ザウルスの法則

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書評:フォーサイス最後の小説 “THE FOX” 作家の肉声が伝わってくる ★★★★☆ 星4つ

2019-08-26 18:04:20 | 書評

書評:フォーサイス最後の小説 “THE FOX”  作家の肉声が伝わってくる ★★★★☆ 星4つ

 

 

この作品は日本ではまだ邦訳が出ていないが、早ければ今年中に出るであろう。

 

最初に作家本人による簡単な作品紹介をご紹介したい。

https://youtu.be/mc1GdMGzmJM

 

 

「こんにちは。フレデリック・フォーサイスです。わたしは小説家です。(2018年)9月末に出版されるわたしの最新作について語るように頼まれました。 この小説のタイトルは 「狐」 です。

                    ( 2019年8月27日現在、日本ではまだ邦訳は出ていない)

 

「この作品には基本的に3つのテーマがあります。1つは、新聞に出てくるような 暗殺 です。政府が外国にいる誰かの暗殺を命令することです。

       (イギリスではロシアからの亡命者などが本国からの刺客によって暗殺されるケースが時々ある)

 

「2つ目は 特殊部隊 で、わたしたちは彼らについて聞いたり見たりしています。彼らの活動は非常に秘密性が高いのですが、今日の実際のほとんどの戦闘はまさに彼らによって遂行されています。この小説では特にイギリスの特殊部隊が出てきますが、ロシアの特殊部隊も出てきます。

       (イギリスのSASの部隊、ロシアのスペツナズのスナイパー)

 

「しかし、この小説の中心となるのは何といっても一人の少年、少年といっても18歳の男の子です。この子は非常にシャイですが、奇妙な能力を持っています。この子が “狐” です。この子の 天才的な頭脳 がこの子を最強のハッカーにしてしまいます。

       (この少年は重度のアスペルガー障害という設定である。一種の高機能発達障害と言える)

 

「そして世界の最も防御されているデータベースにも侵入できますが、彼は政府のもとで仕事をすることになります。そして敵国のデータベースにハッキングします。敵国とは、われわれ西側の国々にとっての敵国です。」

       (ロシアのプーチンをはじめ、イランのハメネイ、北朝鮮の金正恩も出てくる)

 The Fox by Frederick Forsyth     

 

 さて、フォーサイス自身が作品中で中心的な存在としている 「シャイな少年」 について解説しておこう。

このイギリス国籍の少年はアスペルガー障害の18歳であり、独力でNSA(米国国家安全保障局)のデータベースにハッキングした天才的頭脳の持ち主という設定である。

実はこの “天才的ハッカー少年” にはモデルがいる。1988年に米国のNASAのデータベースが、当時13歳のアイルランドの少年によってハッキングされたという話がある。その少年はその後アメリカに移住して、今ではIT企業のCEOになっているが、名前を ウォルター・オブライエン Walter O'brien  という。この実在のアイルランドの元ハッカー少年は小さい頃から巨漢で、現在の姿も下の写真の通りである。

 

フォーサイスの最新作の “The Fox”  のシャイな天才少年 ルーク Luke  はモヤシのようにひょろひょろしていて、髪はブロンドで、目の色がデビッド・ボウイのように左右が異なるとされている。

 

 

 さて、実在のウォルター・オブライエンをモデルにした 「スコーピオン」 というテレビドラマシリーズ が2014年から2018年までアメリカで放映されて人気を博していたという事実がある。かつてNASAをハッキングしたウォルターがその後、高IQの仲間とチームを作って犯罪者を頭脳的に出し抜いて追い詰め、様々な難事件や怪事件を解決していくという痛快ドラマである。

 

ちなみに、このドラマのアイデアは当時40歳くらいのウォルター・オブライエン自身のもので、自分のIT企業(SCORPION)の宣伝になるという計算でテレビ局に売り込んだのだそうだ。天才少年恐るべしである。 

 

このドラマは2018年まで4年続いたので、作家フォーサイスの目に留まった可能性もあるだろう。たとえこのドラマは見ていなくても、13歳のアイルランドの少年がNASAにハッキングした話は当然知っていたに違いない。

 

