コメント
 
 
 
Unknown (Drifter's Escape)
2008-04-26 12:10:53
私事になりますが。
今年から実家のある京都に戻ってきて、目抜き通り(?)の四条通が「資本」に搾取されたせいか(不適切な使い方かもしれません)海外ブランドの目白押しという「普通」の街になっていて、グローバリズムを再思考させられました。

街にも「なるべく他人と似ていない街になれ。普通は危ない」と教えることはできないでしょうか…
 
 
 
Unknown (UNKNOWN)
2008-04-26 12:12:41
お金を使わずに持っている人のお金を使わせてもらうために、かならず儲かるという確信を彼らに与える技術というのは、高額の報酬に価するほどには希少なのでしょうね。
 
 
 
断絶の時代からの提言 (オレンジネオ)
2008-04-26 17:32:52
 賢者には遠い昔に予想されていたことだし、知識経済化(悪知恵経済化でない事を希望するが)は時代の流れだ。
問題は、収益と利益の分配方法ととセーフティネットか。高収入を得ようとも、不安定な社会では意味がない、持てる者も長くは続かない。(社会不安もそうだし、環境問題も)
 また、生活保護補助費でタクシー代金を何百万円(累計2億)も町から収奪した輩もいるようだし、この国のモラル崩壊を食い止めないと社会秩序は大変なことになる。
 女王に導かれて、社会を形成している蟻や蜂の方が人間社会より社会的には成功しているようにも思える。それでも働き蟻の中でかなりの割合でさぼっている蟻もいるとのことだ。

断絶の時代 ドラッカー
第1部 起業家の時代(「継続の時代」の終わり誕生する新産業 ほか)
第2部 グローバル化の時代(グローバル化した市場深刻化する途上国問題 ほか)
第3部 多元化の時代(多元化した社会多元社会における組織の理論 ほか)
第4部 知識の時代(迫りくる知識経済化変わる仕事 ほか)
 
 
 
お邪魔します (ブロガー(志望))
2008-04-26 22:47:59
お邪魔します。
 言われている事の繰り返しになるかも知れません
が、思うに代替性というか「代りになるものが多いか
少ないか」の違いではないでしょうか。資本主義社会
での(労働力を提供する)労働者は基本的には「代わ
りは(いくらでも?)いる」存在なので搾取と言うか
不利な立場に立たされていますが、資本と言うかお金
も「誰が出しても良い(お金である事には変りな
い)」のでそれ程有利な立場でもないのではないで
しょうか。「それがある事によって得られる効用価
値」では無く「それが無い(無くなる)事によって失
われる効用価値」?
 
 
 
洞察力 (ny)
2008-04-27 02:23:07
山崎様

最近の山崎さんの記事(ブログやダイヤモンドオンラインなど)を読んでいますと、僭越ながら以前よりも洞察力のレベルが極端に上がっているように感じます。
何かあったのでしょうか?? 今後も鋭い視点の記事を期待します。

上の方が書かれている、「代りになるものが多いか
少ないか」というのは、シンプルで分かりやすく、応用も効きそうな考え方ですね。参考にさせて頂きます。
 
 
 
Unknown (radishfeeling)
2008-04-27 08:22:03
>一つは、日本人が「物づくり」にばかりこだわるのは、経済的に有利ではないだろうということだ。

ここをもう少しご解説いただけないでしょうか。
おそらく希少性の観点からそう言われているのだと思いますが、比較優位の観点はどうなってしまうのでしょうか?

>もう一つは、他人と似ていて「普通」であることの不利だ。

これについては希少性と比較優位の両方について成り立っているとは思いますので。

ただ、利潤の高い分野については、供給が増えるはずですので競争がキビしくなるはずですよね。
希少性と比較優位という経済イデオロギーが様々な不幸の源泉となっているような感じがします。
 
 
 
物作りへのこだわりなど (山崎元)
2008-04-27 13:33:30
radishfeelingさま、皆様

比較優位の観点で日本に有利な分野として物作りが残る可能性はありますが、技術伝播が早くなったことと、物作りで市場に参加する人口の世界的な増大で、物作りに対する労働の報酬が極端に下がる可能性があることが心配です。端的にいって、資本(国際的に動く)をめがけて、世界の労働者が競争し、そのタコく籍資本からタコ社長が搾取するような構造が目に浮かびます。

