治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

『発達障害、治った自慢大会!』より~「治るに果たす医療の役割」を教えてくれた智くんファミリー

2022-07-19 09:20:59 | 日記
さて、智くんです。
治った自慢大会となれば、智くんファミリーを外すわけにはいかないでしょう。

もし今の智くんを見ていて「でもしょせん障害児じゃん」「しょせん将来は人の手を借りなきゃいけないじゃん」「治ってないじゃん」という人がいたら、鬼畜でしょう。
でもかつての花風社アンチには、そういう鬼畜がた~くさんいたのです。

逆に言うと彼らは勝手に「治るとは健常児になること」と決めつけ、それを成し遂げていない・成し遂げる前の花風社クラスタを見ては「トンデモ」「インチキ」とモビングしていました。
なぜ彼らが自分にこう言い聞かせなければならなかったかというと、彼ら自身が花風社のやり方に乗り出したくなくって、でも「完全に健常者になるのならやってやってもいい」みたいなケチくさい根性を持っていたからです。
一昔前の親の会では「できるだけ重く見せるために前の日寝かせないで検査に連れていく」みたいな虐待指導もされていました。そういう洗脳にはまってしまった世代です。

でも私は当初、自閉文化にリスペクトを抱きながらも、この人たちの身体の不便さがどうにかならないか、というところから始まったのでもともと「自閉症じゃなくなる」が「治る」だといったことは一度もないのです。
でも勝手な誤解はそのままにしておきました。
彼らが治らなくても、私は困らない。
治りたくない人、やりたくない人は治らなければいい。
治りたい人が読んでやってみて治ればそれでいいからです。

そしてどっとこむができて
智くんファミリーが常連に。

智くんはそもそも、医療介入がなければ生きられませんでした。
心臓の血管の流れを変えないと私たちのように血が送れなかったそうです。だからすぐに手術。
全身18箇所の奇形を持ち、脳梁全欠損、脳の六分の一が空(脳室拡大)という器質的障害をもって生まれてきました。

でもだからこそ、「発達障害だけでも治ればいいな」とお父様が情報を探し、花風社にたどりつき、そこから快進撃が始まりました。

いつもいつも書くことですが、発達障害なんて智くんの器質的障害に比べたら軽い軽い。
そもそも器質的な欠損を指摘すらされていません。なんか脳汁が違うじゃないの、みたいなレベルから話が進まない。
それに比べ明らかに器質的な障害がある智くんがここまで快進撃している。っていうかご両親なんであきらめなかったの。
それをききたくて、私はどうしても智くんファミリーに登場していただきたかったのでした。

詳しくは本文を読んでいただくとして

今回、四家族にご協力いただき
私は、それぞれの美点を見つけました。
そしてそれは、親から子に受け継がれているものでした。
我々は親からありがたくないものをたくさん受け継ぎますが
力や美点も受け継いで、それは確実に私たちを助けてくれるのです。

どのファミリーも一言では言えない美点をお持ちでしたが
あえて一言でまとめさせていただくと

味噌ぴ家 主体性
いぬこ家 潔さ
たにし家 フェアネス(社会に対する誠実さ)

そして智くんファミリーは「賢さ」でした。「優秀さ」と言い換えてもいい。智くんは知的障害があるかもしれないけど、その賢さは確実に受け継いでいると思うのです。

智くんの心臓に関して、医療は大きな役目を果たしました。
血管の流れを作り変えたのですから。
でも発達に医療が役目を果たさないのは皆さまご存じのとおり。
でも今回の本を読んで、私ははっきりとわかったのです。

医療にも、発達において果たす役割がある、と。

それを小暮画伯に漫画にしてもらいました。
ミニクリアファイルとして直販の皆様にお配りします。
冊数分送りますから(数に限りはありますが)この際、前から欲しかった本は買ってください。
こよりさんの猫本こと『支援者なくとも、自閉っ子は育つ』が未読の方はぜひ読んでください。
そのほか気になっていた本はぜひこの機会にどうぞ。

さて、発達において医療が果たす役割ですがこちら




そう、嘘をつくこと。

「生まれつきの脳機能障害で一生治りません」
「重度で一生福祉の世界に生きることになります」
「あらゆる点で人に劣っている」
「自閉症としては最重度」
「多発奇形の子が普通学校に行くことは無理」