フォーサイスの一歩進んだ点は、天才少年の頭脳を “犯人逮捕” に使うのではなく、現代世界の “ならずもの国家” や “独裁国家” にお灸をすえるのに使っている点である。

 上に、(ロシアのプーチンをはじめ、イランのハメネイ、北朝鮮の金正恩も出てくる) と書いたが、プーチンは作品中何度も出てくるが、その固有名詞は一度も出てこない。the cold-eyed little man who controlled the biggest country in the world   とか、Vozhd (ボジド=ロシア語で親分、ゴッドファーザー)といった表現で名指されている。

また、トランプ大統領も登場するのだが、こちらも固有名詞は一切使われず、 POTUS (President Of The United States の略号、ポウタス) とか the President  とか Mr President  とか  the big blond head などと表現されている。

しかし、過去の元首はみなむき出しの固有名詞で出てくるのだ。George Bush,  Tony Blair,  David Cameron, Brezhnev,  Mikhail Gorbachev,  Boris Yeltsin,  Saddam Hussein など。

 

小説はあくまでもフィクションなので、どうやら現職の元首を実名で登場させるのは差し障りがあるとの判断が働いているのだろう。しかしである。ロシアの Putin  という固有名詞は注意深く避けられているのだが、北朝鮮の Kim Jong-un (金正恩)や、イランの Khamenei  (ハメネイ) などは意に介することなく繰り返し固有名詞で出てくるのだ。

これは要するに、北朝鮮やイランにはフォーサイスの読者はほとんどいないので気にすることはないが、ロシアには英語のスリラー小説を読む人間は少なからずいるだろうから気を使わざるをえないということではなかろうか。

 

この作品については、アメリカの amazon.com でのレビューや他のいくつかの英語の書評を見たが、毀誉褒貶(きよほうへん)相半(あいなか)ばしている印象がある。

私自身は星4つと、わりと高い評価をしている。理由は以下の通りである。

 

1) ここ数年の世界の地政学的な緊張や軍事的対立を背景にして、現代世界におけるコンピューターへの極度の依存とその脆弱性をうまく描いている。

2) 現代における核軍縮、サイバー戦争、ロシアの覇権主義、エネルギーなどの問題が、作家による広範なリサーチと思索を通して、よく整理されて解説されている。

3) 同時代人としての作家自身の政治的信念が、作中の初老の元MI6(エムアイシックス)のスパイ界の大御所の言葉を借りて腹蔵なく表明されている。

4) テクニカルなディテールにこだわることによってリアリティを出すスタイルに引き込まれる。

5) 簡潔で含蓄のある文体、英国的アンダーステイトメントが醸し出すユーモアが魅力である。

 

お断りしておかなければならないが、わたしは Forsyth の作品はあまり読んでいないので、今回のこの新作を彼の今までの作品群の中に的確に位置づけることはできない。これ以前には "Afghan" という作品を読んだことがあるだけだ。「ジャッカルの日」 は映画で3回ほど観ているが。

 

今回の新作についてのさまざまなレビューを見てきて思うのは、どうも Forsyth の古くからのファンほど、低い評価をする傾向があるようだ。フォーサイスの本を全部読んでいなくても、理由はよくわかる。

この “The Fox” は現在81歳のフォーサイスの最後の小説だと本人が言っている。

「もう小説は書かんよ。書く気は失せた」 

  

この作家は、冷戦時には際立っていたイデオロギー的対立が21世紀になっても解消しておらず、むしろ激化しているとみている。共産主義は崩壊したが、それにとって替わって民族主義や宗教が覇権主義のエンジンとなって台頭し、歯止めが利かなくなっているとみている。

  

この作家は特に自分の長年の得意分野である ロシアの脅威 について警鐘を鳴らしている。日本のわたしには今日では中国のほうがもっと脅威に思えるのだが、地政学的な視点の違いかもしれない。

  

 

さて、冷戦や両世界大戦のころのストーリーではなく、同時代のほぼリアルタイムの世界が舞台となると、軍事的対立、地域紛争、核軍縮の問題にしても、作家は自分の立場や信念を棚上げにして書くことは非常に難しくなってくる。こうした大局的な背景を使うとどうしても自らの価値観や信念が反映することになる。

 

