翌日(11月19日)出勤すると、ソロ首相から、午後に首相府にご参集願いたい、という会合案内がきていた。やったな、チョイ国連代表。ソロ首相を一晩でうまく説得したのだ。いや、それだけでなくて、話はすこし拡大していた。つまり、会合の趣旨は、決選投票に向けての追加的な必要経費に、国際社会からの支援を得たい、その相談をしたい、ということになっていた。車を手配する件だけではない。
このことは予想されていた。チョイ代表が昼食会で切羽詰まって提案していた車の手配だけでなく、選挙実施のために必要ないくつかの作業について、すでに選挙管理委員会から私のもとに、資金支援の要請が来ていた。そこには啓蒙活動や、選挙係員への手当についての支援要請が挙がっていた。私がチョイ代表の昼食会で、「コートジボワール側が必要だ頼むと言わないものを、日本としては出せない」と言ったのは、この要請の中に、チョイ代表の車の手配の件が含まれていなかったからである。
会合には、バカヨコ選挙管理委員長、バディニ調停者代表、財務省からの代表、そしてもちろんチョイ国連代表が来ていた。かたや呼ばれた外交団は、私の他には、欧州連合(EU)、フランス、米国、カナダ、ドイツ、英国の大使(あるいは臨時代理)である。資金を出しそうな国だけだ。
ソロ首相は、時間きっかりに現れた。このこと自体、コートジボワール側が真剣である証拠である。それだけでなくて、ソロ首相の議事采配は、極めて簡潔で実務的であった。本当に必要なことについて話し合う時は、余計な美辞麗句や外交辞令はすっ飛ばす。
「決選投票を成功させるためには、あと追加的ないくつかの事業に、どうしても資金が必要です。それを国際社会にお願いしたい。まず選挙管理委員会から、必要な経費の全体像について説明してください。」
ソロ首相の指示に従って、選挙管理委員会の担当官から文書が配られて、説明がある。
それによると、次のとおり必要な作業に、資金手当てがないという。
1.地方選挙管理委員会と選挙係員への研修:1億7472万フラン
2.人々への啓蒙活動
(2-1)ポスター、配布文書、ラジオ・テレビ放送経費:1億5270万フラン
(2-2)選挙管理委員会からの公共広告費:3080万フラン
(2-4)NGOによる村落への啓蒙活動費:1億7500万フラン
3.地方選挙管理委員会(全国329ヶ所)での事務従事者への手当:6億7400万フラン
4.選挙係員(全国6万人)への手当:6億9500万フラン
合計、19億フランが必要である。
「これに加えて、チョイ代表から提案のあった、車の手配にかかわる費用が、約4億5千万フランある、というわけですね。これも必要経費に加えます。」
そうソロ首相が追加した。これで、チョイ代表の車の手配の案は、コートジボワール政府としても必要な事業だということになった。そうすると、全体で25億フラン(5億円)弱が必要ということになる。
続いて、財務省の代表から、国庫予算の執行状況についての文書が配られて、説明がある。それによれば、第一回投票に68億フラン、決選投票に27億フランと、予算を組んでいた、ということである。しかし、投票が延期されたことによる人件費の増大や、第一回投票で予想外の経費に資金を使ったために、決選投票に残された予算はもう限られており、すでに計上された項目以外への支出には予算が無いということであった。
あと1週間ほどしかない時間の中で、すぐに動員しうる資金というのは限られていた。各国が資金拠出した選挙資金の残額、そして、EUと日本がそれぞれ個別に予算手当した資金である。必要経費の一覧を眺めながら、その限られた資金で全部を賄うことは無理であることは明らかであった。優先度をつけて、ある程度は切らなければならない。それで議論が始まった。
チョイ代表の車の手配は、これは選挙の成功のために必要だということになった。安堵するチョイ代表。一方で、啓蒙活動というのは、ある程度切らざるを得ないだろう。第一回投票では、啓蒙活動は必要だった。でも、選挙の重要性については、もう国民には十分伝わっているだろう。何といっても、80%を越える投票率を達成したのである。手当をどうするか。これは重要だ。選挙に従事する関係者をただ働きさせるわけにはいかないし、事務実施に必要な経費が出せないと、投票が成立しない。