かといって、金融が有利とも思えません。金融はお金を媒介として情報をやりとりする産業ですが、誰が持っていてもお金はお金であり、競争が激しく、また、情報の点で言語的に多くの日本人にはハンディキャップがあります。後から出て行く場合の模倣の巧みさと、日本という国の安全性や、事務の正確さだけでは優位を築けないでしょう。

金融に関しては、資本の蓄積が進んだことと、その金融資産化が進んだこと、それにアメリカの貿易赤字による流動性供給で、金融資産の形態になった資本が自分の行き所を探してうろうろしているような現象が見られます。これが目下の「カモられる資本」の出所でしょう。

これは、いわゆるカネ余りなのですが、お金は地理的にどこにでも向かうことが出来るし、流行の投資先は短期間で変化するので、じっくり構えて律儀に長く商売をしたい、多くの日本人(それに、割合、善人が多いし)の心性と金融業での競争力は合致しないような感じがします。もちろん、これは個々の人には必ずしも当てはまりませんし、ローカルには金融マインドのある日本人に競争力が生じるので、日本人が金融で成功を目指すことが悪いわけではありません。

それでは、日本人にとって有利と思える産業は何なのだろうかと考えると、うまく言えませんがサービス業全般ではないかと思います。たとえば、床屋でも旅館でも水商売でも、日本人の顧客本位の心と洞察力、そして経験に裏打ちされたサービスには、相当の競争力があるように思えます。

また、物作りでも、個々に顧客のニーズを聞いて手作りするような市場では、競争力があるのではないでしょうか。

個人の立場でサービス業について考えてみると、たとえば、銀座のホステスさんは、フェイス・トゥー・フェイスでコミュニケートできる範囲(といっても一般人には広大ですが)がマーケットなので、イチローや松坂のようにグローバルなマーケットで競争させられて勝ち抜くことが必要とされるような競争には晒されていません。誰でも銀座で通用するということではないでしょうが、仕事の安全性と経済的有望性という観点からすると、富士通やキヤノンのような会社でSEなどの技術者をやるよりも、銀座でホステスをする方が長期的にずっと安全で有望かも知れません。(お客の立場でも、東大の数学や物理専攻の女子大生ホステスなどという人がいれば、お店に通ってみたいですね)

「何とか大国」とか「ナニナニ立国」というような日本国単位のプロジェクトにはあまり興味がありませんが、有望な産業という意味では、観光を中核に、医療や(老人が多いから国内市場も大きい)、美容健康産業、文化的な芸事など、各種のサービス業をグレードアップする、というのがいいような気がします。自動車のような大量生産型の組み立て物は、将来は、インドや中国のような国で作って貰って、これを買うのがいいのではないでしょうか。



>希少性と比較優位という経済イデオロギーが様々な不幸の源泉となっている

鋭い洞察だと思います。ただ、これらはイデオロギーというよりは、現実そのものないしは、その構成要素ではないでしょうか。希少性や比較優位を無視したり敵視したりするよりは、これらと上手く共存することを考えるのが上策のような気がします。


 
 
 
Unknown (寺前)
2008-04-27 16:07:59
サービス業については、サッカー選手だった中田英寿さんも競争力があるといっていたのを何かで見たことがあります。
サービス業が国の優位として確立されるには、よく海外に行かれる方がこうした情報を流していただくことが重要かもしれませんね。

ただ、最近の(海外発の)マニュアル化されたサービスの浸透は少し憂慮すべきかも?!
 
 
 
ニューエコノミー (タニボン)
2008-04-27 16:19:39
今回、山崎様が取り上げている内容を読んで、『勝者の代償』東洋経済新報社:ロバート・B. ライシュ著を思い出しました。

著者のライシュ教授は、労働経済学者であり、カーター政権、クリントン政権という民主党政権下で政策運営にも関わって来られた人です。
この人が、アメリカのニューエコノミーの問題を本著書で取り上げたのが、2002年のことでした。
アメリカに遅れること数年、いよいよ日本もニューエコノミーの問題が顕在化してきたのでしょうか。

