一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『わたしに会うまでの1600キロ』 ……極私的に感動した“歩き旅”の映画……

2015年10月01日 | 映画


夏の遠征(南アルプス・荒川三山~赤石岳)に出掛ける前、
福岡(天神)の登山用品店へ買物に行ったとき、
店内に映画のパンフレットが置いてあった。
手に取ってみると、
リース・ウィザースプーンが大きなザックを背負って荒野を歩いている写真と共に、

何度もやめようと思った、
でも歩き続けた。
人生とおんなじだ。

なぜ、彼女は歩いたのか?
たった一人で3カ月間、
砂漠と山道を踏破した女性の
感動の実話。


とのキャッチコピーが書かれてあった。


“歩き旅”の映画みたいだったので、
ぜひ見たいと思ったが(その時点では公開前であった)、
ネットで上映館を検索してみると、
佐賀県での上映予定はなかった。

〈いずれまた福岡に来たときにでも……〉
と思っていたのだが、
なかなかその機会が訪れず、
8月28日に公開された映画だったので、
上映終了直前となっていた9月下旬、
やっと福岡に行く用事ができたので、
天神のソラリアシネマで、
その映画
『わたしに会うまでの1600キロ』
を、ようやく見ることができたのだった。

スタートしてすぐに、
〈バカなことをした〉
と後悔するシェリル・ストレイド(リース・ウィザースプーン)。
今日から一人でパシフィック・クレスト・トレイル(略称PCT)を歩くのだ。


だが、詰め込みすぎた巨大なバックパックにふらつき、
テントを張るのに何度も失敗し、
コンロの燃料を間違ったせいで冷たい粥しか食べられない。


この旅を思い立った時、シェリルは最低の日々を送っていた。
最愛の母・ボビー(ローラ・ダーン)の死に耐えられず、
優しい夫・ポール(トーマス・サドスキー)を裏切っては、
ヘロインと男に溺れていた。


遂に結婚生活も破綻し、
〈このままでは残りの人生も台無しだ〉
と、やっと気づき、
〈母が誇りに思ってくれた自分を取り戻すために、一から出直さなければ……〉
と決意し、PCTを歩くことにしたのだった。


だが、砂漠と山道が続くPCTは、
人生よりも厳しかった。
極寒の雪山や酷暑の砂漠に行く手を阻まれ、
水や食料も底をつくなど、命の危険にもさらされる。


様々な困難を乗り越えながら、
自分との対話を続けるシェリル。
1600キロ先の目的地・ブリッジ・オブ・ザ・ゴッズ(神々の橋)に着いたとき、
彼女が感じたものとは……



映画の感想を述べる前に、
シェリルが歩いたPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)とは何かを説明しておこう。


メキシコ国境から、
カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経て、
カナダ国境まで、
西海岸を南北に貫くトレイルで、
総延長は4265km。
灼熱の砂漠地帯に始まり、
雄大なシエラネバダ山脈、
火山群のカスケード山脈を越えて行くため、
変化に富んだ自然を堪能することができる。
アメリカ3大トレイルのひとつでもあり、
有名なジョン・ミューア・トレイル(JMT)の大部分がこのPCTに含まれているため、
JMTならでは景色が楽しめるのも魅力となっている。





“歩き旅”が大好きな私にとって、
とても興味深い映画だった。
最愛の母が亡くなったからといって、
ヘロインや男に溺れるというのは理解できないが、
トレッキングの部分は大いに楽しめた。
それまで“歩き旅”の経験がまったくない主人公の、
トレッキング初心者ならではの失敗、
そして、女性単独行者であるが故の恐怖体験など、
ハラハラドキドキさせられる場面も多々あり、
映画を見る者もトレッキングをしているかのような感覚を味わうことができた。


『わたしに会うまでの1600キロ』
というタイトルは邦題で、
原題は『WILD』


“旅”といえば“自分探し”という安易な発想で、
『わたしに会うまでの1600キロ』
という邦題をつけたのだと思うが、
なんとも陳腐。
日本では2008年(アメリカでは2007年)に公開された
『イントゥ・ザ・ワイルド』(Into the Wild)という映画があったが、
それに倣えば原題の『ワイルド』(WILD)でもよかったのではないかと思った。
映画『イントゥ・ザ・ワイルド』のレビュー(←クリック)を書いたとき、

「Yahoo!映画」での高評価に納得いかないって思って、
ネット検索したら、タクさんのブログに当たりました。
そしてレビューを読んでいちいち私が感じた違和感に納得。
荒野と言いつつ、甘ちゃんの話だったんだな~と。