医療はこうやって、たくさん嘘をついてきました。
そしてそれを嘘にしたのが、治った花風社クラスタの皆さんです。

「治り方講座」第一部でも話しましたが
治るとはアウフヘーベン。
医療が嘘をつき
皆さんがそれを嘘にする。
そうやって治っていきます。

つまり、医療が嘘をつけばつくほど、治る人は増えます。
今日このときも医療は、マスク社会で言葉が遅れているだけの子を「生まれつきの脳機能障害で一生治らない」とか言っているかもしれません。
嘘つく医者がいればいるほど治る人が増えます。
だから今後は「治るのが普通」になるかもしれませんね。

直販の方には月内にお送りできそうです。
よろしくお願いいたします。

『発達障害、治った自慢大会!』より~12個の診断名を覆したのはどんな力か

2022-07-18 11:21:05 | 日記
さて、新刊『発達障害、治った自慢大会!』より先出し、今日はいぬこさんのおうちのお嬢さんの件です。

本に登場していただくまでの経緯からご説明しますね。

当初から、いぬこお嬢さんの経験は皆さんに知っていただきたいなあと思っていました。
色々治ったからです。
かつては精神発達遅滞という診断があったけれど、小6では普通に支援なしの学校をお受験し合格。つまりこの時点で健常域。
そして分厚い眼鏡も外れました。つまり弱視も治った。
その経緯はお伝えしたい。

ちなみにかつて抱えていた障害・疾病の診断名は以下の通り。
=====

・自閉症スペクトラム ・精神発達遅滞 ・広汎性発達障害 ・臼蓋骨形成不全 ・(口腔内)完全反対咬合 ・喘息 ・肺炎二回 ・重度の卵アレルギー ・アナフィラキシー二回 ・七歳で弱視判明 ・咳払いチック ・筋低緊張

=====

計12個。
全てなくなりました。
「なぜか知りたい」という方も多いのでは。
私もそうでした。いっぽうでなんとなくなぜかはわかっていたと思います。それはいぬこさんとは楽しい時間を一緒に過ごしたりして、人となりがわかっていることもあると思います。

さて、インタビューをOKしていただき、愛甲さんにお会いいただく前にいぬこさんから資料が送られてきました。
これまでの経緯とお嬢さんの育ちがわかるお写真。
かつては座ることすら困難だったのが、今は健康でお育ちのいいお嬢さんであることが一目でわかるお姿。
資料を音読するかたちでインタビューは進みます。

そして原稿ができあがり、改めて実感したこと。

いぬこさんのお嬢さんの資質は、一種の才能の物語としても読める人はいそうです。
それは機械記憶に強いとかそういう自閉独自のものではなく、おそらく障害と関係なしに持っていたもともとの感受性。
それが障害があるときには生きづらさにつながっていた、かもしれない。
けれども障害が治る途上ではその感受性こそが役に立ち
そして治った今、より一層彩をもって、これからの人生を切り開いていく独自のツールになっていく感じなのです。
今、感受性が鋭いからこそ安定している、とでもいえばいいでしょうか。

そしてよ~くお母さんの方をみてみれば
インタビューに答えていただき、それを文字起こしして、つまりある程度標準化された日本語に置き換えられてはいるのだけれど
やはりお母様も(お嬢さんとは個性は違うけど)感性の人なのです。
そういえばおしゃれ。そういえばお料理上手。
そういうセンスを生かして子育てしてこられた方なんだなあ
と鈍い私は文字になってようやく気づきました。

私に気づかせてくれたいぬこさんのお言葉はこちら。

=====いぬこさんのお言葉引用

私は娘に何か「企み」をもって育てませんでした。
 二次障害を防ぐためにはとか自己肯定感を育てるみたいな記事は絶対見ませんでした。

=====

ギョーカイが盛んに呼びかけていた自己肯定感とか二次障害とかの脅し。
そういう企みにいぬこさんは乗らなかった。
でも結果的に今、お嬢さんには「生まれ変わってもぜーったい自分がいい」という自己肯定感があり、二次障害はないのです。

ご自分の感性を羅針盤にしていらしたから、ある意味潔い。
手帳も断ったし療育もある時点で見切りをつけた。
そしてお嬢さんがいじめにあったとき、ご両親は大変な決断をしてお嬢さんを守り抜いた。
いぬこ家のあり方を一言でいうと「潔さ」です。

その潔さで12個の診断名がすべてなくなってしまったのです。
そして人体の仕組みを知れば、それは不思議なことでもなんでもないですね。
神経は全身つながっているから。
なくなるときは一気になくなるのです。
それがいぬこお嬢さんに起きたことです。

発達障害は神経発達障害なのです。
そこに希望を見出した私たち。
それを体現するようないぬこ家のストーリー。
どうぞお楽しみに!

