goo

日本のIT企業は法人営業に弱点がある

ある有名IT企業(取りあえず楽天グループの会社ではないと申し上げておきましょう)の経営の内情に詳しい友人に、食事をしながら、面白い話を聞いた。法人営業が、IT企業の大きな弱点になっているというのだ。

広告モデルで収益を得ているIT企業の場合、大きな広告を取るためには、たとえば三菱グループの企業のような、古い大企業とも契約をまとめる必要がある。大きな案件であれば、たとえば、○○重工とか○○電機、あるいは○○○自動車といった会社の広報担当の執行役員あるいは部長クラスを訪問して、話をまとめてくるのが普通だろう。

ところが、このような場合、件の友人のよく知るIT企業では、彼の言葉を借りると、以下のような仕儀となる。

「だいたいさあ、こっちから訪ねていく奴の年が若過ぎて相手の役員クラスと釣り合わないし、話が合わない。それに、こんな髪(自分の頭の上に手で三角を作って)をした奴が、カラダにぴたぴたの服着て行って、しかも、アポの時間に遅れていたりするんだな。」

「それに、相手の関心に合わせた、気の利いた世間話も出来ないから、役員の前で、いきなりカタログ拡げて、商品説明を始めからしたりするんだ。話し始めると、携帯の着メロが鳴ったりするしさ。これじゃあ、まとまるものも、まとまらないよ」

「結局、経営者からしてアンちゃんだし、企業経験があっても、たとえばR社みたいな社員の若い会社しか経験がないから、大企業や金融機関を担当する”法人営業担当者”がどんなものなのかが分かっていない。目標と、根性と、ノリだけで、何とかなると思われては困るんだけど、分かんないんだねぇ・・・」

彼の言葉を補足すると、大企業の役員は時間に遅れるような相手は論外だし、細かな商品の内容はあらかじめ相手の部下に根回しが済んでいなければならないし、学園祭に資本金とノルマをくっつけたようなR式経営が通用する相手と、通用しない相手は、やはり、ある。

日本のIT企業の場合は、Googleのように技術的なアドバンテージを参入障壁として持っている訳ではなく、割合成功している会社でも、「日本のIT企業」=「アメリカのITビジネスの真似」×「ど根性営業」というパターンが多いだけに、「営業」のあり方を見直すことは必要かも知れない。

たとえば金融機関勤めで法人営業担当のゼネラリストで(マーケットも、金融工学も、英語も、法律も、何にもゼネラリーに詳しくない)これまで転職市場ではパッとしなかったような人材が、案外、こうしたところで生きるのかも知れない(彼/彼女がIT企業になじめるか、という問題はあるが)。

尚、上記は、一般論であって、若くてトンガリ・ヘアーでも魔法のように年上の顧客を落とす有能なセールスマンはいらっしゃるだろうから、読者がこれに該当する場合は、気を悪くされないで下さい。
コメント ( 21 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

株価が高過ぎる場合のエージェンシー問題

先日、ある大学の大学院で、かつての同僚と一緒にファイナンスの授業をした。ライブドア、村上ファンド問題が題材で、事実の経緯と、法的な問題点などについては彼が話をしてくれたので、私は、ライブドアとニッポン放送の問題についてコメントした。これまでに何回か取り上げた問題だが、ファイナンスの授業の観点から、まとめてみる。
 
授業の題材として取り上げるとすると、ライブドアとニッポン放送、フジテレビの問題の面白い点は、決着の評価と、そもそもライブドアがニッポン放送を買った動機だ。

周知のように攻防戦の決着は、(1)フジテレビがライブドアが保有する日本放送株をほぼライブドアの取得価格で引き取り、(2)フジテレビがライブドアに出資する(時価で12.75%)、というものだった(形だけに終わった「提携」は無視しよう)。これに加えて、ライブドアは、(3)リーマンブラザーズ証券にMSCBを引き受けさせて、リーマンは百数十億円儲けた、とされている。

この決着について、ライブドアの宮内元取締役は「フジテレビをカツアゲしてやった」と言ったそうだが、果たしてライブドアは幾ら儲かったのか?

実は、ファイナンスの理屈的には、この決着で、ライブドアは儲かっていない。(1)は損得ゼロだし、(2)は<この時点のライブドアの株価が正しいとすれば>時価発行増資をフジテレビが引き受けただけのなのでこれも損得無しであり、そうすると、(3)リーマンがほぼ確実に大儲けできるように発行したMSCBのディールの分だけ(厳密には発行時点の期待値で評価すべきだが、大雑把には、リーマンが儲けた分ということになる)ライブドアの株主は損をしたことになる(これは、大株主であった堀江貴文氏も一緒だ)。

しかし、「ライブドアの株価が本来評価されるべき実体よりも相当に高かった」という仮定を置くと、この決着は、「わたあめの様に過大評価されていた」ライブドアが時価総額の一部を、もともと「より実体価値のあるニッポン放送株(フジテレビ株というあんこが入った鯛焼きのようなものだった)」に入れ替えようとしたところ、もっと実体価値の確かなキャッシュに変わった(ざっと1400億円)のだから、大成功なのだ、ということができる。(この点には、賢い学生さんは、授業中に気がついた)また、こうした意図がライブドア側にも多少はあったことは、大鹿靖明氏の「ヒルズ黙示録」にライブドアの熊谷取締役のコメントからも窺える。