議論の中で、私は手を挙げて、ソロ首相に釘を刺した。
「日本には、必要な資金を提供する用意があります。しかし、よく心得ておいてください。この資金は、本来はコートジボワール国民の社会経済開発のために使われることを考えて、用意された資金なのです。もちろん、今回の大統領選挙の成功は、社会経済開発の大前提ですから、東京に説明する自信はあります。しかし、一方でそれだけ貴重な犠牲を払って選挙資金を捻出しているということです。だから、無駄なく使っていただきたい。さらに、日本が無理をしてでも資金を出すのは、コートジボワール国民との友好があるからである。」
私が啖呵を切ると、ソロ首相は応えた。
「日本には、これまでの支援とともに、おおいに感謝をしています。その感謝は、然るべきときに、きちんとしたかたちでお伝えしたい。」
会議はそれで終了となった。議論の結論として、私は、日本として、選挙係員の手当(先の4.部分)と、チョイ代表の提案の一部について、費用負担するということを引き受けた。全部で10億フラン(2億円)になる。もちろん、東京の了解を得ることが前提である。その日のうちに、コートジボワールの財務省から、資金要請の正式文書が届いた。それで、東京の本省に折衝を始めた。
間の悪いことに、週末(11月20-21日)を挟んでおり、また11月23日が日本の休日だったので、東京での検討の時間は猛烈に限られていた。それでも、11月28日にせまる決選投票の実施のために、すぐに支出を要する費用である。東京の外務省の担当部局は、大使館からのこの極めて無理なお願いに、悲鳴をあげながらも迅速に応えてくれた。11月24日午後に、支出を認める決裁が通ったという連絡が、東京から入った。東京はもう深夜のはずだ。
私はすぐに、この日本の資金負担を発表する手はずを整えた。金を出すからには、きちんと日本を宣伝し、日本として偉そうにさせてもらうというのが、私の信念である。チョイ代表には、きちんと日本の貢献ということで、記者会見で発表してもらうことにした。そう念を押すと、チョイ代表は一も二もなく了解である。チョイ代表が必死になっていた案を、私の示唆と日本(およびEU)の資金が救ったわけであるから、当然である。
その一方で、私は私で、新聞に大きく取り上げてもらう算段を講じた。そして、私の記事は、翌日(11月25日)の「友愛朝報」に写真入りで出た。
「日本が選挙管理委員会を助けに飛んできた」
と標題がついた。まるで、スーパーマンかウルトラマンだ。
「首都ヤムスクロの選挙係員たちは、たいへん不満であった。昨日も彼らは、マミアジュア高校に集まって、強く警告した。もし、未払いになっている手当がきちんと払われないならば、11月28日の投票日を阻止するぞ、と。」
記事にはそう出ている。こういう不満の声が、ここしばらく、各地で上がっていることを、連日の報道で知っている。
「この危機の事態を回避するために、日本は選挙管理委員会の要請に応えて、6億9500万フランの資金を提供することを決めた。この資金は、選挙係員への手当に充当される。」
私は、選挙係員の手当のほうに重点を置いて、記者に説明しておいたのだ。なぜなら、この手当の支払いは、全国の6万人の選挙係員にかかわる切実な問題だからだ。日本の支援は、きっと、全国で話題になるであろう。
「日本大使は、決選投票を戦う2人の候補者に呼びかけた。平和で安全な選挙になるように、あらゆる努力を講じるように、と。そして、決選投票が、第一回投票にもまして、素晴らしい成功を収めることを期待すると述べた。」
さあ、あと残り数日である。私の期待どおり、平和で安全な選挙を実施してほしい。そうなったら、私は堂々と宣言してやろう。日本が助けに飛んできたからだ、と。
<新聞記事>
11月25日付「友愛朝報」
「日本が選挙管理委員会を助けに飛んでくる」
11月26日付「ランテール」紙
「日本は6億9500万フランを提供」
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