シリアへの渡航を計画していた新潟市の男性フリーカメラマンが外務省から旅券の返納を命じられ、男性が命令に応じて提出していたことがわかった。邦人の生命保護を理由にした返納命令は初めて。同省は過激派組織「イスラム国」による人質事件を受け、シリア全域に退避勧告を出しているが、「渡航制限」という踏み込んだ対応は論議も呼びそうだ。

 過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件を受け、外務省や与党内では、邦人保護の観点から危険地域への渡航を制限する必要性を訴える意見が強まっていた。

 「イスラム国」に殺害されたとみられるフリージャーナリストの後藤健二さんがシリアに渡航する前、外務省は9、10両月、電話と面談で計3回にわたり渡航中止を要請したが、受け入れられなかった経緯がある。このため、同省内では「あれだけ止めてだめなら、ほかの強い手立てが必要になる」(同省幹部)との声が出ていた。

 自民党二階俊博総務会長も、事件を受けて「今後も自由にどこでも渡航できるようにしていいのか」と述べ、危険地域への邦人渡航に何らかの規制が必要との認識を示していた。

 ただ、憲法22条は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と規定し、海外渡航の自由を認める根拠となっている。菅義偉官房長官は「憲法との兼ね合いがある」と規制に慎重な姿勢を示していた。

 一方で、外務省幹部は「憲法上の問題があると言って裁判に訴える人がいるかもしれないが、国民も今回の人質事件を見ていたので、理解が得られるのではないか」と話す。

 「現地での取材を自粛するのは、それ自体がテロに屈するということ」。外務省から旅券返納命令を受けたフリーカメラマンの杉本祐一さん(58)=新潟市中央区=はシリア入りの計画の理由をこう説明した。

 今回の渡航では、クルド人自治組織が「イスラム国」から奪還したシリア北部の街コバニや、自由シリア軍、トルコ国内の難民キャンプなどを取材する予定だった。「イスラム国」の支配地域には入るつもりはなかった。生きて帰れなければ伝えられない、との思いがあるためだという。

 突然の旅券返納に、「渡航や言論、報道・取材の自由が奪われている」と憤る。

 元々は会社員。写真は趣味だった。海外で撮影を始めたのは1994年。友人に誘われて内戦中のクロアチアに入り、難民キャンプを取材したのがきっかけだ。故郷を奪われる人々の悲しみを目の当たりにして、この道に進もうと決意した。以来、世界の紛争地域で撮影を続けてきた。

 「足を踏み入れなければ、そこで暮らす人々の気持ちを理解できない。我々はみんな宇宙船地球号の一員。無知ではいけないはずだ」と危険地帯で取材を続ける意義を語る。(大野晴香)

 外務省による今回の措置を、どう見ればよいか。

 フリージャーナリストの安田純平さん(40)は「政府が取材をしてはいけない場所を自由に決められることになってしまう。極めて問題だ」と批判する。危険地域での取材は「記者が事前に最大限の安全対策を取ることが大前提」としつつも、「政府が善しあしを判断して取材を制限していい問題ではない」と話した。「将来、集団的自衛権に基づいて自衛隊を海外に派遣する際に、政府は必ず同じ方法を使ってくるだろう」

 中東取材の経験がある写真家の八尋伸さん(35)も「何の目的でどこに行く人の旅券を没収するのか、基準があいまい。隣のトルコにいる日本人から没収するのか。取材活動への締め付けを感じる」と指摘した。ただ「なぜこの時期にシリアに行くと公言するのか、疑問だ」とも話した。

 一方、公共政策調査会の板橋功・第1研究室長(国際テロ対策)は「シリアにいま日本人が渡れば、『イスラム国』に拘束される可能性が高い。『渡航の自由』があるとはいえ多くの人を巻き込み、自分だけでは責任を負いきれない。邦人保護のためには返納命令は仕方ない措置だ」と理解を示した。