ところで、株価が、企業の実体よりも相当に高く評価されてしまった場合に、経営者はどう行動したらいいだろうか。

証券取引の神様の前では、実質的に「我が社の株価は、実体の約○倍です」と告白することが望ましいのかも知れないが、すると、その時点の株主は大いに怒るだろうし、株主構成によっては経営者のクビが飛ぶだろう。それに、経営者自身も株価が下がるのは良い気持ちではあるまい。通常の経営者にとっては、高すぎる株価が「当然の株価」であるがごとく振る舞う以外の選択は難しいかも知れない。

高すぎる株価を経営者の立場で利用するためには、株式でファイナンス(=資金調達)することが考えられる。これは、高すぎる株価で、発行株の一部がキャッシュになるのだから、倒産リスクが低下して、また投資に使えるお金も(同時に、社長が無駄遣いするお金も)増えるので、なかなか心地のよい話だが、単にキャッシュを蓄える、というのでは、ファイナンスの名目が立たない。

一般論としては、ここで、大風呂敷を広げた投資計画(=資金需要)をでっち上げることが考えられるが、そうそう素晴らしい事業計画のアイデアが湧くものでもないとすれば、手軽なのはM&Aだ。利益を生む事業を買収すると、見かけ上も、収益を膨らませることができて、成長したようにも見える。

「大風呂敷経営」でも「M&A」でも、その会社にとって最適な事業計画とはずれていくし、ひいては、資源の最適な利用からもかけ離れて、やがて、化けの皮がはがれて、会社の株式価値が正しく評価されるようになると、株主も大損する。

経済学的には、これは、エージェント(代理人)である経営者と、プリンシパル(委託者)である株主との利害関係が異なると同時に、両者の持っている情報に非対称性があることによって、生じた損失であり「エージェンシー・コスト」だ、ということになる。

学生さん(といっても社会人だが)の理解の上では、「株主価値を最大化するような合理的な経営者」といった「建前」の先入観が理解の邪魔をするようだが、正しくは「自分の経済的利益を最大化するような合理的な経営者」を考えないと、分析として、正しい前提条件にはならない。

エージェンシー問題の概念を定式化したのは、マイケル・ジェンセンで、そのジェンセン(現在もハーバードの教授のようだ)が最近取り上げている問題でもあるが、株価が高すぎる場合、こうしたエージェンシー問題は、益々エスカレートする可能性が大きく、経営者の暴走を止めることが難しく、エージェンシー・コスト(最適な状態からの損失で測る)は莫大なものになる可能性がある。具体的にはエンロンやワールドコムのケースは、そういうことであったと言えるだろう。

上記は、雇われ経営者をモデル化した場合だが、経営者が大きな持ち株を持っていたり、オーナー経営者であったりした場合でも、問題は起こる。

一つにはライブドアのケースのように、「わたあめを、鯛焼きに」変えるようなM&A(それ自体に建設的、創造的な意味のない、単なる事業ポートフォリオの入れ替え)に走る可能性があるし、或いは、ミスプライスをさらに拡大させて、自分の持ち株を売り抜けようとするかも知れない。

また、ポートフォリオの一銘柄として会社に投資しているはずの一般株主と、自分の資産の大半を自社株が占める経営者の利害関係は異なる可能性がある。典型的には、前者は、ハイ・リスクなプロジェクトへの投資を好むだろうが、大株主経営者は安定した資産や事業ポートフォリオを望む可能性がある(社会的な地位の問題もあるし、株式を高く売り抜けることが難しい場合には、特に、そうなりそうだ)。

株式投資をする上では、取りあえず、(1)M&Aによる利益と本業の成長を分けて評価し、(2)M&Aによる利益は少なくとも単純に利益成長にカウントして評価しないことが大事だし、(3)M&Aに積極的な会社や大風呂敷経営に見える会社の場合事業ポートフォリオの入れ替えや現在の株価での株式売却に意図がないかを疑う、つまり、経営者(=自社の情報を持っている人ではある)が、実は、「自社の株価を高すぎると思っているのではないか」ということに注意をすべきだ、ということになる。

また、社会・経済の仕組みとして、株価が高すぎる場合のエージェンシー問題に対応できる仕掛けを考える事は容易ではない。一つには、経営者の評価尺度をある程度株価から引き離すことが重要だろうし(たとえば、ある種のEVAのようなものを尺度にする)、もう一つには、経営者個人が、将来にわたって企業の長期的な評価を気にしなければならないような仕組みを導入する(たとえば将来の利益にリンクした年金を払う)、ということだろうが、これらと、一般にモノ言う株主が望むような、株主から経営者へのプレッシャー(これ自体にも大切な面はある)とを両立させることは容易ではなさそうだ。

尚、ライブドアのケースについては、事実の経緯を追うと、フジテレビが出資した後、ライブドアの株価が二倍以上に上昇し、事後的に見ると(たとえば2005年の年末で見ると)、そもそもライブドアの株価は、割高ではなかった、とも言えた、という問題がある。

さらに、同社が摘発された時点では、外資系の大手運用会社2社がそれぞれ6%程度ライブドアの株を持っていた、という、投資家の株価評価能力を考える上で脱力するような事実があったことも、ファイナンスの授業の題材に使える話だ。
コメント ( 13 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする