詩 透明な統計表

2018-12-14 06:27:54 | 

透明な統計表                前田ふむふむ

 

      1

東日本大震災・死者・行方不明者数

            二〇十二年三月十日(石巻毎日新聞) 

 

死者 15854名

 宮城県 9512名 岩手県 4671名 福島県 1605名

 茨城県   24名 千葉県   20名 東京都    7名

 栃木県    4名 神奈川県   4名 青森県    3名

 山形県    2名 群馬県    1名 北海道    1名

行方不明者 3155名

 

 

数字だけが書いてある 

死者を数量で表せば 伝わりやすいし 分かりやすいだろう  

掲示板もだいぶ傷んでいて 新聞記事が剥がれかかっている

あと二、三日したら 風に飛ばされ

どこかに消えて 無くなるだろう

 

でも 私が読み終わり 遠く 水平線に眼を逸らすまで

新聞記事は いつまでも 数字の視線の高さで

影のように 

血のように

私をみている

 

風が唸る音がした

いつまでも 身体を撫ぜる 大気が剃刀のように

斬りつけているのに

空だけが なぜこんなに青いのだろう

 

私は 廃屋の 古びた土の壁に

思いついた名前を 拾った鋭利な石で刻んだ

佐藤一郎 山田邦夫 福島たか子 水野久子

石川ゆきえ  

     斎藤   まさよ

 

    2

    

そこにいる

眠れる数字を アサガオと言おう

もし それがアサガオでなければ きみは誰だ

 

でも アサガオにしては

蔓がない 葉がない

花もない

 

アサガオだ

アサガオをアサガオと言おう

ほら みずみずしく 赤い花を咲かせている

花の名を

 

私は 地面に 強くアサガオと

木の枝で書いた

 

  3

 

私の眼のなかで 笑っている

一組の家族 稲を刈る農夫たちが 鎌を振っていた

 

ふむ土に 青く塗された 草の名前は 

セイヨウタンポポ

一面 夕日にむかって 繁茂している        

 

私の耳のなかで

熱気をあげて 海の魚を待つ人たちがいた

 

市場を 通った 冷たい風が

だれもいない街の 留め金が取れかかった 

バス停の時刻表を ゆらしている 

 

番号を付けられた 木棺のなかの

きみたちは いつも 熱狂的だった

やがてあたたかい血は 雨で すこしずつ

冷やされていった

 

小学校の 体育館には

片づけそこなった 椅子が

山積みにして置いてある

 

 

   4

 

錐のような声

かつて 安住の地であった川面に 身体を休めている

傷ついた水鳥の群れ

 

やがて

空に一羽ずつ 飛散する

大地を斬るような声をあげて 凍える冬に

翼を むけている

 

いくべき場所に 数字を ひとつひとつ

背負っていくだろうか

 

私は 知っている在郷の詩人の名前を 紙に書いて

海鳥の足に結び付けた

 

 

  6

 

海辺に

一人の少女が ランドセルを背負ったまま

いつまで立っている

 

逆光線のように ひかりが海辺で

乱反射している

 

それを鋏で切り取れば

枯野のような空と海と大地と

間を埋める

昼と夜のひかりと影が

止めどなく 溢れだしてくる

 

私はスマホで撮り

映っていない少女の写真に

東京の知り合いと同じ

女性の名前を付けた

 


詩 階段

2018-12-14 06:07:46 | 

階段                       前田ふむふむ

 

午前八時

古い雑居ビルの

階段にすわりながら順番を待つ

わたしは九番目だったが

最初のひとは朝六時ごろに着いたそうだ

エアコンがないので

階段はじわっと湿っていて蒸し暑かった

粘り気のある汗が噴き出てきて

全身を虫のように這っていく

 

片方の側の壁には

成人病の予防広告が

いくつか貼りついている

いつ貼ったのだろうか

黄ばんで汚れている

そのいくつかは

だらしなく剥がれかかっている

 

わずかに一つある蛍光灯は

不規則に点滅しているが

いつの間にか切れている

 

遠くで

船の汽笛が聞こえる

海が近いのかもしれない

 

一列に並んでいるものは

誰も話そうとしなかったが

ひとりが携帯電話を掛けるために場所を立つと

いっせいに喋りだした

簡単な会話が終わると 

約束事のようにピタリと止まった

後から来た人は黙って

順番に階段の上のほうにすわって並んだ

 

小さな窓からひかりは入っていたが

電気が切れたせいで

階段は暗かった

他の人の顔もよく見えない

踊り場にある

非常用の火災報知機のランプだけが

異様に赤い

 

来た時から気になっていたのだが

それは階段の上の方というわけではない

なんとなく

上の方で ざわざわとした 

聞こえるか聞こえないかのような 

つぶやいている声の

気配がする

不思議と誰も気づいてないようだが

何者かに見られているようなのだ

 

そうかと思えば

わたしより先に来た

階段の下の方では 

苦しそうなうめき声が聞こえる

それが動物のように聞こえるのだ

少し怖くなって膝を抱えた

 

電車が近くを 轟音を立てて通り過ぎる

それが合図のように

少しずつ雨が降ってきた

窓を打つ雨音とともに

まるで夜のように暗くなった

 

わたしたちが黙りきって

どれくらいなるだろう

一階のエレベーターの柵をどけている音がする

そろそろ時間なのだ

彼らは

エレベーターで五階まで昇り

着替えてから

一列になってぞろぞろと階段を降りてきた

その白い服装をした医師や看護師たちは

丁度 一団でいると

能面のような

同じ顔をしているようにみえた

わたしは 今まで見分けがついたことがなかった

やはりわたしは病気なのだ

 

おばあちゃんだよ

おじいちゃんだよ

おまえのお父さんだよ

 

わたしは少し告別式の時間に遅れてきた 

涙を流して かなしい顔をしていた父さんは 今頃まで何を

していたのだ 早く席に着きなさいといった わたしは香典袋

に名前を書こうとすると 父さんは自分の名前を書いてはだ

めだと こわい顔をしていった どうしてだめなの

自分の名前でなければ わたしの気持ちはどうなるの 父

さんは筆を取ると強引に 全く知らない人の名前を 書いて

これを出せといった どうしてこれじゃ わたしが香典を出し

たことに ならないじゃないの わたしには香典を出す資格

がないの わたしは悲しくなって祭壇の方にすすんだ でも

いったい誰の葬儀なのだろう そうだ 父さんはもう十年

前に死んでいるのだ 母さんと妹たちが見当たらない どこ

にいるのだろう 親族の席には見慣れた人たちが座っていた

 よく見ると みんなすでに死んだ人たちだ 

暗い表情のなかに 悲しみを浮かべて泣いていた 

恐る恐る 祭壇の遺影をみると わたしと母さんと妹たちの写

真だった これはどういうことなの 何のまねなの いった

い ここはどこなの 耳を劈くような読経が始まると 親族を

始めとする弔問のひとたちは 祭壇の写真をいっせいに見て

いた そして狼狽しているわたしを見ていた 写真のなかに

閉じ込められているわたしを 家族と一緒に閉じ込められて

いるわたしを見ているのだ 

助けてとわたしは小声で呟いた

小声で何度も 

 

ガラガラと

二階の

重い鉄の扉をあける音が聞こえて驚いた

わたしは眠りかけていたのかもしれない

 

わたしはこの音を聞くために

今まで屈んだ姿勢で待っていたのだ

 

ありふれた名の付いたクリニックと書いてある

扉をくぐると

あかるいひかりを帯びた

受付で

九番目の番号札をもらった

 

 

 

 

 


2018-11-29 00:20:51 | 詩―新作

駅   前田ふむふむ

 

マダ ツカナイノカネー

母は床ずれをした背中を横にする

白い介護ベッドのシーツは石鹸の匂いがした

 

アー エキニ ツイタヨ

オリナイノカイ

母はうすく眼をあけている

 

うん 降りよう

また明日 大宮の氷川様までいっしょにいこう

 

ソウダネ

マタ アシタ

母は眼を瞑り

うれしそうに 寝ているようにみえる

 

窓からみえる空に 

めずらしく星がきらめいている

あれがガスや岩でできているというのは

作り話だ

 

もうすぐ母は星になる

 

 


2018-11-29 00:16:29 | 詩―新作

雨     前田ふむふむ

 

雨が降っている
間断なく

なぜ 雨を物悲しく感じるのだろう

たとえば 勢い良く降る驟雨は 元気で精悍ささえ感じる
まっすぐで 常に潔い

でも 夜になり 家のなかで ひとりでいるとき
雨は
無機質で 均等な ときに不均等な間隔をおき 

弱く屋根を打つ
うしろめたい影のように

わたしの心臓の音だ

 


名前

2018-11-20 08:58:03 | 詩―新作

名前     前田ふむふむ

 

 

名前のないものに出会ってみたい

早朝 太ったカラスがゴミ袋を突いていた

嫌われものの ずる賢い生き物にも 

立派な名前が付いている

全く分からないものにも 未確認物という名前がある

名前のあることは幸運なのかもしれない

「名前がない」という永遠の孤独の闇にいないのだから

 

わたしは「氏名」という名前がある

それを

出生以来 自分で刻んだ来歴を

好みの色に染めながら

ときに窮屈に ときの気楽に

演じている

 

今、晴れわたる昼なのに ヘッドライトとテールライトをつけた車が

通り過ぎて行った

 

わたしは かりに名前のないものに出会ったら

躊躇せず 名前をつけるだろう

その自由へ(その自由から)

その隔離へ(その隔離から)

 

部屋の北がわの窓をあけると

隣の屋根で

いつもシャム猫が日向ぼっこをしている

時々 眼があうが

一度も

鳴き声をきいたことがない