フォーサイスの場合、守るべきものは、自由、人命、民主主義といった、日本を含めた西側諸国の価値観である。ロシア、イラン、北朝鮮 といった国々(中国も含めて)では、こうしたものには西側諸国ほどの価値は置かれてはいない。それらの国々では、

 

● 個人の自由よりも、集団的権力が優先する。

● 個人の人命は、民族や国家や王朝や宗教の存続のために存在する。

● 民主主義よりも、専制政治、独裁政治、神権政治が支配している。

 

 

 

 

フォーサイスは1本の小説の執筆に3年かけるという。

 

 

パソコンは使わず、いつもタイプライターだそうだ。しかも、両手の人差し指だけで猛烈なスピードで叩くと言われている。ちなみに愛用の電動タイプライターは日本製である。The Nakajima AX-150

今後小説は書かなくても、一切沈黙するということはないだろう。YouTube を使うかもしれない。

 

老作家フォーサイスは戦っているのだ。非人道的で暴力的な体制を相手にタイプライターで戦っているのだ。フォーサイスによる現代世界の大局的な地政学的パースペクティブは多くのページを費やしているだけあって非常に有益で説得力がある。

 

しかし、小説の中に織り込まれたこういった価値観、政治的信念を押しつけがましく感じる読者も少なからずいることだろう。

 

たしかに、等身大の人物が動き回る具体的なストーリー展開が、その分おろそかになっている面もある。フォーサイスの古くからのファンにはこういった面が特に不満に感じられるのかもしれない。

 

一例を挙げると、ロシアからスペツナズでトップのスナイパーが送り込まれてくるところがある。1800m離れていても相手を倒せるスゴ腕である。Orsis T-5000  Russian sniper rifle は、ロシアから送られ、ロンドンのロシア大使館に大使館特権によってX線の検査もなしに届けられる。スナイパー自身は偽造パスポートを使ってポーランド経由でやってくる。

 

 

 そのスナイパーがターゲットである天才少年を狙撃するために900m離れた谷の斜面に陣取る。しかし、スコープを通してターゲットをさがしている最中にSASの隊員に逆に狙撃されて、弾丸が脳を貫通する。天才少年は助かる。めでたしめでたしである。しかし、あまりにもあっけ無さすぎないか。

 

普通なら、敵(かたき)同士は相互に相手に痛手を負わせる。主人公の身辺にも犠牲者が出たりしながらも、相手を追い詰め何とか最後は相手にとどめを刺すものだ。そうした苦労もなく、たまたま “ラッキーなことに” 地元の人間から、不審者の居場所をケータイで教えてもらって、1発で仕留めてしまうのだ。

 

他にも同様に都合のいい偶然で済ませたような浅い展開の箇所がいくつかある。

 

パンではないが、膨らまし方が足りないのだが、ページ数の制限でこうなったというよりも、おそらくはこの作家にとって最後の小説において、自分の信念、価値観をストレートに読者に伝えることを優先した結果であろう。つまり、読者を楽しませることよりは、自分の言いたいことを好きなように言う方を優先したのだ。しかし、それはそれで一部の読者にはなかなか得難い面白さでもある。

            

フォーサイスの最新作かつ最終作 “THE FOX”  作家の肉声が伝わってくる ★★★★☆ 星4つ

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2 コメント

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参考になりました (ペルシア14)
2019-11-13 09:38:40
昨日、オアゾ丸善店頭で並んでいるのを見つけて、「もう筆は取らない」など言っていたのに書いていたんだと嬉しくなりました。
購入しなかったのは、期待外れだと嫌なので、書評を読んでからと検索したら、ザウルスでござるさんの記事が飛び込んできたので、拝読した次第です。
非常に参考になりました。
「ジャッカルの日」を読んで以来のファンなので、購入したいと思います。
ペルシア14 さま (ザウルス)
2019-11-16 21:48:55
高評価ありがとうございます。
フォーサイスは “9.11.”  を事実として認識しているようですのでザウルスとしては実は信用していません。
“9.11.” が事実なのかデッチアゲの演出なのかの違いは現代史理解の決定的な分岐点であると思います。
事実と思っている作家は、それだけでもう “終わっている” と思います。

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