目次はこんな感じです。

=====

「生まれ変わってもぜーったい自分がいい」
 数々の診断名が全部なくなりました
☆いぬこさんのおうちのお話

複数の診断名が、すべてなくなった
妊娠中・誕生前後
いい医師との出会いもあった
療育手帳を断る
チックが治るまで
幼稚園時代
小学校入学後
「どかん」と発達する時期
金魚体操によって得たもの
いじめの解決
自分にとっていいものを探り当てる能力を活かす
弱視が治った経緯
じじパワーのすごさ
治ってより豊かになった感性
小人がいた
転地が与えてくれた発達刺激は
治ってよかった 
「生まれ変わっても自分がいい」
「発達障害が治る」とは「やりたいことができる」ということ

=====

どうぞお楽しみに!

『発達障害、治った自慢大会!』より~普通になりたいと一番願ったのはご本人だった! だから親御さんはそれを応援した!

2022-07-15 11:50:26 | 日記
さて、先日は新刊『発達障害、治った自慢大会!』からたにし家の様子をお届けいたしましたが
どっとこむでも触れたように、たにし家はここのところ進学先を吟味していらっしゃいました。

去年の秋の段階で、私としては
たにしジュニアが小6の段階で高卒をあきらめる、すなわち支援校に行くのはもったいない、という思いがあり、それを率直にお伝えしました。

実を言うとそのときに脳裏に浮かんでいたのが味噌ぴ家でした。

今30歳の味噌ぴ家ご長男と小6のたにしジュニアが結びつく。
それが花風社20年の発達障害治ったピープルを見てきた積み重ねです。

今思うと味噌ぴ家ご長男とたにしジュニアが結びついたのはなぜかというと

食べ物、だった気がします。
味噌ぴ家ご長男はたしか自分のお弁当を自分でこしらえたりしていた。
そしてたにしジュニアも自分の食べるものを自分でこしらえている。
ある意味自立能力を定型の人以上に小さいころから鍛えている。
そういう人は職場で重宝されやすいし、そういうことが頭にあったのかもしれません。

ともかく私は、高松の海や山を見ながらのドライブの途上、たにしさんに向かって、「知的障害がある設定でありながら、専門学校卒になった味噌ぴ家ご長男の話」を力説していたのでした。

その味噌ぴご長男のあゆみを今回じっくりとおききし、記事にしました。
そしてお母様と味噌ぴご長男で全部内容をチェックしていただき「出してはいけない情報はありません」と許可をいただき、ほっとしました。
私がとりわけ伝えたい情報がありました。

それは
障害者就労の採用場面での攻防、って言ったら大げさかもしれませんが
そうか雇用側はこうで支援側はこうで家庭はこうなのか

みたいなのを、ぜひお伝えしたかったのです。

色々な攻防の果てに、なんと味噌ぴ家ご長男は雇用主から
「君みたいな人を待っていた」とまで言われたのです。
でもそれは、ご本人の力+ご両親の社会知+ご両親の主体性その他がなければ得られない結果だったかもしれません。
今後就活する皆様にも参考になるはずです。

それと、かつてはギョーカイ活動のリーダー的存在であった味噌ぴ家がなぜギョーカイに縛られず独自の路線を歩めたか、
今回それを質問してみました。

ここは「なるほど」と思いました。


どっちも掲載許可をいただき、読んでいただけることになり、そして味噌ぴご長男からは
「自分のあゆみが誰かの参考になれば嬉しい」というお言葉までいただけて、本当によかったです。

あと、ぜひ知っていただきたいところ。
一か所、引用します。

=====本文から引用

 浅見社長の「発達障害、治そうよ」という言葉は「治る」を禁句とされていた当時の私たちには衝撃的でしたが、でも本人が普通になりたいと全面に押し出してきたことの方が私たちにとっては大きかったので、そこで花風社の「治ろう」というのとリンクしていました。

=====

そうなのです。
いくら花風社が治ろうよ、といっても一番大事なのはご本人の意思。
そして味噌ぴ家の場合には、ご本人が「普通の人たちと一緒にやりたい」という明確な意思を持っていたので、花風社が運んできた各著者の知見を利用していただいたわけです。

目次は以下のとおりです。

=====

「普通になりたい、と希望を持ったのは本人でした。だから親は、それを応援しました」
☆味噌ぴさんのおうちのお話

三十歳までに一人暮らし、の目標をかなえた
妊娠中・誕生前後の状況
支援者はどこを見て「重い子だ」と言ったのか
幼少期に見せた特性
診断を受けたきっかけ
親の会
進路にまつわるありがちな誤解
診断名を受け入れ、幼稚園で伸びるまで
普通級に行けるかも?
本人が「ここにいたい」と言った
兄と妹、それぞれの仕事
身体アプローチはどう効果を上げたか
支援者に勧められても薬は使わなかった
中学校・高校に進む
高卒後、本人の希望で専門学校へ。簿記試験にも合格
障害者枠就活の生々しい話
職場にお願いした配慮とは?
そして一人暮らしを実現
一家の資質を活かす
主体性を失わずに歩めた理由
普通になりたいと願い続けたのは本人
長年の悩みが、簡単に治った経験も
ところで二次障害は?
支援の世界から抜け出せる人の特徴
今、大人になったわが子にかけたい言葉

=====

そうだ。今お母様がお子さんにかけたい言葉。
ここも感動でした。

『発達障害、治った自慢大会!』

どうぞお楽しみに!

答えのない時代を生きていく 夏休み活用講座 ご報告 その4・完

2022-07-07 14:00:03 | 日記


なぜコロナ騒動を私は「敗戦」と呼ぶのか。
クローズドな場所にメモを上げておきました。
それを引用します。

=====浅見メモ引用

なぜ敗戦か

・日本は強みを持っていたのにそれを活かせなかった(ファクターX)
・一ヌケすることもできたのに最後まで無駄な戦いを続けている。
・強みを失った。しかも大金をかっさらわれて(わくにゃん打てば打つほどかかりやすくなりすでに日本にファクターXはない)
・先進国で画期的な感染率の低さにも関わらず経済的打撃は一番大きかった。

=====

どうみても初期、日本人は生物学的に強かったですね。もっと規制の強い国よりゆるゆる対策で波が見えないほどしかなかった。

私は結局0発組ですが、最大の理由は「抗体なんかいらないだろこれ」ですね。それに続き色々機序を調べて・・・というのはあるけれど、どう考えてもこの疫病に太刀打ちするのに抗体は要らない。だから打たなかった。おかげでなんの健康被害もなく暮らしています。

だけど打たせたい人たちの煽りに乗ってしまった人が多かった。
その結果ファクターXは失われた。
スパイクタンパクを体内で作り続けて、わずか数週間後にはかかりやすくなるとんでもない薬物だったわけです。
これをこぞって打ってしまったジャパンは
世界最後のマスク砦になったにもかかわらず、先に規制撤廃した他国より人口当たりの感染者が増えたりした。感染した多くの人が💉済み。その他認定されようと認定されまいと体調不良の人が多くなったジャパン。抗体もいらない病気におびえて💉打って健康被害&超過死亡が出ています。
これは明らかに敗戦でしょう。

前回の戦争でもB29とか原爆とか色々あったけど、それは全部あっちが自分の費用で作ったり飛ばしたりして日本国民の上に落とした。
今度は金持って買って当たりに行っているのですからばかみてえ。負け方としてはむしろ劣化です。

そして敗戦国になると何が起きるか。

=====浅見メモ引用

・マスク一つ外せない国民性を見くびられて今後草刈り場になる。
・優れた資質を持ちながら奴隷化される。
・若い女性がルッキズムにとらわれマスク外せなかったりミリ単位で整形したりしているが、全世界の男が日本のかわいい女の子たち目的に射精に来る時代が来るかもしれない。かつて日本の男たちが買春ツアーに出かけたように。
・高級なホテル等では日本語表示がなくなるかもしれない。かつての東欧は英語とドイツ語しか表示がなかった。高級ホテルは現地通貨では泊まれないので現地語の必要がなかった。
それが国が落ちぶれるということ。
日本はそこまで落ちるかもしれない。

=====

つまり、これからの若い人たちは、私たち世代が経験しなかった「みじめさ」を経験するかもしれないわけです。
なんで私がこういうことをいうかというと、私は強い円を持った経済大国に人間として東南アジアにも東欧にも出かけ、経済の弱い国、通貨の弱い国というのがいかにみじめかを見てきたからです。
自分の目の黒いうちに日本がそういう国に落ちぶれるとは思ってもみなかった。でもそういう時代がすぐそこに来ている。

=====浅見メモ引用

今後日本は先進国でも経済大国でもなくなる可能性が高い。
親世代は階層の違いがあろうと先進国で経済大国だということを当然として育ってきた。
けれども自分たちの子は、かつてのように移民に行かなければ食べていけないかもしれない。
移民に行ったら食べられるわけではない。なぜならかつて新天地を求めて渡った人たちより日本人は弱くなっているから。
諸外国は日本以上の弱肉強食の世界。
言われる通りマスクしているようなメンタルで生き抜ける社会ではない。
そういう時代の発達援助なんですねこれからは。

=====

軽度(知的障害なし)の発達障害になど構っていられたのは平時だったからです。今後は発達障害を治すなんていうのは通過点にすぎない。これを大久保さんもしゃべっています。

それでも希望はありましたね。
大久保さんの話には、最後に希望があった。

それだけみじめな生活になっても失われないもの。
それを大久保さんははっきり明言してくれたし、賛同します。
怒りで始まった講演が涙で終わりました。

そしてこういうジャパンになったとき
本当に弱い人、
つまり重度で、どうしても人の手を借りて生活しなければいけない人はどうするの? という疑問が誰でも沸くと思うのですが

そこにも大久保さんの話は希望をもたらしてくれました。

なぜなら大久保さんは、施設職員として見てきたからです。
大正生まれの方。昭和一桁の方。
つまり先の敗戦を、重い障害者として生き抜いた人たちの生き様を。

あれを知って私は感動しました。
そしてほっとしました。
と同時に問題意識を持ちました。今の支援体制()でそれが可能な人が育つだろうか? と。

でも花風社クラスタで重度の人は、大丈夫そうな気がします。

とにかくすごい講演でした。

そして大久保さんも私も、今回のコロナ騒動が敗戦だと認識し、これからの子ども達は相当つらい時代を生きていくかもしれないと思いながらも

やはり希望は捨てていません。

そこを生き抜けるたくましい子を一人でも多く増やしたい、と同時に

まだ今のうちに、我々大人が一人一人少しでもそういうみじめな国になる事態を避けるためにやれることをやれるしかないと思います。

私個人で言えば

今回の敗戦はやはり多くの日本人が、これまで発達障害は治らないという洗脳を受けてきた人たちのように「ありえない恐怖感」にとらわれたことが大きな原因だと思っていますので

怖がりではない人を増やしたいですね。仕事方面ではこっち。

そして個人方面では

投資だけではなく消費活動においても、よく考えたいと思います。
国産品振興とか。国内旅行に力を入れるとか。

そして今後年を重ねても、生まれ持った頑強さをなるべく減らさない。
それに注力する。
そうすれば腐れ切った医療にも近づかないでいいし。

そして座波さんが書いていらしたように、いざとなれば若者が蜘蛛の糸を断ち切っても潔く落ちていこうと思います。

そんなわけで

私の還暦後のキャリア(というよりは生き方)をも考えさせてくれる講演会でした。

大久保さんすごい。

でも私もすごい。愛甲さんの講演会を終えた翌日大久保さんにメールを打って趣旨を伝え

会場を抑え、ボリンゴさんを抑え、参加者を募り

その結果1か月足らずでこんな素晴らしいイベントを立ち上げた私すごい。おそらくこのイベントは多くの人を変えた。

自己肯定感とはこうやって生まれるものではないでしょうか。

そしてこうやって、動くことでささやかにでもムーブメントが起こせる仕事についていることに心から感謝します。
ガイドライン奴隷の医療従事者では味わえない充実感。

ともかく、皆さん、この講座は、必聴です。
もちろん愛甲さんの「治り方講座」も必聴です。
治り方講座は8月8日まで
夏休み活用講座は9月5日まで視聴期間があります。
両方聴くと対比がわかってまた面白い。

