。
 「そうだといいんだけど。数字だけじゃね」
 「そうだよね。で、飯沼さんはお願いできるの?」
 「大丈夫。あとでメールしてみる」
 桶とひしゃくを返して駐車場まで来ると、二人はこのまま帰るのが勿体なくなり、近くのコーヒー専門店で話の続きをすることにした。
 席に着くと、取り敢えずカプチーノを注文してから、紗智はスマホをテーブルに置いた。
 「ねえ。思ったんだけど。飯沼さんは」
 そう言って、紗智は朋子からもらった手帳の一ページを広げた。
 「これ、知ってるはずよね」
 「そうでしょう。ああ、どうしてそのことを言わなかったってことね」
 「しるしの意味を知っていて、関係ないと思って言わなかった、かな?」
 「たぶん、その線じゃない」
 「そうね」
 紗智は電話をしたかったが、相手の状況が分からないので、朋子と話し合った内容を短くまとめてメールに書いた。
 「これでいいかな?」
 紗智がスマホを見せると、朋子は「うん」と頷いた。
 「ねえ、もし数字の意味が分かったら、朋ちゃんどうする?」
 「それ、さっちゃんに関係があるんじゃないの?」
 「そうとは限らないよ。朋ちゃんの電話番号が書いてあったでしょ」
 「それはさっちゃんの番号を知らなかったからよ。たぶん」
 「まあ、そうかも。じゃあ、個人的なことじゃなかったら、どう?」
 「その可能性もあるのよね。それもそれで心配。でも、どうすることもできないでしょう」
 「そうだね。受け入れるしかない」
 30分経ったが、返信はなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遠い星から 194

2024-07-28 02:35:44 | 小説
 「良かったね」
 薄日が差す空を見上げて、紗智が言った。天気予報では午後も雨だった。
 「ママさんのお陰かな」
 朋子は遠くを見る目で微笑んだ。
 駐車場から石畳の歩道を数分歩くと、屋根のある水場があり、二人は霊園の名前が書かれた桶に水を汲んだ。
 少し行くと、全体が見渡せた。
 「あそこ」
 朋子が手帳を見て、3列目の右端を指差した。
 ママさんの明るい色の洋風墓石には、再会という言葉と椿の花が彫られていた。
 二人は誕生花でママさんが特に好きだったというカスミソウの花束を用意していた。
 「カスミソウのこと、知ってたの?」
 紗智は供える花を朋子から聞いた時、意外な気がした。
 「彼女、飯沼さんだっけ、電話をもらった時に聞いたのよ」
 「そうなんだ。朋子ってほんと気が回るね」
 「たまたま聞いてみただけよ。でも、カスミソウとは思わなかった。誕生花ということもあるのかな」
 「そうね。それに、花自体もふわふわした感じで愛らしいよね」
 「そうそう」
 手分けして花束と線香をお供えして、二人並んで手を合わせた。
 その時紗智は気付いたのだが、再会の文字の下に小さなしるしのようなものがあった。紗智は目を凝らした。
 「ねえ。何か思い出した?」
 朋子が唐突に、真顔で聞いた。
 「え、何?」
 全く聞いていなかった紗智は、戸惑った。
 「例の数字ことよ」
 「ああ、あれね」
 「教えてくださいってお願いしたの?」
 「それはしなかった。自然に感謝の気持ちになってた」
 「同じだ」
 朋子は少し笑った。
 「それに、何も考えない方がいいような気がして」
 「分かる。ある時突然閃くみたいに。そもそも、魂がお墓にとどまっていると思う?魂の存在を仮定してだけど」
 「わたしも仮定してだけど、魂にとっては時空は自分たちが普通に感じてるものとは違うような気がする」
 「どう違うの?」
 「そうだなあ。例えば、過去はもう過ぎてないし、未来はまだ来てないし、現在も刻々過去になっていくようで捉えきれないよね」
 「そうね」
 「つまり、自分を意識するのは、今この瞬間の自分なわけ。未来の自分や過去の自分を考えることはできるけど、意識はこの瞬間しかないの。でも、それって変じゃない?」
 「変といえば変だけど、それしかできないよ」
 「まあそうだけど。それで、魂の場合なんだけど。魂と意識は別として、魂には時空は一直線に進む流れのようには見えていないかも。数学のように
 逆向きもありなんじゃない。時間が存在しないんじゃなくてね」
 「なんか、魂は始めも終わりもない世界にいるみたいね。すべてがそこにあるって感じ」
 「そうね。この世とかあの世とかじゃなくて、見え方の違い。でも、魂については、よく分からない」
 紗智はそう言うと、ちょっと首を傾げて上を見た。空一面の雲が青空を完全に隠してしまった。紗智は軽く溜息をついた。
 「ねえ、話は変わるけど。気が付いた?お墓に刻まれたしるし」
 「え、何?どこ?」
 朋子は墓石に向き直って、顔を近づけた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする