前回の続き。
今回も【PG-12指定】かな。
童話や夢、空想好きな人は今回の記事は読まないでください。
というわけで、ピーターパンは仲間(子供)が大人になったら殺してるわけですが
なぜ彼はそんなことをするのでしょうか。
また、作者がそのように設定した意図はなんだったのでしょうか。
一般的に想像されるのは作者が『大人嫌い』ということかもしれません。
社会生活の上で数々遭遇する嫌な大人達。
よくあることです。それは人間嫌いにも発展します。
時には殺したいと思うような人も出てきたのかもしれません。
しかし、作者も大人。そんなことをすればどうなるかぐらい見当がつきます。
そして、作者のそのやり場のない怒りは、作品の中で発散されます。
ピーターパンが大人を殺すことで・・・・。
・・・・と、いうような考えをする人もいるかもしれませんね。
でも、私の考えは違います。
作者は子供をよく観察していたわけですから
子供という存在のとらえ方を持っていたはずです。
ピーターパンの構想を描く上で、大人向けの作品であることを考慮しつつ
作者は作品の中心核に子供の存在を考えます。
そして、ここで出た考えが『子供は純粋な存在である』というような
とらえ方なのではないでしょうか。
ただし、 良 く も 悪 く も という意味で。
一般的に純粋という意味はいい意味で捉えられがちです。
それが子供であれば無邪気でワイワイと遊んでいるような
無邪気な姿を純粋という意味で捉える人も多いのではないでしょうか。
ですが、子供が純粋がゆえの悪という存在であったらどうでしょうか。
ピーターパンは非常に純粋な子供です。
それゆえ、思ったことをストレートに行動に移します。
ネバーランドは子供だけの国なんだ
だから、大人はいてはいけない
↓
でも、仲間は普通に成長して大人になっちゃう
↓
これでは子供だけの国であるはずのネバーランドの秩序は保たれない
↓
そうだ!殺しちゃえばいいんだ!
殺しちゃえば大人はいなくなる!
↓
死体山積みネバーランド。
ピーターパンは純粋に大人を殺します。
この場合、彼は悪事に対して悪いことをしているとは思っていません。
純粋だからです。
しかしその本質は子供なので、
緻密に練られたものや、効率的な殺害方法ではありません。
殺し方を見ると、やはり遊び、ゲーム感覚で殺しています。
参考画像
その1
その2
この行動意識は現代でも子供が放火やひどい殺傷をした時の動機における未知なる好奇心。
つまり『どうなるか見てみたかった』的なものに近いと見られます。
そこに含まれる実験、遊び感覚のストレートな殺意。
大人にとってその無邪気さは背筋に冷たいものを感じることでしょう。
凶悪犯罪の低年齢化が叫ばれる昨今、数々の凄惨な事件があります。
低年齢の凶悪犯罪は今にはじまったことではありませんが
今も昔も子供の残酷な一面は数々の事件からも伺えます。
その本質は何も変わっていないのでしょう。
作者は子供と深くつきあったがゆえに
その残酷な一面を垣間見ることになったと思われます。
よって、作品を通して子供の善悪二面性を訴えたかったのではないでしょうか。
ピーターパンはそんなに単純な物語ではなかった、と私は考えます。
ピーターパンは『真に純粋な子供』の象徴なのでしょう。
今回も【PG-12指定】かな。
童話や夢、空想好きな人は今回の記事は読まないでください。
というわけで、ピーターパンは仲間(子供)が大人になったら殺してるわけですが
なぜ彼はそんなことをするのでしょうか。
また、作者がそのように設定した意図はなんだったのでしょうか。
一般的に想像されるのは作者が『大人嫌い』ということかもしれません。
社会生活の上で数々遭遇する嫌な大人達。
よくあることです。それは人間嫌いにも発展します。
時には殺したいと思うような人も出てきたのかもしれません。
しかし、作者も大人。そんなことをすればどうなるかぐらい見当がつきます。
そして、作者のそのやり場のない怒りは、作品の中で発散されます。
ピーターパンが大人を殺すことで・・・・。
・・・・と、いうような考えをする人もいるかもしれませんね。
でも、私の考えは違います。
作者は子供をよく観察していたわけですから
子供という存在のとらえ方を持っていたはずです。
ピーターパンの構想を描く上で、大人向けの作品であることを考慮しつつ
作者は作品の中心核に子供の存在を考えます。
そして、ここで出た考えが『子供は純粋な存在である』というような
とらえ方なのではないでしょうか。
ただし、 良 く も 悪 く も という意味で。
一般的に純粋という意味はいい意味で捉えられがちです。
それが子供であれば無邪気でワイワイと遊んでいるような
無邪気な姿を純粋という意味で捉える人も多いのではないでしょうか。
ですが、子供が純粋がゆえの悪という存在であったらどうでしょうか。
ピーターパンは非常に純粋な子供です。
それゆえ、思ったことをストレートに行動に移します。
ネバーランドは子供だけの国なんだ
だから、大人はいてはいけない
↓
でも、仲間は普通に成長して大人になっちゃう
↓
これでは子供だけの国であるはずのネバーランドの秩序は保たれない
↓
そうだ!殺しちゃえばいいんだ!
殺しちゃえば大人はいなくなる!
↓
死体山積みネバーランド。
ピーターパンは純粋に大人を殺します。
この場合、彼は悪事に対して悪いことをしているとは思っていません。
純粋だからです。
しかしその本質は子供なので、
緻密に練られたものや、効率的な殺害方法ではありません。
殺し方を見ると、やはり遊び、ゲーム感覚で殺しています。
参考画像
その1
その2
この行動意識は現代でも子供が放火やひどい殺傷をした時の動機における未知なる好奇心。
つまり『どうなるか見てみたかった』的なものに近いと見られます。
そこに含まれる実験、遊び感覚のストレートな殺意。
大人にとってその無邪気さは背筋に冷たいものを感じることでしょう。
凶悪犯罪の低年齢化が叫ばれる昨今、数々の凄惨な事件があります。
低年齢の凶悪犯罪は今にはじまったことではありませんが
今も昔も子供の残酷な一面は数々の事件からも伺えます。
その本質は何も変わっていないのでしょう。
作者は子供と深くつきあったがゆえに
その残酷な一面を垣間見ることになったと思われます。
よって、作品を通して子供の善悪二面性を訴えたかったのではないでしょうか。
ピーターパンはそんなに単純な物語ではなかった、と私は考えます。
ピーターパンは『真に純粋な子供』の象徴なのでしょう。
大変興味深く読ませて頂きました。
あたしのこの映画に対するコメントも、
変わってしまいそうです、、、
遅れてすいませんでした。
残念ながらピーターパンの物語は実際は残酷なようです。
白雪姫とかも本当は怖い話ですよね。
桃太郎も確か黒いお話があったような気が・・・
未来を担う子供たちにはどっちにしろ伝えられませんね(^~^;
理由はディズニー映画の「ピーターパン」は小さい頃からよく見ていて、とても愛着がありました。
特に仲間をフック船長から助けるところとかが、印象的でその頃から彼はヒーローなんだなと決め付けてきました。私の周りの人達も同じだと思います。自分はトリビアを見なかったので、気になって、ピーターパンの真実をインターネットで探し続けました。そしてたどり着いたのがこの記事です。「ピーターパンが人を殺した」ショックでしたが、、記事を読んでいくと、悪意は決してなくただ無垢、、無邪気なんだと分かりました。
ヒーローだと思ってたピーターパンは、ヒーローじゃない、、善悪が分からない無垢な子供なんだと、、やっと真実がわかりました。そんな子供が人殺し。。決してやってはいけない事ですよね。でも、ピーターはそれが悪い事だと気づいてないんだと思います。それが。。恐怖ですよね;;ピーターは永遠の子供。。それゆえ、やった事なんだなァと思いました。
テレビの言うことを無条件に信じてはいけません。
トリビアの番組は原作の文脈を無視して拡大解釈しています。
妄想で安易な社会批判を展開する前に、とりあえず、最低でも検索をかけたらどうでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3
いやー、何でこうテレビを鵜呑みにするなってやつに限って
ネットを鵜呑みにするんでしょうかね。
wikipediaなんて自分で書き換えることもできるわけだし、何の証拠にもなりません。
せめて出展のある記事を出してみろと。
ただ、ブログ主さんの出されている画像は、
出演した研究者が自身の想像として語っていたものです。
ましてや、笑っているのは完全にバラエティ番組スタッフの悪ふざけです。
そのような描写は本編に一切出てきていないようです。