どっちもお申込みはzoom☆kafusha.comへ(☆を@に変えてください)。

久々のリアル講座にお越しくださった皆様
オンラインでご視聴くださった皆様
手際よく対応してくださったボリンゴさん
そして大久保さん

ありがとうございました。


答えのない時代を生きていく 夏休み活用講座 ご報告 その3

2022-07-05 16:08:34 | 日記
翌日、私は近所にいるこよりさんにちらっとご挨拶しに行きました。
遠くから来ていただきありがとうございます。またお会いしましょう。

そして帰ってきて家事をしながら、前日の講演の音声をきいていました(一倍速です)。

聴いているうちに、そのあまりの内容の濃さに、ながら視聴をやめる気になり
パソコンに座ってメモを打ちながら音声を聴き始めました。

いやはや、すごい講演になったなあと思いました。
大久保さんは、レジュメを出したあとも、そのレジュメに沿いながら、それでいてなるべくアクチュアルな問題を取り上げ、講演を構成してくれていました。
子ども達を取り巻く環境に関しては、日々(ひどい)知らせが入ってきますから、ある意味ネタはつきない。
そしてともかく熱量がすごい。

以下が浅見メモです。
こういうメモを取っていたのですが、ここにお見せするのは浅見の感想だけ。
実際の講演内容は取り除いてあります。
聴きながら私が考えたことがメモにしてあります。

=====浅見メモ

これからの若者たちは
敗戦後の
答えのない時代を生きていく

なぜギョーカイが黙りこくっていたかの大久保説に納得。



愛着障害が日本人に多い原因

・大久保説
・浅見説

・官に頼りすぎ。とくに地方。
・自分(たち)だけの利益に走りすぎ(地元に道路を作る議員を選ぶなど)被害者意識にも基づく
・自分のことなのに自分で決められない

これは愛着障害の原因ではなく結果か?

愛甲さんも昔は主体性がなかったという
それを自分で克服したから説得力がある。

日本人の主体性のなさを教育体制に求める議論もある。

でも私もずっぽりと日本の教育体制の中で育ってきた。

私はなぜか、最初から(少なくともかなり若いうちから)主体性があった。
自分の好き嫌いがはっきりしていたしそれを貫くための創意工夫とか闘いとかもしてきた。

そういう人は私だけではない。
発達の世界にはほかにあまりいなくても、よその業界にはたくさんいる。成功者の中にも多い。


外れるとサバイバルできないという(私からみると)ありえない恐怖感を多くの人が持っている。
おそらく治らない派もここからきていた。

不安が強い。自己防衛。

そういう人が多い

でも自分もずーっと日本の教育を受けてきた。

ただの一日も留学を経験していない6334

でも教師には小さいころから不信感を抱いてきたしそれが報われてきた。表立って反抗はしない。面従腹背。いつかは縁が切れる人たちだとわかっていたてきとーにいなしてきた感じ。

なぜ自分は同調圧力の外にいるのか?

(コロナ禍で言えば)肉体的な頑強さがあったので怖くなかった。
職業的な自由度(意識的に構築してきた)を確保していた。
経済的にohne Sorgen
言語体力
メンタル

等が私に自由な二年半を与えた。

空気を読めない議論 by 大久保さん

空気を読めないから同調せざるを得ない。のか?

空気が容易に読める人は「あえてそこに乗らない」という選択ができる。←浅見思い付き

ここもアウフヘーベン。
同調圧力に屈しないためには「空気を読む」だけでは多分ダメ。「読み切る」までできると同調しなくて済む?

今度の敗戦は

・日本人がびびったから。煽りに乗ったから。

わかったこと。

・医療や官は人助けをしない。
・特別支援教育なんて無理だった。

・だからこそ自分の体感をもとに自分で考える。調べる、知識をつけるのは当たり前のこと。

夏休みの過ごし方 私にも参考になった!


敗戦後の日本。
立ち直る子どもを育てる義務がある。
お花畑に構っている暇はありませんby 大久保さん。

騙されない。
歴史を見ればわかる。
発達障害の歴史を見ればわかる。

これから子ども達はつらい時代を生きるかも。
それでも奪われないもの
決して奪われないもの。
大久保さんの説に納得。
たしかに。

=====

今回のコロナ禍が日本にとっては敗戦を意味する、というのは大久保さんと私の共通認識だったと思います。
しかも、先の大戦と違って初めから勝ち目がなかったわけではない。
普通にやっていれば勝てた、っていうか闘う必要もなかった戦でした。
それをオウンゴールを次々放って一人負けしたジャパン。
主犯は医療でしょうね、やはり。

今後の世界と、我々の生きてきた世界とどう違うのか?

我々の世代も、大久保さんの世代も、そしてロスジェネと言われる世代も、共通認識を素朴にもっていました。
それはなんだかんだ日本は先進国で、経済大国だということです。
どんなに社会に不満があっても、金銭的に満足してなくても、その前提はあった。

けれども今回経済一人負けしたジャパン。
一人頭GDPでも韓国より台湾よりシンガポールより下になるジャパン。
制裁を受けているルーブルより下落率の大きな円。
国境も最後まで開放できず、諸外国の復興に置いて行かれているジャパン。

77兆をコロナ対策に増やし、病床を二万だけ増やしたジャパン。
人々の体調を悪くする💉を買い込み、出生率を下げ、子どもの自殺を増やしたジャパン。
エネルギー危機。通貨危機。そして食料危機。

これはつまりどういうことかというと
今後の子ども達は
先進国にも経済大国にも生きないということ。
敗戦後の貧しい国で生きていくということです。
私たちとは違う環境に生きていくのがこれからの子どもたちです。

じゃあ何をすればいいの?

目の前に迫ってくる「夏休み」という絶好の機会をどう活かせばいいの?

というソリューションまで大久保さんは用意してくれているのでした。

続く


答えのない時代を生きていく 夏休み活用講座ご報告 その2

2022-07-04 18:29:48 | 日記
迎えの車は時間通りに。
乗り込むとドライバーさんがマスクを顎にずらします。布なしの私を見てうるさくない客だとわかったのでしょう。ラッキーっていう感じ。どの道を通るかきかれたのでいつも自転車で港方面に抜ける道をお願いしました。
比較的起伏がないし、みなとみらいとか山下公園前とか、横浜のいいところを通るルートです。まあ自転車じゃないと起伏は関係ないですが。

会場に着き、タクシー代の支払いをしていると、顎マスクのカップルが次に乗ろうと待ち構えていました。顎マスクでノーマスクの客を乗せてきた車を見て気楽な何かを感じたのでしょう。こうやって口枷したくない人たちは地下茎のようにつながっていくのが面白いなあと思いました。

会場には一時間前に着き、もちろんまだ使えないのはわかっているけど回線だけチェックさせてくれないか、と言ったら親切にも入れてもらえました。すごくいいお部屋。広くて眺めもいいし。心配していた回線も十分な速さでした。

ボリンゴさんが着きます。そしてこよりさんも。こよりさんとは実はコロナ中も何度かお目にかかる機会がありましたが、やがていらしたyasuさんとは毎日のようにツイッターでご一緒していながらお会いするのは二年以上ぶりでした。ちょこさんとはコロナ始まりの頃にお会いしたかな。初めましての読者の方も。そして大久保さん登場。山下公園とか、あの辺を見学してきたそうです。席を決めてもらいました。

ボリンゴさんがいるので私は安心して大久保さんにPCを預け席について講演をききました。皆さんおとなしく聞いていらっしゃるのにときどき入っている笑い声とかは私です。すみません。

内容についてはネタばれになってしまうので詳しくは話しません。でもまずは、怒りから始まったと思います。今この国のえらい人たちが子ども達にしているひどいことへの怒りから。

でもずっと怒りではありません。時々爆笑するところもあります。私が個人的に鋭い指摘だなあと思ったのは、結局このコロナ騒動の間黙りこくっていた発達の専門家()の人たちは、「実はスペクトラムだと信じていなかった」という大久保さんの指摘ですね。口ではスペクトラムだと言いながら、それを信じてはいかなった。なぜなら本当に発達障害の子と定型発達の子が地続きだと考えるのなら、この状況に何か言おうとするのが当たり前だからです。

ツイッターの反自粛の人たちなどは、「感染症の人ばかり口出すからいけないのではないか。子どもの発達の専門家とかも意見を言ってほしい」とかつぶやいたりしていますが、その発達の専門家がどれだけダメぞろいかよく知っているのが大久保さんであり私です。それはしみじみ感じていましたが、「本当はスペクトラムだと信じていなかった」という指摘にははっとしました。彼らは本当に、発達障害の子は特別な生き物だと思っているのです。そしてそういう子以外の育ちは自分の管轄の外だと思っている。だから二年間沈黙を貫けたのでしょう。

怒りあり笑いあり。でも最後は涙が出そうになりました。これからつらい時代を生きていく子ども達に、私たちが何ができるか。ああ本当にそうだなあ、と思いました。

講演が終わり、ボリンゴさんと私は後処理に忙しい。もう少し時間がゆったりしたら皆さんと、あるいは皆さん同士でお話することもできたのになあ、と思いました。本当に一回、お食事のみとかそういう会も開くことを真剣に考えています。

会場を後にして有志の方々と饗宴会場へ。中華街も様変わりし、聘珍楼まで潰れ、本当によくわかりません。だから美味しい店ももうわからないんだけど、本能的に大通りにあるオーダーバイキングとは避けた方がよいのはたしか。今回選んだ店はランチでレバニラ定食750円を頼んだ時にレバーがちゃんとした仕入れのものだったのでまあいいかなと思ったのです。後ビールがスーパードライじゃない。ここ大事。

というわけで楽しくおしゃべりして二時間ほど過ごしました。それからうちの近くに泊まるというこよりさんと一緒に帰ってきました。

今日も顔布着用ゼロ秒だったな。

そして家に帰り録画の確保を。ボリンゴさんからも録画を確保したという連絡が入り、安心して眠りにつきました。

続く

答えのない時代を生きていく 夏休み活用講座ご報告 その1

2022-07-04 07:03:27 | 日記
7月2日に大久保悠さん@てらっこ塾を講師にお招きし、花風社主催
『夏休みを活用しよう!~発達援助とリハビリのための時間を大切に~』の講座を開きました。

これを企画したのは、6月5日に「治り方を明確に知ろう」の講座が終わった直後です。
あの講座も圧巻だったのですが、何かもう一つやらなければいけない気がしました。
それはコロナ禍と関係があることでした。
子ども達は今、学校でひどい目にあっている。そのお話は実際にスクールカウンセラーとして学校に日々関わっていらっしゃる愛甲さんからも出ましたが
だったら夏休みというまとまった休暇をどう過ごせばその学校の子ども達にはむしろ有害な感染予防対策からのリハビリができるのか、その講座を開いた方がいいのではないかと思いました。
時には学校と戦わなければいけないこともある。
愛甲さんは対立を戦略としない。それが愛甲さんのキャラでもある。
でも大久保さんは、今のひどい学校に子どもを送り込まざるを得ない保護者の面も持つ闘うお父さんでもある。
また家庭に入っていく発達援助を行っている。
夏休みをどう活用するかしゃべってもらうには大久保さんがいいのではないか。
という脳内会議で大久保さんにお話してもらおうと思いました。

急に思いついたことでしたので、会場、大久保さん、ボリンゴさん、私のスケジュールが合うところを探すと、意外と早くなってしまいました。前の講座から一か月も空いていません。
でも早い方がいいと思いました。夏休みに間に合う方がいいからです。

最近私はふらふらと中華街あたりで名もなき遊び(あえていうのならおでコロ顔布我慢大会見学)をしていたので、よさそうな会場に
目星がついており、見てみたらシーズン前のこの時期は会議室も比較的お手頃で借りられるようでした。
しかも現地勢にはコーヒーとお水とお菓子がつくそうです。
というわけでここに十人ほどお越しいただき、オンラインとハイブリッドで、花風社主催としては久々にお客様と対面する会合となりました。よその主催ではやっていただいていましたが、花風社主催ではコロナ禍始まって以来です。
私はお客様はマスク着用、とかそういう会場で講演を開きたくありませんでした。
でもコーヒーと水とお菓子を出すという以上、うるさく言わないだろうという目算が働きます。

募集期間が少ないのでどうなるかと思いましたが
大久保さんのブログの熱量もあり、

順調にお客様も集まりました。

事前にレジュメをいただいていたものの
大久保さんも最後まで練りに練ってくださっているみたいだ。
私はそれを楽しみに、当日を迎えました。

続く