僕の感性

詩、映画、古書、薀蓄などを感性の赴くまま紹介します。

秋のポエジー

2019-11-08 17:57:44 | 

 

 

忘れてしまつて 立原道造

深い秋が訪れた!(春を含んで)
湖は陽にかがやいて光つてゐる
鳥はひろいひろい空を飛びながら
色どりのきれいな山の腹を峡の方に行く

葡萄も無花果も豊かに熟れた
もう穀物の収穫ははじまつてゐる
雲がひとつふたつながれて行くのは
草の上に眺めながら寝そべつてゐよう

私は ひとりに とりのこされた!
私の眼はもう凋落を見るにはあまりに明るい
しかしその眼は時の祝祭に耐へないちひささ!

このままで 暖かな冬がめぐらう
風が木の葉を播き散らす日にも――私は信じる
静かな音楽にかなふ和やかだけで と

 

 

詩集 『萱草に寄す』に収録


過ぎ去りし日と夢に

2019-06-10 18:03:35 | 

道造風のポエムを作ってみる。

 

 

過ぎ去りし日と夢に

 

あの日のおとめの面映ゆい笑顔

わけもわからず 夢中になった ただ想うがままに

されど 陰影と光りが交互に現れて

うつむく姿だけ 残像として 去っていく

噫! この世のしくみに祈る 過去にたちかえり

思いを届けよ 道すがら 心のそこから

 

 

あの日の僕のかみ合わない歯車よ

ふるわせる鼓動と勇気とジレンマで

砂時計は終わりを告げるらしい 容赦なく

ひとしずくの涙を落として 去り行くピエロよ 命のままに

 


田村隆一 帰途

2019-01-10 18:32:55 | 
詩を読むと心が豊かになるのだろうか。
瑞々しい言霊に震えるほど感動を覚えることも
ひょっとしてあるかもしれない。

言葉について書いた田村隆一の詩を下に示すが・・・

人は悲嘆に暮れているとき、言葉は無力だ。
無力だが立ち直るのも言葉が知らしめてくれるのだろう。







帰途

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる

二度目のときめきが空虚か真実か

2019-01-01 23:58:45 | 


僕はもう一度彼女に恋をした

校庭の正門から二本目の桜の根本に

古いブリキの箱を探す

あった あった

確かに埋めた失恋の文字が
幾重にもなって見っかった

それらを捨て去ったら また
秘密を封入して そこを立ち去る

銀河系の宇宙の果てに
一滴の光を放ったら

氷の粒のように返ってきたのさ

だからこそ また笑う ただ想う

運命論者が諧謔的であてこすりの達人だったら
神様も許してくれそうだから

今日も土手の斜面で寝転んで
再びの淡い感情を赤面しながら
もんどりうちながら
かえすがえす推敲する

そしてもう一度の青春だなあなんて言って
神様と彼女を驚かすんだ

閑寂と蟋蟀

2018-09-01 22:21:13 | 
転がる蝉を見て蘊蓄を傾けて
やがて飽いて腐敗した蝉に蟻が群がる。

長月になり、庭先でエンマコオロギが
羽音を震わす。

なんと心地良い宵闇だろう。

マツムシでも鈴虫でもない、
ありふれた蟋蟀の雌雄が
ハーモニーを奏で

やがて漆黒の世界に帰る。

寂漠とか寂寥とか

初秋に相応しい言葉を探す

探す僕は漆黒に溶けだす。

よく聴くと
輪唱だ
その鳴き声が。

立原道造 「日曜日」

2018-08-10 00:31:51 | 
立原道造は、場所や時を示す副詞句を、わざと
後に置く倒置法を駆使した。

それゆえ、小気味よさと、彼独特の詩情が
そこに溢れだす。

彼の手作り詩集「日曜日」の中に「田園詩」という
作品がある。

小徑が、林の中を行ったり来たりしている、

落ち葉を踏みながら、暮れやすい一日を。


また、私の好きな作品に「暦」がある。

貧乏な天使が 小鳥に変装する

枝に来て それはうたふ

わざと楽しい唄を

すると庭がだまされて小さい薔薇の花をつける



名前のかげで暦は時々ずるをする

けれど 人はそれを信用する



「田園詩」も「暦」も立原が19の時の作品である。

夢の浮橋

2018-07-06 19:06:36 | 
憂鬱

消沈

嘆息

あらゆる負の言葉が覆いつくすとき

己を恨むしかなかった

呪いをかけられた少年のように

囚われの身から逃れられず

体当たりしてこなごなになる



隔たりのある空の向こうの

微かなる気配は 忘れがたき 美しき陰影

触れることのできぬもどかしさ

せめて夢の浮橋を渡って 渡り切りたいが・・・

失望

失念

怠惰

あらゆる負の言葉が現在に覆いつくされる時


後悔という残滓だけが残るのか

K先生&Kさん

2018-05-01 21:31:13 | 
うちを巣だったKさんがクッキーを
携えやって来た。




M中で先生をしている。

とても優しい表情をしている。

主任、担任、副担任と三人いると
緩衝材となる男性教諭が一人必要だそうだ。

穏やかな田舎の学校で
生き生きと頑張っている 嬉しい限りだ。

所変わってKさんのお庭では
かぐわしい香り

花の名前はライラック

芝桜に目を奪われ


松任谷由実が流れる

永訣の朝

2017-12-12 17:05:19 | 
山形市もとうとう雪景色です。



雪を見ると思い出すのが永訣の朝、、、

永訣の朝 /宮沢賢治

けふのうちに
とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

うすあかく いっさう 陰惨(いんざん)な 雲から
みぞれは びちょびちょ ふってくる
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)の もやうのついた
これら ふたつの かけた 陶椀に
おまへが たべる あめゆきを とらうとして
わたくしは まがった てっぽうだまのやうに
この くらい みぞれのなかに 飛びだした
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

蒼鉛(そうえん)いろの 暗い雲から
みぞれは びちょびちょ 沈んでくる
ああ とし子
死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした 雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

はげしい はげしい 熱や あえぎの あひだから
おまへは わたくしに たのんだのだ

銀河や 太陽、気圏(きけん)などと よばれたせかいの
そらから おちた 雪の さいごの ひとわんを……

…ふたきれの みかげせきざいに
みぞれは さびしく たまってゐる

わたくしは そのうへに あぶなくたち
雪と 水との まっしろな 二相系をたもち
すきとほる つめたい雫に みちた
このつややかな 松のえだから
わたくしの やさしい いもうとの
さいごの たべものを もらっていかう

わたしたちが いっしょに そだってきた あひだ
みなれた ちやわんの この 藍のもやうにも
もう けふ おまへは わかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうに けふ おまへは わかれてしまふ

ああ あの とざされた 病室の
くらい びゃうぶや かやの なかに
やさしく あをじろく 燃えてゐる
わたくしの けなげな いもうとよ

この雪は どこを えらばうにも
あんまり どこも まっしろなのだ
あんな おそろしい みだれた そらから
この うつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
  こんどは こたに わりやの ごとばかりで
   くるしまなあよに うまれてくる)

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうか これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを
わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ


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「あめゆじゅ とてちて けんじゃ」とは
雨雪、つまりみぞれを取ってきてくださいませんか。と妹がお願いしているのです。
方言の美しさが際立った文章です。
また、ただの霙ではなく、この世に二つとない貴い
銀河、太陽、気圏から降った最後の一椀の雪を
透き通る冷たい雫に満ちた松の枝から分けてもらいました。

もう今日明日とも知れぬか細い燈火に天界での安寧を願っている賢治、
弥勒菩薩が説法している世界で食べ物に困らぬよう、賢治自身の幸いを
すべて妹に捧げようとしています。

法華経を信仰し、天体や鉱物に造詣が深く、とっても優しい賢治の姿が詩に表れています。