ちなみに、ライシュ教授は、ニューエコノミー時代の勝ち組に入るために求められる能力を以下のようにしています。

①変人・・・・オタク的に物事の可能性を追求する力
②精神分析家・・・・人々が何を望んでいるかを的確に把握する能力

①の「変人」という要素については、山崎様も同じような事を書かれていますね。

ただ、「変人」が存在し得るのは、社会がそれを許す寛容性を持ち合わせていないといけない訳なのですが、個人が、組織人とは異なる「純粋に個人の立場」で発言することすら困難な現状の日本では、なかなか難しいのではないかと思われます。

また、今後、日本が急速に高齢化が進展し、考え方が保守化することを考えれば、世界の潮流とは逆にますます「変人」が存在しづらい社会になりつつあるのではないでしょうか。

山崎様が書かれている、「子供には「なるべく他人と似ていない人になれ。普通は危ない」と教えなければなるまい。」というのはレトリックだとは思いますが、実際問題として、ニューエコノミーの時代を生き抜く力を教育することは非常に困難なことだと思います。
なぜなら、これまでの教育は、工業社会に適応するための「良質で均質な人材」を育てることを目的としていたからです。
 
 
 
Unknown (radishfeeling)
2008-04-27 19:20:13
返信コメントの方に貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。(時間というのは何故か常に希少性と関連づけられていますが・・・)

サービス業についてですが、確かに仰る観点は重要だとは思います。ただ成功するには、かなり創造的な才能が必要な感じがいたします(山崎様が志向されているユーモア感覚も含めて)。目下、バーバラ・エーレンライクの著作を読んでいるのですが、サービス産業先進国のアメリカでの実態というのもかなり酷いもののような感じがします(目下、日本も追従中ですが)。サービス業の最たるホワイトカラーもコンビニエンスストア化の一途を辿ってますし。

まあ、あんまり悲観的になっても意味は無いのですが、サービス業においても生産性の向上のための機械化・プログラム化・単純化が仕事から意味づけを組織的に剥奪しつつある側面もひとつの現実としてあると思います。

>これらはイデオロギーというよりは、現実そのものないしは、その構成要素ではないでしょうか。

特にWTOとかを念頭においていたもので。確かにイデオロギーという記述をすると、それだけで敬遠されてしまう風潮ですから。ヘゲモニーとでも言い換えておきます。ただ、同じことですよね。
 
 
 
Unknown (山崎元)
2008-04-27 21:27:40
タニボンさま

>これまでの教育は、工業社会に適応するための「良質で均質な人材」を育てることを目的としていたからです。

仰ることは良く分かります。ただ、ものは考えようです。

「良質で均質」を目指す人が周りに多いということは、主にローカルにではありますが、異質が市場価値を持ちやすいということではないでしょうか。

やっぱり、子供には、レトリックではなく、本当に「普通は危ない」、「コモディティ人間になるな」と教えるべきではないでしょうか。
 
 
 
合成の誤謬 (タニボン)
2008-04-28 19:48:17
山崎 様

早速のご返事ありがとうございます。

問題となるのは、「変人」の生み出す成果物の歩留まりの低さにあると思います。

ひとつの「変人」の生み出す画期的な成果物の陰には、死屍累々のガラクタ発明が存在していることは想像に難くないでしょう。
つまり、「変人」の生み出す成果物の分布をグラフで表すとすると、一部の画期的な成果物が平均のリターンを押し上げてはいるものの、数の上では圧倒的にガラクタ発明が多いという、いびつな分布(中央値はマイナス?)になるのではないでしょうか。

これが金融商品であれば、複数の商品を組み合わせてポートフォリオを組むことでリスクの低減を図ることもできるのでしょうが、こと一個人の教育の場合においては、一度きりのかけがえのない人生をそのようなリスクに晒すことは、(特に母親側においては)耐えられないことではないでしょうか。

結果として、社会全体としては、「変人」による創造を期待するものの、個人レベルにおいては保守的な動きにならざるを得ないという、ケインズのいう「合成の誤謬」に近い状況になるものと思います。
 
 
 
再びお邪魔します (ブロガー(志望))
2008-04-28 23:13:23
再びお邪魔します。

 あれから思うに近い将来「人間の作り出すものは人
間の作れない又は作っても割に合わないもの(例えば
石油と言った地下資源等)に比べて価値が低く、最も
価値の低いものは人間それ自身」になってゆくのでは
ないでしょうか。かつて植民地争奪戦が行われていた
ように、軍事力を行使しないまでもちらつかせた資源
争奪戦がより一層激化してゆくのではないかと思って
います(中国とかは南シナ海のベトナムの海岸から見
える位置で平然と海底油田等の採掘を行っているそう
ですし)。となれば資源も無い島国の日本は今更鎖国
("黒船"を避けるためにもある程度の軍備は必要)も
軍事力等による資源争奪戦への参戦もできないで
しょうから、「持てる相手に搾取され放題の、『こ
の国がかつて経済大国だった』と言っても誰も信じな
い弱小貧困国」になるしかないのかなとも思ったりし
ます。

 それから「変人」というのは「あれば有益かもしれ
ないが、無くても困らない(度合いが少ない)」もの
の典型のように思えますので、それを目指すというの
は却って「自らの首を絞める」ようにも思われます。
古代ギリシャが奴隷に労働を押し付けられたから芸術
や学問及び(直接)民主制が発達したように、社会の
側にある程度余裕が無いとそういう人達を受け入れら
れないのでは。尤もその頃には「人間が人間の都合で
作ったもの」の典型である「お金」をいじくり回す事
にも価値を見出されなくなるのでは(要するにファン
ドマネージャーは"お払い箱")。
 
 
 
セイフティーネット (小玉博明)
2008-04-29 23:11:26
日本における新自由主義を含めた競争社会導入の一番の問題点はセイフティーネットがしっかりしていないことだと思います。それは教育や医療、福祉などといったものです。教育がしっかりしていないと、(弱者の子供は教育を受けられず)勝ち組と負け組みの階層が固定化し、かえって個人の能力を潰す結果となります。逆に全く能力のない人が総理大臣になったりするような事態になります(笑)。また医療費や親の介護費用が個人の生活みならず企業経営までを圧迫することになります。さらに言えば日本では政官財の癒着構造のため、正当な競争原理が働いていないようにも見えます。素人目に見れば競争しているはずの企業経営者がいつのまにか経済諮問会議のメンバーになり政策決定、すなわち審判になり競争のルール決定までしているように見えるのです。公平なルール(評価機構)と情報公開(日本のマスコミもだめですね)が競争には必須だと思うのですが。
 
 
 
希少性と社会認知 (animal)
2008-04-30 10:50:34
社会という言葉を日本国内に限定すると、希少性のあるものはそれが権威にならない限り、この国では認められないという現実があるように思います。
職業(という言葉が適切かどうか自信がありません)にしてももちろんそうでしょう。

その権威が何によってもたらされるのかもわかりませんが。
既存の権威によって権威の側に引き寄せられるのが手っ取り早いのは疑うまでもないのですが、それ以外に何かあり得るのでしょうか。

 
 
 
Unknown (xyz)
2008-04-30 17:01:33
>山崎様

一部上場のニイウス コーが民事再生申請となりましたが、搾取される資本の典型例だと思います。
是非、コメントのほどを。

 
 
 
Unknown (uchitama)
2008-04-30 17:03:00
それで勝ち組になるためにどういう職業選択をするかと言えば、ルールのないところを選ぶことでしょう。いやルールを作ってしまう。インターネットの多くのもの(SNS、掲示板、モール、出会い系まで含めて)勝ち組になるための要素が多いように思います。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2008-05-05 05:44:26
山崎様の仰られる「頭の方は小賢しくて獰猛な別の種類の動物」達は結局今回のサブプライムローン問題の件でも相当程度淘汰はされたものの、FRBによる実質的資本注入などにより結局救われてしまっているのが現状ですね。メリルの社長が引責辞任に伴って巨額の退職金をせしめた例など典型でしょう。只、米国のモラル感はそこにかなり危機意識を持っていて今後ますます(いたちごっこかもしれませんが)モラルハザードを防止するための規制を厳しく実施していく事でしょう。そう考えると、「小賢しい動物」の絶対数は実質かなり少なく、しかもかなりリスキーな立場であるかもしれません。

翻って製造業オールコモディティ化論については反駁させてください。製造業にはイノベーションが不可欠で、多分に知的労働価値が高く、しかも情報がオープンな現代においては地財のクロスオーバー・シナジーが鍵になってくるため、すべてがコモディティになるとは考えられません。
 
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