というような内容のメッセージを多く頂いた。
そのほとんどは女性であったのだが、
ワイルドさにおいて、現代日本では、
男性よりも女性の方が勝っているような気がした。
まったく歩かず、荒野とは無縁だった『イントゥ・ザ・ワイルド』より、
荒野を歩き続けた『わたしに会うまでの1600キロ』の方が、
より『ワイルド』(WILD)を名乗るにふさわしい映画だったと思う。
映画の主人公が、
『イントゥ・ザ・ワイルド』が男性で、
『わたしに会うまでの1600キロ』が女性だったというのも、
現代を象徴しているように感じた。


“歩き旅”の話だったので、
最初から好感を抱きながら見ていたのだが、
主人公のザックを見たとき、
私の躰を電気がビッと流れたような衝撃を受けた。
日本広しといえども、
この衝撃を受けたのは、
たぶん私ひとりであったろうと思われる。(ほんまかいな)
なぜ衝撃を受けたのか?
それは、映画の主人公・シェリルが背負っていたザックが、
「グレゴリー(GREGORY)エボリューション(Evolution) アルミフレーム」
であったからだ。


私が1995年に徒歩日本縦断をしたときに背負っていたザックが、
まさにこの
「グレゴリー(GREGORY)エボリューション(Evolution) アルミフレーム」
であったのだ。


このグレゴリーのザックは20年前のザックなので、
〈この映画の時代設定はいつなの?〉
と思ってしまった。
“実話”とは知っていたが、
パンフレットにも公式HPにも、そのトレッキングがいつ行われたものなのか記されていなかったからだ。
アメリカで原作本が出版されたのは2012年なので、
比較的新しい出来事なのではないかと勝手に推測していた。
だから、ザックを見て驚いたのだ。


映画館を出て、すぐに向かったのは書店。
映画の原作本を読んでみたくなり、駆けつけたのだ。

買って帰り、すぐに読んでみた。
そして、極私的にすごく感動してしまった。
なんと、この映画の元となったトレッキングは、
1995年の夏に行われていたのだ。
私が徒歩日本縦断したのは、
1995年の夏から秋。
『わたしに会うまでの1600キロ』の著者であるシェリル・ストレイドと私は、
アメリカと日本という場所の違いこそあれ、
まったく同じ時期に“歩き旅”をしていたのだ。
シェリル・ストレイドがPCTを歩いていたとき、
私も日本列島の日本海側を歩いていたのだ。


私はよくザックに「カカポくん」とか「カスケードくん」とか名前をつけて呼ぶが、
シェリル・ストレイドもまたザックに名前をつけていた。

モンスター。
親愛の情を込めて、私はザックを怪物(モンスター)と呼んだ。
自然のなかで生きるのに必要なものすべてが背中に載ってしまうのだから、すごい。
何よりそれを私が担いでいることが、すごい。
物質や肉体に関するこうした気づきは、心と魂の領域にもこぼれていった。
もつれにもつれた人生がこんなにもすっきりするとは驚きだった。
意識が否応なしに身体の痛みに向くうちに、心の苦しみが薄れたのだろうか。


映画とは違って、
原作本にはこのような記述があって、
映画とは異なる楽しみがあった。

本の帯(裏)には、
「ニューヨーク・タイムズでベストセラー1位獲得」
「オバマ大統領も書店でお買い上げ」

などの文字が躍っていたし、
けっこう有名な本であるようだ。


映画の方も、
リース・ウィザースプーンと、


ローラ・ダーンが、


アカデミー賞主演女優賞とアカデミー賞助演女優賞にWノミネートされるなど、
アメリカでは高評価されている作品。
事実、
リース・ウィザースプーンとローラ・ダーンの演技は素晴らしい。
特に主人公・シェリルの母を演じたローラ・ダーンの演技には感動した。
彼女が母として発した言葉のひとつひとつが今でも心に残っている。


サイモン&ガーファンクルの名曲「コンドルは飛んでいく」のイントロが、
映画の最初から何度も繰り返し流され、
〈歌声を聴きたい〉
という気持ちが最高地点に達したとき、
歌声が流れる。
映画の途中と、ラストに流れるが、これが実に効果的だった。
歌詞と映画の内容がシンクロして、
より感動させられた。


エンドロールのときには、
原作の著者であるシェリル・ストレイドが、
20年前(1995年)に実際にトレッキングしているときの写真も出てくるので、
場内が明るくなるまで席を立たないようにね。


福岡(天神)のソラリアシネマは上映終了してしまったが、
これから上映を予定している映画館も多い。

【福岡県】シネプレックス小倉 10月3日より
【福岡県】ユナイテッド・シネマなかま16 10月3日より
【長崎県】TOHOシネマズ 長崎 10月3日より
【熊本県】TOHOシネマズ 光の森 10月3日より
【大分県】TOHOシネマズ アミュプラザおおいた 10月3日より
【鹿児島県】天文館シネマパラダイス 10月10日より
【沖縄県】シネマQ 10月17日


機会があったら、ぜひぜひ。


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